マザーコンプレックス 二鳩 R18

*鳩原ちゃんの口調諸々捏造

 初めてそのセックスを体験したときまず最初に出てきた感想はうわあ、だった。
 顔のわりに女の扱いが分かっていない。処女であった鳩原がそんなことを思うのは少しおかしいことかもしれなかったが、そう思ったのだから仕方ない。性に興味はあったから、自分で触れる場所の扱いは大抵分かっていた。分かっていたからこそ、あちこち噛んだり舐めたり面倒なことをする自隊の隊長に失望したし、ただの母親離れの出来ないマザコン、なんて思ってしまった。それくらいに胸にかける時間が長くて面倒だなんて思ったのだ。
 だって鳩原ははやく挿れて欲しかった。セックスというのはそういうものだと思っていた。思っていたのに自隊の顔だけは良い隊長はそれを全部覆してくれて、その結果出そうになるため息を延々と我慢するものになったのだった。
「…たいちょう」
ぐずついた自分の声が泣きそうに彼を呼ぶ。はやく、はやく、はやく、そう思ってもまだ、と言わんばかりに彼のその鋭い目は鳩原を射抜いて、勝手を許そうとしない。
「も、いやです、ゆるして」
「悪いことをした訳ではないだろう」
「そ、ですけど。やだ、たいちょう、わたしのこときらいなんですか」
「すきだよ」
「どの、くちが」
 誰に対してだって好きと言えるくせに。興味がある、とだけ言った自分の部下を、その日のうちに抱いてしまうことだってするくせに。
 ああ、と思った。
 結局のところ鳩原は、この顔だけが良い馬鹿に馬鹿にされるのが自分だけであって欲しかったのだ。それを、それをこの男は優しくなんてするから。
(涙が出そうだ)
 それは、惨めさから来るものに他ならなかった。

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耳障りな声 二鳩

 だいすきだなんてそんなことを言う女じゃなかった、だからそれはすぐに嘘だとわかったのに、否定しなかったのは。
「…俺もだ、」
なんて馬鹿馬鹿しいことを返して、その張り付いた笑みを消してやりたいなんて、そんなことを。



うそと知りつつ すかした言葉 もすこし耳に 残したい / 半玉

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「最後にキスくらいしておけばよかったな」 二鳩

 もう決めていたのだ、彼のために何かがしてやりたかった。どうにもこの鳩原未来という女は平和の象徴が未来を連れてくるなんて名前をしているのに、この人のなんの役にも立てないのだから、本当に人間なんてものは不平等で、努力も想いの差もすべて無に返すひどい才能なんてものがあるからいけないなんてそんな八つ当たりめいたことさえ思うのに。
 その人には言えなかった。どうしても言えなかった。貴方の何かになりたいなんて、結局それを隠すために下手くそな笑いでかくして、余計に嫌われた。
 それでよかった。
 もしもこの先彼のために私が彼のすべてを裏切るとしても、彼が私に期待する最低ラインをぶっちぎって走り出すとしても、私はやるしか、もうないのだ。だって彼を愛しているから。愛なんて馬鹿げたものの前ではすべては意味を失う、きっとそれは女にうまれたすべてのものなら理解をしてくれるはずだ。
 鳩原未来は二宮匡貴が好きだった。愛していた。だからこそ、裏切る以外に道がなかった。彼の何かになりたかった、彼の未来に平和を運ぶ、その一つになりたかった。
 誰かの駒で良かった、それで彼の未来に平和が訪れるなら、私は何にだってなってやろうと思った。



ガードレール跨いだままのくちづけは星が瞬くすきを狙って / 穂村弘

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あたし馬鹿だから(そんなことされたら期待しちゃう) 二鳩

 その言葉が嘘だなんて分かっていた。分かっていたのに鳩原未来は馬鹿なので、彼の中では馬鹿ということになっているので頷いた。
 好きだ、なんて。そんな甘々しい言葉を吐くようなひとじゃないのは、部下である自分がいちばんよく分かっているというのに。だってこの隊に所属するのだって、いろんなひとに止められたのだ。お前と二宮は合わない―――そんなこと、自分が一番よくわかっていたけれども、その誘いに乗ったのは。
『お前のことが好きだ』
まるで初恋に目をくらまされた少年のような顔で、その端正な顔つきを崩してまで、そんな嘘を吐いてくれたのだから。
「わかりました」鳩原はそう答えるしかなかった、そう答えて、いつしかそれが本物になる未来を、勝ち取るしかなかった。



壊れかけメリアータ
https://twitter.com/feel_odaibot

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君の痕跡 二鳩

 きっと私の家なんて残ってないだろうな、と呟いたらうちの大事な大事な隊長とはまた違った方向のイケメンは一人暮らしだったのか、と問うてきた。
「はい。一人でした。元々母子家庭で、大規模侵攻で母親も死んじゃって」
「そうか」
必要以上の慰めの言葉をかけない、必要以上に立ち入る言葉を掛けない。この人は大事な大事な隊長よりもずっと賢い人だった。だからこそ、鳩原をまるめこんむなんてことが出来たのだろうけれど。
 あの、二宮匡貴から。何がしかでも奪い取ることの出来る人間がいる、なんて。
 鳩原は知らなかった。世界が狭かった、言うのならばそうとしかならないけれど。
「あの人、私のこと忘れてくれますかね」
「恋人でもいたのか」
「大事な大事な隊長なら」
「ふうん」
まるで壁のようだ、と思う。鳩原のことを駒として見ていて、鳩原が大事な大事な隊長のことしか考えていないように、この人もまた彼の大事なものしか見ていない。
「私たち、お似合いかもしれませんね」
笑ってみせたら、そういう顔は似合わない、と言われた。
 そういえば、大事な大事な隊長もこの顔が嫌いだと言っていた。



ゆるゆるとわが家ふるびてゆく春をあッといふまに建つ他人(ひと)の家(うち) / 伊波虎英

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星の波打ち際 二鳩

 美しいものを見た時はもっと顔をほころばせるものだ、とよく隊長は言っていた。隊長はどうにも自分の価値観を肯定してもらわなければ生きていけない生き物のようだった。私はそれを結構早い段階で分かっていたのでそれにはい、と答えるだけで、でも隊長の言うとおりには出来なくていつだって馬鹿だの抜けだの、その他諸々その顔からは思いつかないような言葉ばかり浴びせられたけれど。
「お前は、この星空を美しいと思わないのか」
 思いませんね、と言うのは簡単だった。でもそれをしたら隊長は悲しむから。
「おもい、ますよ」
うまく表現出来ないだけで、と言った。そういうことにしておいた。
 目の前にもっと美しいものがあるからとは、ついぞ言えなかった。



空色
https://twitter.com/sora_odai

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愛してるのサイン 二鳩

 その馬鹿はどうにも美しいものが分からないようなので仕方なく二宮はいろいろなところに連れだした。動物園にも行ったし美術館にも行ったし、水族館にも海にも川にも山にも、あと他は行ってないところなんて遊園地くらいなのかもしれないところまで行った。あまりに嘘らしい彼女の頬がいつだって気に食わなくて、それをどうにか崩してやりたくて、そのためにはなんだって惜しまない、とさえ思った。
 あるとき近くで祭りがあるというので連れて行った。浴衣を着せてやって、それで可愛いなんて褒めてやって、それでもその嘘めいた笑みは消えることなく、近界民がいつ来るか知れないのにのんきなものですねえ、なんて言葉に相槌を打って花火を見上げていた。
 その音に隠れて、自分が何か言った気がした。何か言いましたか、と振り返られていや別に、と返した。
 それが告白だったことに気付いたのはその馬鹿が消えてしまったからで、あの花火の下で既に彼女は心を決めていたのだと思うと、無性に腹が立った。



打ち上がる花火に合わせ絶え間なく好きだと伝え続けてた夢 / 小箱

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繋がっていたいのに消えたくて 二鳩 R18

 もっとください、なんていう自分の声が浅ましくて雌のようで、いや実際にそうなのだけれどももっと下の、人間でない性欲の奴隷とかそういうものに成り下がったみたいで大嫌いだったけれども。
「鳩原」
その声が私を呼ぶ。
「鳩原未来」
「なんですか」
「俺の部下」
「知ってます」「俺の自慢の部下」
「初耳です」
「愛おしい馬鹿」
「なんですかそれ」
くだらない言葉の隙間に詰めてくる、その冷たい愛のことばを聞ける、そのトリガーになるのであれば。
 もっとくださいと、私は何度でもすがろうと思った。この先も、ずっと先も、この人の隣で、下で、上で、永遠にこの人を強請っていようと、そう思った。

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あいしてください、かわいそうなわたしを。 二鳩

 心残りなんてないはずだった。すべて精算して、恐らく周りから見たら自殺準備のような断捨離をしてからやってきたのに。思い出すことがないとは思っていなかったけれども、それが彼の、ことなんて、もう。
―――鳩原。
かわいそうな鳩原。
 いつだって上から目線で人の首に首輪をつけた気になっているその人のことを、いつだって思い出すなんて、もうこれは恋だった。もっと早くに気づきたかった、と思った。もっと早くに気付いていたら、その横面を張り飛ばして、私も好きです、なんて言えたのに。



image song「帰りたくなったよ」いきものがかり

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神様の名前 二鳩

 鳩原未来は嘘つきだった。そうでなくては生きていけなかった、そういう生き物だった。それを自分で分かっていたからその隊に誘われた時、まずやったのは洗いざらいぶちまけることだった。
 鳩原未来は自分が嘘つきなことについてそう悪い感情を抱いていない。可哀想だと思うこともしないし、それを治すべきだとも思わない。だから師匠や兄弟子も知っていることだったし、そうなった経緯についても恨むことはしないでいる。
 のに、その人は言った。
「じゃあ俺がお前を救ってやろう」
何を言っているのだと思った。
「俺がお前の神様になってやる」
手を差し伸べられる。だから一緒に来いと、一緒にA級を目指そうと、その人は言う。
 どんな馬鹿なのだろう、と思った。こんな嘘つきを抱えて良いことはないのに、踏み入っても悪いことが起きるだけだろうに、この人は恐れを知らないのか、神様になるとまで。
 馬鹿だと思った。大事なことなので二回思った。だから、笑って鳩原は手を出した。その馬鹿な人の手を掴むために。
「二宮匡貴だ。覚えておけよ」
お前の神様になる男の名前だ。
 鳩原は笑った。一生忘れないだろうと思った。



image song「セツナレンサ」RADWIMPS

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20150806