嵐時

 犬派? 猫派?
 それ今更聞くことですか、と胡乱な目で見上げられてぞくり、とした。いつだって心の底から信頼しているような顔をしてこちらを見やって来るのに、誘った時だってそれだけだったのに、この質問をしてやると途端に牙をむいてくるのだから。
「…うん」
「なんですか、うん、って」
「うん」
「だからなんなんですか」
 こてん、と預けられた頭が小さくてまるくて、この上なく可愛らしかった。



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朝五時半 菊時

 今何時だろう、と思ってからすぐ隣の、同じくらいの身体を抱き締めてああ、と思った。
「…なに、ひとの頭の上で笑わないでよ」
もぞ、とふるえる瞼の音だって、耳をすまさなくたって聞こえる。それはきっとサイドエフェクトの所為じゃない。
「おまえがいるのが、うれしくて」
「…そ」
「もっかいねる?」
「うん、今日午後からだから」
「宿題は?」
「おわってるよ」
佐鳥じゃあるまいし、と言われて頬を膨らます。
「他の男の名前を出すのは、」
「はいはいルール違反ね」
でも今はおまえしかいないから、とそのまま眠りに落ちる音がした。
 眠っている相手に何をいうのはあまりに意味がない気がして、はぁ、とため息をついて目を閉じた。



ask
今朝起きた時まず何を真っ先に考えた?

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うそつきなんかだいきらいだ 陽レイ

 レイジはおれのことがすきか、と小さなこどもは問う。何度も何度も、それを確認するように。その度にレイジはああ、と返す。ああ、好きだ、好きだよ、陽太郎、だから何度も聞くな、と。それに対して小さなこどもは何度も聞きたいから聞くのだと怒って見せる。怒ってみせるというか、頬をふくらませて、怒っているぞとしてみせる。それがたまらなくいじらしい。
 本当は、レイジはその小さなこどものことが好きでもなんでもなかった。みんなから愛されて、ちゃんと父親がいて、理解のある大人たちに囲まれて。羨ましかった、レイジの持っていないすべてを持っているそのこどもが、羨ましくて、そのまま通り越して憎かった。
 なのに、こどもがレイジを好きだなんて言うから。その全身全霊で、レイジをすきなんだと叫ぶものだから。
 レイジには同じ言葉を返すしかないのだ。例えそこにレイジ自身の気持ちが伴っていなくとも、もっと的確な言葉があると知っていても、もらった以上のものは返せない、返してしまったらその憎悪がバレてしまうと、レイジは知っているから。
―――あいしている、なんて。
 きっと一生、心の中にしまっておくべき真実だ。

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唯一無二の美しい答え ほかあら

 何をするにも視線がおくられるのは正直なところ悪い気はしなかったし、それはいつしか荒船の中で当たり前のことになっていた。だからこそ知らないうちに穂刈に彼女が出来ていた時は心底驚いたし、腹の底からふつふつと裏切られた、とそういう感情が沸き上がってきたのはきっと可笑しくもなんともない。
 だって、穂刈は荒船の所有物だった。
 少なくとも荒船はそう思っていた。
 だから、穂刈の彼女を寝撮り続けた。穂刈は良い奴ではあるが、時折実直すぎて恋人には向かない。それを荒船は良く知っていた。だから何度も何度も、そのうちに穂刈でも気付くだろうと、そう思って続けたが、穂刈は気付いても何も言わない。
「なあ」
我慢は限界を超して、結局のところこうして今、ボーダーの仮眠室で押し倒す羽目になっている。
「分かってんだろ」
「…何が」
「オレのしたいこと」
ざらざらと身体中を触ればしっかりと勃っていて、思わず笑ってしまう。
「やり方なら分かるだろ」
「…だから、何の」
「セックス」
お前抱いたもんな、何人も抱いたもんな、オレはその倍抱いてきたけど、好きでもない女抱いてきたけど、それ全部お前のためなんだから、さっさとオレのこと抱けよ。
 穂刈がどういう顔でそれを聞いていたのか、よく分からなかった。涙がぼろぼろとこぼれてしまって、何も分からなかった。ため息を吐いた穂刈が頭を撫でてきたので、腹が立ってそのままキスをした。

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一度目は換算しません。 米出

 たとえばさ、と言う話をする。
「三輪が死ぬとするじゃん」
「おっ不謹慎」
「いいから例え」
「はいはい例えね」
にやにや笑いながらそいつはいつもと同じ顔で頷く。それにオレはほら、と思う。だってなんてことないみたいに。親友が死ぬ話なんて出来るはずないんだ。
「そうそう、例え。例えで死ぬじゃん、そうしたらさ、お前はどうすんの?」
「ボーダーに残るとかそういう?」
「そういうのも含めて」
「えーむずかしいこと聞くんだな、お前」
ぶう、と膨らませられた頬はなんだかとても幼い。
「難しいか?」
「むずかしーよ」
「なんで」
「だってさ」
 秀次が死ぬなんて、殆ど絶対にあり得ないことだし。
「秀次が玉狛異動の方が、まだあり得るわ」
けたけたと笑うその恋人に、出水は何も言えなかった。
 きっとそいつの言う死というものが、誰かの記憶の中でのその二度目のものであると、それが分かってしまったから何も言えなかった。

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何度でも 忍+太刀

 その子供を見たのは冬の寒い公園でだった。何処に落ちていたのだろうか、棒切れを持って、それを振り回している子供。微笑ましい光景だった、幼い男の子というものはちゃんばらごっこが好きだ。忍田もまた、そう思っていた。
「ねえ、」
だからただ微笑ましい光景を見ていただけの忍田は、唐突に呼びかけられたことにとても驚いた。
「ねえ、何見てんの」
不審者ってやつ? と首を傾げられて慌てて否定する。
「君を見ていたら昔を思い出してね。私もよくそうして棒を振り回したものだから」
「ふうん、やっぱりこれ、こどもらしい行動、で合ってるんだ」
 返って来た言葉に息を呑んだ。
「こどもらしい、行動、というと」
「なんかね、おれって子供っぽくないんだって」
「はあ」
「だからかあさんとか、気味悪がって」
そういうの嫌でしょ、と笑わなかった子供に、忍田はもう一度息を呑む。
「…君は、」
「なに?」
「世界を救いたいと思うか?」
もし、もしも。この子供らしかぬ子供をこの年から、教育出来たら。
 それはボーダーにとって、どれだけの得になるだろう。
「はぁ?」
「詳しくは言えないが、私は今世界を救う組織に所属している」
「なに、宗教勧誘?」
「違う。君が望むなら、君を子供扱いせずに、強くしてみせるが」
じ、っと。不思議な色の目が忍田を見ていた。
「給与は?」
「………今はない。そのうち出来高制になると思うが」
「はあ…」
「ま、まだやっと形になったばかりの組織なんだ」
「ナニソレ」
「でも絶対近い未来、この組織は必要になる」
熱く語る忍田に、子供は息を吐く。
「おじさん、さーびす精神ってのがないんだよ」
「おじさん…」
その言葉に落胆しないことはない。まだ忍田は二十代だ。
「もっとさ、こう、おれを餌で釣るようなこと言ってみせてよ」
「…言ったら君は釣られてくれるのか?」
「ううん」
「じゃあ無駄だろう」
 笑ってみせた。笑ってみせて、それから手を差し出した。
「なあ、一緒に行かないか」
「おれの名前も知らないのによくそんなことが言えるね」
「ああ、まだ聞いてなかったな。ちなみに私は忍田だ。忍田真史」
「…たちかわ、けい」
小さな手が重ねられる。
 未来は決まってないんだよ、これよりももっと小さな身体でそんなことを言ってみせた子供の言葉が思い出された。今、きっと、未来はまた少し変わったのだろう。忍田のものも、世界のものも、この子供、太刀川のものも。
「よろしくな」
「…まだよろしくするなんて決めてないし」
むっすりと返してきた子供に、それでも離されなかった手に、忍田は嬉しくなってまた笑った。

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殺したい 陽レイ

 その温もりを感じた時、どんなにこの胸が踊ったのか、きっと誰にも分からないだろう。
 木崎レイジというのは誰にも望まれない存在だった。否、ずっとそうだった訳ではないが。しかし生まれてから数年、愛というものを受けた記憶は―――受けなかった記憶というのも、残っていないけれど。レイジという名の愛を知らない幼子は木崎家に引き取られ、恐らく幸せだったのだと思う。
 しかし、それはすぐに崩れ去ることになる。目指すべき父親は死に、守るべき母親はレイジのことを疎ましい目で見るようになった。その頃既に体躯が大きくなっていたからかもしれない。自分を守ってくれる夫の存在を喪って、母親は血の繋がらないレイジのことが急に恐ろしくなったのだ。
 逃げるように入ったボーダーという組織で、父親の死の真相であろうことをぼんやりと掴みながら、やはり愛されることなく過ごしていたレイジの元に、それはまるで嵐のようにやって来た。
 心構えは、出来ていたはずだった。
 大きなお腹や周りの準備など、レイジだってそれを手伝ったのに。抱いてみる? とそう言われた、その瞬間の自分の顔がどんなものになっていたか分からなかった。恐る恐る受け取ったそれは、とても温かかった。ふにゃりとゆるんだ口元が上司に似ていた。
「陽太郎」
呼ぶ。この名前が、この名前を持った存在が。どれだけ尊いのかと知らしめるように。
 レイジにとってそれがどれだけの衝撃だったのか、どれだけの喜びだったのか、どれほどに泣きたかったのか、きっとこの一言に込められただろう。



さようなら 私はあの娘になれないしあの娘も私になれやしないし / 文月郁葉

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あなたのいないせかいはつまらないだろうから 米出

 どうして隊を組まなかったんだろうな、と。
 ジュースを飲むずずずっという音の間に挟まれた疑問に、思わず米屋は目を見開いた。予想外だったからではない。もうとっくにそんなこと、分かっているものだろうと思っていたのだ。
 米屋はばかである。それは分かっている。分かっているし、隣に座るこの親友とも恋人とも言えない妙な関係の男が自分よりは断然賢いことも分かっている。だから、まさかそんな質問をされるとは思わなかったのだ。米屋が分かっていることをこの男が分からないはずがない、そんなことを思っていたから。
「だって、」
その先は言葉にならなかった。
 米屋を見つめる瞳はあまりに純真だった。あんなに模擬戦闘とは言え、人を殺す様をまざまざと見せつけられ、そしてまた時には自分も殺される、いや半分くらいは殺し返せているだろうけれど。そんな男の瞳が、純真だなんて。
 笑えてしまう。
「………さあ、オレにもよくわかんねー」
「え、今なんか言おうとしてたんじゃねーのかよ」
「お前がばかだからじゃねって言おうとしてそのまま返されることに気付いたのだよー」
「うっわ、それだけはねーわ槍バカ」
「うっさいわ弾バカ」
―――おれら、一緒にいたら、死んじゃうじゃん。
 米屋はこの男に死んでほしくなかった。トリオン能力とか、ボーダーの戦闘力とか、そういうものは一切分からないままでいたかったからそういことではなくて、ただ出水公平に死んでほしくなかった。

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Dormi bella 陽レイ

 こどもだ、と木崎レイジは思った。今、目の前にいるのはこどもなのだ。疲れ果てソファで寝転けている陽太郎を寝室に連れて行くのは、大体がレイジの役目だった。まだ五歳の陽太郎は玉狛の大体の人間が抱えられる重さだったが、それでもその役目を担うのはレイジなことが多かった。それに、大した理由などない。
 ただ。
 レイジが運んだその日は陽太郎が悪い夢を見ないと、そういうことを聞いたから。彼がいつも悪い夢を見るというわけではなかったけれど、こんな戦いの最中におかれているのだ。こどもというのは、敏感な、いきものだから。



(おねむり、美しい人)

宵闇の祈り
http://yym.boy.jp/

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かたちのないわたしのしきゅう ハイラン R18

 貴方に忠誠を誓おう。
「何故だ?」
「貴方が当主であるから」
格式張ったものが似合わない子供だった。それをじっとみやって、ああ、と思った。それなら、と。
「今夜俺の部屋においで」
その意味が分からないほど、ばかに育てた覚えはなかった。
 だから今、彼はハイレインの言うとおりに一つひとつのことをこなしている。忠誠を誓ったから、当主であるから、兄であるから―――愛して、いるから。
「兄上、次は何をする」
「言われなければ分からないか?」
お前は賢い子だろう、と笑ってみせると、仰せのままに、と返って来る。可愛くない、かわいくない、かわいくないからこそ生き残れた、唯一の弟。
 膝がゆるりと掴まれた。赦しを乞うように頭を垂れて、そこに恭しく接吻ける様を見ていた。まるでそれはハイレインの腹に還ってきたもののような気がして、ああ、この弟を産んだのは確かに自分だったと、そう思いだしたら笑えてしまった。



立て膝をゆっくり割ってくちづけるあなたを いつか産んだ気がする / 林あまり

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20150806