dream also dream 米出

 カチューシャはもう壊れていた。
 いつもは晒されている額が長い前髪で覆われていて、出水はそれを指で掻き分けるように撫ぜていく。触れたところからまだ温かさが伝わってきていた。当たり前だ、と何処かで声がする。先ほどまで生きていたのだから。冷静なその声は紛れもなく自分のもので、笑うしか出来なかった。
 これは夢だ。もう動くことのない米屋が笑った。
 そもそも現実には緊急脱出機能という便利なものがあって、そう簡単にこうして死ぬことはない。胸を貫かれて、そこから血を流して。目は虚ろになっていって、口の端からも血が零れて。そういうことはないけれども。ないけれども、しかし。
 出水は動かぬ米屋を撫で続ける。あり得ない、ということもない訳ではないのだ。いつかこうして物言わぬ米屋が目の前に横たわることも、決して可能性としてはゼロではない。
 その時、果たして自分は平静でいられるだろうか。
 口に出すこともなく自問した答えなど、同じ夢を最初に見た時から変わらない。恐らく、無理だ。泣いて喚いて縋って崩れて、どうしてだと叫ぶのだろう。
そうならないための、夢だ。そう思う。
 いつか来るかもしれないその日のために、何度も米屋の死を目にして、平然とした顔でそれを受け入れられるようになる、練習なのだ。



「撫でる」「熱」「先程まで」
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追いかけて欲しいだけ 風迅

 お前の言葉はアテにならん。
 難しげな顔で風間がそういうものだから、迅は目を細めて見遣った。
「えー風間さん、俺のことは信用しなくても良いけど、
俺のサイドエフェクトくらいは信用してよ」
「してる」
「じゃあ、」
「ついでにお前のことも信用してる」
「あら」
予想外の言葉に、今度はその目をぐりりと押し広げた。
「だが、お前の言葉はアテにならん」
また、風間は繰り返す。
「どーいうこと?」
「どうもこうも、そのままの意味だ」
「風間さん」
わからないよ、と重ねてみれば、案の定風間は言葉に詰まった。さっきまでぴんと張り詰めていた視線を、まるで別人みたいにうろうろと彷徨わせて、それがなんだか同じ年頃の人間らしくて笑う。
 ねぇ、かざまさん、と唇から落とされた音はやたらに甘く、優しい色をしていた。
「俺に言ってほしいことがあるなら言ってよ」
虚を突かれたように固まった風間をおいて、迅は歩き出す。
「迅」
「なーに、風間さん」
足を止めずに声だけ返した。
 そのまま、浮かんでくる笑みを押し殺さずにいるのも。アテにならないと言われるほど、言葉が足りないままにしているのも。
 ただ単純なすきなひとへの甘え、それだけに尽きるのだ。



bot
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アーモンドチョコレートの顔して見せるずるい貴方 風迅

 ほら、と銃口のように突き付けられたチョコレート菓子に、迅は思わずちょっと待ってよ、と声を上げた。
「なに、これ」
「チョコレートだが」
「そりゃあ俺でもわかるよ…」
風間の指に挟まれた小さな粒が、与えられる体温がゆるりと溶けていく。それを感じたのか、ほら、と唇に押し付けられる。
「はやく食え、溶ける」
鼻孔を擽る甘い香りや、じわりと誘発される唾液だとかに根負けして、迅は仕方なく口を開けた。待っていたとばかりに押し込まれる涙型の粒の、周りのコーティングはすぐに溶けて中のものが舌に当たる。
「アーモンド?」
「ああ」
「ね、風間さん、今日は突然どうしたの」
 がり、と奥歯がそれを噛み砕くのと、指先に残されたチョコレートを風間が舐めとるのは同時だった。
「…なんだ」
「いえ…」
ナンデモ、と目を逸らす。
 迅と風間は所謂恋人同士であって、今更間接キスがどうの、なんて言ってられないくらいにはいろいろとしてしまっている訳ではあるが、それでもこうして目の前でさらりとやられてしまえば、目のやり場にこまる訳で。もじもじと視線を彷徨わせていたら、迅、と呼ばれた。
 呼ばれたのでそちらを見遣ったら、風間はこちらをじっと見つめていた。蕩(とろ)けそうな光と、郁々たる切望の色に胸が鳴る。
 じん、と熱のこもった声を聞いてしまえば、もう何を言うのも場違いな気がして、降参だ、と目を閉じた。



バルキュリアの囁き
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キミの才能妬ましや 太刀風

 首に手を掛ける。この至近距離で刺されたらたまったもんじゃないだろうけれど、きっと刺されはしない。風間がそういう人間だと、太刀川は嫌というほど分かっている。
「…今日は、絞めないのか」
見上げられているはずなのに、見下されている気分になる視線。それに挑発されたように、太刀川の手のひらに力がこもっていく。
 けれども風間は一向に苦しそうな顔を見せない。当たり前だ、だって今、風間はトリオン体なのだ。ちなみに太刀川も同様である。
 常の戦闘での設定がそうであるように、今もまた、痛覚などは限りなくゼロに近い位置にあるのだ。それが嫌だなんて我儘を言うほど戦闘狂ではないが、やはり違和感は強いな、と思った。あるべきものがない、与えているはずのものが消えていく、それは虚しい、という気持ちが一番では近いのだろうか。
「もう、充分だろう」
絞め上げられた喉が擦れた音を出して、太刀川は力を緩めた。
 瞬間、繰り出されるスコーピオンでの攻撃を、右の弧月でいなしてから左のそれで胸を打ち抜く。切り替えの速さに驚くことはない。いつだって、こうだ。好きにさせているようで、いつだって抜け目なく、生きることを考えている。
 ふ、と風間の唇が釣り上がった。それは 勝利宣言のようなものだった。
「…ほんと」
ばらばらと風間の仮想戦闘体が消えて行ってから、ぽつりと呟く。
「ああいうのを、才能って言うんだろうな」
何かのために捨てられるプライドがあること。
 それが出来ない所為でいつだって、この手からすり抜けて行ってしまう。この黒い残渣のように。
 消えた名残を追うように、太刀川もその仮想フィールドから離脱した。



キミが映る水溜まり
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責任転嫁と週末 過去嵐時前提の菊時

 目が痒い、と言ってみたらどしたの、と覗き込まれた。ちょっと赤くなってるね、こすったんでしょ、と言われて頷くと、もう、と頬を膨らませる。その様子が可愛らしくて笑うと、何笑ってんの、と額を突かれた。
「おまえの話なんだからね」
ぶうぶうと始まるその言葉すべてが、自分のためだと知っている時枝は、ありがとね、と笑う。
 こうして近付くまで、菊地原にも相応の優しさが宿っているだなんて思ってはいなかった。失礼な話ではあるが、別にそれが彼を取り巻く噂からくるものではなかったのだから、勘弁して欲しい、なんて誰に言うでもなく胸の中で弁明する。時枝がそう思っていたのは、そのサイドエフェクトのことを聞いたからだった。自分に聞こえない音が聞こえている、それがどういう世界なのか時枝には想像がつかなかったが、つかないからこそ大変なのではないかと、そう思っていたから。
 どういたしまして、と緩んだ目元に、あ、と思う。
―――おんなじ、眸(め)をしている。
じわり、と視界が歪んだ気がした。
 目の前の菊地原と、似ても似つかないはずのその人が、だぶってみえる。
 ふいに、頬を掴まれた。画像が乱れる。だぶった線が整えられて、菊地原の表情が帰って来る。
「たいらだ」
すっと、その親指が涙袋の辺りをなぞっていった。
「またあのひとのこと、思い出してたでしょ」
「…ごめん」
「謝って欲しい訳じゃない」
「分かってる。でも、ごめん」
繰り返せば、もういいよ、と額が肩まで降りて来る。
 この不器用な優しさに甘えている自分はひどいやつだなあ、と、そう思うのにやめられないのはあまりにそれが心地好いからなのだ。



眼科医にあのひとの影重ねたら「すごく平らな目をしてる、君」 / 森まとり

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殺してはいけなかったんだ 奈良三輪

 心臓の裏を擽るような感覚を憶えたのは、三輪から某チョコレート菓子を手渡された時のことだった。
「陽介から、それがすきだと聞いた」
もごもごと、非常に言いにくそうにそんなことを言うのだから、その先の理由を尋ねるのを忘れてしまった。まさか、すきだと聞いたから、それが理由ではないだろう。何かしら奈良坂にものを与えたい理由があって、それで米屋に助けを求めた、そんなところだろうと思った。
「ああ、すきだ。ありがとう」
 けれどもいっぱいいっぱいそうな三輪を見ていたら、そんなことどうでも良くなった。この 不器用な友人がその理由がなんであれ、自分のすきなものを知ってくれた、そしてそれを与えたら喜ぶだろうと思ってくれた、それだけで。
 だから、この感覚のことは忘れてしまおうと思った。忘れて、記憶の海に埋没させてしまえば殺せると、胃からせり上がるような警告のままに従う。そうしてしまえば、最初からなかったのと同じ。
 それが間違いだったと気付いたのは、すべてが終わったあとだった。
 寄り添う背中を見てやっと、ああ、自分はあそこに居たかったのだなと気付いたが、それがもう既に遅すぎるとわからないほど、奈良坂は馬鹿ではなかった。



君は空を知らない
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ヒルドの微笑 忍沢

*過去捏造
*オペ子捏造

 こんな少女まで、なんていう感情はその時、とうに擦り切れて身体の奥底まで埋まってしまっていた。戦場で必要なのは貌ではない、力であると、そう骨身にしみて分かっていたから。
「力を示せ」
師弟とも呼べぬその環境で、忍田が言ったのはそれだけだった。
「生き残りたければ力を示せ。私から言うことはそれだけだ」
 その言葉は冷たかっただろうと思う。勿論それは年を経て、幾許かまるくなったからこそ思えることではあるのだが。
 けれども少女は目をきらきらとさせて(それはもう、こんな戰場(いくさば)に似合わぬほどのきらめきで!)、はい、と元気よく頷いてみせた。
 強い敵と戦いたがる忍田の下で、長く続く者はそうそういなかった。同じように馬鹿を邁進出来る者か、徹底して自分を殺し、サポートに回れる忍耐の強い者。少女は後者だった。
『忍田さん』
オペレーターの声がする。
『西に400、どうせ行くんでしょう?』
「沢村」
「はい」
たん、と現れる影。
「あとを頼む」
「はい」
にこり、と微笑む少女を見届けてから、地面を蹴る。オペレーターの指示を聞きながら、現れたらしい強敵をどう料理してやろうかと舌なめずりをした。
 お気をつけて。そんな声がふわりと届いた。

 時期を同じくして一線を退いた彼女は、今もなお形を変えて傍にいてくれる。忍田を支える、影のように。
「お気をつけて」
 今。こうして一人の兵として出ていく今、過去が重なる。
 ―――あとを頼む。
 ―――お気をつけて。
 何度、このやりとりをしたことだろう。唇の端に浮かぶのは笑みだ。彼女のその声を、いつしかお守りのように胸に抱えて敵を斬ることをしていた。
 約束された勝利などない、そう分かっていても。
 彼女の言葉があるだけで、すべてがうまくいく、そんな気分になってしまうのだから。

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きみがいれば 米出+緑川

 「おー見えた見えた。なんかいっぱいいんぞ」
額の上に手をかざした米屋が言う通り、もう少しで着くだろうその地点にはうじゃうじゃとトリオン兵が集まっていた。
「C級が襲われてるらしーしあすこだな」
「あれ全部斬るワケ?」
『そうだよ〜』
報告では七体だって、と通信機から国近の声に喜びの声を上げたのはどの馬鹿か。
「ねーいずみん先輩、よねやん先輩。今度の作戦はどうするの?」
さっきのは作戦って言って良いのか分からないけど、と緑川が続ける。人型ではない分、そこまでない頭を捻ることもないのだろうが、それでも敵は少ないとは言えない。迂闊なことは避けるべきだろう。
 …と思って緑川は問うたのであるが。
「いらんだろ、そんなモン」
「そーそ。今更」
前を行く背中はそう声を合わせる。
「えっ、でもいっぱいいるよ」
「数なんてカンケーねーじゃん」
「そうそう。倒せば一緒」
 いつもよりも軽い会話に首を傾げた。
「なんか二人とも、テンション上がってない?」
「上がるに決まってんじゃん! さっきの今だし」
「こいつ馬鹿だし」
「オイ弾バカさりげなく馬鹿にすんな」
「馬鹿を馬鹿って言って何が悪い」
「あのさ、二人とも。今から三人だけで加勢っていう状況なんだけど」
いくらさっき人型を倒したと言っても、敵がまだいる以上油断するなかれ。でないと先ほどの人型のように足をすくわれる羽目になる。そう思って進言した。
 が。
「分かってるって」
「でもほら、槍バカがいるし」
「弾バカもいるし」
練習でもしていたのかと思うようなぴったりさで、
「これ以上ないほど背中は安心じゃん?」
「これ以上ないほど背中は安心だろ?」
重なる。
 それに緑川はため息を吐いてみせた。勿論、呆れから。
「はいはい。ゴチソーサマです」
「なんだよーその反応〜ちょっとセンパイ寂しい」
「うわ陽介きもっ」
「きもくないわ!」
 合流一分前のそんなどうでも良いやりとりに、緑川は笑った。

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ささやかな希望だとかそういうものを 出→烏

*過去捏造

 大事に大事に守ってきたものが一瞬で消え去ったのは四年前のあの日だった。連れて行かれそうになっていたまだ小さかったその身体を、這々の体と言った様子で助けだしてくれたその人を責めるつもりはなかったし、感謝こそすれ家族を助けてられなかったことをとやかく言うつもりはなかった。
「ボーダーに入らないか」
勧誘を受けたのもその時だった。
 手段がある、復讐でも良い。そう紡がれた言葉に、ひどく悔しくなって頷いた。
「復讐なんてしない」
零れる涙を止められないままそう叫んだのには嘘はない。
 そうして出水公平は戦う力を手に入れて、元から持っていた素質も相まって、一気にランキングを駆け上がって行った。
 そいつに出会ったのは、そんな時期のことだった。
 心の底に少しばかり救う憎しみだとかそういうものを覆い隠して、ただがむしゃらに走る俺の前に現れた、一人の後輩。
「家族を、守りたいと思っています」
どういう経緯かなんて覚えていない。新しく正隊員になった後輩を誂いに行こうと、米屋とふざけていたのかもしれない。
 俺の持っていないものを、こいつはまだ持っているんだ。
 どんと、胸を突かれたような思いだった。米屋はどうせ真面目だ、とか言って笑っていたんだろう。本当にその時一緒にいたかも怪しいけれど。
 そう思っても湧き上がるのは羨望でも同情でもなかった。ただうつくしいものを見たように、その姿が目に焼き付いた。
 だから、本部からの移動が決まった時、その理由のうちの一つが師匠がいるからというものだったと聞いた時、その師匠があの人だと知った時。
 ああ、と思った。
 ああ、こいつはきっと、まもれる。
 その瞬間、四年前のあの日からずっと泣いていた誰かが、ようやっと誰かに抱き上げられ、そして抱き締めてもらえたような、そんな心地になった。

***

ticktack オサチカ

 むかしの話だ。
 理由など忘れてしまったが千佳が泣いていた。今思うとそれも近界民関係の何かだったのかもしれないが、後にも先にも千佳が僕の前で泣いたのはそれきりだったはずなのに、どうしてかその理由を思い出せないでいる。
 ただ、理由は思い出せなかったが、涙を拭う千佳が最後に頼んだことだけは、良く覚えていた。
「兄さんには、言わないで」
その手をぎゅっと握って、安心させるようにゆっくりと、落ち着いた声をこころがけて。
「うん、言わないよ」
「ぜったい、ぜったいだよ」
「うん。絶対だ」
そんな会話を交わしたこと。
 そして、その手が異様に冷たかったこと。
 思い出したのはきっと、仮想であれ死というものが目前に迫ったからだったろう。今まで訓練として、経験として積み上げて来たと思っていたものは、こうして現実の戦場に晒されて消えて行った。
 走馬灯、のようなものだ。思い出がぐるぐる駆け巡り、最後に出てきたのは。
「大丈夫だよ」
ぎゅっと、手に力が込められた。
「修くんなら、きっとだいじょうぶ」
 自分が標的になっていることを、分かっていない訳じゃない。分かっていて、震えが伝わっていると分かっていて、それでもなお、僕を安心させる言葉を選んで。
 抱き締める代わりに手を握り返した。

 今、君となら。
 なんだって、こわくはない。



image song「午夜の待ち合わせ」Hello Sleepwalkers


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20150806 編集