ふたりぐるい 宗へし 折角眠っていたのにこれはなんだとへし切長谷部はこの上なく不機嫌な顔をつくってみせた。敵襲だと思ったと言って一発くらいぶん殴ってみるのもよかったのかもしれないが、それは流石に体面というものもある。 「そんなに嫌そうな顔をしないでもらえますか」 「嫌な顔以外に何をすれば良いんだ」 「よろこぶとか」 「お前に身体をまさぐられて?」 何をしたいのかはかりかねる、と苦虫を噛み潰してみせればそのようですね、と宗三左文字は頷いた。 これで退いてくれれば、とは思うが、へし切長谷部は彼がそう聞き分けのいい刀ではないことをよく知っている。 「たたないと言うのならば無理ですねえ」 「ああ、無理だな」 「不能なんですか?」 「お前にデリカシーというものはないのか」 別にそういう訳じゃない、と言うとなるほど、とひとの腹の上に乗ったまま、宗三左文字は頷いた。 「なら、そうですね。順当に行きますか」 「順当?」 「ええ」 順当、と繰り返される。 「僕が、」 宗三左文字が自分を指差した。 「貴方に、」 それからへし切長谷部を指差す。 「いれる、と」 「…正気か?」 「正気ですよ」 ずっとね、と宗三左文字は笑っていた。 * ask 逆レしようとしたら逆レにならなかったやつ *** 君を溺死させた僕は焼死した 燭へし 知ってるんだ。 美しい唇が震えるのを見ていた。僕は本当はずっと前に焼けて死んでしまっていたはずなのに、人間が愛してくれたおかげでこんなふうに戻ってこれて。これって付喪神としては、人間に愛されてこそ力を発揮出来る付喪神としては、とても素晴らしいことだと思うんだ。 そうだな、と頷くことをしたら、そうだよね、と彼は涙を浮かべた。そうなんだよ、そうなのにさ。 それ以上続けさせるのが辛くて苦しくて、まだ震える唇を塞いだ。 「僕の、所為なんだ」 「…馬鹿だな」 そんなことある訳ないだろう、と抱き締めたら、君は優しいね、と涙が落ちる。 優しいのではない、好きだからだ、と言えなかったのは、その事実こそが彼を苦しめているのが分かっていたからだった。 * 箱庭006 https://twitter.com/taitorubot *** 幸福な白昼夢 へしかり 夢を見たんだよ、と誰もいない教室で、まだ光の差し込む量の少ない教室で、同じ制服を着た男は言った。開け放たれた窓から吹き込む風が、その長い髪を揺らしていく。なんの変哲もない黒の髪。少し茶がかかっているように見えるけれども、それは日焼けか何かだろう。今の時代、漆黒の髪を持つ人間の方が少ない。 「その夢の中で僕は人間じゃなくてさ、詳しいことは分からなかったけれど世界とかそういうものを救うために動いていたんだ」 「稚拙だな」 「そう言わないでよ、僕が上手く説明出来ないだけで結構世界観はすごかったんだから」 そのままゲームにでも出来そうなくらいね、と穏やかな声は続ける。しかし、振り返らない。それが当たり前だというかのようにカーテンがはためいた。それと一緒にくるくるとポニーテールにくくられた髪が揺れる。 「でもね、僕の力じゃ足りなくて、君が死んでしまうんだ」 「俺を勝手に出演させるな」 「しょうがないじゃないか、出てきたんだから」 文句は夢を見ていた僕に言ってよ、とは言うけれどそれは、目の前の男とは違うのだろうか。それとも無意識のことだったのだから何も言うなと? まあ実際起こってしまったことについては何も言えない。先を促す。 「僕がもっと強かったら、君を守れたんだ」 「俺は守って欲しいと願っていたのか」 「まさか」 笑われる。 「君は最期まで言っていたよ、お前の所為じゃない、って」 それがあまりにも苦しかったんだ、と続けられて今度はこちらが笑う番だった。 「なら何故話した」 納得出来ないから、そのまま自分を責めたいというのなら話す必要はなかった。一人で抱えて、一人で悩んで、そうしていれば良かったのだ。でも男はそれをしなかった。話すことによって、別のものを得ようとした。 「お前が欲しいのはなんだ」 へらり、とその唇が弧を描いたのが、振り返らない状態からでも分かる。 「僕はね、びっくりするほど、その夢に満足したんだ」 静かな、静かな告白。 「そしてね、朝起きてそのことに気付いて、冷や汗が出るほど恐怖した」 ―――僕は、君が僕の手の中で死んでいったことが、とてもとても嬉しかったんだ。君が僕を許したことが、とても嬉しかったんだ。 ―――ねえこんな僕は、ぼくは、一体? やっとのことで男が振り返る。その顔は見えなかった。そこで初めて、男の名を呼ぼうとして、そんなものを知らないことに気が付いた。 それから一拍置いて、自分の名も知らないことに気付いた。 窓から風が吹き込んで来た。いっとう強い風が朝の光まで巻き込んで、そのまま目の前を真っ白にした。 * 「朝の教室」で登場人物が「許す」、「汗」という単語を使ったお話を考えて下さい。 http://shindanmaker.com/28927 *** 愛の逃避行 へしかり いいよねえ、とのんびりとした声が聞こえた。生命の終わる間際の呻きが消えていって、他のものは何か持ち帰るものがないかと探し始めている。 「君、此処が好きだろう」 「こんな場所が?」 腥く、地獄のような場所だろうと返せば笑い声。 「君にも地獄を信じる心があったなんてねぇ」 なんだかそれが妙に嘘らしく思え咄嗟に掴んだ手は冷たかった。 死んでいるかのように冷たかった。 「これはお誘い?」 「………何の」 「何かしらの」 もし―――もしも。 一緒に地獄へ行こうと言ったら、彼は頷いてくれるだろうか。 * http://shindanmaker.com/375517 *** もしあなたに翼があったら、どこに飛んでいきますか 岩+今 もしも、もしも、もしも。そんなことを言い出したらキリがない。それを彼も分かっているから、あの会話きり不穏なことなど言い出さない。 どうして、などと。 それはきっと、誰もが叫びたいことなのだ。それなら、それを禁止するなら、どうして心など持たせたのだと、人の身など。ああ、こんなにも同じに愛おしく思うのに、重ねた年月を忘れることなど出来やしないのに。 残酷だな、と言葉にはしなかった。 諌めた口でそんなことが出来る程、あたまが悪くはなかった。 * ask *** 聖職者よ永遠に 長谷部 へし切長谷部は夢を見る。毎晩毎晩小さな蝋燭に火を灯して、祭壇に頭をたれてただ祈る夢だ。心から、一点の曇りもなく。刀剣であったことなどないようにただひたすらに、世界の平和を、人々の幸福を祈るのだ。どうか、どうかと掠れる声がきっといつか届くのだと信じて、誰も見ていないというのに必死に聖句を唱え続ける。 へし切長谷部は刀剣だ。武器だ。人を殺す道具だ。戦に対する欲、血に飢えることはあっても、誰かの幸福を、犠牲のない世の中を願うことなんてありえない。それは即ち、自らの死に直結する。 だからこそ、へし切長谷部は願うことをしない。祈ることをしない。なのに夢の中で、へし切長谷部はそれしかないみたいに祈り続けるのだ。 まるで。 この人の身が、そう望んでいるように。 * レム睡眠 https://twitter.com/rem_odai どこかで見た刀剣男士の器は死んだ人間説 *** 徒花の餌 今+薬(腐向け) *人狼プレイログ まさかじぶんのいいだしたさくせんで、こんなに村がながびくとは。ぼくはさきに吊られていった乱とへし切にこころのなかでたくさんたくさんあやまりながら、かってもまけても最終日、ぼくと薬研、和泉守ののこるひろまへとむかいました。 初日に一期一振を噛んだのは、真狂がはっきりしていたからではありません。一期一振が薬研に白出し、乱が薬研に白出し、秋田が和泉守に白出し。二日目の占の結果はこうでした。霊能はどうやら第一犠牲者が持っていったようで、それもぼくのこうきしんをあおりました。 「ひとつ、いいですか?」 夜のうちのかいわで、ぼくはささやきます。 「一期一振を噛んでしまいたいです」 ふたりともきょうみをしめしてくれたので、ぼくはそのままつづけました。真狂はつかずともここで噛みがとおれば、一期一振の真目があがるかもしれないこと。そうなれば秋田が真であっても、真目はうすくなり、村がそうそうに吊ってくれるかもしれないこと。 そうしてふたりがこころよくしょうだくしてくれたことにより、二日目の噛みは一期一振でした。狩人がついていなかったのはこううんでした。しかし、三日目、へし切に黒出しがされます。対抗狩人が出たことにより、ぼくたちのしてんからはほとんど役職がかくていしたもどうぜんでした。あとはこれをどういかせるか、です。どちらかといえばへし切があやしいとはいいつつも、一期一振真をすてずにいる村、というていでぼくはいきをひそめました。 へし切が吊られ、ぼくと乱だけの夜がやってきました。そこで対抗狩人としてでてきた加州をSGに、というほうこうではなしをかため、もう吊られるのがちかいであろう乱からぼくへと、身内切りの黒出し、ということでにわとりのなきごえをききました。 秋田-加州がくずれないとなると、ここをいっしょくたにSGにするしかなさそうです。そうおもいながらぼくは黒出しされたことにたいしてひかえめに、つよくなりすぎないようにていこうをしめしてみました。が、すでにへし切黒から真狩をみつけた秋田です、乱の真目はかぎりなくうすいでしょう。しかたないことととおもいつつも、ここで乱にとうひょうしなければせっかくの乱のどきょうがむだになってしまいます。すみません、とおもいながらぼくは乱へととうひょうしました。 そこで、ぼくはひとりぼっちになったことにきづいたのです。 ああ、なんていまさらでしょう! おもいのほか秋田がてごわいことにきをとられて、ぼくがひとりぼっちになってしまうことをまったくかんがえていなかったのですから! 狂人も抜いてしまいましたし、これはぼくはそうとうがんばらないといきのこれません。昨日の村のはんのうをみつつ、薬研をできるだけさいごまでのこすこと、和泉守もできるだけさいごまでのこすこと、をきめました。これはほんかくてきに加州をSGにするしかなさそうです。この日の噛みはしょうきょほうで宗三でした。今日はこれでいいとしても、次からどうするか、昼のじかんもふくめてかんがえねばなりません。 そんなことをかんがえながら朝のあいさつをします。どんなときでもあいさつはたいせつですからね。噛みと秋田の占先がぐうぜんにもにれんぞくでかぶったことも、村にどうようをあたえたようでした。すみません、それはぐうぜんです。いえ、こううんというべきでしょうか。秋田は薬研吊り推し、加州はぼくのこうどうがきになるとしてきしてきました。ぼくはつとめてれいせいに、それにこたえます。 「仮指定加州」 薬研のこえに、みなさんがかおをあげました。秋田や加州があわてはじめます。ここでのれれば、とおもい、ぼくはみをのりだしました。 「加州でいいとおもいます。ぼくにいちど黒出しされているからSGにできるのかもとおもったのかもしれませんが、そうはいきませんよ」 そういってからひといきついて、ぎわくがまんえんしてきたところでぼくはたずねます。 「みなさんのかんかくでいいのですが、なんびきつれているとおもいます?」 村人たちはすなおにこたえてくれました。なるほど、とおもいつつさくせんにいかせたらな、とおもいました。 そうして加州が吊れて、ぼくはまたひとりぼっちの夜にもどりました。この夜の噛みはそうとうまよいました。秋田を抜けば秋田が真といっているようなものです。ですが、初日の一期一振抜きを真目としておければ…とおもいましたがそれもだいぶくるしいのがわかっていました。でもけっきょく、だれを占われてもしょうきょほうで秋田視点ぼくLwとかくていしてしまいます。それはあまりにきけんです。真だろうが人外だろうが黒出しふたつはさすがにいんしょうがよくないでしょう。 「秋田を噛みます」 それはじぶんをこぶするためのことばでした。 そういうわけでかってもまけても最終日、ぼくはぐっとこぶしをにぎりしめてから、ひろまにあしをふみいれたのです。 薬研も和泉守もかおいろがわるいようでした。きっとぼくもにたようなものでしょう。だれもしんじられない。それはせんじょうにおいて、とてもおそろしいことです。ふたりがことばをぽつり、ぽつりおとすなかで、ぼくもそれにのります。 「ぼくは、初日に抜かれた一期一振が真だったのではないかと、またそのかんがえがつよくなりました」 占をなのったなかで噛まれたのはふたり。だったら吊られた乱は狼、という視点は村でもできます、だいじょうぶです。 「初日で抜かれたということは狼から狂がみえたということでしょうし、それなら和泉守、あなたが狼なら真はわかりますよね? それを、PP可能になるかもしれないきょくめんで、噛んだのにはなっとくがいきませんが…」 じぶんにふりなじょうほうも、だします。ほかにしてきされるより、じぶんでいったほうがいくらかいんしょうはいいはずです。 和泉守は乱がいまださいごのさいごで身内切りをするとはおもえない、といっています。それはじぶんが狼であるじはくのようなものですが、まあほうっておきましょう。そのあたりは薬研がつついてくれるはずです。ぼくがつついてしまってはさすがにうごきすぎでしょう。 最終日にとつぜんじょうぜつになるなんて、かちをかくしんした狼のようではありませんか! まあ、じっさいのところそうなのですが。 薬研がのこる狼は和泉守しかいない、といったところでぼくはかれのそばへとよりました。一期一振のことをいち兄とよばなかったことをくいているかれのてをそっとにぎって、しょうりをささげたらたくさんよんであげましょう、とささやきます。ああ、薬研、かわいそうに。こんなにてがつめたいのはきんちょうしているからでしょう。ひとのみというのはこんなにもおもしろい。 「指定は和泉守」 「いぞんはありません」 「どっちが狼だ」 さいごの投票がはじまりました。ぼくはまよわず、和泉守にいれました。 そうして朝がきて、ぼうぜんとしたかおがぼくをみつめていました。 「薬研」 ぼくはわらいます。とっても、とってもやさしく。 「ふたりっきりですね」 「な………」 そのことばで薬研はすべてをりかいしたようでした。あたりをぐるっとみわたして、ぼくたちの噛んだ死体、吊ってしまった死体がつまれているのをみて、そのしせんはいきばをうしなったようにうろうろとこくうをさまよいます。 「今剣…お前は………」 なにをいうのでしょう、ぼくはそれにはきょうみがありませんでした。 「ぼくはなにもわるいことなどしていませんよ、薬研」 てをとります。 また、かれのてはとてもつめたくなっていました。きんちょうしているのでしょう。それもしかたありません、いま、かれのめのまえにいるのは狼なのです。この村を、はめつにおいやった狼なのです。 「ただ、いきのこりたかっただけです」 なぐりかかってきてもいいはずなのにそうしないのは、それほどまでにかれが、ぼくを―――というか和泉守の狼を、しんじていたからなのでしょう。じぶんのけつだんにうらぎられるのは、とてもつらいことです。 「だって、いきているとうれしいでしょう」 ですから、ぼくはことばをかさねます。 「ひとのみをえて、あなたもそうおもったのではありませんか?」 びくり、とかたがふるえるのがみえたので、そっとてをはなしてあげました。あまりかれもぼくにふれられていたくないでしょうから。 「薬研」 けれども、ぼくはかれにはなしかけるのをやめません。このまますぐに噛んでしまってもいいのですが、ぼくには、ひとつ、かんがえがありました。 「なにもあなたはまちがっていないのですよ」 それは、二日目に一期一振を噛んだときからかんがえていたこと。 「いきのこりたいぼくをいきのこらせてくれた、それはせいかいです」 薬研をできるだけさいごまでのこそうと、そうきめたときに、つよくおもったこと。 「ですから、ねえ、あなたさえよければぼくは、あなたをいっしょにつれていこうとおもうのですよ」 「なに…を、」 とうとつなていあんに、薬研はしんじられないようにめをみひらきました。 「どうですか? わるいはなしではないでしょう」 ねえ、薬研、とぼくはわらいます。 「いっしょにいきましょうよ」 てをさしだします。薬研がどうするのか、ぼくにはもうわかっていました。かれのうつくしいおにいさまを、ぼくがさいしょに噛んでしまったおにいさまを、かれはわすれることはないでしょう。そういうわけですから、かれのえらべるものはさいしょからきまっているのです。 もう、つめたくはありませんでした。それはもえる、ふくしゅうのおんどだったのでしょう。 * http://werewolf.ddo.jp/log3/log294282.html *** 赤の他人 へし主♀・燭→へし 雨の匂いがしていた。カリカリと、硬いペン先が紙を擦る音がやたらと聞こえる。じめじめとした中でその音だけがやたらと乾いて聞こえた。まるで、誰かを呼んでいるような。 僕じゃないんだよな、と燭台切光忠は思った。主に貰ったのだと言うその万年筆とやらは、名前の如く中身を入れ替えれば半永久的に使える代物らしく、彼がとても大事にしているのを燭台切光忠は知っている。毎日使って、手入れをして、そんな姿を知っているから、何も言わない。カリカリ、カリカリ、まるで恋をしているみたいだ―――否、確かにそれは恋なのだろうけれども。 羨ましいと、思わなかった訳ではない。ただそれよりももっと、彼の幸福を願う気持ちが勝っただけのこと。カリカリ、カリカリ、飽きないのか、彼の音は止まない。断続的なそれが子守唄に聴こえてきて、ふわり、ふわりと意識が揺らぐ。 そうして誘われるように、目を閉じた。 視えないものが視える、そうと分かったのはいつのことだったろうか。生まれつき片目が弱くて前髪で隠すようになったのは、見えづらいという意識を植え付けるためだったのかもしれない。他と違うことが嫌で、そのことで憐れまれることが嫌で。そんな理由で曖昧にした視界に紛れ込んで来た、明らかに可笑しいもの。分かるはずのないもの。そのことを誰に言ったことはなかったけれど、幼馴染の二人は妙に賢く鋭くて、それを真っ向から指摘して来た。 指摘された時の狼狽っぷりは今思い出しても格好悪かったと思う。思うけれども二人はその格好悪さを笑い飛ばして、そんなの関係ないと手を繋いでくれた。そんな二人はとても格好良く見えて、そんな彼らが幼馴染で友達であることが、とても誇らしかった。それは時を経ても変わらず、彼らの家庭がある種の崩壊を迎えても、それから少しだけ距離が出来ても乗り越えて、同じ高校に入って、それで。 昔とは違うものが、視えてしまった。 「心中した男女っていうのは双子に生まれ変わると言われていたそうよ」 艶やかに、彼女は笑う。 視えている、それが分かっているから彼らは無様に隠すことをしない。そうしてくれた方がどんなに良かったか。無様であればきっと、彼らが間違っていると断言できたし、彼らも人間だったと、そう笑うことが出来た。今度はこちらが笑って、そんな格好悪い間違いをした彼らを受け入れることが、出来た。 「だから昔は男女の双子が生まれたら引き離して別の家に入れて、大人になったら結婚させる、なんてことをやっていたんですって」 のに。 唇を噛む。 「…でも、彼は、君の弟だろう」 似ても似つかない双子。男女ならばそういうものでも可笑しくなかっただろうが。 「弟だけど、もう彼は弟じゃないでしょう」 一つ残らず彼らは似ていなかった。両親にはそれぞれなんとなく、似ている部分はあったがそれも一つとして被ることはしないで。まるで、 「だってほら、もう両親は離婚してしまって、他人になってしまって、彼は長谷部のままだけれど私はもう違う」 最初から、他人であることが義務付けられていたように。 「他人なんだよ」 彼女の艶のある唇が名前を呼ぶ、その響きを。 すべて奪いたかったのは、きっと。 目を覚ます。ちょうどカリカリとした音が止んで、彼はふうと息を吐いていた。 「…終わったの?」 「ああ、お前は疲れていたのか?」 「うん、そうかも。それ、主に提出するの?」 「そうだが」 「その役目、僕に譲ってくれないかな」 怪訝そうに、その目が細められる。 「良いでしょ、君、いつも働いてるんだからさ」 「だが、」 「大丈夫、主に手を出したりはしないから」 「なっ…」 赤くなった耳をああ可愛いなあ、と思いながら、その手から書類を奪い取る。 先ほどまで子守唄になっていた、その美しい文字がまるで恋文のように見えた。 まとめた書類を持って、その部屋の前で声を掛ける。 「燭台切光忠か」 返って来る声には笑いが含まれている。開いた戸の向こうで、やはり彼女は笑っていた。艶やかに、艶やかに。 「来ると思ったよ」 「…そう」 今の燭台切光忠がとても格好悪いと、そう言いたげに。 書類を渡す。すんなりとその手が受け取っていく。 「………全部、夢だよ」 思わず、呟いた。 「主、全部夢なんだ」 「そう、夢なの」 彼女の表情は変わらない。 「死んだらいけないよ、主」 「主に指図をするの?」 「指図じゃないよ、お願いだ」 こんなに想うことはなかった。懇願だった、もしも叶えてくれるのならば、燭台切光忠の何を捧げても良かった。頭を下げる。 「お願いなんだよ、主」 返って来たのはため息だった。それもやはり、面白がるような。 「お前はそんなにへし切長谷部が好きなの?」 息を、飲んだ。 バレていないと思っていた。ああ、でもあの夢でも。彼女はまるですべてを見抜いているかのように、そうだ、視えることを指摘したのも、彼女の方が先だった。 隠すのは無駄だと知った。だから、息を吸う。 「………ああ、好きだよ。だから、彼を殺さないでくれ」 「私なんかに彼は殺せないでしょう」 「いや、君にしか、きっと、殺せない」 もしも、少しの素振りでも見せたら。 「だから主、お願いだ」 きっと彼はその願いを叶えてしまうから。 「彼の心を捧げる先は彼が決める、それに異存はないけれど、」 格好悪くて良かった、彼が幸せならば。 「どうか、彼の生までも、握ることはしないで」 くすくすと笑うその声は艶のあるままで、何でもないことのように考えておくよ、とだけ言った。その意味は分かっていたが、それで充分と言う他、燭台切光忠にはなかった。 * 洵さんお誕生日おめでとうございます! *** 死刑台の主 主三日 じっと、その美しさに見とれていると視線に気付いたのか、にこり、と彼は笑った。慌てて隠れようとするも廊下に隠れる場所など在るわけがなく、彼の目線から逃れる術はない。 「主よ」 たおやかな声が、まるで春の訪れのような声が呼ぶ。 「こちらへ来てはくれまいか」 まるで〝お願い〟をしているような響きだが、その声には有無をいわさぬ強さがある。もうこれは命令だった。どちらが主なのか分からない。 ふら、り。 足を縺れさせるようにして近付くと、すっとその指が首元に当てられる。 「あるじ」 囁く声はこの上なく甘く、まるで花のようだ。月の名を冠しているのに、どうしてか彼には月の印象は薄いままだ。その瞳を覗き込めばそれは変わるのかもしれないが、それをする勇気はない。 「俺は腹が減った」 その意味が分からぬほど愚鈍ではない。 「主」 甘い声で、なんてことを強請る。 「俺を戦場に連れて行ってくれ」 その〝お願い〟に、頷く他なかった。 きっと、頷かなければ飛んでいたのは違う首だった。 * 死者の首を奪っておいで イチハツの花咲きいでて美しい月 / 望月祥世 *** heart your life 兼堀 生まれて百年の時が過ぎてようやく寄り添った人間と同じような姿をとれるようになって。そうして初めて、その心という存在に気付いた。今までそれだけでいたのに、どうして気付かずにいられたのだろう。既に人のような身を持っていた彼のことをこんなにも考えていたのに、どうして知らずにいたのだろう。 心、とは。 こんなにも苦しいものなのか。 「…国広」 既にいなくなってしまった相棒を思い出す。お国に没収された、その行き先など考えたくない。彼は、今。どうしているのだろうか。 ―――会いたい。 もっと、はやくに生まれていれば。 彼にこの気持ちが何なのか、聞くことが出来ただろうか。 *** 20150806 |