僕は残酷 三輪 会いたかった、と言うのはきっと楽だった。だからその人の姿が見えた時、三輪はすぐさま夢だ、と思って口を噤んだのだった。 「秀次」 優しい声が呼ぶ、三輪を呼ぶ。記憶と同じだ、何一つ変わらない。三輪の記憶は色褪せていない。それはある意味では三輪に安堵を与えたが、そうでもしなければ安堵出来ない自分が一体何なのか、分からなかった。 「秀次、何か話して」 一歩、後ずさる。彼女は近付いては来ないのに。三輪は恐ろしくて、悲しくて、後ずさる。足元で何かが揺れた気がした。視線を下ろせば自分が裸足だったことに気付く。裸足の足は朝露に濡れ、棘で傷付き血を流していた。 白い足だった。何も知らないような、子供のような足だった。 「―――」 それでも三輪は何も言わない。夢の中の自分が何も始まっていない時分のものであろうとも。 此処は夢以外のなにものでもないのだから。 * たぶんゆめのレプリカだから水滴のいっぱいついた刺草(いらくさ)を抱く / 加藤治郎 *** かわいいあのこ 菊栞 「きくっちー!」 イイコト思いついた! と宇佐美は自分の膝を叩いた。ぺしーん、といい音がする。 「貸してあげるよ!」 「はぁ? 一応聞くけど、何を」 「膝!」 「はぁ? 頭可笑しくなったの」 「いいからいいから遠慮せずに」 「ちょっと何やめてひっぱらないで」 「とか言いつつ抵抗しないのがきくっちーだよね」 ぽすん、と膝に落ちる頭。重みがリアルで嬉しい。 「ね、きくっちー」 「なに」 素直に撫でられる頭。すこし、いびつ。 「今日はいい天気だね」 すきだよ、というよりもそれは真実味を帯びている気がした。 * 普段は生意気だが時々甘えん坊な、素直ではない子を膝枕しながら頭を撫でて昼寝させたい。そうしているうちに自分もうたた寝に落ちたい。 @m_tekoki_bot *** きらいきらいだいきらい 奈良当 その日の当真に言えたことは結局運が悪かった、それだけのことなのだと思う。些細な言い合いから殴り合いになって、最早どちらが先に手を出したかなんて分からないくらいに、というかそもそもの言い合いが何だったのかすら忘れてしまった状態で双方ぼこぼこで、これが換装していない状態だったらと思うとぞっとする。どんだけやらかしたんだ、ということを自分にも相手にも思ったところで相手―――奈良坂も少しは頭が冷えたらしく、当真に馬乗りになった状態で息を吐いた。 そうして、キスを落としてきた。 驚いたのは当真である。何故そんなことになったのか。そもそも当真と奈良坂はライバルであるかもしれなくても恋人ではない。奈良坂が実は当真のことを好きだったという可能性は捨てきれないが、もしそうだとしたらあまりに歪曲した愛情表現である。好いている相手を換装体とは言え此処までぼこぼこにするなんて。と、そんなことを考えている間にもキスは深くなっていって、それに呼応するように奈良坂の表情もとろけていって。当真は当事者であるのに置いてけぼりで、どんな顔をしていいのかすら分からない。 そうして永遠かとも思われたそれは終わり、次の瞬間には生ゴミでも見るような目つきをされた。 「アンタなんかだきらいだ」 あれがだいきらいって顔かよ。 *** ストロボハニー 米古 その手にいつもとは違うものが握られていたので聞いただけだった。 「章平カメラやるの」 知らなかった、と言えば、そんな本格的なものじゃないですよ、と返される。 「趣味というにもそんなに打ち込んでる訳でもないですけど。嫌いじゃないですよ」 「ふうん」 「米屋先輩も撮って良いですか?」 「いいよー」 ピースを作る。ついでにウィンク。慣れてますね、と言われてまあね、と返すのは米屋がそもそも写真が好きだからだ。 そうしてしばらくシャッター音を浴びていた米屋は、ふと思い立った。 「ね、章平。俺も撮ってみて良い?」 「どうぞ」 快く貸してくれた上に、使い方も教えてくれる。それを、一通り聞いてから、いざ。 「章平」 「なんですか」 「好きだよ」 瞬間、嬉しそうに笑った顔を、かしゃり、とシャッター音が切り取った。 *** キスは無味無臭 当奈良 押し倒す形になったのは結局のところ事故でそんなに意味はなかったのだがやたら抵抗されるので大人しく引いてやるのも嫌になった。だからと言って何かをする予定もなかったのだけれども、こうして近くで見ていると知っていたが綺麗な顔をしているもので、ひどい話ではあるが興が乗ってしまったというか。 「なんなんだよ、嫌なわけ」 そういえばこの体勢になってから、奈良坂は何も言わない。 「嫌ならやめてやるから言えよ」 嫌と言われたら本当にやめるつもりだった。というよりも、最早本人に何か言われでもしなければ止められそうになかった。 なのに、奈良坂はきゅっと唇を結ぶだけで、何も言わないから。 「………」 馬鹿だなあ、と思いながら、そのまま身を落とした。 *** 春の匂いはきらい 風迅 ねえ風間さん、と声を掛けたのには深い意味はなかった。ただ単にそういう気分になった時、横にいたのが風間だっただけの話。 「雪が溶けるんだよ」 それは迅の空想だった、現実逃避であった。冬が終わる頃になると毎回する、一種の儀式ですらあった。 「そうしたら世界のすべてがオレを責めるんだ」 そうであった方が、どんなに良かったか。 風間は一呼吸、整えるように息を吸う。 「自惚れも良いところだな」 「うん」 「世界のすべてがお前を知っている訳がない」 「うん」 その的確な言葉に迅は笑った。 笑ってから、迅は残酷な言葉を放つ。 「そう言ってくれるの、風間さんで五人目」 * 揺蕩う言葉 @tayutau_kotoba *** 海が落ちた 唐根 青天の霹靂、或いは魔が差した。それが今の状況だろうと唐沢は思う。営業と広報部は切っても切れない関係と、だから関係を良くしておこうとそう思っていた、それは事実だし仕事上の問題であってプライベートはまた別、というよりもこのボーダーという組織にずぶずぶにならないように、と考えていたはずなのに。 ―――策略家には向いていなかったらしい。 裏の裏を掻いてくるような攻防戦を前にして、唐沢がやっとのことで思うのは、それくらいだった。 * 孤独な愛の育て方 @kimi_ha_dekiru *** 冬はね、いつか明けるんだよ。 林迅 一緒に寝てよ、と頼むことは今に始まったことではない。本当に一緒に眠るだけだし、抱き締めたりするような可愛げを迅は持っていなかったし、抱き締めてくれるような優しさを林藤も持ってはいなかった。或いは相互に持ってはいる能力を使わないだけなのかもしれなかったけれど。 「ボス」 そんな朝、先に目を覚ました迅はぼんやりと呟く。 「起きて」 林藤はまだ眠っているが、迅の言葉で意識を浮上させたらしかった。瞼はまだ開かれない。 「世界中が何処かに行っちゃった」 勿論そんなことは起こっていない。そんなことは迅も林藤も分かっている。完全に覚醒するまでになんとか浸れる、現実逃避。 夢だ、夢だ、夢だ。 こんなのは夢だから。 「お前のためだよ」 目を瞑ったままで林藤は言った。 「お前のために、世界は今、目を瞑ってるんだ」 「目、閉じてるのボスじゃん」 「そうだな」 「オレの世界中って、ボスだけで賄えるほど狭くないんだけど」 「そうだな」 でも夢なんだろ、と林藤は言った。うんそうだよ、と迅は頷いて、初めてその腕の中に額を落とした。 * ママ、おきてよ。世界じゅうが、どこかにいっちゃったよ / ムーミン *** その幽閉の奥へ 迅嵐 いつか一緒に逃げようか、なんて馬鹿なことを言える空気ではなかった。嵐山はボーダーの広報部隊の隊長で、それこそ最初からヒーローになるように生まれてきたとすら思えるような人間で。迅とは何もかもが違った。最初から持っているものが違った。ずるい、なんて思ったこともないけれど。 「いつかどこかに行こうな」 なのに嵐山は言葉にする。 「どこかって、どこ」 「うーん、ハワイとか?」 「ハワイ」 「サイパンでも良いけど」 「お前ちょっと感性が古くない?」 「俺も言ってて思った。グアム辺りにしたらよかったか」 まあどこでも良いんだけど、三門じゃないところも見たいよな、と嵐山は続けた。近界だって三門じゃないところだと思うけれど、恐らくそれは計算に入っていないのだろう。 嵐山は笑う。 「せっかくこの地球に生まれたんだからさ、きれいなところもだめそうなところも、いっぱい見たいよな」 その、肯定しか許さないみたいな言い方が、本当に本当に好きだった。 * image song「街」米津玄師 *** 望まれた命はきっと私ではなく 林迅 「ねえボス」 「何」 「本当にオレが生き残って良かったのかなあ」 「どう答えて欲しいの」 「分かんない」 「おれはお前がいてくれて助かるけどなあ」 「サイドエフェクトがあるから?」 「ぼんち揚げ買いに行かなくても済むから」 「あはは、確かにそうだ」 「そうだろ」 「うん」 「だから好きなだけ配れよ、少年」 「もう少年じゃないよ」 「じゃあガキ」 「大人扱いしてよ」 * @odai_bot00 *** 20180312 |