喉元に付きつけられた刃 菊時

 感覚では敵わない。時枝はそう思って息を詰めた。こちらが不用意に零した吐息一つが、今は命取りになる。
 人の気配のない、からっぽの世界。仮想戦場として作られた風景の中、時枝は一人、アサルトライフル型をしたトリガーを握りしめた。

 どうしてこうして静かな世界に突っ立っているのかと言うと、B級の隊員に突っかかられていた菊地原を見かけたのが、すべての発端だったような気がする。菊地原に限って劣勢なんてことはないだろうとは思ったが、それでも見かけてしまったからには無視することも出来ない。そうしてのこのこと出て行くと、最初、彼らは驚いたようだったが、時枝が菊地原の味方だと分かるや否や、今度は攻撃の矛先を時枝へと転換した。
 顔だけで選ばれた、マスコットチームのくせに。
 彼らが一生懸命に言い募る言葉は、残念なことに時枝にとっては聞き慣れたもので、特に怒りがわいてくることもなくその場を収めることが出来た。
「じゃあ、やることがあるから」
そう言って菊地原の手を引き、彼らとは逆方向へと歩いて行ったら、対戦ブースのあるフロアに辿り着いていた。
 そこで漸く振り返る。その先にいた菊地原は案の定不完全燃焼という顔をしていた。
「手、出さなくて良かったのに」
「そう言わないでよ。目に入っちゃったんだから」
「お人好し」
「なんとでも」
あのまま放って置いたところで、菊地原が口で負けるところなんて想像がつかないし、実力行使に出られたところで、彼が負けるところも同じくだ。それでも放っておけなかったのは、ただ単に時枝の中でだけの問題なのだろう。
「時枝が入って来なければさ、」
うん、とその先を促す。
「あんなこと、言われずにすんだのに」
そして、首を傾げた。
「あんなこと?」
「マスコットチームとか」
「ああ、それ…」
慣れてるし、と返せば菊地原の眉間にはこれでもかというほど皺が寄って、それから、はぁ、と盛大にため息を吐かれた。
「あのさあ。こういうの、ぼくのキャラじゃあないって、自覚はあるんだけどね」
何が飛び出てくるのだろう、と若干の好奇心をもってして彼を見つめる。
「そういうの、よくないでしょ」
「そういうの?」
「慣れる、とか」
あと、ああやって反論なしにいなすのも。相変わらず不機嫌そうな菊地原の言っている意味がよく分からなくて、時枝はもう一度首を傾げた。
 ランク戦、付き合ってよ。そう菊地原が呟いたのはそのすぐ後の出来事だ。
「ぼく、さっきのでフラストレーション溜まってるし、ああいう手合いには結局のところ、実力見せてやるのがいちばんでしょ」
くい、と菊地原が示した先には、先ほどのB級隊員がいた。ついてきたのだろうか、物好きな人たちだな、と時枝は思う。大方、時枝と菊地原の行く先にブースがあると気付いてやって来たのだろう。
「ね、時枝。いいでしょ?」
媚びるように見上げてくる菊地原にため息、ひとつ。
「わかったよ」
「よし。じゃあ早速やろ」
そうしてずるずると引きずられるようにして、ブースに入った。

 こうして手合わせをするのは初めてのことではない。同い年、同じ学校ということもあって、比較的予定が合わせやすかった菊地原とは、何度かこうして対戦している。
 背後で音がした。それがフェイクなのかどうか、読み合いを続けた今ではもう判断材料に弱い。双方がその手を知っていてやっているのは、それなりに有効であるからなのだが。どちらにせよ見つかったな、と潜めていた息を吐き出す。
 カメレオンは他のトリガーと併用が出来ない。姿を消している時は防御すら出来ず、攻撃の際には必ず姿が見える。要はその一瞬を、逃さなければ良いだけだ。
 ふっと背中に風を感じた。あ、と思った時には思考より先に身体が動いていた。
 何もない空間にアステロイドを打ち込む。トリオンの漏出は見えないが、微かに上がった声がそこに菊地原がいたことを知らせていた。仕留め切れなかった、そう思って下がる。姿の見えない相手に命中させることは確かに難しいかもしれないが、それが出来なければきっと、菊地原には勝てない。
 そんなことを考えていたら、左腕に微かな痛みが走った。姿を現した菊地原のスコーピオンが肘から下を切り落とす。後ろに下がろうとするよりも先に、菊地原の脚から出たブレードに足をすくわれた。
 だん、と地面に押し付けられる。ライフルは腕の切り落とされた左側に転がっていた。舌打ちをするも、此処まで来られては次の目はない。
「ぼくの、かちだね」
突きつけられた刃の冷たさだとかそういうものを、この身体では感じられない。
「いい線、行ったと思ったんだけど」
「行ってたよ」
左腕、持ってかれた、と菊地原がふる腕には確かに、肘から先がついていなかった。
「お揃いだね」
「まさかそれで左狙ったとかないよね」
「まさか。時枝左利きでしょ」
「よかった。そんなふざけたことされてたら殴るところだった」
「こっわーい」
けたけたと一頻り笑ったあと、ふっとその目を細めて、
「じゃあ、これで終わりにしよっか」
「はいはい」
「このあと暇?」
「暇だよ、どっか行く?」
「行こ。おなかすいたし」
すっと、その手を横に引いた。
 ぶわり、と視界いっぱいに黒煙のようなトリオンが映る。
『時枝、緊急脱出』

 ブースを出ると、周りがざわついたのが分かった。見回してみれば見知った顔がいくつかあって、ご丁寧にも解説をしてくれたのだろうと思う。先ほどの突っかかってきた隊員も、こちらを見る目が変わっているように見える。
「なにこれ」
「多分あれ」
見知った顔の方を指差すと手を振られた。うわ、と菊地原が嫌そうな声を上げる。
「呼んでるけど」
「やだよ、おなかすいた」
「言うと思ったよ」
 菊地原が時枝の手を取った。また今度ね、と手を振ってから、それについていく。
 繋いだ手はあたたかくて、それが余計にあの冷たさを知ることが出来ない戦闘体だったことが、少しもったいないと思った。



https://shindanmaker.com/153260
20140513

***

差し伸べられたら毒入りのお菓子も飲み込まなきゃ 米出

 「おまえさ、それ、疲れないの」
 別に今までの態度に不満があっただとか、そういうことはないんだと思っていた。けれども思っていただけで、出水公平の中にはあれやこれやが山盛りになっていたようで、その日も三輪にかかりっきりになる米屋を眺めていて、つい零れたのがその言葉だった。
「…出水?」
きょとんとした顔を作っている、そう直ぐに分かる。何故なんて、その瞳孔がかっぴらいているからだ。あーあーうつくしいねーと出水は心の中でだけ喚き散らした。友人のために、友人にいろいろとしてやる自分に文句をつけられたがために、瞳孔まで開いて怒るなんてことがあり得るだろうか。
 むかつく、と飲んでいたパックジュースのストローを噛む。米屋はまだこちらを見ていた。三輪はこちらを見ることもなく、先ほどと同じように弁当をつついている。他人が何言おうともカンケーねえってか、おあついこって。ぎりぎりと軋む思考に、笑顔を作らなきゃ、という現実的なものが割り込んでくる。笑って、少し困ったように笑って、悪い、って。それさえ言えば。
 そう思うのに、喉は絞まって、舌は乾いて、視線は剣呑になっていくばかりで。
 食べかけのパンをひっつかんで立ち上がった。
「出水、」
視界の端で米屋が咎めるように呼んだが構わないで教室を出る。追いかけて来ない、そう分かっているのに、期待してしまう自分が嫌だった。
 屋上前の階段を駆け上がって、鍵の掛かっている扉の前でへたり込む。明日、明日には。そう思ってパンをかじった。もそりとした食感が、あまりに味気なかった。
 「ようすけ、」
咀嚼の間に声が漏れる。
「あいたい」
 どうして、ひとは届かない言葉を、こんなにも叫びたくなるのだろう。



image song「愛うらら」Cocco
(おれは、のみこめは、しなかった)
20140519

***

可愛い女の子のお相手は、 米出♀

 ねえねえ暇? 幾つ? その制服、終点んとこにある学校だよね! かわいーね! あと頭良さそう〜。脚も長いし、スタイル良いし、ねえ、俺とどっか行こうよ暇でしょ〜?
 よくもまあ矢継ぎ早にここまでぺらぺらと喋れるものだ、と半眼になった。顔、中の下。身長、中の上。喋り方、下の上。服装、制服、着方、下の中。他にもあれこれ言いたいことはあるが、金髪は良いとしても腰パンは頂けないな、とため息を吐いた。
「あ〜だめだよ、ため息なんて〜幸せが逃げちゃうんだよ!」
まぁその逃げた幸せも俺が捕まえてあげるけどね〜、なんて。見てくれ不良のくせしてメルヘンチックとかギャップ萌え狙うなら他所でやれ。
 さて、どうしたものか、と目の前の男を見つめる。品定めは終わっていて、ないわ、という結論が既に出ていた。尚も男はあれこれ喋りかけてくるが、その内容が出水の脳を揺すぶることはない。右耳から入ってそのまま左耳から出て行く。今日は久々に買い物に来たのに、と害された気分を振り払った。今は腹立たしさを表に出すよりも、どうやって目の前の男を撒くかの方が重要だ。
「…あ」
悩んでいた視界を、過るクラスメイト。
 きゃるん、と音がするようなテンションでワントーンあげた声を作り出す。
「よーすけえ〜」
呼ばれたことで立ち止まって振り向いた、その腕に縋り付いた。サービスで胸も押し付けてやる。
 きょとん、とした顔は誰だお前、と男が突っかかってきたことで状況を理解したらしく、すぐさま不敵な笑みへとすり替えられる。
「誰って」
腰に手が回って、そのまま引き寄せられた。誰の許可取って触ってんだ、と思わなくもないが状況が状況なので黙っておく。
「コイツの彼氏様ですけど? お前は俺のツレになんか用?」
 途端、男の表情は先ほどまでのへらへらしたものからは、想像が付かないくらい可哀想なものになって、無意味な音節を繰り返してから立ち去った。正しい判断だ、と思う。面倒臭さから巻き込みはしたが、一般人が相手になれるような人間ではない。
 その背中が見えなくなってから、ようやっと手が離れた。
「ありがとう、陽介」
「ん、どういたしまして」
身体を離しても、その視線は出水を離れない。何だ、と思って見上げると、何かしら言いたそうな顔がそこにあった。何、と問うと、あー…と不明瞭な返事が返って来る。
「なんつーか、お前が絡まれてる時に助け求めてくんの、珍しーなと思って」
「そう?」
「うん。お前一人で解決出来ちゃう感じある」
口も達者だし、と言われて確かに、と頷いた。あれこれ言って相手を丸め込んでそのまま撒くのなんて、いつもは普通にやっていることだ。でもそれをしなかったのは。
「ん?」
 見上げる先の顔、品定めをするまでもない。
「買い物」
「ん」
「付き合って」
もう一度抱きつく。こういうのが効くかどうかは分からないけれど、まぁ、嫌ってことはないだろう。
「はいはい分かりましたよ女王様ー」
「女王様って」
「お姫様の方が良かった?」
「うん」
「じゃーお姫様。荷物持ちしてやんよ」
「やったー」
そんな馬鹿っぽい会話をしながら、街へと踏み出す。
 こういうのもたまには良いかな、とそう思ったついでに、こいつと過ごす時間がどうもたまには、なんて範疇を超えていることなんて、頭の隅へと追いやってやった。



(それなりにかっこいい奴じゃないとね!)
20140522

***

さよならさんかく 原澤×時枝(クロスオーバー)

*記憶の処理方法とか捏造

 「大丈夫ですか?」
差し伸べられた手を咄嗟に取ったのは、まだ頭が混乱していたからだ。
 出張で三門市という場所まで来ていた原澤は、この歳にもなって、とは言われるかもしれないが、迷子になっていた。寂れた町並みに首を傾げつつも歩いていると、突如として三階建ての家ほどの大きさをした怪物が現れ、原澤を飲み込もうとした。それを退治したのが、目の前の少年である。
 小さな手だ、とそう思ったのは、普段から身体の出来ている子らに囲まれているからかもしれなかった。
「此処、立ち入り禁止区域なんですが、ご存知なかったんですか?」
少年は首を傾げる。既にそれは消えていたが、彼は先ほどまでアサルトライフルを持っていたように思う。ついでに、今は制服だが、さっきはジャージのような赤い服を着ていたようにも。
 戸惑いを覚えつつも頷くと、市外の方ですか、と問われた。それにも頷くと、なるほど、と少年は納得したような顔をした。曰く、この三門市には時折、こういった怪物が出るのだと。それは操作の結果であるのだが、それを怠れば日本のみならず世界の何処にでも、こういうものが出現するようになってしまうらしい。
「…君は」
「俺はボーダー隊員です。一応、こういう怪物と闘う術を持っている者ですよ」
原澤はもう一度、少年を見遣る。制服を着ていることも勿論あるが、その他の要素を鑑みても、原澤が日頃教えている生徒たちと大して歳の差はないように見えた。
「君は、すごいですね」
思わず、言葉が漏れる。わずかに、その瞳が見開かれたのを、原澤は見逃さなかった。
 ゆるり、とまるでそうすることが決まっていたかのように自然に、膝がつく。
「あ、あの」
「君は、ほんとうに、」
握ったままだった手を引いた。
「すごい、ですね」
口元まで導いた手の甲に、そっと、接吻けた。
 それからはっと我にかえる。
「す、すみません」
つい、という言葉は飲み込んだ。生徒くらいの年の子供に突然こんなことをするなんて、本当に高校教師としての立場が危うい。
 少年はすぐに笑って、大丈夫ですよ、と言った。
「此処は危ないですから、街まで出ましょう」
「あ…お恥ずかしい話ですが、実は迷ってしまいまして」
「俺で良ければ案内しますよ」
助かります、と言ってから宿泊先のホテルの名前を告げると、ああ其処ならあっちですね、と細い指が示す。今まで歩いていた方向とは全くの逆方向だった。こちらですね、と足を踏み出す。「ありがとうございます」
後ろで、少年の声がした。
「そして、すみません」
 次の瞬間、目の前が真っ白になって、何も分からなくなった。

 「大丈夫ですか?」
眠そうな瞳をした少年が覗き込んでいた。制服を着ている、学生だろうか。
「えっと…?」
「こんなところで眠っていたら風邪を引きますよ」
上体を起こす。どうやら公園のようだ。どうして公園のベンチで眠っていたのか、記憶に靄がかかったように思い出せない。
「もしかして、迷ってらしたんですか?」
少年の言葉に、ああ、と頷く。確かに、迷っていたような気がする。
「俺で良ければ案内しますよ」
既視感を感じたような気もしたが、振り払って頷いた。
 宿泊先のホテルの名を告げると、其処なら分かります、と少年は街の方を指し示した。行きましょうか、日も暮れそうですし、との言葉に立ち上がる。
 並んだ少年は小さかった。そう思うのは、いつも身体の出来上がっている子らを見ているからかもしれない。
「ありがとうございます」
「お礼を言うのはこちらですよ」
「…それもそうですね」
少年は笑う。
 「なんとなく、言いたくなったんです」



(手の甲のキスは尊敬のキス)
#キスの日とかいうのでリプ貰ったキャラを適当に組み合わせてキスさせる
20140530

***

二十五番のサントノーレ 太刀林

*過去林忍林前提
*風間さんは林藤さんの弟子設定

 打ち付けられた背中が痛い、と思った。手首を掴む手にはまだ余裕がありそうだ、なんて呑気なことを考えてしまう。いつの間にこんなに大きくなったんだ、とも。力は比べるまでもなくそちらの方が強くて、今更この体勢から抜け出すのも無理そうだ。それが分かっているのか目の前で楽しそうににまにまにまにま笑う顔に、林藤は思いっきり顔をしかめてみせた。
 本部での会議が終わり帰ろうとした所で、林藤さん、と声を掛けてきたのは太刀川だった。ちょっと密談したいんです、と内緒話でもするように囁かれる。その様子が小さい頃の彼を思い出させて、話だけでも聞こうかーなんて答えた。そのまま使われていない部屋に入って鍵を掛けて、密談ってなんだよーと笑ったところで押し倒されるなんて誰が思おうか。
 いてぇよ、と呻くように言う。
「林藤さんが抵抗したからじゃん」
流石だよね、と太刀川は屈託なく笑った。
「抵抗されなければさーもっとこう…ふわっと? 落とせたし」
力入っちゃった、と言うそれが嘘ではないと分かるので、何を言うことも出来ない。
 「で、何?」
のす、と腹の上に乗ってきた太刀川に問う。
「密談ってそんなに断って欲しくないこと?」
「やだなぁ、林藤さん。分かってるんでしょ」
トボけないでよ、と小首を傾げるなんて動作は、凡そ二十歳を超えた大男のやるものではない。
「抱かせてよ」
「寝言は寝て言え」
一刀両断。じっと見返す先の瞳は何処か焦点が曖昧にも見えて、ああこういうのを吸い込まれそうだとか言うのだろうな、なんて思った。けれども飲み込まれる訳にはいかない、と下眼瞼に力を込める。
 太刀川はと言えば特に気を悪くした様子もなく林藤を見下ろしていた。
「じゃあいいや」
ふっと力を抜いて腹の上から退いていく。なんだ聞き分けの良い、と思いながら同じように身を起こしかけて、
「風間さんとこ行くから」
思わず、服の裾を掴んでいた。
 なぁに、とにやにや笑う子供に、思わず盛大に舌打ちをする。
「…お前、ホント戦略は大したモンだよ」
「お褒めにあずかり光栄」
「でも蒼也にはこうはなって欲しくねえな」
「あは、風間さんなら大丈夫でしょ」
忍田さんじゃなくて林藤さんに育てられてるんだし、と続いた言葉。その言いたいことを正確に理解して、林藤は眉を顰めた。
「…忍田はこんなことしねえよ」
そう言うと、太刀川はあれ、と意外そうな顔をする。
「寝てたんじゃないの」
「…寝てはいたけどよ」
もう隠す意味もないような気がした。お前みたいな手は使ってこなかった、と言えば、また太刀川は意外そうにへぇ、と呟く。
 そもそも林藤と忍田がそういうことになっていたのは戦闘やら模擬戦のあとの興奮故であり、片方にばかり負担を強いるのも、という訳で役割交代で欲を静めていただけの話なのだ。もう何故そのことを太刀川が知っているのかという点には突っ込まない。どうせ忍田が酒を飲んで漏らしたとかその辺だ。
 くすくすと笑いながらまた太刀川が腹の上へと戻ってくる。
「忍田さんに知られたら怒られるかな」
「あー怒るだろうな、アイツ。ついでに俺も運動不足って言われそうだ」
「今から俺らがするのも運動じゃん?」
「………なんでお前そういうオヤジ臭い言い回しするようになっちゃったの」
今度は手首を掴まれることはなかった。その代わり、というように頬へと優しく添えられる。
「多分さー」
「ん?」
「林藤さん勘違いしてると思うから先に言っとくけど」
 目が合う。硝子一枚隔てた向こう、鼻のつきそうな位置で、その瞳はきらきらと揺らめいていた。
 「俺はちゃんと林藤さんのこと、すきだよ?」
 じゃあ順番が違うだろう、と。そのままキスでもするつもりだったろう降りてきた顔に、そのまま盛大に頭突きをかました。



20140530

***

すきだなんてことば、いまさらいらないよ。 風太刀

*過去捏造

 きらきらしている、とその姿を見て思っていた。
 ざん、と倒れる大型近界民を眺めていた。本部へと向かう道すがら警報を聞きつけて駆けつけた、ただそれだけのこと。後から現着したB級の部隊におざなりな返事しか出来なかったのは、ふいに思い出したからだった。
 ―――風間さん、調子悪いの?
 そんなふうにこちらを覗き込んで来たのは、今とまったく変わらない曖昧な瞳。何処を見ているのかイマイチ判然としないながらも、其処には確実に自分が映っているのだから、なんだか可笑しくて笑ってしまったのを覚えている。あの時も今と同じように大型近界民を斬って、それが倒れるのをぼんやりと眺めていた。
 第一次侵攻が落ち着いたばかりという状況で、考えたいことは多かった。知りたかったものも、自分のいる状況も、思いの外力のないこの組織の現状と展望、組織に入る切欠になった兄のこと、そして、隣で闘う少年のこと。風間も太刀川も既に一戦力として数えられていて、戦闘員の数も限られる中、年が近いという理由で組まされることは多かった。
 その太刀筋はいつだってうつくしかった。近界民をばっさばっさと倒していく姿に、彼の師匠を思い出す人間は多いのだろうな、なんてことも思った。うつくしくて、まぶしくて、時折目を逸らしてしまいたい衝動に駆られるほど。
 別に、と風間は言ったと思う。別に、少し考えが煮詰まっているだけだ、と。太刀川は少し考えていたようだったが、暫くしてそっか、と返した。風間さんのことは風間さんしかどうにか出来ないもんね。それは人によっては突き放したような言葉に聞こえたのかもしれない。
 ねえあのさ、とまた暫くして太刀川は再度こちらを覗いてきた。俺は風間さんのことどうにも出来ないけど、そんな前置きをされたので何だ、と返す。俺は頭いっぱいになった時は動いて発散してるけど、風間さんは?
 その問いには笑って答えたと思う。
 頭がいいな、なんて褒めたのは、後にも先にもこの時だけだった。オペレーターの撃滅完了の指示を聞いてから本部に戻る。訓練室に篭ったら、双方の師匠につまみ出されるまで、その交歓が止むことはなかった。

 ふらり、と考えるより先に脚が本部の方へと向かっていた。換装を解いて、このまま本部に向かう、報告はその時にでも、と言う。後ろからの返事を聞いて曲がり角を曲がると、自然と脚は駆け足になっていった。
 ただ、今は無性に太刀川に会いたかった。今日は確か任務も大学もないから、本部にいるはずだ。
 そうして走ること数分、見えてきた地下通路の入り口に見慣れた姿を見つけた。
「かざまさん」
脚を止める。
 走ってきたのか、その肩は僅かに上下していた。風間も同じような様相であろう。その意味が同じであればいいのになと、珍しくそんなことを思った。は、と短く呼吸を整えて、顔を上げる。
「太刀川」
「風間さん」
此処であってて良かった、とゆるりと漏らされた言葉に会話の主導権を譲った。それが分かったのか、少々緊張感には欠ける特徴的な言葉が、ぽつりぽつりと落ちていく。
「俺さ、うまくまとめて言うのとかすげー苦手で。だから、こういうふうにしか言えないんだけど」
分かっている、とぼそり、呟いたらそう言わずにさ、と苦笑された。
「続けろ」
うん、と頷く様は幼子のようだ。たった一つ違うだけなのに、と思うことはしない。
「ね、かざまさん」
 その頬は昔と同じようにきらきらとしていた。風間のいちばんすきな表情。うつくしくて、まぶしくて、目を逸らしてしまいたくなるほどの感情を、この胸に溢れさせる表情。
「模擬戦、しよ!」
 差し出される手を拒むことなど、きっと、ないのだ。



image song「Delta」Mayumi Morinaga
for はなつかさん
20140530

***

One crow never pulls out another's eyes. ハイラン前提ハイ←エネ

*捏造過多

 そういった光景を見るのは別に初めてのことではない。
 エネドラはすっとその目を細めながら、曲がりかけた角(かど)を一歩後退した。隠れるように身を引いた自分に嘲笑まで出そうではあるが、あの空間に足を踏み入れることはあまりにも、自殺行為に等しいような気がしていた。ずくり、と何処かが痛むような、そんな感覚に襲われる。喉の奥から、何かがせり上がってくるような。
 舌打ちしたいのを堪える。そんなことをしても意味はないのかもしれなかったが。足音は煩くない方だと思ってはいるが、丁寧に気配を消していた訳ではない。敵はいないであろう本部の、それもひと気のない廊下。だからと言って、彼らが注意を怠るということも考えにくかった。
 角の向こう。其処にいたのは見慣れた同隊の人間だった。隊長のハイレインと、隊員にして彼の弟のランバネイン。向き合う二人が別段何をしているということはなく、けれどもしかし、エネドラが絶対に入っていけない空気というものがそこにはあった。
 ふわふわしていて、触ったら壊れそうで、けれどもどれだけ暴力に晒しても再生されそうで、見えないものが二人を保証しているようで。
 こういった光景に鉢合わせるのは初めてのことではなくて、その度にエネドラは見なかったふりでその場から去っていた。けれどもそうして、その場面に真正面から遭遇することを避けたのだと、彼らに知られるのは屈辱だとも思っていた。
 兄弟、と。彼らを説明するのにそれ以上の言葉をエネドラは知らない。知らないが、彼らはそれだけではないと、掴みどころのない疼きが訴えていた。
 二人はまだ向き合っていた。内容こそ聞こえないが、身振り手振りとランバネインの声が少しばかり届いて、その雰囲気からどうせまたくだらない話でもしているのだろうと思う。聞き役に徹しているらしいハイレインは時折笑い声をあげ、その度に酸素が薄くなっていくような心地になる。
 互いの瞳に互いのことしか映らない、それはうつくしいと呼ぶべきなのだろうか。そんな性に合わないことが浮かんで来て、はっとして駆け出した。
 どうしようもなく、いたたまれなかった。
 流石に今の足音でバレたかもしれない、でも誰がいたかまでは分からないだろう。ぐらぐらに煮立つような思考の裏で、冷静な部分がそんなことを考えていた。
 兄弟だからなんだっていうんだ。立ち止まった其処が何処なのかも判然としなかった。何も考えずに走っていたのだから無理もない。けれど、もう距離は十二分にとれただろう。首を振る。じれったい痛みのような感覚はまだ続いていた。微細であるのにどうしてか、頭の奥まで響くようなそんな気さえする。
「…クソッ!」
 やっとのことで吐いた悪態に力がなかった理由なんて、考えたくもないし、知らないでも生きていけるのだ。



(仮に万一そうなったところで、何も変わりはしないのだ)
20140606

***

あの色の名前を、今はもう尋ねることが出来るのです。


colors 太刀川

*過去捏造
*太刀川のSE捏造

 太刀川慶は親を知らない。物心ついた時には子供がたくさんいる場所に詰め込まれて、ざわめく光に目を細めていた。一日三度の食事、あたたかいお風呂と寝床。大人たち(後に彼らのことは先生と呼ぶのだと知った)はそう厳しい人間ではなかったし、あとから考えてもあの場所はかなり恵まれた部類だったとは思うのだが、如何せん太刀川は他の子供とはどうにも合致しない部分というものがあった。
 それを認識したのがいつのことか、正直覚えてはいない。けれども記憶の始まるもっと前から、そうだったような気がした。
―――まぶしい。
昼の陽光も、夜の月明かりも、窓から差し込むすべて、それに加えて室内の蛍光灯まで。薄暗い場所を求めて押入れに入れば周りの大人たちは心配してくれたし、目が痛いと言って泣くことしか出来なかった太刀川のことを、放っておいたりはしなかった。しかし、限界というものはあるもので。どの病院に掛かろうとも異常なしと診断され、ならば心に問題があるのかとカウンセリングをしてみても特に問題は見つからず。
「押入れの慶くん」
そういった不名誉なあだ名がつくまで、そう時間はかからなかった。
 小学校へあがる年になっても、それは改善されなかった。それどころか、ますますひどくなった。薄暗い押入れの中で国語や算数のドリルをこなし、電気の消えた廊下を通って暗い部屋で一人食事を取る。その頃には大人たちの態度は少しずつ変わってきていた。それでも太刀川を腫れ物扱いしたり、面倒そうな態度を見せることはなかったけれど。疲れきった色とどん詰まりを示すため息に、見なかったふりが出来るくらいには太刀川は賢い子供だった。
 時を経るごとに感じる眩しさは鋭くなり、それに伴って明るさを感じた時の痛みも増して行った。ぎゅっと力強く閉めた押入れの中でも、そんな薄い光だけですべてが見える。周りの子供はそうじゃない、もうそれは分かっていた。だから、暗闇に浮かび上がる世界のことは誰にも言わなかった。ただ光で目が痛いと、伝えることはそれだけに留めていた。

 それが一転したのは十一歳になった、夏の日のこと。
 こんこん、と押入れの扉がノックされる。
「…宇川さん?」
いつも食事を運んできてくれる大人の名前を呼んだ。けれども呼んでみてから可笑しいな、と思う。今はまだ食事の時間でも、勉強成果の確認の時間でもない。それに、この施設の大人たちはノックはせず、慶くん、と声を掛けるのが常だった。
「太刀川、慶くんだね」
その太刀川の疑問通り、返って来たのは知らない声だった。男の声。此処にいる大人のものではない。
「そうだけど…貴方は?」
「私は忍田真史という。君の目のことを聞いて、何か力になれるのではないかと思って訪ねて来た」
 なにか、ちからに。
 まるで異国の言葉を聞いた気分だった。確かに此処は小さな施設で、病院を回ったと言っても隣の市の大きな病院までではあったけれども、医者がこぞって原因が分からないと匙を投げた症状だったのだから。まさか、今更この症状をどうにかしようなんて思う人間が現れるなんて、思ってもいなかった。
「ほんとう、ですか」
「まだ断言をすることは出来ないが、君のその目の原因が我々の考えているようなものであれば、必ず力になれる」
欠片のようなものだ、そう思った。そう思っても、欠片でも、この十一年間で太刀川の前に希望が転がるなんてこと、初めてだった。
 どきどきと胸が鳴る。
「しのださん、って言いましたっけ」
「ああ」
「貴方たちの考えている原因っていうのを、聞いても良いですか」
「その前に、一つ、試して欲しいことがある」
「なんでしょう」
「とりあえず、此処を開けても良いか」
もう時計は夜の七時を回っているはずだ。部屋の電気も消されているだろう。それなら、この扉を開けたとしても恐らくそう目が痛むことはない。
「…分かり、ました」
 そうっと手を掛けた扉は、いつものようにするすると開いた。
「はじめまして」
その先にいたのは、精悍な顔付きの男だった。
「はじめ、まして…」
つられるようにして頭を下げる。忍田は礼儀正しいな、と笑うと、失礼、とその手がすい、と近付いてきた。何やら黒くて四角いものが握られている。
 それは太刀川の心臓の辺りに近付くと、ピピピ、と音を立てた。
「それは…?」
ふむ、と頷いた忍田がそれをしまうのを待って問う。
「その質問に答える前に、君にもう一つ問わなければならないことがある」
「何?」
「君は、私たちの仲間になる気はあるか」
なかま、と呟く。そんな言葉を掛けられたのは初めてのことだった。普通に外へと出ることの出来ない太刀川には、そういう関係を築くことなど出来なかったから。
「…なり、ます」
「そうか」
ふわり、とその頬が緩む。またどきり、と胸が鳴った。
 周りの人には内緒だぞ、と前置きして語られた話は些か信じがたいものだった。
 この世界の人間にはトリオン器官という見えない内臓があって、そこから生成されるトリオンというもので成り立つ技術が存在すること。その技術の発展のために、その内臓を狙う異世界人がいること。それと闘うことを目的とした集まりがあること。トリオンにも多い少ないがあって、多い人間はその影響で稀に特殊能力を発現することがあること。それはサイドエフェクトと呼ばれること。恐らく、太刀川の目もそれの一種だと思われるということ。
「先ほどの機械はトリオン能力を測るものだ。詳しいことは専門の研究者に見てもらわないといけないが、結果から言うと、君の目がサイドエフェクトである可能性は非常に高い」
「それは、おれのとりおん…? 能力が高いってこと?」
「ああ。一般人はトリオンのことを知らないからどうにもならなかったかもしれないが、うちは違う。理解もあり、トリオンについて専門に研究している人間がいる」
君の目についても、何かしらの対策を講じることが出来る。
 そう言い切った忍田の目は、暗がりでも良く見えた。
「これから、よろしく」
「こ、こちらこそ」
差し出された手を反射のように握る。
 すぐに迎えに来るから、と忍田は笑った。

 そしてその言葉は数日後には現実となった。
 押入れの中の太刀川のところには次の日から何人もの大人がやってきて、難しい話を噛み砕いて話していった。君を引き取りたいという話が来ている。その言葉に、太刀川は顔を輝かせて忍田さん? と問うた。大人たちが頷く。
「じゃあおれ、行く!」
薄暗い中でも、太刀川の嬉しそうな顔はしっかりと見えたらしい。周りの大人たちが驚いた顔をしたのが分かった。分かったけれども気にならなかった。
 はやく、忍田のところへと行きたかった。

 その日はすぐにやって来て、また太刀川の押入れの扉が礼儀正しくノックされる。
「忍田さん?」
「ああ」
約束通り、迎えに来た、とその声に、思わず押入れから飛び出て抱き付いた。天気が悪いのか、窓から差し込む光は少ないものだったが、太刀川の目にはそれで充分だった。
 夜にサングラスを掛け、黒塗りにした車で移動する。それでも太刀川の目には拾う光が多過ぎた。
「大丈夫か、慶くん」
隣に座る忍田が背中をさする。厚い毛布を被っていてその感覚は薄かったし、毛布の所為で車内空調が効いていても暑くて堪らなかったが、それがたまらなく嬉しかった。

 ついたよ、と言って、忍田は太刀川を下ろした。
 彼らの本拠地につくまでに太刀川の苦痛は最高点にまで達していた。当たり前だ、物心ついてからこれまで、ロクに外に出たことなんてなかったのだ。それが夜とは言え、慣らしもせずに出たとなれば身体が追いつかないのも当然である。
 暗い部屋で目の部分に氷を当てて、暫く。
「落ち着いたか」
忍田とは違う声に顔を上げれば、ちみっちゃい影が太刀川を覗いていた。絵本で見たたぬきのようだ、と思う。
「これをつけてみろ」
たぬきのような人はなにやらを太刀川に差し出した。忍田が受け取りなさい、と背中を撫ぜる。恐る恐る出した手に乗せられたのは、何やらプラスチックのケースだった。中は液体で満たされていて、それに格子状のカプセルが浸かっている。
「うちの技術開発部が作った特殊なソフトコンタクトレンズだ。付け方は分かるか?」
「いや…分からないです」
「そうか、ならばこれを読め」
手渡された紙には手書きでざっくりとした説明が書いてあった。何かの裏紙のようだったが、表面に印字されているのはアルファベットの羅列で、専門知識のない太刀川にはそれが何なのかまでは分からない。
「洗面台なら簡易なものが部屋の隅にある」
たぬきの言葉に従って其処まで行くと、ケースを開ける。中に入っているコンタクトは、不思議な格子状の模様をしていた。
 四苦八苦して、忍田の手も借りながらなんとか付け終わる。
「つけましたけど…」
そう振り返ると、たぬきはふむ、と頷いた。
「じゃあやってみるぞ。照明のレベルを一つあげろ」
 え、と太刀川が声を上げるよりも先に、部屋が少しばかり明るくなる。反射のように悲鳴を上げて、目を覆って蹲る。
「オイ、小僧」
「やだ、むり…っ」
「目は痛むか」
「痛いに決まって…って、アレ?」
恐る恐る手を外した。ぼんやりと浮き上がる部屋の景色。いつもは、暗がりの中でも見えていた景色。
「痛く…ない?」
 太刀川のその言葉に、わっと空気が沸いたのが分かった。
「そうだろう! そうだろう!」
たぬきがわはは、と声を上げる。ついでにばしばしと背中を叩かれた。痛い。
「うちの技術者の努力の結晶だからな!」
「…でも、何でコンタクト?」
眼鏡でも良かったのではないか、そう思って問うてみる。すると忍田は少しだけ眉根を下げてから、これからは闘うことになるからな、と零した。
「元々眼鏡をしていたのならまだしも、そうではないのだから。ない方が良いだろう」
「それもそうだね」
 それから何段階か明るさを試してみて、その日は終わった。
 サイドエフェクトというものは本人次第で制御出来ることもあるらしかったが、それは一朝一夕で出来るものではない。それまでは道具に頼れば良いと、少しやつれた顔をした大人たちはにっこりと笑った。これを作るために幾許かの無理をしたことは明白だった。そのうち日常用に眼鏡も作ってやるとの言葉をもらってから風呂に案内され、太刀川専用に作ったという暗い部屋へと通されたが、興奮してしまって眠るどころではなかった。

 数日そういう実験を繰り返したあと、太刀川は初めて昼間の外の世界へと出た。
「忍田さん」
喉が震える。これが感動というものなのかと思った。
「世界は、きれい、だね」
初めて見た、白で塗り潰されない世界。
 今まで世界はひどく眩しくて、何にもないところなのだと思っていた。光は集まりすぎればそこにあるものを見えなくする。太刀川にとってそれはいつだって起こっていることで、見えないものは存在していないのと同じだった。
 けれども、今は違う。世界にはこんなにいろんなものが溢れているのが、分かる。この目を通して、確認できる。
「そうだろう」
隣で忍田が頷いた。
「これからお前も、この世界を守る一員になるんだ」
「おれに出来るかなあ」
「出来るさ」
お前はそれを選んだんだから、と頭を撫ぜる手に、彼の言う通りになれば良いと目を細めた。
 それは初めて眩しさを感じた以外でやった、慈愛に満ちた行為だった。



20140614

***

 ぐちり、ぐちり、と内臓を抉られるような音がする。ような、ではなく実際に抉られているのだが。鼻にかかる甘ったるい自分の声に吐き気さえも覚えながら、忍田はぼんやりと目の前の男を睨み付けた。

ノットバットハレーション 忍唐前提モブ忍 R18

 事の発端は、何やらここ最近、恋人が悩んでいるようであると気付いたことだった。
「唐沢さん」
仕事のことかもしれない、そう思っていた。彼の仕事は金策だ、それが一筋縄ではいかないものだと、忍田とて良く分かっている。だからこそ今までそんな様子を見ても触れないで来た。自分の仕事の庭を荒らされることが嫌なのは、忍田も同じだった。
 しかし、せっかく二人きりになっても何処か上の空な恋人を前にしては、流石に黙っていられない訳で。
「何か悩んでいるのならば、言ってください」
手を取る。
「今まで仕事のことかもしれないと黙っていましたが、もう駄目です。貴方、私といるのにそのことばかり考えているじゃないですか」
放っておかれる私の身にもなってください、と口を尖らせてみると、そういう行動に弱いらしい恋人は、参りましたとばかりに笑った。その表情に、ああ、こういうのも悪くはないな、と思う。
「………実は、ですね」
言い難そうに口元を歪めた彼を慰めるように、そっと手の甲を撫ぜた。
 何度も何度も言葉に詰まる彼をなだめつつ聞き出したことは、確かに悩むに値することだった。
「唐沢さん」
沈んだ表情をしている恋人に呼び掛ける。
「確かにそれはひどい話だと思います、勿論、相手方の要求がです」
「ええ、そうでしょう」
青褪める、そこまで行かなくともその顔色が悪いことは、普段不摂生が続く忍田でも心配になるほどだ。
「でもですね」
その顔色を少しでも良くしたいと、忍田が思うのも可笑しいことではない。
「貴方がそんなに悩むくらいなら、一度くらい、私が出ます」
だから、と続けた言葉にその顔が歪む。泣きそうだ、とはこのことを言うのだろう。しかし、忍田にだって譲れないものがある。
「大丈夫です、唐沢さん」
触れた頬は冷たかった。

 べたべたと纏わりつく熱を、振り払わないのはこれがひとえにボーダーのためであり、そして恋人のためであるからだった。そうでもなければこんな人間、すぐさまトリガーを起動して殺している。
 唐沢が悩んでいたのは、やはり仕事のことだった。
 ボーダーに理解を示し、多大な資金を援助してくれるとある企業。そこのお偉方が今度、退職するらしい。その最後の頼みとばかりに、個人的、という名目で、彼は唐沢に一つ提案をした。
 勿論、個人的、などというのは表面的なものであり、言葉の裏には従わなければ資金援助から手を引く、という謂わば脅しでもあった。
 ―――忍田真史を抱かせて欲しい。
なんて。
 気持ちいいかと問われれば正直その手は自分のことばかり考えているもので。しかしそういった経験がない訳ではない身体が、ふわりふわりと快感を拾い上げる。ああ、と投げ出した視線はどうやら降参と取られたらしい。相手の男はぎらりと目を赫(かがや)かせ、嬉々として服に手を掛けた。最初から資金援助を盾にとっておいて、こちらが従順な姿勢を示してやらねば満足に動くことも出来ないなんて。
 嘲笑は胸の内だけに留める。前髪を掴む手の導くままに跪いて、忍田は大人しく口を開けた。

 ぐ、だの、む、だの。お世辞にも嬌声とは取り難い声も、相手にとっては忍田を暴いているという確かな証になるようだった。その証拠に今男は背面から、気持ちの悪い声でいいねえまさふみくん、なんて零しながら腰を振っている。
 散々だな、と思った。快感は確かに得られている。けれどもそれは経験があるからであって、もしもこれで忍田が初めてであったなら、あまりの痛さに相手の男を殴っていたかもしれない、とまで思う。このド下手糞、と。更には人の身体のことを兎や角言うのは憚られるが、まあ、そうだ、そういうことである。もっと言うならば…いや、もうやめておこう。
 まさふみくん、とその声が変に掠れるのを聞いた。ずるり、と腸壁が擦れる感覚に声を上げる。呼ぶように腕を引かれて振り返ると、仕上げとばかりにその粗末なものを押し付けられた。くそ、良い趣味してんな。大人しくそのままでいると、頬にべたり、べたりと白濁を擦り付けられる。この分なら拭き取るのも容易い、そんなことを考えていると、男は息を吐いて座り込んだ。どうやらこれでお開きらしい。
 「満足か」
すっと、自分の目線が冷えていくのを感じていた。その目線に、相手の男はひっと声を上げる。
 なんだ、と思う。これくらいで尻込みするようであれば、最初から威嚇してやれば良かった。
「満足いったならばもう終わりだな」
てきぱきと服を整えて立ち上がる。
「まさふみくん…ッ」
縋ろうとしてきた手は払いのけた。向き合う。丸出しの下半身が滑稽だった。
「貴方の望みは私を抱くこと、だったな?」
確認の形を取ったものの、違えているということはないだろう。ポケットから出したハンカチで頬を拭う。匂いがつくから早く洗濯機に掛けないと、既に思考は次に移っていた。
「ならばもう、私が此処にいる理由はないだろう」
 まて、と尚も袖を引く腕を蹴り上げ、そのまま急所へと振り下ろす。お世辞にも艷やかとは言えない悲鳴が上がって、忍田は満足そうに唇を結んだ。勿論、手加減はしている。救急車を呼ぶような事態はこちらも避けたいところだ。
「では」
ひらり、手を振った忍田を、引き止める声はない。
 代わりに、苦悶の声が部屋中に響いていたが、それも扉を閉めてしまえば聞こえなくなった。はぁ、と溜息を吐く。呼び出す番号はいつもと同じ。
「あ、唐沢さんですか? 今終わりました。それで―――今から会えませんか?」
了承が返って来るのを待って場所を伝える。
 さっさとシャワーを浴びて、愛しい恋人を心ゆくまで抱きたかった。



not halation but halation
(悪影響ですって? まさか! 光暈のようなものですよ、きらきら輝いていてうつくしいひと)
20140614

***

貴方を神様のように扱ってしまったことにお詫び申し上げます。 嵐時

 誰でも良かった、と言えばきっとそうなのでしょう。
 寄り掛かることの出来る人間ならば、それを苦にはせずに、寧ろ喜んでくれるような人間であれば、誰でも良かったのです。だから貴方に初めて出会ったあの日、貴方が隊へ勧誘してくれたあの日、とても嬉しかったのです。心臓が初めて脈打ったような、そんな気がしました。その瞬間初めて、時枝充という存在が生まれたかのような、そんな心地になりました。貴方の誘いに頷いて、それから貴方の支えとなって、貴方の言う必要という言葉に何度救われたでしょう。貴方の生んだ時枝充という存在は、貴方の隣でなら生きていて良いのだと、そんなことすら思ったのです。
 しかし、しかし、時が過ぎて疑問を抱き始めました。このままで良いのか、そんなことを思うようになりました。貴方の隣にいるのに、理由を求めるようになりました。貴方が生んだから、貴方の隣にいたいから、それだけでは自分の行動に自信が持てなくなったのです。自分が許し難いような、そんな気持ちさえ持つようになったのです。
 ああ、一体、これは何なのでしょう。





「充、それは、恋だ」








ひねくれた告白
https://shindanmaker.com/375517
20140614

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20200222