さよなら私の愛しいひと 陽雷

 私は家族が欲しかったの。彼女と出会った頃よりも陽太郎がもう少し大きくなって、言葉というものをたくさん覚えた頃。彼女はずっと黙っていた秘密を告白するように、そう呟いた。それは小さな言葉で、そういえば昔は彼女のことを男だと思っていたなぁ、と不意に思い出させた。
「そう、なのか」
 ええ、と彼女は鼻を鳴らした。ずっと一人で迷子になっていてね、このまま一人で死んでいくんだと思ったらひどくさみしくてね。そんな話を聞いたのは初めてだった。きっと今まで黙っていたのだ。小さな陽太郎がそんな悲しい話を受け容れられないだろうと思って。
「おれは、お前の家族になれていたか?」
呟く。それは希望だった、きっと叶わない、希望だった。
 勿論よ、と彼女は言った。あまり変わらない表情で、それでも笑ったのだと分かるように息を吐いた。陽太郎は彼女のその優しさが好きだった。好きだったから家族になりたかった。陽太郎にとっては家族とは後からでもなれるものだったから。
 だから、彼女の言葉はとても嬉しかった。それが陽太郎を思ったための嘘であっても、とても嬉しかった。

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キマエラ 城戸林+修

 ああ、城戸さん、と本部の廊下ですれ違ったその人に手を上げて挨拶をすれば、妙なものを見たとばかりの顔をされた。
「さっき修とすれ違ったけど、城戸さん会った?」
「…ああ」
なるほどね、と言ってみせたら、その人はより一層妙な顔をしてみせた。
「…あの子は、」
「普通の子供だよ」
何を言われる前に林藤は言う。
「普通の子供なんだよ、城戸さん」
 その言葉を予測していたのか、それともそう返して欲しいと思ったのか、その人はただ、ゆっくりと頷いた。
「心配しなくても、俺らがついてるし、迅も結構気に掛けてるみたいだしさ。城戸さんが不安なのも分かるけど」
「不安だとは言ってない」
「またまたぁ」
本当は不安でいっぱいの癖に、一番上の立場だからと言って美しくあろうとするその人に。
「大丈夫だよ」
 林藤匠は嘘を吐く。
「あの子は、ちゃんと子供だよ」
どんなにちぐはぐな現実を見ていても。どんなに恐ろしい予測が出来てしまっても。
「少し大人びただけの、子供だよ」
 何もかもが、そうであるように、ただ、嘘を吐く。

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「そう嫌いではない」というのは、 時黒

 例えば本部の廊下ですれ違う時だとか、ランク戦の見物に来た時だとか。顔を合わせることがないわけではない。実力も相応のもので、先輩面をしなくて、とても静かで、尊敬出来て。そんな時枝充のことを、黒江双葉はそう嫌いではなかった。
 なかった、けれども。
 こんにちは、と頭を下げる。
「時枝先輩、お久しぶりです」
「お久しぶり、黒江ちゃん。さっきの見てたよ。すごかったね」
さらりとしたその言葉のあとに、要点をまとめた感想という名の褒め言葉に胸がくすぐったくなる。
 時枝のことが、黒江はそう嫌いではない。双方A級ということもあって、学校も学年も違って、会う機会なんて数える程度しかないけれど、それでも会えば挨拶くらいするし、その前にランク戦でもしていればちゃんと褒めてくれる。もし改善が必要ならばそのアドバイスだってくれる。自分で教えられないことは誰に聞くのが良いという情報まで、そしてその後に時間があればジュースをおごってくれたりする。
 甘やかされている。その感覚が実のところ、自身の隊長とは少し違って、とても心地好かった。けれども一つだけ、黒江としては気なることがある。
「あの、」
今日こそは指摘すると、顔を上げると、時枝はん? と首を傾げてみせた。
「その、黒江ちゃんって言うの、やめてもらえませんか」
なんか、その、コドモ、扱いみたいで、ともごもごと続ければ、時枝は少し驚いたように目を見開いて、それから少し笑って。
「双葉」
 その笑顔がいつも向けられているのとは少し違うのが分かってしまって、ひどく耳が熱くなった。



所謂好きということ!

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いざゆかん、みちなきみちを。 三輪米


 風刃の件を知らなかったとこぼされた時、三輪の口から咄嗟に出たのは謝罪だった。それに驚いたのは米屋の方であり、いやいやなんで謝るの! と二人しかいない部屋が暫し煩くなった。
「秀次の人生なんだから秀次の好きなようにやったらいーと思うけど」
秀次はおれらの隊長だし、確かにおれは三輪隊が楽しいと思ってるけど、まあそれだけじゃないだろ、と米屋は続ける。今の隊が楽しいことと、それが次なるものへと形を変えるのを拒むことは違う。米屋はそう言う。
「おれは秀次の枷にはなりたくねーよ」
 静かになった部屋で、ペン先は動かない。課題は進まない。そもそも最初は米屋の片付いていない課題をどうにかすることが、主題だったはずなのに。
―――おれ、風刃は秀次が持つことになるんだって、そう思ってたんだよな〜。
いつもの快活さを潜めた声で、そんなことを言われてしまえば。
「っていうかさ、誰もそんなこと思ってないと、おれはそう思うんだよね。秀次の足引っ張りたいとか、邪魔したいとか、どうこうしたいとか、そういう」
くるり、回るペン先。こんな小手先ばかり上達する内に単語に一つでも覚えてくれたら良いのに。
「迅さんが何か考えてるんだとしてもさ、それは迅さんが迅さんのために考えてることであってさ、秀次のためとか言われても、結局のところそうしないと後悔とかするっていう、な、自分のためじゃん。何を言われても何をやられても、それが秀次のためでも、それって迅さんのためなんだよ。だから、秀次がそんなに、眠れなくなるほどさ、気にすること、ないと思うんだよ」
「…そうか」
「おれ、楽天家だから。ノーテンキだから。お前がなんでそんなに悩んでんのか、分かんねーし」
「そうだな。お前はばかだしな」
「ばかって言った方がばかなんですう」
「それは課題を終わらせてから言え」
「はあい」
 米屋の言葉に、何か特別なことを思った訳ではない。ただぼんやりとしていたものが少しだけ明瞭になったような、そんな心地だった。
「夕飯までには終わらせるぞ」
「待って秀次、夕飯まであと一時間もない」
「終わらせるまで夕飯はないものと思え」
「セッショウな!」
「…お前、そんな言葉知ってたのか」

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目が醒める、あつくなる。 佐当

 当真勇は幼い時分よりかくれんぼというものが苦手だった。ひょい、と周りから頭一つ分、物理的に抜きん出ていたその身体が隠れられる場所は少なく、いつしかそれに加わることはなくなった。
 何故その時に、そんな話をしたのかは分からない。訓練が終わって、いつもどおりに誰にも狙撃されなかったことをすごいと、そう言われたからかもしれない。
―――オレはなんもすごくねえよ。
そう、いう、意味で。
「当真さんってさ、じゃあかくれんぼ嫌いなの」
「嫌い…ってまでは行かねえけどよ。まああんま、好きじゃねえな。ずっとひとつのところにいる訳にもいかねえし、まあ訓練は訓練で、訓練自体が別に好きじゃあねえけど」
「まー当真さんはそうだよねー」
「そういう佐鳥は好きなのかよ、訓練」
「うーん。的当てよりは楽しい、かな」
「ふーん」
楽しい、ねえ、と休憩所のソファに転がる。当真がこうして占拠していても、いつものこと、と言わんばかりの顔で他の狙撃手は笑って見過ごす。
「じゃあさー当真さん、逆に考えてみてよ」
「逆?」
話題が動いたな、と思って目線をそちらにやった。佐鳥は変わらないへらりとした笑顔のままで、そう、逆、と言って隣に腰を下ろす。
「当真さんが隠れるのも逃げるのもだめってことはさ、当真さんは逃げも隠れもしないってことでしょ」
「できねーんだって言ってんだろ」
「まぁまぁ。しないってことでもあるでしょ」
実際出来てはいるんだしさ、と言った佐鳥に確かにな、と思うしかない。だって先ほどの訓練だって誰にも狙撃されることなく終わったのだから。それを言ったら、出来ないんじゃなくてしない、のだろう。
 昔。
 出来なかった記憶が、まだ色濃く残っているだけ、なのかもしれない。
「したらさあ、俺は当真さんがどっか行っちゃったりしない、って安心出来ると思うんだけど」
「………ん?」
センチメンタルに傾いた思考が戻される。
 どっか行っちゃったりしない、って安心出来る、
 それは何か、当真に何処にも行って欲しくないようにも、聞こえるのだが。
「多分俺、当真さんが何処に行ったって見つけられると思うけど。でもさ、何処にも行かない、って思えてた方が、そりゃあ俺は嬉しいよ」
何を言っているのか、正直よくわからなかったし、なんとなくこいつはロマンチストなんだな、という感想だけが湧いてきて。
 ただ、そうじゃない? と笑った顔はドヤァ、と効果音がつきそうに輝いていて、なんだかムカついて無防備な額にデコピンをかましてやった。



image song「ドラマチック」Base Ball Bear

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いのちをひとつくださいな 迅遊

*死ネタ

 ねえ、あなたのいのちはだれのもの?
 あどけない顔で彼は問う、何を思っているのだろう、その、読めない表情で。迅に読めるのは未来だけだ、それも分岐がいくつもあるようなもの。別に、人の心が読める訳ではない。だから、目の前の彼が何を考えているかなど、分からない。
「じゃあお前の生命は誰のものなの」
遊真、と迅は呼ぶ。まだ、ただの子供であるべきだった子供を呼ぶ。
「そんなの、決まってんじゃん」
親父だよ、と子供は言う。子供のようではない顔で、言う。
「それは…」
 美しいね、と。
 それは本心だった。だから彼の目は変わらなかった。迅は自分が嘘を吐かないことを知っていた。それでも、子供が首を振ることも、ちゃんと、知っていた。分かっていた。うつくしくなんかないよ、そう言う。繰り返す。魔法をかけるように、丁寧に。きっと何の意味もない、ただこの瞬間の子守唄。どうしようもない過去を、どうにかしたいと願うことが、そもそもの間違いなのだから。
「迅さんは難しいね」
笑う子供はいつもと違う顔をしない。いつだって同じ顔で、なんでもないとのたまってみせる。そんなことをしなくていい、そう思うのにそう言えないのは。
 彼の中でそれは既に、呼吸と同等に当たり前になっているから、それだけ。



Cock Ro:bin
http://almekid.web.fc2.com/

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失われゆくもの 三輪米

 雨が降る、雨が降る。そういう星の下に生まれたのかもね、といつだか姉は笑っていて傘をさしてくれた。それが嬉しくてそんな星の下に生まれたなんて言葉をそのまま飲み込んで、それで。
「雨男」
さされるのは違う傘。
 その辺のコンビニで売っているような、透明のビニールの傘。
「水も滴るナントヤラだな」
姉がいなくなってから、この男に会ってから。雨に濡れていると何故か代わりのようにさされる傘は比べ物にならないけれど。
「別に、来なくて良いんだぞ」
「別に、おれが好きで来てるんだし。よくね」
「…そうか」
「そうだよ」
「なら、別に。好きにしろ」
「うん」
 透明のビニール傘で拗ねるような年でもない。
 三輪はその傘に、入ってこれからは帰るのだろう。

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我らの王よ、我らを愛し給え。 エネミラ

*聡明だった頃のエネドラ捏造

 ミラは幼少の頃からその子供を知っていた。庭にあった林檎の木を見上げては、その実がなる頃にはつまんで食べるという悪餓鬼のような一面も併せ持った、それでもひどく静かな子供だった。
―――この国を守るんだよ。
子供は大人にそう言われて育っただろう。ミラも彼と同じに子供ではあったが、それをずっと言う側の人間だった。
「この国を守るのよ」
ミラの言葉に子供は頷いた。丁寧な言葉ではい、と頷いた。
「貴方は偉大で立派な兵になれるわ」
「お褒めに預かり光栄です」
「でもつまみ食いはよくないわよ」
「…見られていましたか。あの、ひみつに、」
「いいわよ」
林檎が実を付けない時期でも、彼は林檎の木にひどく優しく接していた。花が咲けばその花を愛で、葉が茂ればその葉を拾う。木陰で休んでいることもあればその木に登って本を読んでいることもある。
「貴方は本当に林檎が好きなのね」
 まだ白かった頃の角を撫でて、幼かったミラは言った。彼は寝入っていてそれには応えなかった。

 結局、と思う。
「貴方は蛇だったのかしら? それとも果実そのもの?」

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あなたがいなくたって世界は綺麗でした 最林

 それを聞いたのはずっと前で、泣きながらたすけて、と言った子供を抱えて疾走したにも関わらず、殆ど何もすることが出来なくて。
―――無力だ。
そんなことは分かっていたはずなのに。
 黒い塊になってしまったその人を見て、ああ、と声を漏らすしか出来ない。
「不可逆なら死とおんなじだ」
そう、そうなのだ。形が残っていてもそれはその人ではない。もう二度と彼は戻らない、戻ってこない。それを林藤はとてもよく知っている。知っている。
 けれども目の前で見たのは初めてで、それは絶望にも似ていた。
「なぁ、最上さん」
呟く。
「アンタなんでよりにもよってこれだったんだよ」
 見上げた空はとても、綺麗に晴れ渡っていた。



壊れかけメリアータ
https://twitter.com/feel_odaibot

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神様だって間違える。 ほかあら

 何が起こったのかきっと穂刈には分からなかった。そして行動を起こした荒船にも正直、よく分かっていなかった。なんでオレこんなことしてるんだ。そうは思っても既に行動を起こしたあとの身体をよいしょっとどけてやるような甲斐性というか、気遣いは荒船にはない。
「は、反対、不純異性交遊」
やっとのことで言葉になっただろうそれを荒船はすげなく返す。
「同性だろ」
「そ、そうだったな…」
どうすれば良いんだ、じゃあ。困ったように見上げてくる部下に、友人に、同級生に、クラスメイトに、戦友に、荒船は笑い掛ける。
 「お前、前にオレのこと神みたいだって言っただろ」
「たとえだ、ものの」
「でも言っただろ」
事実だった、だから穂刈からはそれ以上の否定は返って来ない。
 だから荒船は穂刈の腹の上から降りない。
 「なら、神の言うことに間違いはないだろ?」

***

20160923