さよなら、My sweet Happiness。 三輪米

 その横顔から表情らしい表情が消えたのは、いつだったろうか。あれだけ、泣いていたのに。米屋は思う。泣いている心を置き去りにして、一体。彼は。
 隣にずっといたのに、何一つ分からなくて、彼女が連れて行ってくれた場所を連れ回しても。
 降り注ぐ星空の下。ぼんやりと浮かび上がる横顔は、米屋の知らないものだった。
―――何を、願ったんだろう。
言葉にして問うことも出来ずに、ただその手を握る。
 きらり、頭上を流れ星が流れていった。流れ星ははやすぎて、何を願うことも出来なかった。



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ライン 嵐←時

 遠くない、とは思っていた。けれども近い、それは違うと思った。
 じっと、見つめる。
「どうした?」
無邪気な瞳で首を傾げる、そんなひとになんでもないですよ、と笑う。それが出来る。なんでもないが、許される。
 近すぎて報われないなんて、ああなんだろう、一番切ないんじゃないだろうか。息を吐いた。そうでもしないと胸が苦しくて、張り裂けそうだった。
 心はこんなに傍にいるのに。違うラインを越したみたいで。
 時枝充はきっと、嵐山准に手を伸ばすことはしない。自分の立っているところを、嵐山との位置関係を、誰よりも良く分かってしまっているから。



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独占欲がないとでもお思いですか 忍林

 林藤匠と言って、何を思い浮かべるだろう。
「煙草かな」
そう言ったのはぼんち揚げを噛る少年。
「師匠です」
そう言ったのは低身長だが強い少年。
「親…ですかね」
そう言ったのは筋肉が印象的な少年。
「そりゃあ眼鏡でしょう!」
そう言ったのは眼鏡がトレードマークの少女。
 そんなことを思い出しながら、忍田はその背中を見つめていた。酒を飲もう、鍋をしながら。そう誘ったら二つ返事で来た背中。お前ン家で良い? それとも玉狛来る? その二択だったら前者を選ぶのは、下心があるのだから仕方ない。
「なあ、林藤」
片付き始めてはいるが、空っぽにはなっていない鍋からその身体を引き剥がす。持っていたグラスも、丁寧に机へと置かせてやる。
「おまえの優しさは、私のものだと。…思っても、いいか」
 眼鏡の奥の瞳は少しだけ、驚いたように見開かれた。
「お前は…」
引き寄せる。
「私だけのものだ、と」
 ゆるり、と下眼瞼が緩む。すきにしろよ、とささやかれた言葉に、思う存分甘えることにした。



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ディア・マイ・ディスティニー! 唐根

 私でなくとも良いでしょう。その人は良くそう言うことを言う。それが卑屈であったり、自分に自信がないから言っている訳ではないので唐沢は困っていた。
 やれることはやっているはずだった。そしてその成果もあって、その人はこちらへと傾いてきている。………と、思う。
「根付さん」
良い雰囲気のレストランへ行ったり、
「好きです」
真っ直ぐに、気持ちを伝えたり。時には相手がひかない程度の贈り物をしてみたり。
 それでも、そのひとは不思議そうな顔をするだけで、私でなくとも良いでしょう、そう繰り返すのだ。
 もしも、神様なんてものがいるのなら。
 この人以上の人なんて何処にもいないことを、今すぐ証明してくれれば良いのに!



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ありふれたこうふく 林←迅

 居心地がいいのは優しくされているからだと思っていた。優しくされるのはこの能力(サイドエフェクト)が重宝されるべきものだと思っていた。
 迅悠一という自分は。そういうもののおまけなのだと。
 けれども年を重ねるにつれて、年齢にそぐわぬ甘やかさを注がれていると思うようになった。たとえば頭を撫でられるだとか、菓子を買い与えられるだとか。いつまでこの人は子供扱いをするのだろう。そんなふうに、少しだけ不満を抱えていた。
 そうして、はっと気付いてしまった。
 それが、ただ迅悠一個人に対して与えられていることに。子供という存在に平等に、与えられる愛なのであると。そう気付いたら、胸の辺りをかきむしりたくなった。
 今まで、利用するためのものなのだと思っていた。だから、と胸に秘めていたものが溢れだす。もう知らないふりなど出来なかった、けれどもそれを認めても、どうすることも出来なかった。もう知らないふりは出来ないのなら。
 これ以上、進まないようにするだけだ。



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ぼくはいま、いきていますか。 太刀迅

 抱き締められる。その腕は現実での鍛錬も欠かしたことはないのだろう、迅よりも大分しっかりしていた。そんな腕の中にいるのは、あたたかくて気持ちが良い。
「ねえ、太刀川さん」
顔を上げずに、迅は言葉を発した。なんだ、と返って来る声。いつものように何も考えていないような、声。
 あのさ、と続けた声はまるで幼子のようだった。迷子になって、だれでも良いから甘えたい時のような。
「今こうしているオレは、太刀川さんに抱きしめてもらっているオレは、幻………なんかじゃ、ない、よね?」
 瞬間。顎を掴まれ、そのまま接吻けを落とされた。
「…まぼろしだったか」
「ううん」
 そうだろ。そうだね。
 ばか、とその言葉は、何よりも優しく聞こえた。



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固形物の心 嵐←時前提菊→時

 頑なだな、と思った。何がそんなに良いんだろう、そんな失礼なことも思った。初恋、だと言っていた。でもそれだけだろう、たかが初恋だ、流石に言うことはしなかったけれど。
 初恋に殉じるのが、美しいとでも思っているのだろうか。
 肩を掴む。じっと違うものを見ていた瞳が、菊地原を映す。
「凝り固まったおまえの心をぼくが解いてあげる」
驚きと、少しの期待。見開かれたその平坦な瞳に乗ったその色を、菊地原は見逃さない。
 だって、紛れもないすきなひとの変化なのだ。時枝がみんなの人気者を見つめていた期間、ずっと菊地原は時枝を見ていた。時枝には馬鹿にしたつもりはないだろうけれど、菊地原にしてみれば馬鹿にされたも同然だ。
「そしたらおまえの心は、ぼくのものだから」
「きく、」
「時枝」
呼ぶ。
 一切の反論を許さないと、そんな強さで。大きな声を出す必要はない。目を、真っ直ぐ。
「これは賭けだよ」
そして、しっかりと。言葉の隅々まで、輪郭を際立たせるように。
「勝負しよ、ときえだ」



宵闇の祷り
http://yym.boy.jp/

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白い絶望の果て 太刀風

 危うい人間だ、と。模擬戦で刃を交える度、そう思った。
 太刀川慶という人間について問われて、戦闘好きと答える人間は一定数いるだろう。風間もその一人だった。けれども、それだけではない。何度も何度も刃を交えて、思ったのはそんなことだった。
 斬って、斬られて、その最中(さなか)に。
 その口角が釣り上がるのを、何度、見ただろうか。きっと、相手が風間でなくても彼は笑うのだろう。斬って、斬られて。もし一太刀でも、彼に与えられたなら。彼は笑うのだ。
 その中で死んでしまいたいと。
 そう願っていても可笑しくないなんて思わせるような、笑みで。

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おこさまの意地 陽レイ

 林藤陽太郎はおこさまだった。
 誰がどう見てもおこさまだった。時々大人がおとなびてるだとか、年のわりには賢いだとか言うけれども、それは陽太郎が子供だからこそ出てくる言葉だった。馬鹿ではあるが愚かではない陽太郎はそれを知っていた。だって大人はおとなっぽいなどとは言われないのだ、大人だから。それを知ってしまっている陽太郎は、それを素直に喜ぶことは出来なかった。
 けれど、と思う。
 大きな手が陽太郎の頭を撫でていった。ヘルメット越しでも分かる大きな手だった。その大きな手が陽太郎のところで傷付いていることを、陽太郎は知っていた。その心もまた、その手と同じように傷付いていることも、知っていた。
 でも、陽太郎には何も出来ない。その傷付く手を、心を、ぎゅっと抱き締めてやるのはこの手も腕も身体も、きっと心もまだ小さいから。それが分かっていた、分かっていたけれど。ヘルメットをかぶり直す。
 陽太郎はおこさまだった。だから、これはとてもとてもちょうきせんなのである。だけど、とても長い戦いだったとしても、陽太郎は負けるわけにはいかないのだ。
 その心ごと、この腕でぎゅっと抱き締めてやるようになれるまで、陽太郎に敗北は許されないのである。



壊れかけメリアータ
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その瞳に僕を映さないで 三輪米

 くろぐろとして平坦な瞳だな、と思っていた。悲しいくらいにすべてを平等に映す、こちらを暴き立てる鏡のようなものだと。
「秀次」
呼ばれて顔をあげる。一瞬だけその目と視線があって、気付いたときはもう逸らされていた。いつもだ、と思う。いつも、こうだ、と。
 米屋はいつも、ちゃんと三輪を見ない。
 何が怖いんだ、と三輪は思っていた。その耳を掴んで、その瞳に自分を映したら―――時折、そんな夢想までする。米屋はきっと、知らない。三輪がそんなことを思っていることを、知らない。
 だって、知っていたらきっと、こんなことをしないだろうから。
 米屋は気付いていない。三輪を守るべきものと見るあまり、三輪がそれに気付いていることに、気付いていない。
 米屋陽介のくろい瞳には、三輪秀次の罪が映っている。そんなこと、誰に言われるまでもなく三輪がいちばん、良く分かっていた。
 もしも、と思う。もしも―――三輪が、その頬を包み込んで、そのまま自分をくろぐろとした平等な瞳に映したら、米屋はどんな顔をするのだろう。絶望するのだろうか、嫌だと目を瞑るのだろうか、きっとどちらも出来ないな、と思うのは、三輪の米屋に対する過大評価だろうか。
「秀次」
一瞬だけ。その一瞬で、三輪は分かってしまう。なのに、米屋は分からない。これは。
 彼の深すぎる愛故なのだと、歪んだ喜びが浮かんでくるのは。
 それと同時に彼に裁かれたいと、そう、願うのは。



イトシイヒトヘ
http://nanos.jp/zelp/

(狂って、いますか)

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20141209
20141225