その一瞬を 菊時 見せつけるみたいにきらり、こちらを狙う刃が光るのが見えた。その瞬間までがスローになって見えるのに、身体はまったく動かないままで。これが動けばなあ、なんて思う。死に面しているというのにひどくのんびりした思考だ。動けば、このピンチをチャンスに変えるだなんてことも言えるしい、何よりこの勝負を奪える、のに。 ぐさり、胸を貫いたそれは痛みにすらなれない。限りなくゼロに近く設定した痛覚は、損傷箇所を伝える程度の役割しかしてくれない。 赤い血の代わりに黒いトリオンが漏れ出て、平坦なアナウンス。 『トリオン供給機関破壊、時枝ダウン』 それを聞いた唇の、吊り上がり方ももう憶えてしまった。 「…菊地原」 「また、ぼくの勝ちだね、時枝」 ああ、なんて嬉しそうに笑う。 * 「見せ付ける」「痛み」「赤い」 http://shindanmaker.com/a/253710 *** 一緒に帰ろう 菊時 とん、と目の前に降り立ったその赤はもう既に見慣れたものだった。 「………なにしてんの」 さすがに呆れの方が先に来る。 「迎えだけど」 「ばかじゃないの…」 後ろの方からきゃあきゃあという声が聞こえて来た。進学校と言えどもミーハーはいる。テレビの中の有名人が目の前にいるとなれば尚更だ。それが、分からない時枝ではないだろうに。 「仕事終わったの」 「オレがサボるような人間に見える?」 「見えないけど」 「すぐそこで仕事だったから、そのまま来てみた」 「もう、ほんと…」 その台詞が嬉しくない訳はないが、如何せん状況が状況だ。恐らく対面にいるのが菊地原なので、一応校内では菊地原とて一目置かれる存在であるので、今は遠巻きに見られているだけだが、一定数そういうのを気にしない人間というのはいる訳で。 「とりあえず、行くよ」 ひっつかんだ手の温度はトリオン体だからか分からなくて、それが少し勿体ないと思った。 * http://shindanmaker.com/375517 *** 完璧な模型 嵐時 充はすごいな。 その賞賛は別に自分のためだけではない。彼はいつだって平等に部下を褒める。それは何処か機械的で、だけれども声を掛けられる度跳ねる心のことも知っている。 だから、これはお門違いの痛みなのだ。 平等な視線。自分を見ない視線。世界でたった一つ、そんな考えを振りまいて。 けれどもそれが彼の設計書であり、そのままの彼で、それ以上のことなんてないのだ。 * 傷ついたほうが悪くてあの人はレシピ通りに正しく青い / きたぱろ *** 死者よ悲しむこと勿れ 迅三輪 秀次はさ、と吐かれた名前がひどくうつくしいもののように聞こえて次の瞬間には吐き気がさした。 「あの中にお姉さんがいるとでも思ってるの」 「うるさい」 「ほんとは分かってるんでしょ」 「うるさい」 「もうお姉さんがかえってこないってことくらい」 「うるさい!!」 声を幾ら荒げてもその表情が崩れることはないと知っている。知っていても、叫ぶことはとめられなかった。 「死んだ人間は何をしても喜ばないよ」 胸を潰されるような心地だった。じわじわと圧縮されるようなものではなく、ずがん、叩きつけられるような。 「何をしてもね、喜んでくんないの。死んでるから」 それを、お前が言うのか。 引き攣れた喉ではそんな簡単な言葉も出せなかった。ずっとずっとあの黒トリガーにこだわってきたお前が、それを。ぎりっと握った拳をそのまま振り上げて殴ってやればよかった。何もかも分かったふりして良い子に徹するこの馬鹿馬鹿しい男を、一発くらい殴ってやればよかったのに。 * ゼンマイで歩くおもちゃは箱の中 揺れてる列車の動力は何? / ロボもうふ1ごう *** 運命に紐付けられた僕らの尊い出会いについて 三輪米 *出会い捏造 鏡を見ているみたいだ、そんなことを米屋は思った。 正反対だ、そう思ったのはその次だった。一瞬のうちに何を見たのか正直本人でさえわからなかったが、それでもそのぐらぐらと憎悪を飼い慣らす瞳を見た瞬間、鏡だ、と思ったのだ。 「なぁ、おれ、米屋。米屋陽介」 おまえは?と聞くと三輪秀次、と返って来る。その声もまた絶望を煮詰めたみたいで笑ってしまいそうになった。 「中二だけどおまえは?」 「俺も中二だ」 「あ、やっぱタメか。よろしくなっ」 手を差し出せばちゃんと握り返された。鏡の中の自分と握手、なんて。三輪は確かに違う人間であるのに、そんなことを思って勝手に笑いは込み上げて。 「なーんかおまえとは長い付き合いになりそーだなっ」 「…遠慮願いたい」 「そんなつれねーこというなよぉ」 出会ってしまったらもう元には戻れない。あとは物語が始まるのを待つだけだ。それが破滅への物語だとて、それを知っていたとしても。 ―――きっと出会わないなんて出来なかった。 * おはなしが始まるの待つ洗面所割れた鏡をお目目に刺して / 森まとり *** くるしみのあまさ 迅嵐 かなしいことがあっても、かなしいことをかなしいと言わない―――否、言えないやつなのだと知っていた。目を見張るような青い背中、ぼすり、預ける体温。 「…あらしやま」 「迅、おれは」 お前と一緒に苦しみたいだなんて、ああ、とんだへんたいなのかもな。 * 他人というのは異物だから、絶対に溶け合うことのない部分がある以上、深く受け入れようとするとどうしても苦しまなければならない。 / 島本理生『シルエット』 *** ふたり、手を繋いで 菊時 「じゃあおまえはひとりでもしあわせになれるの」 「なれるよ」 すぐに返って来たその声はひどくやわらかい。 「でもさ、菊地原」 するり、髪の間を指がとおっていく。 「おまえといる方がだんぜん、しあわせになれるにきまってるよ」 そんな当たり前のこと、と言わんばかりに鼻を鳴らしてやった。 * 私、思ったんだ。ひとりでしあわせでいられない人は、誰かといてもしあわせになれないんじゃないかな。 / 北川悦吏子「ロングバケーション」 *** 君と僕の七百日戦争 太刀風 じっと視界の下の方から風間さんが見つめてくる。それだけでおれの鉄の理性はいとも簡単に砕け散―――りそうになる。大丈夫、まだ砕けてない、大丈夫。なんてったって鉄だ、鉄なのだ。ダイヤモンドには程遠いしオリハルコンなんて幻のものにもなれないけれど、それでも鉄なのだ。 すっと形を変える瞳。負けない、負けません、そんな潤んだ目を更に眉尻下げて見せるなんてどこで習得したのか正直、肩を掴んで揺さぶってついでにそのままベッドの上に連れて行って問い正したい。なかせながら答えて欲しい。もうほんとにそれで終わり? 全部言うまであげないよ―――たちかわ、ほんとに、これで、全部だから。はやく、はやく。けいが、ほしい。 一瞬のうちに脳内を駆け巡った妄想を打ち砕く。頑張れおれの理性。鉄の理性。鉄の名に恥じぬ働きをしてみせろ。 まずはこの戦いに勝つことが先なのだ、だってここで負けたら今までの風間さんの遊びとやらの一角になってしまう。それだけは避けたい。おれのこの恋は本物なのだ、そんなふうに終わらせてたまるか。 目を逸らさず、だがしかし直視なんてしたらアレなのでギリギリ直視はせず、向き合ったままを保持して。 「…強情」 「ッ、純情って言ってよ」 「ほう。落とし甲斐がある」 ああ、純情なんてものに絆されてくれる人だったらなぁ。 * 目だけでキスをねだるあの子の手練手管に気をつけて / 作者不詳 *** サイダー・ストーム 奈良→米・三輪米 出会ったのはクラスが一緒だったから、そんな単純なものだった。後半の方の音の人間が少なかったのか、一列ずつ五十音順に並べられたその配列で、奈良坂と米屋、その二人の席は隣だった。 「オレ、米屋陽介」 にへら、と差し出された手を握る。奈良坂透、と返したら透って呼んで良い? と返された。頷くとオレのことは陽介でいいよ、と言われたからお言葉に甘えることにした。 そんな、何処にでもあるような出会い。それだけで充分だった、くらりくらりと揺れる心が友情だけではないと知っていても、席替えも少ないそのクラスで、隣の席だというステータスだけで、充分だった。 それが甘かったと知ったのは夏が来てからだった。 「オレ、ボーダーに入ることにした!」 何でもスカウトを受けたのだと言う。 楽しそうじゃん、そう言う米屋に危険だとかそういうことは言えなかった。そうか、と答える。見学とかも出来るのか? 付け足された言葉に何よりも自分が驚いた。 「何、透も興味あんの?」 「ないこともない」 「多分見学も出来ると思う、聞いてみるよ」 お前がやるというから、なんていう女々しい理由については流石に言えなかった。 そうして入ったボーダーで、それぞれに自分の向いているものを見つけて。打ち込んで打ち込んで、そのうち隊を組もうなんて。そんな夢を語っているだけで良かったのに。 「今日さ、面白いやつ見つけて」 その日から聞くことはなくなった名前に、こんなに胸が焼かれる思いをするなんて、思っていなかったんだ。 三輪秀次。そいつはそういう名前らしい。 「なぁ透、もしさ、秀次が隊を立ち上げるっつったら、お前も来る?」 その言葉にもう米屋は入ることを決めているのだと知った。 「もうすぐB級だろ、だから、」 「ああ、いいよ」 「まじで!?」 「こんなところで嘘を吐いてどうする。お前が言うなら確かな人材なんだろう」 「やだっ透かっこいい!じゃあ今度秀次紹介すんな!」 楽しそうに言うその表情に、貢献できたのだと思ったらそれで良いんだと思えた。思えたことにした。 誰かの所為にしてしまえれば、きっともっと楽だった。 * (知り合ったのは俺の方が先だったのに) 来たるべき春を邪魔してくれたから花火も蝉もみんな有罪 / 小箱 *** ここにいることがわたしの幸福 林迅 恨みたくないんだ、そう言った声はひどく掠れていて本当に届いたのかすら危うかった。どうしても、一人じゃだめで。でも助けてなんて言えなくて。馬鹿馬鹿しいプライドかもしれなくても、譲ることも出来ずに。 こんなもの、持って生まれたくなかった。 弱音を吐かないことだけが自分への戒めだった。だから。 「ねぇ、林藤さん」 呼ぶ。声にならない分の言葉まで、声にしてはいけない気持ちまで、届くように。 「ゆる、して」 震えた声は笑い飛ばされた。 「お前さ、考えすぎなんだよ」 ぽん、と撫ぜられる頭。 「難しくすんな。お前はお前がやりてーことやりゃーいーんだよ」 わしゃわしゃと髪が乱される。そんな不躾ささえ、今は許容のようで。 「お前が来たいんならいつでも俺ンとこくりゃいーよ。いつでも受け入れてやっから」 「…うん」 「子供は黙って大人に甘えとけ」 「うん」 目を閉じる。 「…ありがと、支部長(ボス)」 もうきっと、迷うことはない。 * 一番星にくちづけを https://twitter.com/firststarxxx *** 20140709 20140725 20140809 |