もぎたてかじつ 歌佐

 あ、と声を上げたのは佐鳥だった。
「歌川、口ンとこ赤い」
血ィ出てる、とその指が触れる。
「痛くねーの?」
優しく、やさしく。拭う訳でもなくやわやわとその部分を撫ぜていく。
 「…さとり」
「何?」
きょとん、とした顔に、ため息を吐きそうになったのを寸でのところで堪えた。
「…何でもない」
 意識してるのはこちらだけみたいだ。



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「触れる」「意識」「赤い」

「あっ俺のリップ使う!?」
「そうじゃねえよ」


***

きみのやさしい涙腺の在り方について。 当時

 「とっきーはさぁ」
本部の廊下、その壁に寄りかかった状態で当真は呟いた。
「人に頼ったりとか、しねーの」
返ってくる答えなど予想がついている。いつもいつも、人のことばかり優先させて、けれどもそれが苦にならないなんて。そういうことを言うから好きになったのだと、分かってしまっているのだから。
 「してますよ」
ふわりと微笑んだのはやはり嘘には見えなくて、思わず舌打ちをした。その反応にまた笑みが漏れて、当真さんは優しいですね、なんて言われる。
 やさしい、なんて。組んだ腕に力が入る。そんなものは理由もなく、今この衝動を実行に移せる人間のことを言うのだ、と思った。
 手を伸ばせば届く距離だろうに、ああどうして、こんなにも遠い。
「とっきー」
呼ぶ。
「なんですか、当真さん」
 涙でも流してくれれば、抱き締める理由はそれで充分なのに。



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「抱きしめる」「涙」「壁」

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過呼吸症候群 風迅

 上手く呼吸が出来ないのだと、いつもの馬鹿みたいに薄っぺらい笑みすら繕えなくなった顔で、迅がそう吐いたのはいつのことだったか。
 苦しさからかその頬は赤く色付いていて、触れると熱が伝わって来て。
「かざま、さん」
 助けを乞うように自分の名を紡ぐ唇に噛み付いて、もっと苦しい顔をさせたい、なんて思ったのは。



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「歪む」「熱」「赤い」

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かるがも行進曲 佐当

 ぴよぴよぴよ。
 後ろをついて来るその様が名前が表す通りに鳥みたいだと思っていた。とうまさん、とうまさん、なんて。じっとこちらを見つめる視線の熱さも、嫌いじゃあなかったのに。
 顔の良さと愛嬌、勿論実力もあっただろうけれど、広報部隊に引き抜かれてから、それはぱったりと消えてしまって。そりゃあ忙しいのは理解しているがあまりにもあっさりと手を引かれたようで気に入らない。
 「…佐鳥」
 こんなに人を乱しておいて、トドメを刺さないなんて狙撃手失格だろう、馬鹿。



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「乱す」「熱」「あっさり」

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臆病な貴方へと贈るサンフラワー・リゾート 迅時

 怖いだろう、とその人は言った。ゆらゆら揺れる瞳で、否定してくれと言いたげな自嘲でもって、その人はこちらを見つめていた。
「未来視なんてものが良いモンじゃないってことくらい、時枝は分かってるでしょ」
なんでもないふうを装って。
「関係の終わりが見えてるやつとなんて、やってけないでしょ」
この人は。
 思わず出たのはため息だった。
 怖くないと言えば嘘になる。けれども、絶対的に決定している未来などない。彼の見るそれは幾つかの選択肢であって、彼は少しでもこの先良いことが起こるように、尽力しているだけ。そう考えれば、そんなことは誰でもやっている、普通のことだ。だから、息を吸う。
「なんだ、そんなことですか」
 臆病者ですね、と罵ってから腕を伸ばせば、その手が届く前に抱き締められた。



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「愛せるなら愛してみろ」

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本当、だったり。 出菊

 なんでこんなことすんの、との言葉に菊地原は顔を上げた。うつくしい顔は不機嫌そうに歪んでいて、まるでこっちが強姦でもしているみたいだ。いや実際そうなのかもしれなかったが、これからきもちよくなるのだし、この行為で受け手になるのはこっちなのに、つまらないやつ、と思う。
「へー出水先輩ってセックスに理由とか求めるタイプなんだ」
思いの外女々しいね、と付け足せばそのうつくしい顔は更に歪んだ。
「そういう訳じゃねぇけど、」
「じゃあいいじゃん」
口を動かしながらも手を止めはしない。ぷちり、ぷちり。外れて行くボタン。真面に答える気がないと諦めたのか、それ以上言及されることはなかった。なかったが。
 「…先輩のことが、好きだからとか、言えばいいの」
「はぁ?」
またもそのうつくしい顔が歪んで、別に答えたくねーなら誤魔化さなくても、と睨まれた。



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サイダーのように弾ける恋 佐時

 涙をうつくしいだなんて思ったのは初めてのことだった。
 だめだったんだ、そう無理に笑って見せようとするのがどうにも耐えられなくて、我慢しないで、なんて言って抱き締めた所為だと言えばそれまでで。泣かせた、とは思わなかったけれど、この涙の切欠は自分にあるのだなぁ、なんて心が揺れた。それと同時に、自分ではこの涙の源にはなれないと、そうも思った。
 「かなしいね、とっきー」
思わず言葉にしたらその瞳は更にぶわりと水晶のようなきらめきを零して、また慰めるように抱き寄せる。
 今この瞬間が、永遠になれば良いのに。そんな、不謹慎なことを思いながら。



喉元にカッター
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僕の麗しきヒーローたちよ 唐沢

 夢だけでは食っていかれない。
 そんなフレーズを思い出したのは営業から本部へと帰る途中の公園で、一人休憩を取っていた時のことだった。ボーダーに夢を語る人間は少なくはなく、しかし彼らの殆どがそれだけではいけないと分かっている。
「そういうの、」
はぁ、と煙を吐き出す。一瞬色付いた空気はすぐに霧散していった。
「どうかと思うんですよねぇ」
 彼らは所謂ヒーローで、そうあることが夢で、けれどもその夢を阻むものがいて。
「金の心配なんて、汚い大人にさせておけばいいのに」
だからこうして唐沢がいるというのに。
 かわいらしいヒーローたちは無心に夢へ向かうということを、してはくれないのだ。

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あなたを欠いた幸福 最林

 嘘みたいに静かだな、と思った。
 掌に収まる、そんなちっぽけなものになってしまったその人を見遣る。もう人とは呼べないだろうその姿に、林藤は煙を吹きかける。何度も何度もいたずらでやった行為。やめろよけむいわ馬鹿、そんなふうに笑っていた人はもういない。
「アンタらしい選択だと思いますよ」
その言葉に嘘はなかった。報告を聞いた時、頭が真っ白になる反面、ああやっぱりな、とそう思ったのだから。それほどに彼の最期の選択はあまりに彼らしいもので、あれやこれやどうして、と言えるほど林藤は子供ではなかった。
 子供ではなかったけれど。
「そーいち先輩」
昔の呼び方をしても、応える声はないけれど。
 黒トリガーの出現によって、これでまたこの組織の戦力はあがった。明日の形ばかりの葬式が終ったらきっと、みんな分かったような顔で、これが最善の選択だったんだ、なんて言うんだろう。最悪の中の最善、彼はよくやってくれました。その遺志を我々は受け継いで、この世界のために役立てましょう。そんな慈善団体みたいなことを言って、悲しみを誤魔化して。
 起こってしまったことはどうにもならないと、大人になったような顔で、すべて飲み込んでみせるのだ。
 そういう意味では、ある意味遺されたあの子供が羨ましいなんて、ひどく残酷なことを思った。




指切り
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世界でいちばん美しいところへ 菊時

 「どっか、行っちゃおっか」
そう言ったのは時枝だった。
「ちょっとオレも疲れちゃった」
「時枝でも疲れることあるんだね」
「オレのことなんだと思ってるの」
「人間だと思ってるけど、そういう弱音吐くイメージなかったから。安心した」
ふふ、と笑って見せる時枝の手を、菊地原はそっととる。とん、ととん。やさしい音の伝わる手。
「何処いこっか」
「菊地原と一緒なら何処へでもいけるよ」
それもそうだね、と笑い合う。
 するり、とどちらからともなく指を絡ませた。鞄にお財布と、ICカード、それからお菓子を詰め込んで。書き置き一つ、さがさないでください。どうせ今日は非番の日だ。

 煩い原因―――佐鳥と歌川(双方に悪気はなし)が、二人の小さな逃避行に気付いてもっと煩くなるのはまた別の話。



「とっきー! 菊地原とばっか一緒にいないでよ!」
「菊地原! 時枝に迷惑掛けてないだろうな!」

秋桜
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20140530
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20140630