狡い君を甘やかす悪い癖 米出

 見せつけるみたいに泣くんだな、と出水は思った。眺める先の米屋はまぁ飽きもせずに、何処にそんな水分があったのかと問いたくなるほど、そりゃあもう惨めなくらいに泣いていた。次から次へと涙が零れていく様はいろいろ通り越して面白くもあったが、恐らくもう本人も止め方が分からなくなって混乱しているんだろう。
 はぁ、とため息を吐く。
 些細なことから喧嘩になって、その末に米屋が泣き始めるのは珍しいことではない。たとえその元凶がこの恋人の方にあったとしても、米屋は涙を零すのだ。そうなってしまえば出水にそれ以上何かを言うことはできなくなり、結局は有耶無耶になる。それを狡いとは思わない、思わないけれども。
 もう一度ため息を吐く。どんなに思うことがあったとしても、こうなってしまえば結局、出水には涙を優しく拭ってやる他に選択肢などないのだ。



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「見せつける」「涙」「優しく」

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覚醒への墓標 菊時

 ソファーに沈み込んだその呼吸音はひどく安定したもので、時枝充という人間がそこで間違いなく眠っていることを示している。遠目に見たら目を瞑っているだけにも見える静かな眠りが、菊地原は嫌いではない。
 ふいに、安寧さえも齎すその喉が、こくり、と動いた。夢でも見ているのか、それと連動して僅かに唇が動く。だれかを、呼んでいるのか。息だけの言葉が、菊地原に理解出来る訳もない。
 その首筋に手を伸ばして、押し付けるように掌を宛てがう。ん、と身動ぎをして瞼が持ち上がる、覚醒の瞬間にその眸に映り込むことは。
 「おはよ、ときえだ」
「…おはよ」
これを快感と呼べないのなら、この世界にきもちのいいことなど何処にもないのだ。



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「目を瞑る」「快感」「ソファー」

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Borderline 三輪米

 最愛の姉を失ってそれはもう空っぽになりそうな三輪を黙って見ていられるほど、米屋陽介はお人好しではなかった。あれこれ会話という名の誘導をして、漸く三輪がその死にそうな瞳に憎悪を灯した時、ひどくほっとした。
 「大丈夫だよ」
へらり、と言う。
「秀次運動神経も良いし、何より真面目だもん」
「…お前はどうする」
昏い瞳がこちらを向いた。
「おれ?」
「お前」
「おれかぁ」
どうしよっかな、と思わせぶりに呟いた言葉に三輪は騙されなかったらしい。はぁ、とため息を吐くと同時に、その目線は逸らされてしまった。
 「…お前は素直だな」
「そう?」
「…いや、オレがそう思いたいだけだ」
「なにそれ」
笑いながら問う。答えなんて返ってこなくて良かった。
「おれも、ボーダー入るよ」
「そうか」
「でもお前とは違う理由」
「そうか」
案の定、三輪は米屋が答える前から答えを知っていたようだった。
 もしかしたら、あの誘導の意味も、すべて。それで良い、と米屋は思った。自分自身も理解の追いつかない自分のことを、三輪が理解してくれたら、それはなんて素敵なことだろう。
「お前に、ついていくよ」
何も知らないふりでそう呟く。
 そうであるなら、願えば三輪は叶えてくれたのかもしれない。まどろっこしい真似なんかしなくても、三輪は笑ってくれたのかもしれない。けれどもそれは希望論だ、だからこそ米屋は一番良い選択をした。
 つもりだ。
「その方がなんか楽しそうだしな!」
「お前がそういうならそうなんだろうな」
空っぽになったら。
「なにそれ、秀次さっきから難しいこと考えてね?」
「そんなことない」
その中に滑り込みたいなんて、浅ましいことを。
 そんな危うい規制線が、誰かによって消されてしまうことにこの上なく怯えていた。



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「怯える」「自身」「素直」

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美しきもの 米出

 陽の光が、きらきらと。
 「出水ってさあ」
「ん、何?」
窓際で風に当たる彼は振り返った。じゅご、となくなりそうな紙パックが音を立てる。
「あー…なんていうかさ」
色素の薄い髪に、反射して。
「何だよ」
噛み癖で潰れたストローで、隅をつついていちご牛乳を吸い上げる。
「将来、禿げそうだよな」
「ンだとコラァ!」
飛んできた拳を避けたら、反動で空になったパックが宙を舞った。
 今日も比較的、平和である。



ask

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絶対支配領域 菊時

*「覚醒への墓標」続き

 ふかふかと背中が沈み込むソファーの上で、微妙に歪む視界に文句を言うことはしない。目覚めてすぐこんな目にあうのは、初めてのことではなかった。けれども抵抗一つ、文句一つないでそれを受け入れているのは、別に諦めたからではない。
 その行動に時枝が、彼なりの理解を示しているからだ。
 菊地原は時々こうして時枝に触れる。支配権を誇示するように、もしくはぐずる子供ように。此処が居場所だと、確認する行為のようで。
 縋るような瞳で掌を首に押し付ける、そんな菊地原を振り払うことなど、時枝には出来やしないのだ。



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「歪む」「支配」「ソファー」

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その先、袋小路につき 米出

 「もうさぁ、俺にしちゃえばいいじゃん」
慰めの言葉の延長線上、そう言い放った声はこの上なく優しかった。
「お前の良さがまったく分かってないやつなんかさ、忘れちまえよ、陽介」
 そう言われて初めて、ずっと機会を伺われていたことに気付く。今まで相談に乗ったり、慰めたりしていた、あの献身はすべて、この一瞬のためだったのだと。
 けれども、気付くのが遅すぎた。
「…出水」
ゆっくりと、確実に、この胸の内に滑り込ませられたものを、今更拒絶する術など米屋は知らない。毒のようだ、と思った。もしかしたら、それよりももっと厄介なのかもしれない。そうとも思う、しかし。
 もうあとは、こくり、とその首を縦に振るしか、選択肢は残されていないのだ。



「滑りこませる」「声」「ゆっくり」
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小言の他に何も言えない 奈良米

 ひら、と視界の端でカッターシャツの裾が舞った。
「…陽介」
その持ち主の名を、奈良坂は低く呼ぶ。
「なーに、透」
恐らく振り返った。奈良坂がそう推測でしか言えないのは、既にその瞳を閉じていたからだ。
「おまえ、は、」
目を開けたら、きっと。
「風紀委員の俺に喧嘩を売っているのか」
「まっさか」



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反則だらけ

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センセンフコク 迅時

 「つーかまーえた」
踝から先が消えるのなんて一瞬だった。避けそこねた反動で、喉の奥からひ、と空気が漏れる。
「そんな怖がらないでよ」
「怖がってません」
ままならない脚でそれでも退却し、じりじりと近付いてくる敵を見据えた。
 敵―――迅悠一。今日の嵐山隊の、模擬戦の相手。S級の名に恥じないその動きは、あっという間に他の隊員を屠り、今や残るは時枝一人だ。
 周りに助けもいない、機動力は削がれた、それでも隙を伺うのは凡そ執念とかそういったものなのだろう。
「…殺さないんですか」
「ん、殺すよ?」
こてり、と傾げられた首は幼子のようで。
「でもその前に、宣戦布告してみよっかなって」
良い機会だし、そう楽しそうに言う迅に、今度は時枝が首を傾げる番だった。
 何を言っているのか、そう問おうとした瞬間、残っていた方の足首を掴まれる。ぐるん、と回った世界、内腿の辺りに何かしら押し付けられた感覚。耳元で綾辻と、既にダウンした他の隊員たちの悲鳴があがった。
 何が起こったのか分からずにいる時枝の視界で、にやり、と迅が笑って。それからひとおもいに胸が突かれて、それで終わりだった。



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冗談交じりに腿に支配のキス
(ここから始まる嵐山隊vs迅さん)

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愛し方なんて分からない 奈良当

 何度も何度も耳に蘇るのは、あの人を小馬鹿にしたような声だけだ。歯を磨いている時、通学路を曲がった時、階段を下りた時、教科書を置いた時、脱げかけた靴を直した時、認証でトリガーをかざした時―――引き金を引く時。
 たん、と響いた音の先の結果なんて、見ずとも分かっていた。
 ああ、と自分の前髪を掴んで奈良坂は息を吐く。これ以上、どうやって距離を縮めたら良いのだろう。



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寂しいときに限って居ない 当奈良

 物足りない、と廊下を歩いていた奈良坂は振り返った。今日は小テストも良い点がとれたし、購買で美味しいパンは買えたし、訓練も上手く行ったし、良いことづくしのはずだったのに。
 振り返った先、誰もいない空間を見て、あ、と息を零した。そして次の瞬間には、その考えを打ち消す。
「そんなことがあってたまるか」
憎々しげに呟いた言葉も、ぶつけてやりたい相手は、今、いない。



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20140429
20140504