曖昧のこっちがわで 東古

 優しい瞳で人を見るひとだった。つぶさにこちらを観察して、しかしそれが嫌だと感じさせることもなくて。
「お前のその真面目さは美徳だ」
頭を撫ぜる手だとか、
「射撃の一つひとつが丁寧で、だからこそ損をすることもあるが、お前の姿勢はサポートにおいては大きく貢献するだろう」
そう微笑んでくれる頬だとか。
 その優しさは少しばかり古寺にとっては残酷で。とてつもなくもどかしいものだけれども。
 これ以上この線を越えようとはしない、心に決めている。手を伸ばすこともしない、と。だって。
 あの人がどう思っていようと、僕には確かめる術がないから。



(わらっている、つもり。だから)
旧拍手


***

俺たちは怪獣 米出

 こわれてしまえ、と思う。こわれてしまえ、粉々に。そんな、物騒なことを。
 震えることはなくなった、と思う。馬鹿みたいにつるんでいたからこそ分かる、あの一瞬の肩の震えが。けれども震えなくなかったからと言って、そこに根付く恐怖が消えた訳ではあるまい。
「…いーずみー」
「なに、槍バカ」
「てめ、折角人が名前で呼んでやったのに」
くだらない会話が、どれだけこいつにとって、なんてことは考えない。
 こわれてしまえ、と思う。こわれてしまえ、粉々に。
 こいつを脅かすもの、すべて。



旧拍手

***

愛してよ、強いひと。 佐当

 「真実の愛なんてないのかもねぇ」
ねぇ、当真さん。そう云ってみたらその人は笑った。
「なんだそれ、似合わねぇ」
笑って、こちらに手を伸ばしてくる。
 佐鳥よりも一回り大きなその手は、やわらかな茶髪をぐるりと撫でて。
 それがいつもの小馬鹿にしたような笑みではなく、ひどく柔らかいものでそれが心底嬉しかった。



旧拍手

***

We are Innocent 奈良時

 「俺が嫌いか」
唇を解放してからそう問う。またすぐに触れられる距離、息を共有するような近さで。
「べつ、に」
ぐっと歪んだ表情が今すぐにでも唇を拭いたいと告げていた。それをしないのは、両の手首を奈良坂が拘束しているからだろう。
 トリオン体ならまだしも、生身ではどうにもならない。それを分かっていて、その手を離さないでいる奈良坂は意地が悪いだろうか。
「そうか」
薄く笑いを浮かべて、もう一度接吻けを落とす。
 温度の低い薄い唇を食むように合わせると、ん、と喉が揺れた。それにくつくつと笑うと恨みがましそうに見上げられるのだから、それがたまらなくてまた、舌を滑りこませる。
 欲しくて欲しくて、どうせならばいっそのこと諦めさせて欲しいのに、嫌ってもらうことすら出来やしないなんて。ちょっとひどすぎやしないかと自嘲する。神様気取りの運命の管理人辺りは、何か俺に恨みでもあるのかと。
 でも本当は知っているのだ。何よりもひどいのは、嫌だと思いながらも明確な拒絶を示さない、この後輩なのだと。



image song「We are Innocent」9mm Parabellum Bullet
旧拍手

***

好きなものを好きなだけ 陽レイ

 半分こにはしなくていいと、木崎レイジはそう言った。毎回毎回可愛がっている子供が、半分半分と自分のおやつを差し出してくるから出た言葉だった。わがままを言うわりにはこういうところがきちんとしているのは、教育の賜物だと喜ぶべきだろうか。
「お前は、もっと欲しがっても良いんだぞ」
「そうなのか?」
「ああ、好きなものを好きなだけ、欲しがって良いんだ」
勿論、それを本当にお前に与えるかは別問題だが、と続いた言葉は聞こえていないようだった。
 なら、と小さい瞳がレイジを向く。
「じゃあ、レイジ」
「何だ」
「ちがう」
「ん?」
「レイジが、欲しい」
 レイジ。それは自分の名前だ。欲しい。それは自分のものにしたい、手に入れたいということだ。
 小さな手が、レイジの手を取る。
「好きなものを、好きなだけ、なんだろ?」
くりっとした瞳がきらりと、悪戯を思い付いた時のように輝くのを見て、レイジはやっと自分が失言をしたことに気付いたのだった。



bot
https://twitter.com/ODAIbot_K

***

誰にも否定できない、わたしだけのもの。

何百回と海の底を泳ぐ 風迅

 揺れるようだ、と思った。白いシーツを波に例えるなんて、ばからしいと思ったけれども。こんな朝陽に揺らめいて見える海原に、ぷかり浮かぶことがこんなにも胸を満たすことだと、知らなかったからそんなことを思ったのだろう。
「かざまさん」
声が、する。
 すぐ横で、耳元でしたその声と同時に、ぎゅっとシーツの上の手が掴まれたのを感じた。
「おれは、おれは…とっても、しあわせだったんだよ」
胸が張り裂けそうなほどの、あの感情は。
「しあわせだったんだよ」
 泣きそうな顔で、その男はそう、名前を付けた。その青空を涙で潤ませて、名を付けた。息を吸って、吐いて、それでまたかざまさん、と呼ぶ。
「すきだよ」
その接吻けのかなしさをも、しあわせと、彼はそう呼んだ。

 目を覚ます。
「………ゆめ、」
隣には誰もいなかった。開け放した窓から風が舞い込んでくる。くるくると揺れるカーテンが、シーツの上に陰影をはためかせた。
 かなしい、かなしい、かなしい。
「じん、」
呼んでも返る言葉はない。あの甘やかな唇が、なぁに、とくすぐったそうに笑うことは、ない。死んでもいないのに別離を選ぶなどと、それはばかだと昔の風間ならば言ったかもしれなかった。けれど、今は、しない。
 ぐしゃり、となったシーツを掴むと引き寄せる。自分の香りしかさせないそれだったが、それでも大きく、息を吸い込んだ。



ふわふわを、つかんだことのかなしみの あれはおそらくしあわせでした / 笹井宏之

***

独占してよ 陽レイ

 その天真爛漫なこどもに目を奪われるようになったのはいつからだったのだろうか。目が離せない、それは別段こどもだからではなかった。自分の中に色づくものの不可解さに気付いたのは、気付いても知らないふりを続行しようと決めたのは、いつだったのか。
 もう、覚えていない。
 すべてを見透かしてしまうような難儀な年下の後輩にはすぐに見破られた。あまり、無理しないでね、レイジさん。無理? 無理など。嘲笑うような声が出たものだな、と思った。かなしい、と思った。無理など。
 それが普通であるはずなのに、何が無理なのだろう。
 そう言ったら男は困ったように眉を下げた。レイジさんがそれで良いなら良いよ、笑って。でもおぼえていて、おれは普通でなくても良いと思う、それが、レイジさんにとってどれだけつらいことでも。
 ひどい話だ。駆けまわるこどもを見遣りながら考える。普通でなくても良い、なんて。この感情が肯定される、なんて。ひどい話だ、そんなことが、あってたまるか。
 駆けて行った先で、こどもは勢い良く転んでいた。泣かない子というのはもう知っていた。立ち上がる。
「レイジ、いたくない」
「ああ、泣かなかったな」
「おれはつよいからな」
こどもの膝小僧はすりむけていた。
 同じものが自分の胸にある気がして、痛みが伝染った。



(中途半端でざんこくなあなた)
(ほんとうに残酷なのはどっちでしたかしら?)

http://shindanmaker.com/a/159197

***

もう、待てない 陽レイ

 おとなに、なるまで。
 その言葉を律儀に守ろうと思った訳ではない。陽太郎はそんなに良い子でもなかったし、世間体を考えるようなこともあまりなかった。それでもこれまで我慢したのはその人が、きっと自分の言った言葉を遵守するだろうと分かっていたからで。
 そして、きっとその線を早々と越えてしまえば、陽太郎に勝ち目などなくなることも、分かっていたからで。
「レイジ」
呼ぶ。もう十分待ったと思う、その思いを込めて。
 するとその向こうでその人はやさしい目に、諦めを含んだ愛おしさを滲ませるのだから、もう。
 昔と同じにしっかりしたその首に腕を回した。昔は届かなかった心が、今此処にあった。



http://shindanmaker.com/a/159197

***

傲慢な感覚器が殺されることは非常に喜ばしいことで御座いましょう 太刀迅

 未来がね、みえなくなるんだって。
 迅がそんなことを囁いたのは煩いくらいのカフェテリアでだった。ボーダーの、隊員ならだれでも使える結構安上がりなカフェテリア。給料を貰っているとは言え、学生という身分の多い此処ではとても人気だ。
 そんな雑踏に紛れて、目の前の男は爆弾発言をした。未来が、みえなくなる。
でもきっとそれも、未来視の結果なのだろう。言葉に詰まる。どういう、内容を返せば良いのだろうか。太刀川にとって迅の未来視とは彼の能力の一つにしか過ぎなくて、それがボーダーの損失になることは頭で理解出来ても、残念だなどと思うことは出来なかった。これでもっと、ランク戦とか出てくるようになるのか、そんなお気楽な思考くらいで。
「太刀川さんは、そんな反応する気がしてた」
「お前から今おれ、どんなふうにみえるわけ」
「へー…って感じ。そっか、って感じ」
「ああ、うん。そうだわ」
ミートソーススパゲティに戻る。そういえば新しいスイーツが増えたとか、国近が喜んでいたことを思い出した。次に来た時は、それも頼んでみようか、思考は流れていく。
 知らない音楽が流れていた。モーツァルトだよ、と迅が笑った。
「最上さんが、好きだったんだ」
その言葉を聞いて、やっと太刀川の中には迅の未来視の喪失に対する、名のつけられる感情が浮かんできたのだった。




近い未来失明すると告げられし僕らのために弾くモーツァルト / きたぱろ

***

墓前の憎愛 最林←城戸

 まだ泣いていないだろう、と城戸は思う。
 その背中が小さく見えるのは今に始まったことではなかった。一番に愛していたものが死よりも遠い、受け入れがたいものになってから、ずっと。こうして空っぽの墓の前で手を合わせる、その虚しさを誰よりも抱えているのはきっと、この男だろうに。
「人間って、結構上手いように出来てますよ。結構」
城戸の考えを読んだかのように、振り返りもせずにその男は言った。
 少し前まではまだまだ子供の顔をしていた男は言った。
「忘れなくても、生きていけるんだから」
「…忘れられない、の、間違いではないのか」
 縛られている、そう表現しても良いような。その首には彼の手がかかっている、あの日からずっと。遺体も残さず消えていった、彼の手がずっと、大人になれと背筋を伸ばしていろと、首にまとわりついている。
 それを。
「………ッ」
やめさせることが出来ないのは、これが愛だからか、それとも憎しみだからか。
 もしかしたら、両方なのかもしれなかった。握った拳、掌に爪が食い込んだ。



旧拍手

***

20141106
20141127
20141204
20141209