白い蝶のサンバ へしさに

 あなたにだかれてわたしはちょうになる…まだ未熟だろうその声帯が唄を紡ぐのを聞いている。
「ねえ知ってる、長谷部? 白い蝶って死霊の化身なんですって」
笑う彼女は、こんなに幼い声をしていただろうか。
「貴方に抱かれた私は、ねえ、生きてるのかしら、それとも、」
 死んでいるのかしら。



image「白い蝶のサンバ」森山加代子

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かわごろも 主にか

 「似合うかな?」
と言ってくるりと回ってくれた彼にうん、と頷く。とても似合うよ、と言ってから少しゆるんでいたネクタイをきゅっとしめて。
「脱がせるのがたのしみだ」



えのさんの青江を見て

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TOXIC 燭へし

 お前は最低の男だ、とへし切長谷部は言う。そうだね、でも君もだ、と燭台切光忠は返す。
「肯定した上にそのまま返すか」
「でもだって、本当のことでしょう?」
唇に毒を塗られたようだった。
 そこからどんどん融けていく、焔の中に放り込まれたように。



しゃむさんの絵を見て

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I wanna love that's brand new 大鶯

 〝人〟の、貌(かたち)というものに憧れたことはなかったと思っていたけれども。こうしてなってみると憧れていたのだなあ、としみじみ思う。手があって、脚があって、でもお前がいなくて、この世界は少しばかり理不尽に満ちているけれども、きっと見つけ出してみせるからという主の言葉を信じることにした。どうやらまだお前が来るまでには時間がかかるらしい。けれどもこの身体を使いこなして、そうだ、〝格好良く決める〟にはそれくらいの猶予があった方が良いのだろう。
 お前がどんな姿を取るのか、〝人〟の貌に、そのややこしい感情に、何を覚えるのか今から想像しては一つひとつ教えていこうと決める。
 回れ、回れ、時よ、早く。
 お前が来るはずの新しい春まで。
 それまでに俺はこの夜の越え方も、ため息の付け方も、息の止め方も、言葉の要らない空間のことも、何をして心が動くのか、何をして喜ばしいと思ったのか、お前に。
 とそこまで思ってからやっとああ、と思った。
 憧れていた、それは先程確認したけれども。
―――俺は、お前が、
その先はまだ言葉にしないでおこうと思った。
 それを言葉にするには、お前がいなければいけないと思った。



image song「LA・LA・LA LOVE SONG」久保田利伸 with ナオミ キャンベル
#リプきたキャラx自分の好きな曲の小説かく

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たまごやき 石かり

 お弁当を作ったんだよ、と彼は言って何やら小さな包みを渡してきた。
「遠足じゃないんだけれど」
「分かっているよ」
どうにも彼は諸々の事情を抜きに、私になついているように思う。私はそんな彼を、どう扱って良いのかわからない。遠征先で開いたお弁当は定番だらけだった。彼が慣れない台所に立ち、本とにらめっこをして作ったのだろうな、と思わせた。
「…ああ、まったく」
 少し好みの味付けよりも薄いそれさえ、美味しいと思わせるのだから、もう。



お弁当、定番、遠足

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かたりつぐこと 岩+今

 岩融がそれを知っていたのは恐らく、今剣よりも多い機会、人間に触れる時間があったからだろう。いつの時代に武蔵坊弁慶の持っていた薙刀の名前が岩融と、そう言われるようになったのかは知らないが、笛を吹き舞う印象の強い義経公よりも、薙刀を持った弁慶という主を持っていたことにより、岩融は人間に触れ、自らがそういうものであるのだと気付いていた。
 閉じれば。
 きっとその先には暗闇しかない。それを知っているのに言わないのはきっと、世界というものを改めて知った彼を愛おしく思うからだろう。これも、人間がくれた心だ。心は、大切なものだ。それを岩融は知っていた。だから何も言わなかった。
 けれども、もしも気付く時が来たら。
「その時は共に閉じよう」
目を、耳を、生命を、息を、本を。
 それが、物語の登場人物に出来る最良なのだから。

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死へ近付く前にもう一歩。 鶴

 此処は、あたたかい。鶴丸国永はそう思う。思うけれども同時に結局これは幻でしかなく、他の刀剣男士とは違い鶴丸国永という存在は墓場の一歩手前に居るのだとそうとも思う。人間のような行動をしてみせてもそれもすべて幻で、笑って食べて眠って、ああ本当に生きているのに、それでも此処が墓場の一歩手前であることを拭えずにいる。
 鶴丸国永だけなのだ。こんな境界に立っているのは。どうにも離れがたい境界を得てしまっているのは。人間のもう、愛とは呼べない執着で、何処ぞへ行くことも敵わないのは。
 それを鶴丸国永は疎ましいと思ったことはなく、また他の刀剣男士たちを羨んだこともない。ないが、それでも一線を画してしまっているという認識はいつだって意識の其処に沈んでいるのだ。
―――いつか。
いつか本当に、墓場に入るその時まで。今度は二度と出てこられない、その時まで。



僕たちは生きる、わらう、たべる、ねむる、へんにあかるい共同墓地で / 岸原さや<

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僕らの心象は読めますか 岩+今

 本当とは何なのでしょう、と今剣は言った。月が綺麗な夜のことで、勿論この本丸の月はすべて偽物なのではあったがそれを差し引いても綺麗と思える月だった。
「岩融は、どうおもいますか?」
「何がだ」
「ぼくたちのそんざいについて」
「刀剣男士、という話か?」
「もう! 岩融はすぐにそうやってごまかすのですから!」
―――岩融は知っている。自分たちは物語上のものなのだと。もしかして基があったとしても本当に存在した形ではなく、それは伝承によって形作られた幻なのだと。
 それでも、ああ、それでも。
「そうさな」
岩融は今剣を見下ろす。
 苛烈極める焔を宿した、その眼は。
「それはいつか、分かる必要があれば分かることだろう」
「む。またそれですか」
「それだ。分相応に生きる、これが良いことなのだろう。ことに、このような人のような身を持っている今であればこそ」
―――知らないのに知っている気がする。
 まるで自分が彼にでもなったかのように。

 まだ今剣が修行に出て、すべてを知って戻って来る前のこと。



image song「ロストワンの号哭」初音ミク

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すべてが通り過ぎるまで 燭へし

 本丸の近くで百鬼夜行が出ると言う。
 その話を仕入れてきたのは遠征に行った刀剣男士の誰かだったらしいが、誰かまでは分からなかった。それが短刀たちの間で瞬く間に広がり、今やこの本丸内で知らないものはいない。
「ということだからね、調べて来て欲しいんだよ」
へし切長谷部の主はそう言った。それに答えるへし切長谷部の言葉は一つしかない。
「主命とあらば」

 とは言ったものの噂は噂であって曖昧なものだ。主に噂をしている短刀たちに聞き込みをしても、時間がものによって違ったり内容が違ったりで正体が見えてこない。百鬼夜行なのだから見たものが一致しなくても仕方ないと言われればそうだが、それにしたって有象無象が連ねるにしても何か違和感が残る。百鬼夜行というのは基本深夜徘徊する鬼や妖怪の群れの行進のことを言うので、言ってしまえば人でないものが深夜徘徊をしていたらそれはそれで百鬼夜行と呼べるのかもしれない。
 が、しかしへし切長谷部はやはり何か納得のいかない思いを抱えていた。そもそもこの本丸にはこういった現象に強い刀剣男士もいるのに、何故へし切長谷部が指名されたのか。頭を抱えたくなるが、短刀たちからへし切長谷部が調べてくれるのであれば安心だ、と言われてしまえば引き下がることも出来ない。他の刀剣男士の助力を請うのも何か違うだろう。
 而してへし切長谷部は深夜、本丸の外へと出てみることにした。
 そのことは主以外の誰にも言わなかった。主は頼むよ、と言っただけだった。

 はず、なのに。
「そんなに嫌な顔をしないでくれよ」
本丸の外に出ると其処には見知った顔が待っていた。
「………何故此処にいる」
「何故だと思う?」
「質問に質問で返すだけの嫌がらせなら酒飲み連中にでもやってやれ」
「嫌だよ、そんなの。怖いもの」
漆黒の闇に溶けるような伊達男はただ曖昧に笑って、君を手伝おうと思って、と言う。
「そんなものは不要だ」
「そんなこと言って」
「お前を呼ばねばならないくらいなら青江でも呼ぶ」
「彼、忙しいみたいだったけど」
「………それは分かっている」
この本丸の刀剣男士の動向を、それなりにへし切長谷部は把握しているつもりだった。だから今、にっかり青江や石切丸、髭切、膝丸などと言った連中が他の案件で忙しいことを知っている。知っているから誰にも声を掛けなかったのだ。主はへし切長谷部だけでどうにか出来ると判断したからこそ、へし切長谷部だけに言いつけたのだと思うし。
「君、意地っ張りだよねえ」
「………」
 その言葉には、一瞬詰まって、
「お前に言われたくはない」
慎重に言葉を選んでへし切長谷部はそう言った。そう言うと思った、と言うだけでそれ以上はない。
「ほら、行くんだろう?」
その笑みはとても甘い。瞳の色も相まって、まるで蜂蜜でも手にしているかのようだ。甘い、と思った。甘くて甘くて―――へし切長谷部の思考を遮るかのように言葉が続けられる。
「短刀くんたちは君を信頼しているからね」
それに、へし切長谷部は答えなかった。そのまま一人歩き出す。
 答える必要など、何処にもなかった。
 本丸の外を歩き回る。実のところ既にへし切長谷部は今すぐにでも帰りたかった。へし切長谷部が主に命じられたのは噂の検証だ。解決ではない。主とてそういった逸話のないへし切長谷部にそこまで求めているということはないだろう。へし切長谷部は自身を過大評価することはしない。それが自信であり自慢だった。けれども、と思う。
 これでは、まるで、片付けてしまえと何かに言われているようではないか。
「何もいないねえ」
横から呑気な声がして、へし切長谷部はそちらを睨み付ける。
「いない方が良いに決まっている」
「そうなの? 主に頼まれたんでしょう?」
「今日すぐに、という話ではない」
歩みを速めると、あ、待ってよ! と追い掛けて来られた。
 何も起こらない。それをへし切長谷部はやはり知っていたのだ。まさか自分がこんなことに巻き込まれるとは思っていなかった。短刀たちはその人の身が子供であるからか、人間の子供の思考に引っ張られるのだと言う。なるほど、それであれば短刀たち以外の目撃証言が得られなかったことにも納得がいく。
 そもそもだ、とへし切長谷部は思う。既に本丸の外を一周しようとしていた。足を止める。そもそも、目撃証言はばらばらだった。へし切長谷部が一つの仮説を立てたのは、それなりに早い段階でのことだった。それを見たのはいつか、何を見たのか、話は誰から聞いたのか、その時に何を見たのかという話は聞いたのか、見たあとに誰かと話をしたか、そのあとにそれを見たか、その場合見たものは変わったか。一つひとつでは繋がりは見えてこなかった、それでもこの本丸は大所帯だ。短刀たちも多くいる。手がかりは充分過ぎるほどにあった。
「―――お前は、」
笑っている。甘い笑み。むっとするほどに。
「燭台切光忠じゃあないだろう」
「…へえ」
 へし切長谷部の予想通り、それは当たり前のようにまた笑うのだ。どんどん笑みが増していく。底なし沼のように、蟻地獄のように、ずるずると、ずるずると。
「そういう名前なんだ」
君は一度も読んでくれなかったから、とそれは言った。それはへし切長谷部が既に本丸を出る時点で気付いていたからだった。本物の燭台切光忠は今日は酒飲み連中に捕まってつまみを作らされている。勿論好き勝手やらせるようなものではないため、その対価はちゃっかり貰っているのだろうが。それでも今、こうしてへし切長谷部の目の前にいることは可笑しいのだ。酒飲み連中、というキーワードだって出したというのに、それは反応しなかった。
 燭台切光忠が、そんなヘマをするはずがない。
 へし切長谷部は自身を抜く。刀身がそれの目に映る。
「長谷部くんは僕が怖いんだね」
きれいだね、とそれは呟いた。ただ思ったことを言っただけのような、何処か子供じみた言葉だった。もしかしたらそれはへし切長谷部が思ったことなのかもしれなかった。思ってほしいことだったのかもしれなかった。
「…怖くなんかあるものか」
燭台切光忠の顔をしたものは甘い言葉を吐いた。そうだ、甘い。甘くて、何処までも優しく、人間らしかった。そんなものは知らない、知らないのだ。
―――反吐が出る。
言葉にしなかったのはせめてもの意地だった。
 手に力は込めない。へし切長谷部とはよく切れるからこそついた名前なのだ。風を斬るのと同じ、ただ押すように。
 そうして、この騒動は幕を閉じた。

 「あれ、長谷部くん」
一瞬、凍り付くかと思った。だがへし切長谷部にはそんな仕草は似合わない。だからいつもの通りにしてみせる。
「燭台切光忠」
「どうしたの」
「いや。酒飲み連中はどうした」
「お代分は働いたからね。あとは自分たちでどうにかするでしょ」
「シビアだな」
「そうでもないよ」
で、何してたの? と問われるが、へし切長谷部は正直に答える気はなかった。散歩だ、と言うと散歩かあ、と返される。
 嘘を嘘だと分かっている会話。まるで戦場にいるような。
「燭台切、」
此処は、
「ん? 何?」
本丸なのに。
「明日は何か予定は入っているのか」
「入ってないよ。君がこの本丸の刀剣男士の予定を把握していないなんてこと、あるの?」
「プライベートまでは把握していない」
「君にもそんな配慮をするだけの気配りが出来たんだね」
「俺のことを何だと思っているんだ」
「さあ、何だろうね」
燭台切光忠は笑う。それは先程まで目に灼き付けられたような甘いものではない。
「手合わせでもどうかと思ってな」
「あれ? 今日長谷部くん出陣あったっけ? 何か気になることでもあった?」
「いや別に」
「ふうん、長谷部くんでもそんな気まぐれを起こすことがあるんだ」
「で、どうなんだ。やるのか、やらないのか」
「良いよ。僕も君と手合わせするのは楽しいからね」
獰猛な。
 ふつふつと腹の底から何かが湧き上がる。今すぐこの本体を手に取って、斬りかかりたくなる。しかしそれは許されない。そんなことをすればきっと、どちらかが折れるまで続けてしまうから。それは主に迷惑を掛けることになるし、へし切長谷部の本意ではない。
 だから、誤魔化すのだ。
「良かった。なら明日(あす)、午後に道場を取っておく」
「オーケー。期待しててよね」
真剣を使わない、双方破壊には至らないような空間になっている、道場で。

 この情動の、すべてが通り過ぎるまで。

***

夕暮れがいつか迎えに来るとして いちつる

*現パロ

 だるい、と口にすれば夏だからな、と返ってきた。
「どうして夏は暑いのでしょう…」
「さあな、地球に聞いてくれ、と言うべきか。それとも南半球に行くか? と聞くべきか。マジレスをするべきか…」
「すみません、私が悪かったです」
清廉な顔をした男が台無しだな、と言われて貴方もですよ、と返す。一期と鶴丸、見目が良いと騒がれる二人がこうしてこんな部屋の中でぐったりとぺしゃんこになる寸前のゼリーのようになっているのは、ただ単にクーラーが壊れたからである。夏が本格的に始まる前であり、生命の危機を感じるほどではないが、それでも暑いものは暑い。
「でも死にそうなのです」
「奇遇だな、俺もだ」
よいしょ、と鶴丸が寝返りを打つついでと言ったように起き上がった。
 相変わらず、行動の端々に老人のような仕草が垣間見える。年齢不詳のこの男を、一期はどうして受け入れたのだろう。
「買い物にでも行こうぜ、こんな休みの日に部屋にこもっているから余計にだめなんだ」
「こんな暑いのにですか?」
「こんな暑いからこそだ」
楽しむことを忘れたら生きている意味なんかないだろう?
 彼は意味深に笑って立ち上がる。
「…帰ってきたあとは」
「そんなもん帰ってきてから考えよう」
そうして差し出される手。
「部屋にいても暑いんだからもう暑さを楽しもうぜ」
 それもそうかと頷いて手を伸ばした一期に彼は笑って応じて、だから予備動作が遅れて一期に引き倒される羽目になるのだ。
「いったいなあ!? 君、何するんだ!」
「すみません思い付きで」
「思い付きで人を床に引き込むな!」
二人分の汗が混ざって床に落ちて、それから二人で何がそんなに可笑しいのかというほど笑い転げてから近くのショッピングモールに涼みに行った。
 なんてことない日常だった。



「次いくときはいちごをパックで買っていくね」 ならその日まで生きてみるかな / ロボもうふ

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20190311