君のいる風景 三輪+米屋 本部から家に帰る時のことだった。 「ずんだ餅だ」 久々に昼で終わった任務に、同じ方向にある家。だから並んで帰るこの情は普通に当たり前のものだった。幼馴染という訳ではないけれど、多分それなりに近い枠組みだったのだと思う。 「秀次、これすき?」 その質問には普通だ、とだけ返す。ふーん、と言った米屋の目はずんだ餅に注がれていて、何がそんなに不思議なのかと思う。 三門市の、商店街だった。その中に和菓子を扱っている店があって、それがふと目に触れただけ。 「俺いっつもこれ見る度に、このみどりさ加減ってーの…? 驚くんだよなー。オーミドリ! って感じで」 そう思わね? とこちらを向いた米屋はいつもの通りだった。頭が悪そうに笑う、と思う。それが三輪には嬉しい。嬉しくてたまらない。 「秀次?」 不思議そうな顔を米屋がする。 「何だ」 「いやそれオレの台詞ー。なんか、ちょっと、嬉しそうだったから」 「…陽介は陽介なんだな、と思っただけだ」 「なんそれ!」 笑い声が反響する。三門市の、きっとどこの街にもあるような商店街の風景の中で。 「オレはオレだよ、秀次」 当たり前のことが嬉しいことが、こんなにも三輪の胸に響いている。 * ずんだもちのみどりのように友情にいつもかすかに驚いている / 雪舟えま * 旧拍手 *** 心だけでもあなたの側に 菊時 もしぼくが死んだら。 そんな不似合いな言葉を吐いた恋人を、時枝は驚きで見開かれた目で映した。何か悪いものでも食べたのだろうか、そんな失礼なことを考える時枝とは裏腹に、菊地原はじっと静かな表情で続きを綴った。 「遺書書けって言われたの」 「あ、遠征…」 「そ」 時枝の属する嵐山隊とは違い、菊地原の属する風間隊は遠征選抜試験に受かっている。細かいことを言うのならば、嵐山隊は表の仕事があるために受けない、というのが正しいのだが、今はそんなことは関係がないので横へ置いておく。 菊地原の手元には紙が置かれていた。真っ白な。ペンも何も持っていないところを見ると、何も書くつもりはないらしい。 「でも遺書なんてさ、ぼくはいらないと思ったし。それなら言いたいこと全部、時枝に言いたいなって思って」 菊地原はよく暗いだの何だのと言われているのを聞くけれど、こうして近くに来てみると存外人をまっすぐに見る人間であることが知れる。 「時枝はさ、ぼくのこと忘れないでしょ」 「…自信満々だね」 「誰がくれた自信?」 「オレ?」 「当たり前」 くすくすと笑う顔はいつものものだ。まるで遺書を書けと言われたことなどなかったように、遠征の先で死ぬことがあるというのを、既に受け入れているように。 「この先ずっと時枝がひとりを貫くってのも、ぼくのあと追ってくるのも、そうしてくれって頼むのも、まぁ悪くないかなって思ったんだけどさ」 そうゆうのじゃないな、っておもって。 「なんかさ、時枝が感動した時とか嬉しかった時…そういう、心が動いた時に、ぼくも傍にいるんだって、思い出してくれれば、良いかなって」 「うん」 「そしたら、遺書の意味ってないよね、って思った」 「うん、そうだね」 オレは忘れないよ、と時枝は言った。 うんそれでいいよ、と菊地原は言った。 * http://shindanmaker.com/153260 * 旧拍手 *** ありふれた朝に私はいない 太刀迅 ボーダー備え付けのカフェテリア。もうシャッターの下りたその前の机で、ぐでんぐでんと転がるのはひとつ上のひと。酒なんて飲んでいないはずなのに、だって此処は未成年も使うカフェテリアだ。酒類は販売していないし、そもそもボーダー本部は基本的に酒類持ち込み禁止である。一部上層部に破っている人々がいるのを迅は知っているが、それを今出してくるのは違うだろう。 なんでこんなことになってんだっけかな、と思うもよく思い出せないし、多分きっと今までぐずぐずに煮詰まった感情が今、どうしてかぐでんぐでんと言葉になって迅に叩き付けられている、それだけの話なのだろう。 「お前だけは」 それでも彼の言葉は真剣味を帯びていた。 「お前だけは遺してやるよ」 いつもはおちゃらけたような顔をしているくせに、ランク戦の解説だって真面なことは数回言えば良い方なのに、どうしてそういう真面な面を今、迅に使ってくるのか。 「お前がいなくちゃ、なんにもならないから。弱い、よわいおれたちを、ゆるすなよ」 ―――狡い、と思う。 「お前は馬鹿だから、ぜんぶゆるすだろ。でもほんとはゆるしたらだめなんだ」 だめなんだ、と彼は繰り返した。 「ぜんぶがだめなら、おれだけでも良い」 手が伸びてくることはない。 彼は言葉だけで片付けるつもりなのだ。 「おまえのとくべつを、おれに頂戴」 息を吸う。どくどくと、胸の音がうるさい。 「太刀川さんって、ほんと、ずるい。よね…」 それ、プロポーズみたいんだよ、と言ったらお前がそうとりたいならそうとれよ、と投げやりな回答をされた。 * 旧拍手 *** 終わりなき幻想 三輪米 三輪秀次は美しい人間だと思う。それが米屋陽介の、友人であり同僚であり上司でありもしくは…と延々と続きそうな関係である三輪へのまとめであった。彼との関係を一概に言葉の概念に埋め込むことは難しい。それが米屋のように少し足りない頭の持ち主であるのならば尚更だ。だから米屋は三輪との関係を言葉にするのをとうの昔の諦めていた。 「気付いたらA級まで来てたね」 「おれ、秀次のために頑張ったんだよ」 「お前がA級になりたいって言うから」 「復讐したいって言うから」 「おれはそれを見ていたいって思ったから」 「支えたいとか大層なモンじゃないよ」 「ただ見ていたいんだ」 「なあ、はやく遠征行けると良いな」 「お前の夢、叶うと良いな」 「お姉さんを殺した近界民、生きてると良いな」 「殺せると良いな」 「そういうの全部ぜんぶ、おれが見ててやるから」 だからさあ、とは言葉にはしない。ただその背中を見つめるだけ、見つめていたところから穴があいて、その背中を侵食していく妄想まで。 おまえのその夢が終わる時は、いのいちばんにおれに教えて、そしてそれをひとつのこらずたべさせて。 * (そうしたら一緒に死んであげるから) * ぽつぽつ https://twitter.com/potsuri200 * 旧拍手 *** 台無しにしちゃおうか 最林前提林迅 その人が亡くなって何年が経っただろうか、と数えてみてまだ片方の手で収まることに気付いて愕然とした。もっと長い時間が経ったような気がしていた。空っぽの墓を前にして思うことは何もなかった。ただずっとアンタのこと好きだったよ、と何度も何度も心のうちで繰り返していたら摩耗して、最早言葉として機能しなくなっていただけの話だけれども。 「思い出消しちゃう?」 人の心を読んだようにその人の弟子だった子供は大人のような顔をして林藤を見上げた。 「傷口舐め合うみたいにしてさ、もっともっとひどくして。それで元々あったものがなんなのか、わかんなくなるくらいに」 付き合っていたことを、彼に言ったことはなかった。子供の目につくところで触れ合った記憶もない。なのにすべて知っている、という顔で子供は頬を寄せてきた。それを林藤は避けることが出来ない。 「おれは、それでも良いよ?」 全部ぜんぶぐちゃぐちゃにして、それで二人で最上さんを弔うんだ。 そう言った子供を林藤は拒絶出来なかった。彼が死んだ時よりは大きくなった手はそれでも林藤より小さくて、まるで縋るようにぎゅっと一度林藤の手を握ってから、接吻けをしてきた。 * 1番星にくちづけを https://twitter.com/firststarxxx * 旧拍手 *** わからない、おまえにはわからないよ 陽レイ 子供というのは無邪気だ、と木崎レイジはそう思う。元来子供とはそういう生き物であると思うし、レイジにだってそういう時代があったのだ、あまりよく覚えていなくても。だからその無邪気さを責めることはしない。だってそれは誰もが通る道なのだから。 そう、思うのに。 「レイジ!」 まるで真昼をそのまま映したかのような子供はきらきらとした顔で笑う。 「だいじょーぶだぞ! すぐにおれがおおきくなって、タマコマもみかどしも、まもってやる!」 そういう問題ではないことはきっと誰もが知っていた、その子供以外は。けれども子供は子供で、今は出来なくても自分の力ですべてがどうにかなるのだと信じてしまっている。 ―――わからない。 レイジは戦慄いた自分の唇を咄嗟に抑えた。 ―――お前にはわからないよ。 そう言いたかった。いつかきっとヒーローになれる、そう思っている子供にそう言ってやりたかった。 それと同時に、子供の言葉にそんなことを思ってしまう自分に嫌気がさした。 * あなたにはきっとわからぬかなしみだ ひかりのような名前のひとよ / きたぱろ * 旧拍手 *** お前に全部くれてやる 陽レイ 何を間違えたのか、と木崎レイジは考えていた。考えていたけれども答えはきっと出ないし、どうしたって出せないのだ。 「おれはっ、おれはっ、レイジがすきだっ!!」 涙ながらに何処が好きなのか力説する、その内容は鼻水をすする音だとかしゃくりあげる音だとかに阻害されて、これっぽっちもレイジの耳には入って来なかったけれど。 「お前が十五年後も同じように思えていたら―――」 こんなことを言う自分は残酷なのだと思っていた。 それでも、それを希望だなんて飾りたがるから。 * 宵闇の祷り http://yym.boy.jp/ * 旧拍手 *** なにもない 三輪米 ラムネの瓶、ではなかった。プラスチックだった。中に入ったビー玉だってどこか安っぽさをたたえていて、こんなの祭りの空気に飲まれていなければきっと買ってなどいなかっただろうと思うのに、それでも三輪の手の中にその既に空になったラムネがあるのは変えようのない事実なのだ。 「なー、あのさー」 なんでもないようなことのように隣を歩いている米屋が言う。若干早口で。 「秀次のさ、姉さんがいなくなって寂しいとか、そう思う分は俺があずかっとくから。そしたら秀次は近界民を思う存分憎めるだろ。ちゃんと返すってば、あ、あすこでラムネ買おう。俺一気飲みして空けっからさ。そしたらそれにしまっとこ。冷凍庫にいれとくから忘れんなよー」 今三輪の手の中にだって空のラムネはあるのに、米屋はそうしなければならないとばかりに新しいラムネを買った。さっき三輪が買うのは俺はいいや、と眺めていただけだったのに、どうしてだろう。 宣言通りに一気飲みしてあけられたラムネは、三輪の持っているものよりも頑丈に見えた。 「ほら」 空のラムネが突き付けられる。 三輪は息を吸い込んで、先ほどまで米屋が口をつけていた部分に、そっとキスをするように唇を寄せた。胸に巣食う寂しさをすべて押し込めるように、楽器でも吹くかのように、息を吹き込んだ。 そんなのは何にもならないと知っていて。 「ちゃんと冷蔵庫しまっとくから」 繰り返す米屋にそんな気がないのは、三輪が一番よく分かっていた。 * からからと鳴るさみしさはすきとおるラムネの瓶にとじこめられて / きたぱろ * 旧拍手 *** 知ってる。 迅三輪 その一つひとつが戦争だった。それを三輪秀次が知ったのはきっと遠く未来のことであって、だから今こうして感じていることはすべて嘘なのだ。そう思っていないと、と目の前の眸を見上げる。 静かだった。 三輪の知っているどの眸よりも、ずっと静かで、何処までも透き通る青空のようだった。果てのない、夏のような。その中に悲しみが一筋、影を投げかけている。背の高いひまわりのように、とても長い影を。それが当たり前だと言うように、笑ってみせる。 その一つひとつが戦争だった。 それに、今三輪が気付くことはしてはいけなかった。いけなかったのだ、だから目を閉じる。 瞬き一つ。 それで、すべてをリセットする。 「迅、俺はお前が嫌いだ」 * 戦いにゆく夏の日のひまわりが影投げかけるその中で泣け / 正岡豊 * 旧拍手 *** 愚か者が手を挙げる 林迅 どうしても、なんて理由はなかったはずだ。先輩として、師匠として。思っている方向は違っても同じ人を失った。その穴の大きさは如何に。迅悠一は幼いながらに考えた。今自分が潰れる訳にはいかない、大人たちは自分をアテにしないと言ってくれるが、それでも自分がいた方が良い。なら自分が潰れないためにはどうしたら良いのか? 早急に、この穴を埋めなくてはいけない。 だからただの言葉遊びだった。別に彼と師匠とがそういう関係だったとか、そんなことは思ったことがないし勿論視たこともない。でも迅は分かっていた。きっと仕掛けたらノッてきてくれる。選んだ人間はそういう人だった。ねえ林藤さん、と声を掛ける。なに、と振り返る顔。いつもの、顔。 「おれを代わりにしてよ」 最上さんの、とは言わなかった。言わなくても通じると思った。 「代わりも何も、なんもねえのにどうやって」 ほら、すぐに言葉が返って来る。 「何もないから代わりにするのかも」 「矛盾じゃねえかそれ」 「うん、そうかも。だっておれ、今おかしくなってるし」 何が可笑しいのかわかんないし。 そう笑えばそうか、と林藤は頷く。城戸じゃあだめだった、彼はこれから組織を背負っていかなくてはいけないし、何より城戸と迅が近付きすぎる訳にはいかない。だってそれは万一の時に共倒れになる。忍田はそういう腹芸に向いていないし、他は全員子供だった、子供だと、少なくとも迅は思っていた。 「分かった」 だから彼しか、いなかった。 来いよ、と広げられた腕に飛び込むと、煙草の香りがした。キスして、とせがんだらまた今度な、と誤魔化された。 * 蒼 @cielo330bot *** 20170427 |