手を離さないで さに+青 にっかり青江が自身の主にトランクの中に詰め込まれ(勿論本体の方ではなく人の身の方である)、本丸から現世へと連れ出されたのは数日前のことだった。静かな海辺で膝を抱えている主は、未だ少女の面影を残して。 「逃げたいのかい」 「ちょっと違うの」 「じゃあ家出?」 「そっちの方が近いかも」 戻る予定はあるから心配しないでね、書き置きだってしてきたんだから、と主が撫でるトランクの中、いつになったら外に出れるのだろう、ということは聞かないまま。 * 夜 ふたりのあいだの沈黙が 死ぬほど こわかったので あなたの心に手をさしこみ おずおずかきまわしてたのね きっと /工藤直子「海のブルース」 *** 白昼夢のあの日 つるさに *現パロ風味 本当はわたしは戦争をしている世界に生まれて、それから付喪神なんてものを使役する立場に立っていたような気がする。物語の読みすぎと言われるようなこの空想は、いつだって誰かの手によって閉ざされる。わたしはその都度大切なものを忘れてしまったような心地になるし、妙にはちみつの味が恋しくなったりもする。それとこれに因果関係があるのかどうか分からなかったけれど、わたしは時折家族の目を盗んではちみつを味わって、それで空虚を満たしたような気持ちになっていた。この胸に空いた伽藍堂に気付いていながら、大切なことを忘れてしまったような哀しみに蓋をした。そうしなければいけないような気がしていたのが一つ、哀しいことなんて忘れてしまえと言われたような気がしていたのが一つ、あとは細々とした違和感。 今のわたしが見ているのは夢のようなもので、本と本の隙間に挟まれた栞のようなもので、だからわたしは今休憩中なのだ、休憩中に休憩前と後のことを考えるのはたぶん少し、さみしい、とわたしは思う。なので何も気付かなかったことにする。白い色が妙に好きなことも、其処に赤を入れるのがもっと好きなことも、何もかも。 ――― 。 やわらかな声が、わたしをどう呼んでいたかなんて、わたしは思い出さなくて良い。わたしを閉ざす誰かの手がどんなものなのか、考えなくてもいい。今日はとても良い天気だ、と思うだけで。スクランブル交差点でわたしは振り返らない。今すれ違ったひとがどんな姿形をしていたのか、分からない。 「君はもう、戦わなくても良いのさ」 そう言った彼の名前をわたしは知らない。 「戦いはもう、終わったんだから」 知らないことに、なっている。 * @sousaku_odaibot *** 影送り えのさんの本丸 うちの主の話? 特に困ったことはないよ、ちょっと抜けてるところはあるし、あんまり仕事熱心とも言えないかもだけど、俺にとっては良い主だよ。抜けてるところがあるなら俺たちで支えれば良いし、俺たちにはちゃんと口も言葉もあるんだから言えば良いしね。その辺の関係は良好だって言えると思うよ。アットホームな職場、ってやつだね。あー…でも、ちょっと一個だけ心配なやつがあって、うん、そう、それ。うちの主、時々いない遠征部隊を見送って、その帰りを待ってることがあるんだよね。俺とか他のやつでも良いけど、指摘すればすぐに気付くんだけど、その時のちょっと照れてクッションに顔突っ伏すのもかわいいと思うけどね、それはそれ、これはこれ。あんまり頻繁だと心配になるじゃん? だから俺、ちょっと主のこといつも以上に注意して見てたの。…そしたらね、ほんとに遠征部隊見送ってるわけ。そんな予定なかったし、主は近侍にちゃんと確認するタイプだから、主の他に誰も知らないなんてことはない。でもね、遠征部隊だったんだよ。誰がいたかまでは覚えてないけど、俺もそれを遠征部隊だって思った。でも誰も遠征になんか出てないし、急いで確認したけどやっぱりそんなことなかったし。主はやっぱり遠征待ってたし、だからそれとなく俺が出してないよ、って言ったんだけどね。あ、主の話じゃなくなっちゃった。まあ、俺はすっごく幸せだよ。それだけ。 じゃ。 *** 名前 えのさんの本丸 なんか馬に乗ってるのがサマになっちゃうやつっているよね、まあうちではそれが一期一振なんだけど、馬乗ったまま遠征行っちゃうんだよね。あんまりにサマになってるから誰も降りろって言えない、っていうか言うの忘れちゃうんだよ。不思議だね。主もよく忘れたって頭抱えてるけど、まあ馬あれだけ似合ってたら仕方ないかなって思う。思うけど一期一振だって馬のこと気付いてないわけないし、アイツの性格で主に進言するのはちょっと…とかなさそうだし、なんで馬に乗り続けてるんだろうね? 不思議だね。 *** 冗談 洵さんの本丸 私どもの主さま、ひいては本丸の話、ですか? 異なことを聞きますね、他の本丸の話など聞いても面白くはないでしょうに。同じ顔をしたものが同じように集まっていくだけの話でしょう…ああ、順番。それで関係が変わる、と。なるほどなるほど、主さまたち人間はそう言ったものに重きを置くのでしたね、失念しておりました。そうですねえ…そう言った観点から見ますと、へし切長谷部、あれはなかなか主さまに近いように感じます。いえ、距離という訳ではないのです、物理的な距離でしたらきっと私の他のものも気付いているでしょうから。しかし…貴方がたにも分かり易く言いますと、心、でしょうか、そういうものが近いように感じられるのですよ。もしかしたら私なぞよりずっと早くに顕現した刀剣たちはもっと他のことを考えているのかもしれませんね。私など、此処では若輩者ですから。しかし主さまはその距離のことをご自覚なさっているのか…それだけが気がかりでして。しかしどう伝えたらいいものか迷ってしまい、こんなふうにまるで愚痴のようにこぼすような醜態を。 ところでこれは単なる疑問なのですが、刀剣男士と人間の間に子はなせるのですかね。 *** 忠誠 洵さんの本丸 巴形薙刀が来てからというもの主は手の掛かるものが可愛らしいのかそちらにばかり目を向けられて、いえ、そういう主のひどく懐の広いところも尊敬に値するのですがそれにしても限度というものが…いえ、こほん。こんなことを他所の審神者様にこぼすものではありませんね。俺が主の一番だということは変えようのない事実なのですから、どれだけ巴形が大きな顔をしようとも俺から何かするなんてそんなことは、とてもとても、主を想う刀剣男士としては決して考えてはいけないものなんですよ、ねえ、そうでしょう? *** 徒花 へしさに *死ネタ はせべの瞳は宝石みたいね、とまるで舌っ足らずの夢見心地で頬を包まれたのがひどく昔のことのように感じられた。歌仙兼定の育てている紫陽花の、その咲くのを楽しみにしていた少女のような一面を。嗚咽すら、出なかった。彼女が金輪際自分の隣を歩くことがないことを、信じたくはなくてその動かぬ手を握り続けた。 * 文字書きワードパレット 6 紫陽花/宝石/歩く *** いつでも雨が降ってくれる訳じゃあないんだよ さに+鶴 一つの結界という見方もあるな、と敷居に指を滑らせた彼は言う。いつもの快活さはなりを潜めて、まるで人生の先輩のような顔をする。実際のところどうなのかは分からなかった。上はなかなか研究結果を現場には落とさないから。 「結界」 繰り返す。そうだ、と答えた彼は出来の悪い生徒を褒めるような調子だった。でも別に悪い気はしない。 「守らなくてはいけないものがあるから」 「それは、絶対に?」 「ああ、絶対に」 だから或る門とも書くのさ、と白い頭が振られて、それで未だ彼が廊下に座ったままであることに気付く。 「だから、世界は許容で出来ているんだ」 「招き入れることが許容?」 その質問にはどうだろうなあ、と返される。 そののらりくらりとしたさまを見ながら、ああ、そういえば、他の本丸は知らないがこの本丸では、彼らはもしもしとは言えないのだったな、と思い出した。 *** 明け方には夏が来る へし+さに 約束みたいだね、とその人はまるで他人事のように呟いて、それから花の香りがする、なんて言って顔を上げたことなど嘘のように仕事に戻っていった。束の間の出来事、こんな優柔不断な空間で季節が乱れることは珍しくもない。それでも、自らを象徴するようなその花にその人が気付いてくれたというだけで、この人のためにすべてを捧げようと思えてしまうのだから。つくづく心というものはひどく不安定だな、と笑ってしまった。 *** 咲いたばかりのその花をふぅと吹き散らそう(咲かないはずだった) ちょぎ←さにbr/> 審神者というのは戦争の道具だった。 と、言い切ってしまえば各所から反発を食らうことは間違いなしなので言ったことはなかったが、別に間違った所感でもないだろう。頭がお花畑でもなければ一度は思うことだ。 だから、と言う訳ではないけれど。 「良いのか」 修行を終えたあとだからか、その初期刀は前よりものをよく言ってくれるようになった。それを私は嬉しく思う。でもきっと、これも審神者には余計な感情なのだ。 「うん、良いよ」 これと同じで、余計な感情。 「だめな主でごめんね」 「そんなことはない」 「そう言ってもらえると嬉しいなあ」 思わず泣きそうになった声は、彼と少なからず因縁のあるその刀剣男士に、伝わることは決してあってはならないのだ。 * 夕に散る @odai_yuu *** 20200222 |