無邪気な貴方に手こずっている 陽レイ

 子供というのは何事にも全力だ。力の割り振りも、世間体も考えずになりふり構わず一つのことに邁進する。そういった不器用とも言える部分を、木崎レイジは可愛らしいと思っていた。愛おしい、と言い換えても良かっただろう。
 その、子供と出会うまでは。
 元々子供は好きだった。身体が大きいこともあり、学校の実習などで幼稚園へと赴けばすぐさま人気者となった。親戚の集まりでだって、小さなイトコやハトコたちに囲まれて、その世話を任せられることは少なくなかった。何よりもレイジはそれを楽しんでいた。
 だから、ひょんなことから加わった組織で、子供の世話を任されたことにも何ら抵抗はなかった。小さな子供ははつらつとしていて、大人に混じってはいろいろな人に可愛がられて、幸せそうだった。
「レイジ」
その子供が、まるで正しいことだとでも言うように、
「レイジ、すきだ」
そう、想いを告げてくるまでは。
 何がいけないのか知らない子供は、その想いを隠すことなく真っ直ぐにぶつけて来た。その真っ直ぐさに心打たれたのか、周りの人間があれこれ言うことは(その子供の父親までも!)なかったのだが、その状況がレイジを更に困惑させ、少しだけ心苦しくさせた。
 こんなのは、いけない。
 そう思うのに、レイジは何がどういけないのか、子供に説明する術を持たない。この子供の未来を潰すような、こんな状況は打破すべきなのに、レイジはその方法を知らない。
 けれども。
「レイジ。レイジ、だいすきだ」
その言葉をどう受け取るべきか、なんて。
 考えている時点でもうだめなんだと分かってはいるのだ。



神威
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苦辛のあとに天使 菊時

 べっ、と最後の唾を吐き出して顔を上げて初めて、その目が生理的な涙で歪んでいることに気付いた。服も少しだが汚れてしまったらしい。まぁ体型にそんなに差はないから、服は貸せば良いだろう。
 そんなふうに考えながら落ち着いた? とその背中をさすってやると、ときえだ、と掠れた声が届いた。
「何、菊地原」
顔を覗き込むようにしてやると、その表情は先ほどまで嘔吐していた人間のものとは思えないくらい緩んでいた。あ、と思うよりもはやく、そのまま引き寄せられて唇が重なる。まずい。
「…まずいんだけど」
「だろうね」
 けれども何処か照れたように笑う菊地原に、それ以上言うことなど出来ないのだ。



照れる、服、生理的な
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愛の言葉だけ繰り返して 忍林

 喫煙所を利用する人間なんて限られている。いつもいつも同じ面々で、真実味のないうわさ話をしては薄っぺらい笑みを浮かべているのに、意味はあるのか。
「さて、私はそろそろ。お二方はどうなさいますか?」
唐沢が短くなった煙草を灰皿に押し付けた。それを横目で見やりながら、忍田も林藤も軽く頬に笑みを乗せた。
「俺はもう一本吸っていきます」
「私ももう一本」
「そうですか。では、また後ほど」
 ぱたん、と扉が閉まって静寂が訪れる。
 換気口へと吸い込まれていく白煙を追っていると、なあ、と声が掛かった。この部屋には忍田と林藤しかいない。ぐるりと首を傾けてみれば、その先で何やら不満そうな顔をした林藤がこちらを見ていた。
「言いたいことあんなら言えばいーのに」
「…別に」
「その顔」
 煙草の先が向けられる。火のついた口が忍田の目に映る。
「何年付き合いあると思ってんだよ」
それをじっと見つめるだけの忍田と、それに対抗するように動かない林藤との間で、少しの沈黙が流れた。じりじりと減っていく白い部分、タイムリミット代わりの長さ。この沈黙を乗り切ったら、時間は守る派の林藤は諦める。
 忍田の予想通り、諦めたように林藤は煙草を灰皿に押し付けた。忍田も同じように押し付ける。
「会議行くかー」
そんな言葉を聞きながら、今日もまた言えない言葉を飲み込む。



(いられたら、よかったのに)

空耳
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ヒーローは平等だから 嵐←時

 嵐山さんはヒーローだ。
 時枝充はあれこれ動いて回る自隊の隊長を見て、そんなことを思っていた。木虎の課題を綾辻が見て、その隣で嵐山は佐鳥の課題を見ている。自分も勿論その中に含まれるのではあるが、女の子同士と、いろいろと危うい佐鳥に比べたら構われる回数というのは格段に減る訳で。別に、何を気にしているという訳でもなかったが。
 嵐山隊としての模擬戦が済んでから、反省会をして、そのまま学校の課題を終わらせる会へと移行した。それは別段珍しいことでもなく、いつものことだ。嵐山隊は広報部隊な分、他の隊よりも時間の自由が効かない。けれどもだからと言って学業を疎かにすればボーダーのイメージ低下に繋がるので、こうして時折集まっては成績維持に尽力している。いつもの、ことだ。嵐山隊は助け合う、それについて時枝が言うことはない。美しいとさえ思う。
 充、とやさしい声が呼んだ。
「今日も良い動きだった」
「ありがとうございます」
「うちの隊が良い動きが出来るのは、充のサポートがあってこそだ」
「とんでもないです。皆の力のおかげですよ」
笑う。
 嵐山さんはヒーローだ。もう一度思う。
 そんな嵐山のことを尊敬している時枝が、それについて言葉にすることなど、何もないのだ。



ヴァルキュリアの囁き
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sweet your happiness 迅菊

 アンタって生きづらそう。
 そんなあまりにもストレートな物言いに少し驚いてしまった。サイドエフェクトは万能ではない。視ようとしていなければ視えないことだって多くある。今日の場合、生意気なことで有名な後輩にこうして会うことだって視えていなかった。
「生きづらそう?」
「うん」
そんなんでよくやってられるね、とこちらを見遣る目は、じっとりとはしているものの、その本質までは湿っていなくて少し笑う。
 何処までも何処までも。ただ事実を言ったというような口ぶりに、同情なんか一切ないと言うような視線に。
「…へんなやつ」
ぼくがこういうこと言うと、怒る人のが多いのに。不思議そうな顔はしていなかった。一定数へんなやつ≠ニいうのが存在するのだと知っている顔だった。
「へんでいいよ」
 だから、もう一度笑う。
「おれ、今、嬉しいんだから」



ask
(もっともっとこの胸の底まで暴いてみせて。)

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はこのなか 諏訪

 きらきらしていた気がした。狭いところで身動きはとれなかったけれど、どうやら外がきらきらと美しいことだけは分かっていた。
 あの中にさっきまでいたのだ、そんなことを思うと途端に可笑しくなった。くくく、と喉を震わせてみると、それに合わせるように外のきらきらも動いた。まるで、夜空のようだなとそんなことを思う。明かりの灯らない放棄地帯から見上げた、三門の空のようだと。でももっと、近いものを知っている気がした。なんだったろう。考えて考えて煙草が吸いたくなってきたとき、ああ、と思い出した。
 狭いここよりも外は広いように思えた。はやく戻らなくては、そう思うのに呼応するかのようにきらきらは瞬いてみせる。夜間防衛、飛び上がった瞬間に目に映った、三門の街の。まだ壊れていない、人間の住んでいる、自分たちの守らねばならないものの。それに、ひどく良く似ていた。それがわかったから、戻らねばならないと感じた。



諏訪ワンドロおめでとう即興

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つめたいにんげん 三輪米

 喪われるという感覚のことを知らない訳ではなかった。しかしこうして目の前にしてしまうと、どういうものだったか掴めなくなって、ただ泣き叫ぶ三輪を見つめていることしか出来なかった。
 かなしい。かなしい。
 それは確かに米屋の胸の中にあるはずなのに、その美しい人のために泣いてやることが出来ない。そうすることよりも、どうしても今にも壊れそうな三輪の方がつらくて痛くて。
「しゅうじ」
肩に手を置いてしゃがみ込む。
 泣きたいなんて。
 泣けない冷たいさを、庇い立てしたいだけなのに。



旧拍手

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これが愛ってやつです 太刀米

 口からこぼれ出るのは罵詈雑言と言って差し支えなかっただろう。もう我慢ならない、もうこれで殴られてもどうでも別にいいや、いやこの人のことだから気絶するまで抱き潰されるとかもありそうだけれども。そんな物騒なことを考えながらも零れる言葉が止まらない。枕を抱きしめながらはふはふと、もう自分が何を言っているのか分からなくなった頃、やっとその人は口を開いた。
「いろいろ言いたいことがあるのは分かった」
じっと真剣な瞳がこちらを向く。
「でも、とりあえず寒いから寄らせろ」
 その言葉の軽さにはぁ? と首を傾げるより先に抱きしめられる。
「あーあったけー」
「あの、太刀川さん」
「なに」
「聞いてました?」
「聞いてたけど」
「俺、怒ってんですけど」
「そうらしいな」
「あのですね、」
「でもさ」
少しだけ開く距離。向かい合わせの顔。
「それってさ、そうやって俺に対して苦言が出て来るってくらい、俺が好きだってことだろ?」
 むかついたのでひっぱたいておいた。



旧拍手

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雲の峰 出穂+チカ

 涙の上を歩く力が欲しかった。要らない過去の上を、歩く力が。
 そう願っていたからこそ入った組織で、出会った少女はそれを持っていた。けれども、その涙の上を歩く力は、要らない過去の上を歩くために力ではなくて。
「チカ子」
呼ぶ。
「なぁに、出穂ちゃん」
こんなに、こんなに小さいのに。
 手を伸ばしたら、自分よりだいぶ低い位置にあるその頭にすぐに届く。
「出穂ちゃん?」
「んー?」
「どうしたの?」
「どうもしてないけど」
ちょっとチカ子撫でたくなった、だって可愛いんだもん。そう続けた言葉にその頬を小さく染めて。
 同じように手が伸びてくる。
「出穂ちゃんも、可愛いよ」
こちらの言葉を否定することがないのは美徳だな、と思った。小さな手が出穂の頭に触れる。
「すごく、かわいいよ」
「…ありがとう」
 ずっと欲しかった力を、この子のために使うことが出来たら。ああ、なんてそれはしあわせなことだろう。




旧拍手

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こんな甘えた拒絶じゃあ、 太刀時

 すうっと大きな手が、下眼瞼の辺りから頬に滑っていった。その甘やかすような仕草に、時枝はそっと目を閉じる。
「時枝」
低い声が耳朶を甘咬みしていく。
「これで目を閉じるってことは、期待してるってとるけど?」
「…意地悪を、言いますね」
うっすらと目を開くと、思ったとおりの意地の悪い表情が時枝を見下ろしていた。
「誰の所為ですか」
太刀川さん、と鼻に掛かる声にほとほと嫌気が差す。いつから、いつから。そう思うけれども、既につくりかえられてしまった身体は時枝のコントロール下には戻ってこない。
「え、誰の所為?」
「…太刀川さん」
「嘘だよ、時枝。そんな怖い顔すんな」
 また指が下眼瞼をなぞって、目を閉じろ、と言われる。言われた通りにすれば、唇が降ってきた。
 それが、あまりに優しくて泣きたくなる。
 遊びだと割り切れば良い、そう思っていた。例え本心がそうじゃなくても。上辺だけ、伝わるところだけそう思っていられたら。



(だからそれで勝手に泣くなんて、ただの迷惑だ)
旧拍手

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20141024
20141106