耐えよ、無垢なる者 陽匠

 愛を囀るなんて、昔の人は良いフレーズを作ったものだ。そんなことを思いながら匠は自分の膝によじ登るあたたかいものを眺めていた。
「む、たくみ。おきてるのか」
「今起きた」
「おれのせいか」
「別に、そうじゃねえよ」
実際のところ、子供が部屋に入ってきた音で転寝からは覚めていたのだが、それを言えばきっとこの子供はへそを曲げてしまうから。
 部屋に入ってきた子供は、真っ直ぐに匠の膝によじ登りに来た訳ではない。椅子で転寝をしてた匠の傍に立って、まるで内緒話でもするように、すきなところを囁いていたのだ。愛を囀るなんてフレーズが浮かんできたのはその所為である。
「たくみ」
よじ登りきった子供の顔が近付いて来る。それを人差し指で優しく制してやると、途端にその頬がぷくうっと膨れた。
「たくみっ」
「だめだ」
「なんでっ」
「なんでも」
 何処で覚えてきたのか。ため息を吐く。さっきの囁きだってそうだ。まるで、純文学作品に出て来そうな言葉ばかり。メロドラマだったのならまだ納得も出来たが。
「たくみ」
小さな目がじっとこちらを見つめてくる。
「陽太郎」
それを真っ直ぐに見返して、だめだ、ともう一度繰り返した。ぐっと詰まった瞳が少し潤んだのが見える。泣いて、しまうだろうか。
「おれはたくみがすきなのに?」
 今度は、匠が詰まる番だった。
「たくみはおれのこと、きらい?」
「ンな訳ねえだろ…」
「でもすきって言ってくれない」
美しい瞳をしていた。ひとつも濁りがないような、晴れた日の朝のような。
 これを、穢しては、いけない。
 そう思うのに。
「…お前が、」
小さな頭を撫ぜてやる。匠のものよりもやわらかいが、それでも同じような髪質をしていた。
 親子。それは一生ついてまわる関係性だ。変えることなど出来ない、絶対の関係性。それでも。
 真っ直ぐな目に、嘘を吐きたくなかった。
「お前が、…もっと、大きくなったら、な」
 こんな狡い言葉で誤魔化さなくて良い日まで。



烏合
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***

貴方がさいごにかえる場所 林迅

 ひどい顔だな、と思った。
 別に顔色が悪いだとか、目の下にくまがあるだとか、頬がこけているだとかそういうことではない。ただ、目が。違うと思った。遠くを見ている、心が此処にない、言い方はいろいろ出来るだろうけれど。林藤はかたん、とペンを置いた。急ぎの書類ではない。それに、別に機密性も高くない。そもそもこの小さな組織に、旧ボーダー面子の関われない機密などない。よって、これがこのひどい顔をした子供に見られても、困ることはない。
「迅」
手を広げる。
「来いよ」
 ゆるりと、その顔がこちらを向いた。緩慢な仕草が身体を起こす。そして重そうな動きでやってきた身体は、どすっ、と林藤の腕の中へと落ちてきた。
「ひゃっこいな」
「ひゃっこいって、支部長(ボス)。おじいちゃんみたい」
「おじいちゃんてなんだよ。俺がおじいちゃんだったらお前は餓鬼だよ」
同じように冷たい手が伸びてくる。
 首に巻き付くその冷たさを好きにさせるのは、信頼だとかそういうものではない。いつか、寝首をかかれるかもしれない。その警戒はいつだって持っている。
「…ひどいね、ボス。おれ、もう十九歳だよ。来年には酒も飲めるよ」
「おーそうだったな。木崎と一緒に良い酒用意しといてやんよ」
「ボスたちとお酒飲むの、楽しそうだけどね…そうじゃなくてさ」
つう、と指が首筋を撫ぜていった。その下の血管を探すようなその感覚にも、林藤は首を振らない。
 手を広げるということはそういうことだった。痛みだろうが裏切りだろうが、受け入れずとも拒絶せず、それでいてそれで壊れることをしない。
 ぬるり、となまあたたかいものが首筋に触れた。次に来るであろう衝撃に、少しだけ顔をしかめる。
「…いてーんだけど」
「の、割りには悲鳴とか上げないんだね、ボス」
「大人だかんな」
「なにそれ」
じゅっ、と微かな音に、ああ血が出たのだなと思う。
「くっきり」
「強く噛んだもんなあ」
「どうすんの」
「躾のなってないカピバラに噛まれたって言っとくわ」
雷神丸に謝っとけよ、と言えばはぁい、と間延びした返事。
「ねえボス」
 血の匂いもしないような室内で、子供は笑う。さっきまでのひどい顔は、若干和らいでいた。
「もうちょっとこうしてて」
「はいはい」
 赦されることを、まもられることを望まないのなら。せめて。

***

叶わない約束 忍林

*若い時

 走る。
 走る走る走る。
 何処かも知れない砂漠に似た灰色の大地を、蹴り飛ばす。
「忍田」
ざっと降り立ったその視線の先で、同期の男はまるで死人でも見たかのような顔で林藤を見つめていた。
「…林藤?」
「そうだよ」
「だってお前は、」
「吹っ飛んでただけだって。トリオン体が普通より強いの、お前は知ってるだろ?」
そういう、問題ではないのは分かっていた。それでも林藤は軽々しい口調で続ける。いつもよりも若干高い声で、わざとそうしていると分からない、ぎりぎりの調子を作ってみせる。
 知っている、と苦い顔で言葉を返された。もう敵はいない。何も考えたくなかったであろう忍田が、すべて斬ってしまった。だからこそこうして、結構な距離を吹っ飛んだにもかかわらず、比較的短い時間で戻ってこれたのだろうが。
「おれは死なないよ」
手を握る。トリオン体では、その温度は分からなかったけれど。
 模擬戦では斬って斬って斬りまくって。こちらの生き死になど関係ないというように刃をふるうのに。どうしてこうも、戦場では臆病になるのか。
 戦場でもそれが敵ならばいつもと変わりないのに、仲間のこと、ことさらに林藤のことにはびどく、臆病になる。それがどうしてなのか、問うたことはなかった。問うてはいけない気もしていた。忍田が口を閉ざすことを選んだのなら、それを林藤がこじ開けるべきではない。
 そう思うから、問わない。その代わり、言葉をかける。
「敵には殺されないし、黒トリガーにもならない。約束する」
一方的に小指を絡めた。だから、と続けた声は掠れる。
「その時がきたら、お前が殺してくれよ」
 ぐっと、その唇が噛まれるのが見えた。そうじゃない、そう言いたいようだったが、何も言葉にされない今、林藤は林藤の思ったことしか言えない。
「なぁ、忍田。頼むよ」
理解の及ぶ限り、予想の出来る範囲、それしか出来ない。
「………ああ、分かった」
約束だ、とその小指に力がこもる。
 子供のように声を合わせてうたうその姿は、戦場にはきっと不似合いだった。

***

噛みつくようにキスをして 菊時

 ぐい、とその優しい腕を退ける。どうしたの、と訝しげに見てくる彼を、きっと睨む。
「菊地原はいつもやさしいよね」
これは、ただの八つ当たりだ。分かっていながらも、言葉を止めるつもりは毛頭なかった。
「嫌なの、優しいの」
「嫌じゃないけど」
「けど?」
 偶然見た光景。別に、珍しくもなんともない、菊地原による一方的な口撃の様子。それを見ていたら、無性に。
 傷付けられる彼らが、羨ましくなった。
「オレは、菊地原が思っているよりも、貪欲だよ」
「…わかってた、つもりなんだけどな」
すい、と同じくらいの大きさの手が、髪を梳いていく。
「自制心ってのがぼくにも、あるから」
「それ、とっぱらってよ」
 至近距離、目が合う。
「煽り方、へたくそ」
 すべてがほしいなんて、ああ。



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言葉じゃ言えない 菊時

 帰って来たのは知っていた。ついてすぐ、貰ったメールにも返信したし、短い時間だったけれども電話だってした。
 けれども。
 生身の身体でしか感じられない温度を追う。ぎゅう、と渾身の力で抱きつく時枝を、菊地原は好きにさせていた。
 死ぬかもしれない。帰って来ないかもしれない。そういうことを、分かっていたから。
「…おかえり」
分かっているからこそ、この瞬間がこんなにも安堵をもたらすのだ。



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とじこめられたい 菊時

 宝石のような瞳だと言ったらきっと、ポエミーにも程がある、なんてあの冷静な声で言われるのだろう。
 もう少しでお別れになる渡り廊下を歩きながら、菊地原はそんなことを思った。視界に瞳は映っていない、代わりに、ミルクティーのようなやわらかな色をした後頭部。
「…きくちはら」
「何」
「穴、あきそうなんだけど」
「その時は責任とってあげるよ」
振り返らない彼に、苛立ちはしない。
「………なにそれ」
 今、どんな目をしているのか。
「菊地原って、ばかだよね」
振り返らない彼の表情を、感情を湛える瞳の色を、菊地原は知ることは出来ないけれど。
 きっとうつくしいのだろうと、そう思った。



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そらまめじゃなくてえんどうまめだった 諏訪堤♀

 うとうとと、眠りにつこうとした時だった。
「おまえのさぁ」
暗闇で、すぐ隣からあがった声に堤は律儀に返事をする。
「せなかってさぁ」
眠い。それでもはい、と返事をする。
「すぐ痣つくじゃん」
「アンタがすぐ叩くからですけど」
 諏訪洸太郎というのが別にDV男という訳ではない。ただすぐ興奮して、そうするとひとの背中をばんばん叩くのだ。恐らく彼にとってはめいっぱいでない力で。
「いやお前が弱いだけな」
「違う生き物なんですから加減くらいしてください」
「しようとはしてる」
男と女で構造が違うのを、この藁屑の詰まったような人でもどうやら考えるくらいはしてくれていたらしい。
「もうちょっと頑張って」
「まぁ背中の話に戻るんだけど」
「ちょっと」
「すぐ痣つくってことはさ、センサイって訳じゃん」
 はぁ、と息を吐いて軌道修正は諦めた。堤の背中の無事は守られなかった。何だというのだ、これからまた痣だらけにするよ宣言か。やめろ。
「まぁ諏訪さんよりは」
「ってことはさぁ、ホンモノのお姫様ってことじゃん」
「…は?」
思わず冷たい声が出た。
 ホンモノの。お姫様。
 あまりに突飛でメルヘンチックで、ヤニくさい口からは出てくるとは思えない言葉に目を剥く。
「いつかうっかりホンモノの王子様のいるお城とかに立ち寄ったらさ、お妃様にバレて」
「いろいろツッコミ追いつかないですけどアンタ御伽話似合わないですね」
「うるせえ。んでさ、それで王子様にもらわれてっちまうんだよなって思って」
「王子様だって中古品は嫌でしょうよ」
「中古って」
「違いますか」
アンタが、すきかって、しちゃうのに。
 すきかって、でいろいろと思い出すことがあったのか、ぐっと詰まる音がする。
「なんかその、望まなかったみたいのむかつく」
「はいはい大丈夫ですよ望んでますから」
望んでないならひっぱたくなりみぞおちなり、きっともっとやることが出来た。たとえ、その後に報復が待っていようと、堤というのはそういうことが出来る女だった。馬鹿とも言う。自覚はある。
「バレんなよ」
「バレませんよ」
「なら良い」
 ごろり、寝返りを打ったその背中に問いかけた。
「ところでそれ何の話でしたっけ」

***

「餅ってどうやって書くんだっけ」 太刀+迅

 書き初めをしよう、とその人が言ってきたときとても驚いた。未来視はこんなこと言っていなかったし、まぁ言うまでもなかったのかもしれないけれど。
「おれ世界平和って書くからお前餅って書けよな」
「…なにそれ」
気遣われてることは分かったけれど、最近何かあったということもない。キャラでもない気遣いはどうせ、また気まぐれなんだろう。
「まぁいいよ、書いてあげる」
「ノリいいな」
「おれだからね」
 めちゃくちゃ良い字を書こうと思った。めちゃくちゃ良い字を書いて、びっくりさせようと思った。



キャラ、書き初め、未来
ライトレ

ask

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好きなのにね 菊時

 手が触れた。てのひらじゃない、手の甲が。それだけで、その一瞬だけで、満足しろと言い聞かせる。体面なんて馬鹿らしいと思っていたけれども、今は守りたいものがあるから。そのためならば、この唇の閉ざし方、くらい。



(わけないはず、なのに)

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美しい貴方の中の子供 唐根

 昔、テレビで見ましてね、と根付は呟く。
「腕にやっと抱え切れるくらいの、すごく大きな花束を、よろよろと抱えて歩く男性。確かドラマで、プロポーズをするシーンだったと思います」
男性の滑稽さに女性は笑ってしまって、それでプロポーズは成功するのだけれど。
「それがなんだか、忘れられなくて」
 画面いっぱいの、花々が。
 まるで、幸せの象徴のように。
「ああ、でも君は、そういうの似合わなそうですよねえ」
君はいつでもスマートですもんね、と笑う。
 やっと抱え切れるくらい大きな花束を抱えた唐沢に、プロポーズを受けるのは数日後のこと。



(君ってわりとばかなんですねえ)

想像の中の鮮やかな花びらにすりかわっていく質量の花 / ロボもうふ1号

***

20150806 編集