美しい終わり方 最林

 これが正しかったのだ、と思う。彼の弟子だって泣きながらそうだと肯定したのだ、あんな子供が納得したふりをしているのに、大人である林藤がそれをしない訳にはいかない。
分かって、いるのに。
「最上さん」
 どうしてこたえてくれないの。



ロドイビ
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あいされていたかった(だれよりもあなたに) 太刀川

 素直に生きているよ、と思った。思ったけれども答えてくれるひとなんて誰もいなかった、いないことを分かっていてずっと、胸の内、心だとかそういうところにもっていた。
「かあさん」
ねえ、いつか、逢(むか)えに来てくれますか。
 そんな馬鹿みたいな夢を、今も捨てられずに。



image song「アポロジー」amazarashi

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ラムネ瓶だけが見ていた 三輪米

 からん、と音がした。ビー玉が何もなくなった空間で宙返りした音だった。なんてことだ、セイテンノヘキレキ。気付いてしまった、これは、ああ、これは。
 恋、だ。
 恐ろしいほどの快感がつま先から頭の先まで駆け抜ける。米屋陽介は三輪秀次に恋をしている。それを知ってしまった。それは、世紀の大発見に等しかった。だって、だって。
 きっと。
 その先は思わなかった。その恋の行く先がどこであろうがこの口はその思いを告げはしないだろうから。



神威
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デマゴギー 佐当

 そのふわふわと揺れる頭を見つけて、うっかり聞いた話を思い出してしまったのがいけなかった。
「オイ、佐鳥ィ」
わし、とその頭を掴むと、わーセットしたのにー! と返って来る。いつもの反応、これから痛いところを突かれるとは思っていない反応。佐鳥賢というのは馬鹿で軽々しくていつでも明るい、そういうイメージがついている、つけさせられている。しかしそれは先入観のようなもので、佐鳥の賢は賢いの賢! 本人が歌うように、その本質は賢い。
 というのを、当真は良く知っていた。
「聞きたいことがあんだけど」
「なんですか? 当真さんが佐鳥に聞くようなこと、あります?」
きゃるん、とした瞳で見上げてくるのも作戦だろうか。何を聞かれるのか分かっていなくても、何を聞かれても良いという、覚悟の現れか。
 人の前に立つ、それがどれほどのことか、当真は知らないけれども。
「ウワサ聞いたんだよ」
「佐鳥のウワサですかっ!? ようやく佐鳥もウワサされるような男に…!」
「お前が男に恋しちゃった、ってウワサ」
先ほどまで浮き立っていた顔が、しゅん、としぼむ。
「えーなんですかそれ、オレ、女の子だいすきですよ」
そして少し間を置いてぷりぷりと頬を膨らます、愛すべきキャラクター佐鳥。
 でもそれは、本物の佐鳥賢ではない。
「ふーん」
「それだけですか? 当真さん」
「そーそれだけ、悪かったな、引き止めて」
「別に大丈夫ですよ。まだ集合まで時間ありますし」
「とか言って先週とっきーに怒られてただろ」
「げっ。見てたんですか」
さっさと行け、と背を押してやる。軽い、背中。というにはきっと、足りないだろうけれど。
 一つの歳の差はいつになったらどうでも良くなるのか。
「…否定はしねえんだな」
その言葉が届いていたとは思わない。
「ンなことしてると、隙ついちまうぞ、ばーか」
おおぶりな動作でくるりと方向転換したら、長い足がゴミ箱にあたってしまった。ので仕方ないので綺麗に元の位置に戻しておいた。



お題bot
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あたたかな楽園 陽三輪

 子供なのだ、とそのちいさな影を見ながら三輪は思う。どれだけ憎き玉狛の子供だろうと、子供なのだ。世の中のことがよくわからなくて、不躾で、知識が足りなくて、力が足りなくて、弱くて守ってやらなければいけない存在。それが、三輪の中の子供像。
 だがしかし、ボーダーの中庭、目の前でいつものカピバラと、それと何処からきたのかハトやカラスなども混じって、そこはちょっとした楽園に見えた。
「あ!」
声が上がる。
「シュージ!」
「…三輪だ」
「ヨースケがシュージってよんでた」
何も考えてなさそうな親友の顔を思い浮かべて、三輪はため息を吐いた。
「シュージもこい!」
「なんでだ」
「雷神丸もおいでっていってる」
雷神丸とはいつものカピバラの名前だったか。此処で断れば子供は泣き出すだろうか、玉狛の誰が死のうと関係ないとは思っているけれど、流石にちいさな子供の可愛らしいわがままを捨て置くのはどうかと、恐らく米屋に植えつけられた価値観が三輪を引き止めた。
 足を、すすめる。
 動物に囲まれたそこは人間でない匂いがして、落ち着かなかった。
「…おまえは」
「なんだ」
「動物が好きなのか」
「すきだ」
そうか、と呟いた。詳しいことは知らないが、これだけ異様な光景なのだ、恐らくこの子供にもサイドエフェクトがあるのだろう。それがどんなものなのか、三輪は知りたくもなかったが。
「いちばんすきなのはうさぎだ」
「そうか」
「まえにだっこしたとき、ふかふかで…すごく、かわいかった」
にぱ、と広がった太陽のような笑顔に、三輪はそうか、と返すしか出来なかった。
 うさぎ。
 頭に、その言葉だけがやたらと、残っていた。



ask
一日動物になれるとしたら,何になりたい?

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すきなものにかこまれているのに、なんでこんなにさみしいの? 林迅

 自分の口から出た言葉はひどく幼く、それでいて妙にしっかりしていた。まるでこどもが子供である故に真実に辿り着いたみたいな、そんな感じ。けれどもエリートはエリートなのできっと大人で、そんなことはないはずなのに。
 あれ、と違和感に気付く。目の前の人が手を伸ばしてくる。がさがさした指が頬からすうっと上がっていって目に辿り着いて、その行動で今自分がどんな状態なのかを把握した。
「あー…」
いつもと変わらぬ表情でそれをされると、どうにかなっているのが自分だけなのだと言われているようで落ち着かない。
「かっこ、わるいね、これ」
「そうか?」
「だってボス、今のおれみてかっこいいと思う?」
「かっこいいとは思わねえなあ」
「でしょー?」
 すうすうと隙間風が吹いているみたいだった。ここにしか居場所がないと、だからこそすきなものを増やして、それで自分だけの城を築いたはずなのに。
「埋まらないとこなんていつだってあるもんだよ」
拭う手はどこかガサツだった。優しさなんて微塵も感じられない。乱暴ではないけれど、ぐりぐりと肌を削っていくような。
「そういうもの?」
「そういうものだ」
静かな声の主が、今一体どんな顔をしているのか。滲んだ視界ではなにもみえない。
「知れば知るほど、ふっと気付く瞬間があるってだけだ」
「ボスも、そーなの?」
「さあな」
 頬にない方の手が、頭を撫でていく。
「だからな、お前はただ黙って俺を利用してろ。それでいーんだよ。子供なんだ、甘えてろばーか」
それもまたどうも慣れないようで、陽太郎はこれで我慢してやってるのかなあ、と思ったら何だか笑えてきた。



白黒アイロニ
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少年に向いていた職業 菊時

 例えば。
 朝起きる時のアラームは犬の声なこととか、玉子焼きより目玉焼き派なことだとか、ネクタイがまだ上手く結べないことだとか、靴は左足から履くことだとか、洗面所があれからずっとあんまり好きじゃないこととか、嘘が得意なことだとか、八方美人なのは周りがそうしているからだとか、みかんとオレンジは違うと思っていることとか、猫が大好きだとか、毎日同じ時間に電話をくれることだとか、菊地原がしているテレビの録画に気付かないふりをしてくれていることだとか、夜眠る時は丸まって眠るのだとか。
 他の人も知っているだろうけれど、きっと菊地原は時枝について、恐らく一番よく知っている。それは優越感を菊地原に与えたし、恐らく時枝にもそうだった。
―――誰も、誰も知らないけどね、
でも、本当はもっと、もっと。
 菊地原には時枝について、心が打ち震えるようなことを知っている。ボーダーに入るより前の話。時枝がまだ、家族なんてものに縛られていた頃の、悲しい話。そして菊地原が、彼に助けて貰った時の話。その時の話を、菊地原は誰にもしたことがない。だって時枝は強かったから。何よりも強かったから。だからその後二人でボーダーに入ろうと決め手、この三門市に残れるようにいろいろなことをした。それが上手く行って、
―――ぼくだけが知っていたけれどね、
叫びたかった。叫んで、叫んで回りたかった。菊地原が知っている、みんなのアイドルのただひとつの秘密。菊地原だけが知ることを許された、最高の秘密。
―――ぼくのともだちは、ぼくのあいしたともだちは、ぼくのあいしたときえだみつるは、
菊地原だけがずっと、きっとずっと、もうそれこそ墓場まで、そしてもしかしたら来世までもずっと。
 誰にも言わない、誰にも渡さない、誰にも気付かせない、時枝の秘密。
―――ほんもののさつじんしゃ、なんだよ!



ask
他の誰も気づいていなくて、あなたが知っていることは?
「少女には向かない職業」パロというかオマージュというか

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ライトブルー・センテンス 奈良時

 時枝充には記憶がなかった。どうやら以前、大変なことがあって失ってしまったらしい。詳しいことは精神安定のためと教えてもらえなかったが、時枝の生活費すべてが記憶を失ってから一年経った今でも賄われていることを考えると、どうやら本当に大変なことだったようだというのは推測出来た。
 家族、という存在についても分からなかった。与えられた平和な町のマンションの一部屋で、のびのびと暮らす日々。近くの高校へ通い、友だちもおり、時には記憶のないことに不安を感じることもあったけれど、それでも充実した毎日を送っていると言えた。
 時枝の持っているものは、この部屋と、家財道具一式、ともだち、大量の猫グッツ、あとは学業に関するものたちと、そして、期限切れのチケット、だけだった。
 時枝が記憶を失った少しあとの日付を印字しているそのチケットは、隣の隣の町のふれあい動物園のものだった。いつも持ち歩いていたのか、財布に入っていたそれは少しばかり歪んでいる。
 失われた記憶について知ろうとするのはきっと、今の君には良くないだろう。それは主治医の言葉だった。だから、時枝は大人しくその言葉に従っていたけれども、どうしても、恐らく過去に関連するであろうそのチケットだけは捨てられなかった。
 誰かと約束でもしていたのだろうか。時折財布からそれを取り出しては眺めてみる。薄っぺらい紙の向こうに、誰かがいる気がした。大切な人間だったのだろう、そんなことを思ったのはその歪みが記憶を失うより以前から出来ていたからである。
 何度も、何度もこうして取り出してみたのだろう。楽しみにしていたのだろう。一緒に行く相手のことを考えたりしていたのだろうか、もしかして、恋人だったとか。
 そんなふうに考えて初めて、時枝は過去の自分に少しだけ八つ当たりしたくなかった。
「なんで記憶なんてなくしちゃったの」

 既視感を、覚えない訳がなかった。例えば警報。聞くと行かなきゃ、という思いが脳からつま先まで駆け巡る。何処に、と思っても其処は消えてしまった記憶なのでどうにも分からない。例えば赤いジャージ。時枝のジャージは赤色ではなかったけれども、隣の中学校のジャージが目の覚めるような赤だった。それを横目で見る度に、あ、と思う。例えば、鏡の向こう。左を向いてみせた自分の顔に既視感を覚える。自分の顔なのだからと思うかもしれないが、これはどうも違うような気がしていた。
 誰か、自分と良く似た人間を知っているような。
 家族か兄弟だろうか、とそうも考えたけれど、如何せん消えてしまったものについては思い出せなかった。
 いつか、思い出せるのだろうか。
 そんなふうにふらり、出かけたのはふれあい動物園だった。チケットの場所。期限はとっくに過ぎていて、別にその相手がいるとは思わなかったけれども。記憶を取り戻そうとする行為は禁止されている訳ではない、そう自分に言い訳をして、もし戻って自分がどうなってしまっても、今の自分を許せるだろうと思って。
 そして、其処で時枝は、息を止めた。
 自分を見ていたのは何処か、鏡のような雰囲気さえ漂わせる人だった。誰かが見たら兄弟のようだと、そう言ったのかもしれない。けれども時枝は瞬時に違う、と分かった。そして、彼を思い出したことで、もう本当の家族のことは思い出せないとさえ、思った。
 それでも良い、とまで。
 思った。
「ならさか、せんぱい」
やっとのことで絞り出したその名に、向こうもただ止まって目を合わせているだけではいなかった。
 駆け出したのはどちらが先だったのか。
「奈良坂先輩…ッ」
痛いほどに抱きしめられた腕の中で、記憶の奔流に苦しさから涙を流しながら、時枝はあえぐようにその名を呼ぶ。
「時枝」
「ならさかせんぱい、」
「思い、出したのか」
「は、い…ッ」
うわああ、と外聞もなく声を上げて泣く時枝を、奈良坂は更に抱き締めた。
 めまぐるしいまるで走馬灯のような失われていた記憶の中で、涙を滲ませたまま時枝は尋ねる。
「どうして、」
「ん?」
「どうして、いたんですか」
もう、チケットの期限は切れていたのに。
「どうしてだろうな」
奈良坂は笑う。
「いつかこうして、お前が俺を思い出してくれることを、望んでいたのかもしれないな」
お前が、好きだから。
 その言葉にまた息が詰まるような心地がして、今度はもうその胸に顔を押し付けて、意識を失うまで泣きじゃくった。
 きっと次に目が覚めた時、一番好きな人が傍にいると、そう確信していたから、何も怖くなかった。



時枝は『自分の横顔』と『歪んだ期限切れチケット』を手掛かりに失われた記憶を取り戻しますが、『家族のこと』についてだけは永久に思い出すことができません。
http://shindanmaker.com/463473

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貴方を殺す私 ハイラン

 お前は出来の悪い子だな、というのが敬愛する―――すべき兄の言だった。会ったことはそう何度もあった訳ではないけれど、とても優秀な兄からしたら自分はそういうものなのだろうな、と思った。
「ランバネイン」
だと言うのにそう呼ぶ声はずっと慈愛に満ちていて、ああ気持ちが悪いと思ったのを覚えている。
 ランバネイン、ランバネイン、ランバネイン。まるでずっと決まっていたことのように、兄は兄としてその名を慈愛でいっぱいに満たしていく。満たして、満たして、その先に何があるとも知れないで。
「お前は出来の悪い子だな」
今日も兄は笑う。廊下ですれ違って最近どうだ、との世間話をしてから、そう言う。まるで明日も元気であるように、これからも精進しなさい、そう言うフレーズと同じ様子で。
 だから。
「そうだろうなあ」
笑って見せるのだ。
「俺はランバネインではないのだから」
 見開いた目が滑稽だった。この上なく愉快だった。

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私を殺す貴方 ハイラン

 自分の身すべては捧げられないものなのだという自覚はあった。ハイレインは当主としてやるべきことがあって、まず第一に考えるのは家のことでなくてはならないのだから。いつか好きでもない女を娶って、優秀な子供を残して、そうして。
 それは人間として生きることを考える上で、どうなのだろう、と。
 その中で唯一ハイレインの安らぎは弟のことだった。天真爛漫な優秀な弟だった、けれどもその純真さ故に彼がこの家の中で淘汰されないか心配だった。ハイレインは知っていた。彼の前に幾人かが既に淘汰されてしまっていることを。自分、だって。一体何人目のハイレインなのか分からないのに。
「ランバネイン」
呼ぶ。
「お前は出来の悪い子だな」
 彼が、それを忘れないように。本当にそうなってしまったら淘汰されてしまうことを、いつでも胸に刻みつけていられるように、ハイレインの前から―――いなくなってしまわぬように。
 それ、だけ。だったのに。
「俺はランバネインではないのだから」
いつものように快活に笑ってみせた、彼に何も伝わっていなかったのだと気付いて、ああ、この瞬間にきっとハイレインは、兄としてのハイレインは死んでしまったのだった。
 誰も知り得ない、兄の話だった。

***

20150806