それでもこっちにも意地があるので 忍林 R18

 兎にも角にも忍田という男がとんでもないやつだと言うことは林藤だって知っていた。知っていたけれどもまさかかの有名なホトトギスの句についての講釈をしたからってこんなことになるなんて誰が思うだろう。
 現在地、会議室。
 状況、施錠なし。
 つまり、ヤバい。
 とは言ってもそんなことを忍田が慮ってくれるかと言うとそうでもない訳で。だから林藤はもう仕方がないなと可愛い後輩を見る目で好きにさせていた訳だけれども(一応恋人としての欲目もあるので)、そういう訳で自然、声を抑える形にはなる訳で。しかしどうにも、忍田はそれが気に入らないらしい。忍田だって馬鹿ではないのに。廊下は人が通る可能性がある。この会議室は前もって使用連絡をしているからまあ普通は人が入ってこないとは思うけれど、だからと言って絶対に入ってこないという保証はないしさっき言った通り施錠はしていない。最悪である。世間話、と思ったのが運の尽きだった言えばそうだっただろうが、何が切欠で盛るのか分からないのでもうお手上げだった。ぐりぐりと勝手知ったる指が身体の中を這いずり回って、それから耳を喰まれる。
「泣いてみろよ、なあ、たくみ」
どろどろと甘い声が脳を溶かしていく。こんな時だけたくみ、なんて呼ぶのだから本当コイツ外面だけは良いよな、と思った。廊下、人、声、と最小限の言葉で伝えるもそうだな、としか返ってこない。意味をなしてない相槌だ。日本語仕事しろ。
「林藤」
どうせ笑っているのだろう声に、振り返ることも出来ない。
「おれは、鳴くまで待つほど気が短くないぞ」
―――知ってる。

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友だちだよ、友だちだったら。 三輪米

 何も恐れることはないだってオレがずっと傍にいるじゃんいつもそうだったし今までもそうだしこれからもそうだしだから秀次、お前は何も心配しなくて良いんだよ。



「人を変えてしまうことを怖がらないで。クロージョライ。危険人物でいて。わたしのいちばんの友だちでいて」/雪舟えま「タラチネ・ドリーム・マイン」

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けもののかおり 風迅

 花が咲いていた。きれいな黄色で、なんとなく春だな、と思った。何の花かは知らない。そういえば花の名前なんて覚えられるほど外に出ていなかったな、と思う。今でこそ副作用(サイドエフェクト)を調節することが可能だが、小さい頃は視る必要なんかまったくない未来まで視えていたのだから。なら何も見なければ良い、出来るだけ家にいれば、大切な人の未来だけを見ているだけで済むから。そんなことを思っていた少年時代だった。根暗だったなあ、と今なら思う。
 その中に、一人。
 人間の、かげ。
「…風間さんの、」
がさ、と踏み入ることが自分に許されるのか分からなかった。花を不必要に踏みつけてしまいやしないかと、そんなことを。だから躊躇ったというのに、その人はまったくもって戸惑いなく迅か、と顔を上げると花畑の中からざくざくとこちらへと近付いて来た。花がなぎ倒されるようなことはないが、根の辺りは踏んでいるのではないのだろうか。大丈夫なのかな、と思うけれども。眼の前の彼から目を離すことなど出来なくて。
「匂いがする」
「菜の花の匂いばかりだと思うが」
「菜の花っていうの、これ」
「知らなかったのか」
「うん。でも風間さんが教えてくれるのはなんとなく分かってた」
「視た訳じゃあないんだな」
「うん」
そうだったら良いな、なんて。
 そんなことを思ったなんて口が裂けても言えないけれど。
「風間さんてさ、お節介だよね」
「お前、今日の朝寝坊しないようにと丁寧に起こしてやった奴にそういう言い草をするんだな」
「ちが、ちがうよ! 今のは褒め言葉!」
「お節介は褒め言葉ではないと思うが」
「おれの中では褒め言葉なの!」
「そんな理屈が通用するか」
なます切りにしてやるから来い、と手を引かれる。まるで当たり前のように。本部へと向かうのだろう、視なくても分かる。迅は抵抗しない、花の香りが遠ざかっていく。きれいな黄色。春の色。けれどもそれが失くなった訳ではない。
「―――うん」
「何だ、覚悟でも出来たか」
「おれが風間さんをなます切りにし返す覚悟なら出来たよ」
「上等だ、やってみろ」
 春の日射しの中、たまらなくなって駆け出した。手は繋いだまま。
 今度は迅が手を引く番だった。明るい未来へ、春の匂いのする方へ。その過程できっと、ひとは何にでもなれてしまうのだ。



菜の花にすこし獣のにおいして思い出してるきみのおせっかい / 加藤治郎

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寝付けない夜が続いている 菊時

 ボーダーに所属する以上、そしてその中でも広報として活躍する嵐山隊にいる以上、こうなることは仕方なかった。遠征に行きたいという積極的な気持ちがなかったのもあるし、嵐山隊であることを誇りに思うことこそすれ、嫌だと思うことはなかった。やることが多くて大変だとは思うけれども、それだって遣り甲斐に感じている。そもそも出会うことが出来たのは、話をすることが出来たのはボーダーがあったからだし、それは少しだけこの街が侵略されたことを喜ぶような行為に思えて胸がちくりと痛んだけれどもきっと彼が今日も横にいたらまたどうでも良いことを気にしている、とぶすくれた顔を見せてくれたことだろう。
 けれども、それがない。今日だけではない、此処数日そうだった。仕方ない、A級である以上、そして遠征を望んでいる以上、この時間のことは付き合うことになった時に納得しているはずだった。事実、身体はしっかりと休めている。ただ深く眠れてはいないな、と思うだけで。
―――今日は心音が少しうるさいね。
そんな憎まれ口を叩く恋人が、傍にいないというだけで。
「きくちはら」
誕生日にプレゼントだと言って突き付けられた猫のぬいぐるみを抱き締める。
 彼が帰ってきてひと目を気にしないで良いところまで一緒に行けたら、一番に抱き締めようと心に決めながら。



(きみがいないからだよ)



アメジストはほくそ笑む
http://nanos.jp/xxamethyst/

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機械の小鳥は夢を見ない 林迅

 ボスって変わったよね、と呟いて見せればおいおいそれって城戸さんとかに言うことなんじゃねえの、なんてあまりにひどい自虐が返ってきた。城戸が変わってしまったことに一番嘆いて心を痛めているのはこの人だと言うことを迅は知っていた。だからこそ、いつだって戻って来れるようにと玉狛を維持しているのだ。城戸の夢がどういうものなのか知っているから。
「機械の、小鳥の話ってあったじゃん」
「ん? 何それ」
「めちゃくちゃ綺麗な宝石ついた小鳥の話」
「………もしかしてアンデルセンのナイチンゲールか」
「あー多分それかも。小鳥の鳴き声が気に入ってて褒めて讃えてめちゃくちゃに可愛がってたのに、機械で出来た疲れ知らずの鳥の方がみいんな気に入っちゃってそのうちに小鳥が逃げちゃっても誰も気にしないっていうやつ。で、機械が壊れちゃって初めてみんなが小鳥がいないのに気付くやつ」
「え、ネジ巻く奴がいなかっただけじゃなかったっけ」
「え。オレが聞いたのはなんかそういう話だった」
「まあ良いや」
続けて、とその人は投げた。まあ迅にしてみてもどちらでも良いと言えば良いのだ。
「あのね、」
 だって本題はそこじゃあないのだから。
「ボスは壊れるよ」
「機械だから?」
「生きた人間だから」
「言ってることちがくね?」
「違うかも」
「でもお前はそう思ってるのか」
「うん」
ガキの戯言だって言う? と迅が首を傾げてみせると、まあな、と素直に返される。
「だからね、もっと休んで欲しい訳」
「それはお前のサイドエフェクトがそう言ってるから?」
「そう言ったら休んでくれる?」
「まさか」
「だろうと思った」
だから、これはオレの個人的なお願いだよ、と迅は続ける。
「じゃないとボス、壊れちゃうから」
 少しの沈黙が落ちた。この先、何を言われるのか迅は知っている。視えてしまったから。ふう、と息を吐いて、それからこちらを見て。もしそうだとしても、とその人は笑う。いつもの笑みで。
「お前程度で壊せると思うなよ」
―――オレが壊しちゃうから。
そんな台詞はお見通しだと言わんばかりのその人に、どうしたって迅は敵わないのだ。

***

砕けた金の心臓 米出

 この感情が何かと問われたら恋、なのだと思う。それは間違いない。わりと普通にしか生きてこなかった(この三門で普通とかちゃんちゃらおかしいような気もするけれど)出水にとって、それはやっぱり恋で相手は同性だったけれどもやっぱり恋で、そいつ―――米屋から向けられる感情も恋、で良かった。良いはずだった、いやはずとかそういうのじゃなくて普通に恋だった。出水と米屋は相思相愛と言うやつでそれなりに上手くやっていた。
 けれども米屋にはどうしたって譲れない一番というものがあってそれは恋ではなくて、だから出水とて気にしないようにしてきたのだけれど。出水とて太刀川のことを尊敬しているし、気にかけているし、なんなら世話だってしていると思う。自分のところの隊長のフォローをするのなんて普通のことだ、大体の隊員がやっているはずだった。それでもどうにも、それはそれだけじゃなくて。
「なあ」
「ん? 何?」
傘を取り出した米屋に話し掛ける。雨が降っている。いつもこいつは折りたたみなんて持って、それはきっとそいつの隊長の、三輪の、ためで。
「…何でもない」
「そ」
「いってら」
「ほいほーい」
 結局のところ出水公平は三輪秀次から米屋陽介を完全に奪い取ることなど出来やしないのだ。



蝋梅
http://sameha.biz/?roubai

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君と私で口封じ 太刀迅

 秘密裏に何事か推し進めるのが嫌いなわけではない、ただ向かないなあと思うだけで。ポーカーフェイスくらい太刀川だって出来る。それくらい出来ないと困るから。でも迅のそれは病的だとすら思うのだ。そこまで徹底する意味はあるのか、とか。ついつい要らないところは壊してしまいたくなるとすら。
「お前疲れねえの」
「疲れないよ」
趣味だからね、と迅は笑う。
 秘密だよ、と言ったその唇の動きをいついつまで追ってしまうのだろうか。



夏空 @sakura_odai

***

 俺さあ、ホントは誰にも言ったことなかったんだけど、秀次の姉ちゃんが好きだったんですよ。
 まるで罪の告白かのようにそう言ってみせた少年に、迅は目を細めてそうなんだ、と言うしか出来なかった

青空ラビリンス 米→三輪姉+迅

 別にその時は秀次の姉ちゃんって知ってた訳じゃなくて、下の名前と学生服姿を知ってるだけで、俺にとっては憧れのおねえさん、って感じ。今思うと恋って言うにはそうだなあ、カワイすぎた? かもしんないですね。でも、ああ、好きだったな、って。そうそう、過去形。過去のことだから。秀次の中ではそうじゃないっぽいけど。勿論突然会わなくなったから嫌な予感くらいしてました、仕方ないです、恨んでる訳でもない。これ言っちゃうとしょうもないけど、本当にしょうがなかった、じゃないですか。今はそんなこと言ってらんないけど。俺はそうやって飲み込んで、飲み込めちゃって、それから秀次に会いました。俺のこと、多分、知ってたんじゃないかな。おれが勝手にそう思ってるだけで、一回も確認したことないんですけど。それで、三輪隊に入ることになって。俺は楽しくて、それはそれで良いんですけど。近界民がどうとか、難しすぎて俺には考えられないし、気にできることじゃないし、迅さんのことだってどうとか思ってる訳じゃない。
「でもね、」
迅さん、と少年はうっすらと笑う。
「未来のためなのは分かってるけど、あんま秀次のこと突っつき回すのだけはやめてくださいね」
俺から言えるのはそれだけです、と少年ははい、とペットボトルを差し出した。だから代わりに迅はぼんち揚げを差し出した。
 いつもの風景だった。
 いつもの風景でしかなかった。



夏空とC.C.レモンが似合うひと わたしの眼には映らないひと / ねりたんか

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さみしくはない、この先には未来が続いているから ショ匠

*陽太郎の林藤さんの呼び方捏造
*陽太郎の来歴捏造
*林藤家捏造

 三門には神様が住んでいるからね。それは祖母の言葉。何にでもアンテナを張っていなさい、そうすれば小さな変化に気付くことが出来るから。これは叔父の言葉。お前はきっと強い子になるよ、これは兄の言葉。
「おとなはむずしいことをいうね」
父の腕に抱(いだ)かれながら、まだ幼かった林藤匠は小さく言った。子供の言葉だ、何を言っても一族誰も白い目をすることはない。
 三門の町には昔から何か不思議なことが起こるのだと、そして林藤の家はどうやらその秘密を知っている一つなんだろうな、と幼心にも感づいていた。多分、まだ匠は幼いので教えてはもらえないけれど。
「そうだなあ、難しいことを言っているよな」
「とうさんもそうおもう?」
「思うぞ〜。父さんでも思うんだから匠だって難しいと思うだろ?」
「ううーん」
「え、そのううーんって何?」
「むずかしいからおれにはおしえてもらえないのかな、っておもって。むずかしいことは、おとなになったらわかるから、おとなになったらおしえてもらえるのかなって。でも、とうさんもむずかしいっていってるから、ちがうのかなって」
「そうだなあ」
父は匠を抱え直して考え込んだような顔をする。これは考えてない時の顔だ。
「大人になると、難しいことでも頑張って分からないといけないのかもな」
「とうさん、がんばってるの?」
「そうだぞ〜とうさんはがんばってる!」
「じゃあおれはおうえんする!」
匠、と父は呼ぶ。
「お前は、楽しめよ」
そういう時代が、きっと来るはずだから。
 それが、父の言葉だった。

 何かが動く気配がして目が覚める。
「たくみ! おきた!」
「あー…寝てた?」
「ねてた!」
玉狛の五歳児様は今日も元気に駆けずり回って、書類にかかりきりになってうとうとと夢の世界に旅立とうとしていた匠を引き戻しに来たらしい。迅辺りの配慮だろう。いつも世話になってしまっている。もっと自由にしてくれても良いのに、というには迅の能力に頼り切っているのが現状だ。
「ヨータロー」
「なんだ!」
「お前、今、どう?」
「どうって?」
「ううーん、それは…」
どう言ったらいいのだろう。先程までうとうとしていたこともあって、なかなか考えがまとまらない。これが、戦闘であったら。もしも敵襲で叩き起こされたのだったら勝手に思考は動いていくのに。
 匠は自分のことをそうした。そうすることによって、叶えられなかった言葉を次世代に託すことにした。何も知らない次世代に、近界民がこんなにも誰にも知られる存在になる前のこの町のことを、何も知らない次世代に。
「たくみはなにをいいたいのかわからん!」
「そだね」
「だからおれはショージキにいうぞ!」
「うん」
大きく吸われる息。
「おれは! いま!」
 何も知らないからこそその言葉はとても美しく、とても真っ直ぐだ。
「とてもたのしい!!」
抱き締めるようなことをしなかったのは、単に陽太郎が嫌がるからだった。その代わりに、うん、と頷いて頭を撫でる。それが良い、楽しめることは良いことだ、とても、良いことだ。
 これは父の忘れ物だった。
 父が戦った証だった。



いま父が忘れていった手袋をそのさみしさを置く花の枝 / 正岡豊

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なんでもしってるよ 菊時

 明日、と隣を歩く時枝が言葉を発しようとするのを菊地原の耳は静かに捉えていた。
 いつだかこの関係が始まったくらいに、隠し事なんて出来ないんだからね、と言ったのをしっかりと覚えているはずだけれど、それでも時枝はそれに甘えて言葉を尽くさないということをしない。それについて何かを言うと、でも菊地原はこころが読める訳じゃあないでしょう、と返される。それは確かにそうだけれど。菊地原が分かるのは心音の変化くらいで、嘘発見器の真似事くらいは出来るけれども時枝の言うとおり、こころが読める訳じゃあない。
 黙っていればそれは肯定と取られるので、時枝はだから、と続けた。
―――だから、オレはオレの言葉で菊地原に言いたいんだよ。
それに菊地原はうん、そうなの、と返しただけだったけれど、時枝のことだからしっかり反応を見ていたのだと思う。
「明日、」
「うん」
学校から本部へ向かう道、その合流地点から並んで歩くだけなのはお付き合いをしている高校生として見てみたら、ひどくつまらないものなんだろうなあ、とも思う。思うけれども菊地原も時枝も、結局現状で満足してしまっているのであまり改善は見られなかった。ボーダー隊員なんてものをしているのだし、菊地原に至っては遠征部隊にだって選ばれているのだからいつ死ぬかなんて本当は分からないのだろうけれど、特別なことを特別だと思って出来るほど器用じゃなかったのかもしれない。
「防衛任務ないよね」
「一応ね」
「うちも珍しく休みなんだよ」
「うん、知ってる」
 嵐山隊のスケジュールは風間隊とは違った意味で過密で、だからスケジュールが出たら真っ先に知らせてもらっている。菊地原が合わせている、という訳ではないから文句はない。でもそういうところくらいこっちに丸投げしても良いのに、と思うことはあった。そのうち言おう、と思ってそのままになっている。
「猫、」
 こうして何か言い出すのだって、考えてみると時枝の方が多いのだし。
「猫に会いに行かない?」
「家?」
「ううん、河原の横の道、入ってくと集会場があるから」
「なにそれ」
「この間教えてもらったんだ」
「誰に?」
「とみおに」
「とみお、そういうの詳しいの」
「分かんない。教えてくれたの初めてだし」
でも時枝が言い出すことには菊地原だって興味がない訳ではないし、時枝が楽しいのが伝わってくるので見ている菊地原だって楽しくなるし。言葉にはしないけれど。
 時枝にはサイドエフェクトがないから、菊地原は言葉にすべきだろうのに。
「菊地原」
そんな会話をしていれば、本部はすぐだった。
「考えといてね」
そう言って別れる。
 小さく手を振った背中が曲がり角に消えていくのを、菊地原は無性に小石でも蹴り飛ばしたい気分で見ていた。

 そうして翌日。
 喧騒に耳が慣れないなんてことは今更なかったけれど、やっぱりこっちの学校の方が五月蝿いな、と思いながら校門にもたれかかる。時枝は決まった行動をする、菊地原とは違って。だから此処で待っていれば良い。
 連絡だって取ろうと思えば取れるのに、結局間違うとは思っていないから携帯はポケットに入ったまま。
「ときえだ」
そして、聞き慣れた足音を見つけた。
「菊地原。来てくれたんだ」
駆けてくるその姿に身を起こす。連絡くれたら良かったのに、とは言われない。
「うん。暇だったから」
あと猫に会わせてくれるって言ったでしょ、と菊地原が言うと、時枝はいつもの顔でうん、言った、と頷く。その頬に少しだけ笑みが乗っているのが分かる人間はたくさんいるだろうけれど、その鼓動が小鳥のように跳ねていることを知っているのはたぶん、世界でも菊地原くらいしかいない。聴覚強化のサイドエフェクトなんてそう珍しいものでもないから、本当はそんなこと、ないんだろうけれど。いつもの道から離れて進んでいく。喧騒が遠ざかっていく。
「ときえだ」
 河原の道が近くなって、人の目も遠くなって。
「ぼく、疲れた」
時枝が振り返る前に、だから、と続ける。猫ばかりの集会場で、幾つか文句を言ってやろうと思いながら。
「手」
 引っ張って、と前方に突き出した手がどうなるか、菊地原はよく知っているから。



image song「恋」back number

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20190119