受け止めてくれるのはあなただけ 

 熱いな、と思った。暑い、ではなかった。こうしたことはよくある。慣れないことをしているためか、人の身とはとても不便だ。誰にも、気付かれていないのだと思っていた。
「にっかり殿」
 その冷たい腕に引き寄せられるまで、それをきもちが良いと、そう思っている自分に気付く、までは。



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***

つながりたい

 よわくなりたい。
 そんなことを一瞬でも思ってしまった自分ににっかり青江はひどく驚いて、そして同時に失望した。同じ時期にそのゲームに参加した他の面々がどんんどんうまくなっていくのを見ていいな、と思うのと同時に自分も頑張ろうと思えて、でもその反面、そうなったら。
 もう褒めて、もらえなくなる、なんて。
 そんなふうに彼のことを思っていたことを知って、とても失望した。にっかり青江の知る彼は誰かを育てることは好めど、弱いものをまもることに快感を得る趣味はないのだから。



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***

この気持ちがどうか本物でありますように 

 うつらうつらとしながら思う。此処はにっかり青江にとって絶対の安全領域で、それはどうやっても間違いではないのだと。そして、それは変えてはいけない事実なのだと。夢の中に入る際に名を呼ばれても、夢の中にまで追って来られて食べられても。
 それでもこの腕の中はにっかり青江にとって、永遠に絶対の安全領域で、それ以外になってはいけないのだと、そんなことを思う。
 明日の朝になったらきっと忘れていることを、強く思う。



創作お題bot
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淡く脆い約束を 

 同じ花を見ていた。それできれいだね、と言い合って、笑って。そういうものが幸せなのだと名をつけて。
 まるで、人間のように。
「来年もまた、」
なんてそこまで可愛らしいことを言ってみせるほど、愚かではなかったけれど。
 いつか終わりが来るんだよ、と仄暗いところから誰かが言っていた。それでもきっと、僕は他愛のないことで小指を絡ませて、彼に笑ってもらうのだ。
「ゆびきりげんまん、」
仄暗いところから誰が見ているのか知っていた。
 それは僕と、おなじ顔をしていた。



秋桜
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***

その先にあるのは地獄だ 

 やさしいゆめをみたようなきがする。
 微睡みから現へと浮き上がるようなその瞬間に、にっかり青江はそんなことを思った。目を開けなくても西日が強いのが分かって、もう随分眠っていたのだと気付く。自分の近くに眠りに落ちる前と同じにその気配があるのに安心して、ふわり、とその瞼を押し上げた。
 胸がじわり、何かに浸されたような心地がした。
 そのまま、底のない水の中に落ちていってしまうような、そんな心地。優しい背中だ、と思った。いつもと同じの、何も変わらぬ、背中。にっかり青江が起きたことに気付いているのだろうか。部屋はまだ灯りがついていなかった。もしかしたら気遣ってくれたのかもしれない。起きてしまわぬよう、そういう優しさが彼には似合う。
 手を伸ばしそうに、なった。けれどもまた睡魔がにっかり青江を呼ぶ。だめだよ、と言うように。その背中を追い掛けてはいけないと、戒めるように。
 とんぼくん、と呼んだ声は唇が乾いてうまく言葉にならなかった。瞼を閉じてから、その背中が振り向いたようにも思えた。すぐそこにいるのに、まるで、ずっと遠くのような。
 夕餉には間に合うように起こしますよ、と返された言葉はもしかしたら、寝言への呼びかけだったのかもしれなかった。それを聞いてにっかり青江は初めて、胸に広がったあの感情が哀しみなのだと気付いたのだった。



夕ぐれに眼ざめてはならない。すべてが 遠く空しく溶けあう 優しい暗さの中に 夢のつづきの そこはかとない悲しみの 捉えようもない後姿を追ってはならない。 / 清岡卓行

***

セツナ 

 別に縁側でその刀剣と一緒になったのに理由はなく、仲が悪い訳でもないのでそのまま一緒にお茶なんて飲んでいるのにもそう意味はなかった。短い間だけれども同じ部隊に配属されたこともある彼を、神剣であり、とてもしっかりして見える彼を、にっかり青江は個人的には好いている部類に入れていた。
「君は、」
石切丸は湯のみから口を離して、それからそっと言葉を紡いだ。
「別に神剣になりたい訳ではないんだろう」
「うん」
頷いて見せる。だってそれは本当のことだったから。
「だって答えはもう、出ているから」
君が出してくれたんだろう? と笑えばあの時は意地悪して悪かったよ、と苦笑が返って来る。
「君は、愛されていた」
「うん」
 それは、にっかり青江の誇りだ。人間がにっかり青江を愛してくれた、だからこそにっかり青江は神社などには行かず、重要文化財として今の時代まで残っている。
「…だから」
「うん?」
「君は、もう充分人間に愛されたのだから、」
何を、言うのだろう。にっかり青江は純粋な色をもってして首を傾げる。石切丸は穏やかな目をしていた。まるで無垢な幼子を見つめるような、そんな瞳。
 にっかり青江がそんなものであるはずがない。だって、この身は戦場を駆け、幾度となく血にまみれている。
「もう、人間以外にも愛されたって大丈夫だと思うよ」
沈黙。
 唇がからから、乾いていく。
「それ、は、」
いつもの意味深な笑みを。
「告白かな?」
「まさか」
出来ているのかすら、怪しい。
「石切丸もそんな冗談言うんだね」
「…冗談?」
冗談であって欲しかった、こんなにしっかりした刀剣が、少なくともにっかり青江がそう思っている刀剣が、そんなことを言わないで欲しかった。
「………ああ、そうか、君はまだ…」
 小さく呟かれた言葉は、ちゃんとにっかり青江にも届いていた。
「今日の話は忘れてくれ」
「………何の話だっけ?」
「そう、それで良い」
ぽん、と頭を撫ぜられる。
「いつか、君自身が気付いてあげられたらきっと、幸せだね」
―――何も、変わりませぬ。
雷鳴と共に振って来た言葉が思い出される。
 彼の言葉の通りになるのは、なんだか少し、気が重かった。

***

つらいときつらいと云えたらいいのになあ 

 障子をそっと開いて、その背中へと忍び寄る。
「にっかり殿、どうなされた」
振り返ろうとするのを、手のひらで制して。
「…ごめん、このままで」
「分かりました」
 最近彼は読書にはまっているらしい。知らないことを知れるから楽しいのだと。にっかり青江はその背中に凭れて、その知識の吸収の妨げにならぬようにゆっくり息を吸う。
 香りが、生きている香りが、する。彼は刀剣であるのに、ただの鉄の塊であるのに。血の通った、人間のような。
「…君は、」
「はい」
「強いね」
「それは買い被りです」
いつもの会話。
「…君が言うならそうなのかもしれないけれど、やっぱり僕には、君が強く映るよ」
撤退を余儀なくされた戦場、誰が悪かった訳でもない。ただ、一緒に出陣していたものを思わず庇ってしまっただけ、それで中傷を負って、本当はまだ進めたのに。
―――だめです。
幼い声が、強い声が耳に残っていた。そんな声を出させてしまったのはにっかり青江だった。
「君は、強いよ」
繰り返す。彼はもう否定することをしなかった。
 きっと彼なら、その声を振り切って進軍出来ていた。たとえ、それを主が、仲間が望まなくても。にっかり青江にはそれは出来なかった。そんな自分を、弱い、と思った。



image song「決意の朝に」Aqua Timez

***

どくせんきんしほう 

*細かいことを考えたら負けです

 この世界のどこかとても平和な国の、とある幼稚園でのおはなしです。
 竹組のにっかり青江くんはまだまだちいさくて、ひとりではなにも出来ませんでした。それはおんなじ竹組の秋田藤四郎くんもいっしょでしたが、にっかり青江くんは他の子よりもすこうし背がたかかったので、秋田藤四郎くんよりもどうして出来ないの、という言葉をもらうことがすこうしだけ多いのでした。にっかり青江くんはどこかのんびりしたところがあったので、そういう言葉をそう気にしてはいませんでしたが、おとなな考え方も出来る子ではあったので、時折言われた言葉を繰り返してみては、周りのひとびとの反応を見てたのしんだりしていました。つまり、正直なところそんなに気に病んだことなどなかったのです。今は出来なくても、いつかは出来るようになる。にっかり青江くんはすこうし周りよりも覚えるのが遅いだけで、出来るようになってからはそう差がないことを、寧ろ他の子よりも出来るようになることを、自分でようく分かっていたのです。なんてかわいくないこどもなのでしょう。けれどもそうさせてしまったのはおとななので、今はその話は置いておきます。
 さて、幼稚園にはたくさんのおともだちがいます。よくにっかり青江くんや秋田藤四郎くんの面倒を見てくれる、富士組の岩融くんや太郎太刀くんとは、休み時間に遊ぶこともあります。彼らのようなひとたちをお兄ちゃんと呼ぶんだろうなあ、とにっかり青江くんは思っていました。こどもながらにかわいくない考え方をするにっかり青江くんは、辛抱強く手を引いてくれる二人に、純粋な賛辞を感じていました。
 なかよしなのは富士組とだけではありません。隣の松組にも、仲の良いともだちはいます。和泉守兼定くんと鶯丸くん。ときどき喧嘩もするけれど、基本的になかよしです。
 そして、園にいるのはにっかり青江くんたち園児だけではありません。みんなが大好きな、蜻蛉切先生がいるのです。ここまで長々としてきましたが、実のところこのおはなしで重要なのはこの蜻蛉切先生なのでした。にっかり青江くんは少ししたったらずなところがあったので、蜻蛉切先生≠ニはうまく呼べずにいたので、いつもいつもとんぼ先生≠ニ呼んでいました。
 登場人物が揃ったところでやっとおはなしに入れますね。事の発端は、いつものように和泉守兼定くんと喧嘩をしたことでした―――と言っても、いつもにっかり青江くんは和泉守兼定くんが怒っているのを聞いているだけなので、本当に喧嘩かどうかは疑わしいです。しかし、今そのはなしは関係がないことなので、置いておきます。その喧嘩の内容というのは、にっかり青江くんが蜻蛉切先生を独占している! というものだったのです。独占、なんて。小さなこどもがよくそんな言葉を知っていましたね、驚きです。和泉守兼定くんははくしきなのでしょう。
 言われたにっかり青江くんはとっても驚きました。
「どくせん? どくせんなんかしていないよ」
「いや、してるね」
和泉守兼定くんは譲りません。そうしてにっかり青江くんが蜻蛉切先生をいつどうやって独占しているか、話し始めました。面倒なのでそこははしょりますが、にっかり青江くんはそれを聞いてなるほどな、と思いました。そして、和泉守兼定くんがにっかり青江くんに怒るのもしようのないことだなあ、と思いました。
 それからにっかり青江くんは考えました。確かににっかり青江くんはまだまだ手のかかるこどもですが、その自覚はありますが、だからと言ってみんなが大好きな蜻蛉切先生を独占したいとは思っていません。というか、ここだけのはなしですが、正直なところにっかり青江くんは蜻蛉切先生のことがそんなにすきではありませんでした。どうしてみんなが蜻蛉切先生をすきなのか、よく分からなかったのです。ですから、そんなふうに考えているにっかり青江くんが、自分の意図しないところで蜻蛉切先生を独占していると言うのなら、それははやくどうにかすべきです。蜻蛉切先生は、もっと求められているところに行くべきなのです。例えば和泉守兼定くんのところとか。さてそのためにはどうすれば良いのでしょう、にっかり青江くんは小さな頭を一生懸命に捻りました。
 そうして、ぽん、と思いつきました。
「ちょっと、行ってくるね」
にっかり青江くんは立ち上がると、みんながびっくりするような速さで駆け出しました。どう割って入ったものかとおろおろしていた岩融くんと太郎太刀くんは、それにおいつくことは出来ませんでした。秋田藤四郎くんはびっくりしたままで、鶯丸くんに至っては最初から止めようとするつもりすらなかったようです。
 そういうわけでにっかり青江くんは一人、蜻蛉切先生の前にやって来ていました。
「とんぼ先生」
にっかり青江くんは勇気を出して話しかけます。実のところ、嫌いじゃないとは言いましたが、にっかり青江くんの中にはすこし、ほんとうにすこうし、蜻蛉切先生をこわいと思うきもちがあるのです。ですが、ここは大切なともだちのため。すこしの勇気くらい、出せなくてどうしましょう。
「とんぼ先生は、和泉守と結婚する?」
 にっかり青江くんは知っていました。結婚とは、独占する方法なのです。いろいろな解釈がありますが、ひねくれているにっかり青江くんの頭の中では、そういうものだとなっていました。
 蜻蛉切先生は首を傾げます。
「いえ? しませんが…突然どうなされた?」
蜻蛉切先生の口調がすこし変わったものであるのは、やはり今は関係がないので置いておきましょう。にっかり青江くんは、自分のせいいっぱいでさきほどのことを説明しました。にっかり青江くんは和泉守兼定くんが蜻蛉切先生を独占出来れば、それですべてはまあるく収まると、そう思ったのでした。ですから、がんばって話します。時折言葉が詰まることはありましたが、それでもにっかり青江くんは大切なともだちのために、やっとのことですべてを話し終えました。
「なるほど」
全部を聞いた蜻蛉切先生は頷きました。にっかり青江くんはぱあ、と顔を輝かせます。勇気を出した甲斐がありました。これでにっかり青江くんは怖いと思う時間が減って、和泉守兼定くんは大好きな蜻蛉切先生と一緒にいられるでしょう。しあわせなことです、とてもしあわせなことです。すばらしいことです。
 嬉しそうなにっかり青江くんに、蜻蛉切先生は丁寧に目線を合わせます。
「そういうことであるならば、自分はにっかり殿と結婚したいですな」
とてもやさしい声でした。何を言われたのか分かりませんでした。蜻蛉切先生は言葉を失ったにっかり青江くんを抱き上げます。
「結婚してくれますかな?」
にこにこと、やさしげな顔がすぐ目の前にあります。
 どうしてこうなったのでしょうか。よく分かりません。蜻蛉切先生と結婚した方が良いのは和泉守兼定くんなのに、どうしてにっかり青江くんが呼ばれたのでしょうか。
 でも、分からない中で一つだけ、ちゃんと分かっていることがありました。
「………」
蜻蛉切先生の大きな瞳が、にっかり青江くんをじいっと見つめています。
 ここで頷かなければ、いろいろとたいへんなことになる。そのたいへんなことというのは具体的には分からず、きっとおそらく本能のようなものだったのでしょうが―――かわいくない考え方をするにっかり青江くんは、それがよく、とてもよく分かったので、頷きました。



すずくれ幼稚園
みんな大好き 蜻蛉切先生

面倒見がいい富士組
岩融くん
太郎太刀くん

甘えん坊の松組
和泉守兼定くん
鶯丸くん

まだ手がかかる竹組
にっかり青江くん
秋田藤四郎くん

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***

優しい十二月 

 共に行軍していた仲間たちは揃いも揃って無言だった。
「あ、あのさぁ…」
にっかり青江はなんとかそのお葬式のような空気を払拭しようと、今使えるだけの身振り手振りを駆使して話し掛ける。
 が、それは副部隊長であった加州清光の冷たい視線によって封じ込められた。後ろから付いてくる秋田藤四郎はまだ涙を堪えた顔のままだし、きっと彼は帰還したら真っ先に彼のお兄さまのところへと走って行って事の次第を洗いざらいぶちまけるだろうし、そうしたら粟田口派には翌日には知れ渡っていることだろうし、それはつまり、あの本丸にいる半数以上が知ることになる、ということで。話を聞いた粟田口派から話は広まるだろうから、きっと明日の晩にはすべての刀剣が知るところとなるだろう。別に知られてまずいことではないが、面白がってつっつき回す面々がいないとも限らないので、正直それは御免被りたいところではあるが。
「もう俺蜻蛉切にニラまれるの嫌なんだけどー!」
「なんでそこでとんぼくんが出てくるんだい?」
はて、と首を傾げる。
 この本丸の蜻蛉切は戦に出ない。もっと前―――にっかり青江が第一部隊を任されるようになる前には出ていたらしいが、そこで何か≠ったらしくそれ以来審神者の判断で戦場に立つことはなくなった、と聞いている。その代わり、彼は内番や繕い物、料理、洗い物などの雑務をこなして日々を過ごし、その合間には彼自身の培った戦術を他の刀剣たちに伝授していることもある。が、だからと言って今その名が出される理由はよく分からない。
「これだよ。ほんっと、アンタって質悪いよね」
「え、何とつぜん。僕わりと加州くんとはいいかんけい築けてたと思うんだけど」
「打刀と脇差としては申し分ないし、正直そこそこ仲良いって俺も思ってるけどね? それとこれは別!」
「別なの………」
ふうん、と頷いてから、にっかり青江はその唇を開けた。
「まぁなんでとんぼくんのなまえが出てきたかは置いといて、」
「置いといちゃうんだ」
「だって分からないもの。そんなにいやなら、きかんを伸ばしたら良いんじゃないかな。幸い今このぶたいは殆どむきずみたいなものだし。長谷部くんが軽傷を負っているいがいに何かあるかい? のじゅくだって出来ない訳じゃあないし、主にだけじょうきょうを知らせて…」
「隊長のアンタがこんなことになってんのに野宿とか出来る訳ないでしょ」
「ですよねー」
「分かったらもう、黙る」
「…はい」
にっかり青江は自分の身体を見た。加州清光に抱え上げられるほどに小さくなってしまった、自身を珍しいものでも見るように観察した。
 実際珍しかった。

 にっかり青江という刀剣の付喪神は顕現した時からそこそこに大人の身体つきをしていて、それに子供時代というものはなかったが。今はちょっとした事情で短刀程度の大きさにまで身体が縮んでしまっている。
 帰還した部隊を迎えてくれた面々は目を見張ったし、主である審神者はすぐににっかり青江の身体を調べてくれて、そう害のないものであり数日もすれば身体も元に戻るだろうとすぐに分かることとなったのだが。
 この、瞳からは。
 逃げられそうもない。
 主の部屋から検査を終えて出てきたにっかり青江を待っていたのは、先ほど加州清光があげていた刀剣だった。
「秋田殿を庇ったと聞きましたが」
「あー…向こうさんにじゅつしがいたみたい、でね。それでとっさのはんだん、っていうか…」
僕があの中でいちばん、ていこうりょく高いと思ったし、とにっかり青江は頭を掻いて見せる。自分の手のような気がしないのはいつもしている手袋がないからではないだろう。
 術はどうやらにっかり青江の人の身だけに効果があったようで、本体である刀剣もその時に着付けていた服も元のままの大きさだった。
「いやー秋田くんがこれ受けてたらあかごになってただろうし、そんなことになったら僕一期一振に殺されちゃってただろうねえ」
目的は刀剣男士の無力化だったろうし、これなら無力化とまではいかないし、向こうさんの思惑を潰してやれたんじゃないかな、と続けるも返答はない。
「ここにいる誰かがあかごの扱いを知っているかも分からないし、やっぱり僕のはんだんはまちがってなかったと思うんだよねえ」
「…にっかり殿が、」
「うん」
「そう思うのならば、そうなのでしょう」
 ようやく返って来た言葉にほっと胸をなでおろす。ずるずると引きずったままだった自前の服を握っていた手を緩めると、にっかり青江は漸く名の通りに笑えた気がした。
「着替えはどうなさるのです」
「ん、それは薬研くんが要らないものをなんまいかくれたし、だいじょうぶだよ。秋田くんのだと、少し小さくてね…、何、かぜみたいなもんさ」
じゅつのこうりょくが切れたときに破けないとも限らないしね、と付け足す。
「それなら良いのですが」
 今日はどうしますか、と蜻蛉切は問うてきた。
「どうって、寝るばしょのこと?」
「ええ」
「君のところに行こうと思ってたんだけど…」
今回の出陣ににっかり青江以外の脇差は出陣していなかった。ならばもう、彼らは眠りについてしまっているだろう。それを起こさないように部屋に戻るのはにっかり青江にしたら、身体が縮んだとしても簡単なことだったが、それでは説明が出来ないので朝面倒なことになりそうだ。眠りを妨げられるのはあまり、好きではない。
 だめ? と首を捻ると、いいえ、と返って来た。ならば何故聞いたのだろう、と思う。よいしょとずり下がる自分の服を身体に巻き付け直し、ずるずると裾を引きずって歩こうとすると、見かねたようにため息が吐かれ、ふわりと浮き上がった。
「わあ、高いね」
「それでは歩きにくいでしょう」
「うん、そうなんだけど、さすがに主のまえできがえる訳にはいかないでしょう」
「…それも、そうですな」
「でしょう」
加州清光と言い、蜻蛉切と言い、どうして持ち上げるのか。別に嫌な訳ではないし、この状態では自分で歩くのも大変なので大変ありがたいことだけれども。
 そうしていつものように入った蜻蛉切の部屋では、御手杵がいびきをかいていた。彼も朝まで起きないだろうが、まあ別ににっかり青江が小さくなったところでそう驚きそうにもない。脇差の部屋に戻るよりも面倒事は少ないだろう。
 その隣で薬研藤四郎にもらった服を広げながら着慣れていたはずの自分の服を脱いでいく。布団は既に敷いてあって、後は着替えてそこに入るだけ、なのだが。
「………とんぼくん」
「何ですかな」
「…ひじょうに、言いにくいんだけど…」
御手杵を起こさないよう、最小限に留められた灯りの下、にっかり青江は蜻蛉切を見上げる。いつもよりも大きく見えるな、と思った。いつもよりも小さくなっているのはにっかり青江の方なのではあるが。
「ちからが上手く入らなくてね、ぼたんがはめられないんだ」
「では、自分がやりましょう」
「ごめん…。短刀たちはみんな出来ているはずだから、たぶん、このからだに慣れてないだけだとおもうんだけど…」
「別に謝ることではありませぬ。寧ろ…」
「むしろ?」
「いえ、何でもありません。身体が幼くなったというのならばいつものようには起きていられないでしょう」
「うん、じつはさっきからけっこう、眠い…」
「ならば早く寝てしまいましょう」
「うん…」
 てきぱき、とその手が釦をはめ終える。服越しの手はいつもよりも冷たいように思えた。人間は緊張した時などに手を冷たくすると聞くが、彼のは一体、何なのだろう。蜻蛉切の先に入った布団へと、開けられたスペースへと滑り込む。いつもと同じ行動であるはずなのに、身体が小さいからか、とてつもなく収まりが悪い気がした。それをもぞもぞ動いていると、冷たい手がするり、と身体を包み込んだ。とん、とん、と背中を撫ぜられて、やっとのことで安定する。
「………いつもよりも、熱いですな」
「いつもより、って。なにそれ。僕がいつもたいおん高いみたいじゃないか」
「高いですぞ」
「え、そうなの?」
純粋な驚きだった。では、先ほどいつもより冷たいと感じたのも相対的なものであり、別に蜻蛉切がどうとかではなかったのか。
「君が冷たいんだと思ってた…」
「いえ、自分も体温は低い方だとは思いますが…それとは別に、にっかり殿は体温が高い方だと思いますよ」
「そうなんだ…」
知らなかった、と呟けばそれは自分といるからでしょう、と返される。
 とん、とん、と規則的に背中を優しく叩く手が眠気を増幅させていた。人間は温かい方が眠れるというが、にっかり青江は刀剣だからか、この冷たさが丁度良い。
「おやすみ、とんぼくん」
「おやすみなさい、にっかり殿」
目を閉じる。
 背中に息づく冷たさが、とても、心地好かった。

***

鏡で練習しておけばよかった 

 例えばキスひとつを仕掛けるとして、にっかり青江はそういうこともちゃんと知っているはずなのに、実践するとなると戸惑うけれど。
「…鼻、」
きれいに触れ合っただけのあと、ぽつん、とこぼした言葉が。
「ぶつからなかったね」
 あまりに貴方を笑わせたから。



image song「狼なんか怖くない」石野真子

***

20160317
20160928