ほっぺたにちゅーしてみたい。そしてそのまま噛みついて証を残したい。所有印。きみはぼくのもの。 

 いつだって優しい彼がその顔の裏のずっとずっと奥に、密やかな凶暴性を秘めていることに気付くのに、そう時間は掛からなかった。それでもまだ一度もそれを直接向けられたことがないのは、一重ににっかり青江が愛されているからだろうか。
 ただのゲーム。生命の遣り取りとは程遠い、ごっこ遊びのような騙し合い。それを通してだけ、彼の牙はにっかり青江に向けられる。未だ無残に食いつくされたことはないけれど、確かに、それはいつでも噛めるのだと晒される。
 もし、もしも。彼がゲームの中でのみ発露させることが出来ているその感情と同じようなものを、にっかり青江が現実で彼に向けたら。己の本体を差し向けるように、彼に傷を残したいと望んだら。
 彼は、一体どんな顔をするのだろう。
 なんとなく、いつもの顔で笑って、そうしてからひとの頭を撫でるような気がした。そしてそれが間違っていないような気もして、少し、腹が立った。



(そしてぼくはきみのもの)

壊れかけメリアータ
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砂糖菓子のような憂鬱

 浮かない顔をしているな、と指摘して来たのはへし切長谷部だった。
「そう?」
「魚の小骨でも刺さったような顔をしている」
「うええ、なにそれ」
だいぶもやもやしてる顔じゃないか、と言えば自覚なかったのか、と返された。
「ちょっと気になることがあるっていう、自覚はあったけどね」
まさか、そんなに顔に出てるなんてさ。そう続けるとはあ、とため息を吐かれる。
「悩みでもあるのなら蜻蛉切に相談でもして来たらどうだ」
 その素直な言葉に、一瞬身体を硬直させる。
「………ねえ、あのさ」
「何だ」
「僕ってそんなにとんぼくんに頼りきってるように、見えるの」
何かあるのなら蜻蛉切に、それはこれまでに何度も言われて来た。それが、にっかり青江には気になる。どうにも、自分が依存しているように見られているのかと、そういうふうに感じてしまう。
「そうだな………逆、だろうな」
「逆?」
 首を傾げる。
「ああ、逆だ。お前が蜻蛉切に頼りきっているのではなく、」
にっかり青江はその唇の動きを凝視していた。
「蜻蛉切が、お前に頼られたいように、見えるんだ」
 それはあまりに考えの及ばなかったことであり、思い切り目を見開いてしまった。本当に、そうなら。天井を仰ぐ。
「あー…」
もし、本当に、そうなら。
 この胸にいつだって巣食っている現状への疑問なんて、きっととるに足らないことなのだ。



神威
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その仮面をはぎ取りたい 

 やさしい顔をするのだよなぁ、と同じ部屋にいるだけのひとをじっと観察する。やることがないからと言って自ら仕事を探してくるなんて、どれだけ真面目なのだろう、と思う。よくそんなことが出来るなぁ、というのは純粋な感心だった。にっかり青江にはそういうことは出来ない。暇なときは暇なときとして、自分の好きなことをしていたい。
 彼は、違うのだろうか。
 人の身を持ったからと言って、別ににっかり青江たちが人間になった訳ではない。それは分かっているし、刀剣の付喪神としての自負も勿論、しっかり持っているのだけれども。仮にも恋人と名を付けた関係だ。まるでまったく興味のないような顔をされるのは、正直、胸にもやりとしたものを生み落とす。
「…とんぼくん」
「なんですかな」
静かな声に、穏やかな声に。何故か呼び起こされたのは夜の記憶だった。
 いつもの、ゲーム。敵なのか味方なのか、はかりかねているにっかり青江をじいっと見つめる瞳。
 その、裏に。
 くすぶる熱の名前を、にっかり青江はまだ知らない。
「とんぼくん」
「なんですかな、にっかり殿」
「それ、今すぐやらないといけないこと?」
「そういう訳ではありませんが、今やっておいた方が良いことではありましょうなぁ」
ふうん、と頷く。
「僕にも手伝えるかな」
「裁縫の経験はおありで?」
「一応。ひとなみ? には出来るよ」
「ではこちらの釦をつけるのをお願いしても?」
針と糸を渡される。その一瞬に手が触れる。
 あの瞳の奥の焔のあとひく熱が、指先から気配を漂わせていた。いつか、にっかり青江はこれを、真っ向から受けることがあるのだろうか。そんなことを思う。もしも、そんな時が来たら。
 ぞくり、と背筋が震える。
「はいはい、任せてよ」
 にっかり青江はどうなってしまうのか。その震えが期待なのかどうかすら、にっかり青江にはまだ分からない。



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馬鹿はどっちだ 

 酒も程よく回ったところだろう、と思う。にっかり青江はふわふわとしている蜻蛉切を眺めながら、いつもはしっかりしている彼でも羽目を外すことがあるのだなあ、と少しだけ驚いていた。
 人の身に降りて欲やら何やらをうまく処理している刀剣男士は多い。にっかり青江もそう困ったことはなかったし、人間がそれでうまくやっているのだから付喪神であってもそう困ることはないだろうと、そう思ってはいたけれども。
 彼には、あまりに隙がなさすぎた。
 本当に、同じように欲を秘めているのかと、そう疑ってしまうくらい。馬鹿正直に本人に確認してみたら、ない訳ではありませんよ、なんてはぐらかされてしまったけれど。
 これは好機だ。
 にっかり青江は思う。酒も程よく回ってふわふわとしている、いつもでは見られないような蜻蛉切を部屋に送ってくるよ、と周りには言って、彼を宴の席から連れ出した。廊下は静かだ。蜻蛉切も潰れるほどではないらしく、ふにゃふにゃと何やら呟きながらも肩を少し貸すだけでちゃんと歩く。
 これなら。
 蜻蛉切の部屋は電気がついていなかった。同室の御手杵は確か遠征に行っているはずだ。邪魔は、いない。疲れたのか畳の上に座り込んだ蜻蛉切を振り返って、にっかり青江は少しだけ、助走をつけるように身をかがめた。
「う、わ」
うわ、なんて言うのか、珍しい。にっかり青江はそんなことを思いながらうまいこと押し倒せた身体に馬乗りになる。
「に、っかり、どの?」
「とんぼくん」
 するり、とその頬を撫でてみる。
「ぼくが、なにしたいのか、わからないなんて、ない、よね?」
一つひとつ区切って言うのは、酔っ払いにも分かるように、だ。どきどきと胸が煩いのを、緊張しているのを、誤魔化すためではない。
「ねえ、とんぼくん」
―――ぼくたちって、こいびと、なんでしょう?
 それは言葉にならなかった。
 にっかり青江の下で、蜻蛉切はいつものように笑っていた。いつものように、とは、あのゲームの時に見せるような笑みで、ということだ。
「…にっかり殿」
低い声がぞわり、と背筋を擽る。
「まんまと誘いに乗ってくれましたな」
頬を撫でていた手を取られ、反対の手で腰を掴まれた。いくら相手が酔っているといえども、力関係でにっかり青江に勝ちの目はない。
「覚悟は出来ている、と思って宜しいのですね?」
喉が、鳴る。言葉が出ない。
 喰われる。
「にっかり殿」
逃げられない。それを望んでいたはず、なのに。
 ぷは、とその沈黙を破ったのは、蜻蛉切の方だった。
「そんな顔をされるな、からかっただけです」
「と、んぼくん、」
「今日は少し飲み過ぎました。はやく眠りましょう。にっかり殿はどちらで寝ますか?」
それは一緒に寝ようという誘いではあったが、もうなんだかもういたたまれなかった。
「〜〜―――ッ、とんぼくんの、ばかっ!」
 立ち上がって障子も閉めずに部屋を飛び出す。
「………本音と建前が逆になっておりましたな。明日にでも謝りましょう」
既に廊下を走り去ったにっかり青江には、その言葉は届かなかった。



(さて、貴方を傷付けるかもしれないということが恐ろしかったのだと、そう言ったら貴方は信じてくれるでしょうか)



にっかりちゃんにとんぼ先生が意識が朦朧とした状態で押し倒されたときの反応は→「馬鹿めが!まんまと誘いにのりおったわ!」(イヤ…怖い…)→「本音と建前が逆でしたすみません」
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幸せすぎるのは怖いから 

 この身、を。
 ぶるり、と震わせるような感覚に襲われることがよくある。それは彼とこんなふうな関係になる前から、定期的に僕の中で生まれては消え、生まれては消えを繰り返していた感覚。腹の底から、肩の裏から、耳の奥から、心臓の中から。ふいに生まれては消える―――消えたような心地に陥る、その、感覚が。一体何なのか、僕は未だ分かっていなかったけれど。
 する、と大きな手が頭を撫でていく。これはきっと安心というのだと、目を閉じる。だって彼が横にいる限り、僕を襲うものは何も居ないのだから。別に、僕が守られるほど弱いって訳じゃあないけれど。
 まぶたの裏には、あのいつもの穏やかな笑みが浮かんでいた。穏やかな瞳が浮かんでいた。
 どうにも逃げ切れそうにないなんて、どうしてそんなことを思うのか、不思議なほどに穏やかな瞳を僕を思い浮かべていた。



月水面に乱反射して。
http://lyze.jp/outou03/

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どうせ夢なら好きなようにさせてもらおう 

 その日は主である人間にちょっと、と呼び出されて、一体何事かと思ったことを覚えている。まるで何か、聞かれたくないことでも話すつもりなのだろうか。呼び出し方もこっそりとで、誰にも見つからないように、なんていう条件までつけられて。
 これでいつもの僕ならばきっと、夜伽のお誘いかい? なんて笑ってみせたのだろうけれど、その真剣な、悲痛な表情に、それをすることは出来なかった。うん、分かった、とだけ頷いて、夜にその部屋へ向かう旨を伝える。
 くしゃり、とその頬が歪んで、ああ、と頷かれた。一体、何が待っていると言うのだろう。
 本当はその時、薄々、感づいていた。

 主の部屋へ行って、それから別の部屋へと案内されて。静かな部屋、妙な香り、嗅ぎ慣れた香りの混在する部屋。
「…お前に、一番に知らせなければ、と思って、今までかかってしまった」
遅くなってすまない、と頭を下げる主に、いやはやかった方だろう、と思う。
 昨晩の出撃から姿を見ないと思っていた。一緒に出撃した面子の姿も見ていないし、帰って来ていないのかと思っていた。否、思おうとしていただけだ。
「見ても?」
「ああ」
 綺麗、だったのだろう。
 そんなものは、初めて見るのだけれど。
「………とんぼくん」
まじまじと細部まで見遣って、そこでやっとああ違う、と思えた。
 これは、現実じゃない。ゆめ、だ。悪夢だ。いちばんすきなひとが死んでしまう夢なんて、なんてひどい。そもそも僕らの生命というものは本体の方にあるのであって、もし本当に折れてしまったのなら、こんなふうに肉の器だけが残るなんてことは、ない。夢だと分かったのだから、さっさと醒めようと脳に呼びかければ良かった。良かったのに、僕はどうしてかそれが出来なかった。冷たい、本体のように冷たくなったその唇に触れながら、どうして呼んでくれないのか、どうしてこんなにも、穏やかな気分なのか。
 不思議だな、と呟いた僕の言葉を、主は違うように取ったらしい。むせび泣く主を前に、僕はひたすら彼を、彼だったものを、彼だったものにしておきたかったものを触っていた。何も変わらないと知りながら、この夢がいつか覚めることを、なんだかひどく悲しく思った。



しろくま
http://nanos.jp/howaitokuma/

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神様なんて役に立たない 

 そうだろう、と言ったらそうでしょうか、と返された。
「だって一応、僕らは神だろう?」
そりゃあ奉納されている連中に比べたら、そういう力では劣りはするけどさ、と続ける。
 付喪神という存在は、そもそもその名に反して妖怪だとかそういうものに近い、なんて説さえあるけれど、やはり名に神とついているのならばその素質だってどこかにあるのだ。
 それが、こんなふうに戦って、それでも正しい過去を守れないことがあったり、なかったりするのなら。神様なんてものは、と思うのだ。
「まあ、それも一理ありますが」
彼はいつもの穏やかな顔で言う。
「役に立たないと思えば、きっと力を貸してくれぬものもいましょうぞ」
「…君って、なんていうか、ロマンチストだったんだね」
意外な一面を見た、とばかりに笑えば、困ったような視線が返された。



(来たれ縁結び)

青色狂気
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落雷を待つバベルの塔 

 僕らはいつまでこの状態でいるのかな、と呟いてみる。いつものように誤魔化すような、曖昧な返事しかかえってこないのを知りながら、それでも僕は言葉を投げる。いつまで、いつまで。はやく終わってしまえば楽になれるのか、そんなことすら思うほどに。
「こんなふうに人の身を持ったことに意味はあるのかな?」
哲学がしたい訳ではなかった、望まれたから此処にいる。主に、人間に、もっと言えば人間たちの望む未来に。渇望されて、にっかり青江も蜻蛉切も、その他の刀剣男士も此処にいる。それだけの話、なの、に。
「理由が欲しいのですか?」
そう、なのかもしれないな、と思った。うーん、と唸ってから、その背中に頭を預ける。
「分かんない」
「そうですか」
「わかんないよ、」
 君と出会ったことも、こんな関係になったことも、いつだって心臓が五月蝿くてたまらない理由も。



image song「ラフレシア」THE BACK HORN

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君中毒 

 思わず、と言ったように動いた腕に、自分の有意識とは全く違った場所からの動きに、にっかり青江は硬直した。
「にっかり殿」
対する蜻蛉切はふわりと、それはそれは嬉しそうに笑う。
「あ、の、」
「はい」
「その、」
「はい」
「べ、べつに、引き止めたかった訳、じゃ」
 おや、と言ったように器用にその片眉が上がる。
「違うのですかな?」
まさしく今、引き止められている状態であるように思うのですが?
 にっかり青江の腕は、指は。小さく蜻蛉切の服の裾を掴んでいて、ああ、と思う。
「き、君の所為だ」
「自分の所為ですか」
「だから仕方ないんだ」
「それはそれは」
 ぐるぐると言い訳を探すにっかり青江の指はそれでもその控えめに摘んだ裾を放す気はないようだった。それが余計に混乱を呼んで、もう、どうしたら良いのか分からなかった。



(君のいない生活なんて!)

夢の番人
https://twitter.com/sousaku_land

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ランチプレート 

*佐竹先生の「この手では貴方をつなぎ止めておけない」のあとのはなし

 おむらいす、と言ったはずだったが。
 妙に今日は朝からそわそわとしていると思ったら、どうやら彼はオムライスを作ったことがなかったらしい。それで、燭台切光忠を朝から捕まえて、教わっていたと。まさか彼に出来ないことがあるなんて思っていなかったから、純粋な驚きをもってにっかり青江はそれを見つめていた。
「申し訳…ありませぬ…」
昨晩の約束。いつものゲームでなかなかの活躍をしたにっかり青江に、まとめ役をしている蜻蛉切はいたく感激して、赤飯を炊いてくれると言った。それを伝えられた際に他にも好きなものを作るとも言ってもらえて、にっかり青江は咄嗟に、彼の負担も考えずにオムライス、と好物の名前を言ったのだった。
 食べたことは、数度しかなかったけれど、燭台切光忠も時折作っていたし、そう難しいものではないのだろうと。
「自分から言い出したことですのに」
美味しそうなバターライスに、卵が乗っかったもの。それだけ言えば、まあ、オムライスとしての最低条件は満たしているように思う。というか、まあ、普通に食べるのであればこれで美味しいと思う。多分。上手く巻けなかったのだろう、薄い卵の皮があちらこちら破れていて、砂糖を多くでもしたのか、それはところどころ焦げている。そういえば前に、甘いものが好きだと言ったことがあったと思い出した。彼のことだ、それも考慮したのかもしれない。
「つくったこと、なかったの?」
「………お恥ずかしながら」
 それならそうと、言ってくれれば良かったのに、と思いながら笑う。気にしていない、そう伝われば良いと思いながら。
「君にも出来ないこと、あるんだねえ」
「にっかり殿は自分を過大評価しすぎです。………しかし、今回は本当に…折角のお祝いごとでありますのに…」
「べつに、いいよ。これも美味しそうだし」
 食べてもいいかな? と首を傾げると、どうぞ、と死にそうな声が返って来る。いただきます、とスプーンを握って、妙にぐっちゃりとしたオムライス(仮)を掬い上げる。それがにっかり青江の口に入って咀嚼される間、蜻蛉切はこわごわとそれを見つめていた。彼でもそんな顔をするのだなあ、と新鮮な気分になる。
「うん、美味しいよ」
「ですが、」
「もう、君も食べてみれば分かるって」
もう一掬いしたオムライス(仮)を、その口に突っ込む。咄嗟のことで口を閉じられなかった蜻蛉切は、大人しくそれを呑み込むことにしたようだった。育ちが良い、とでも言うのか。
「ね?」
今度は逆方向に首を傾げながら彼を観察する。誰かがものを食べているところが、こんなにも胸をくすぐるものだなんて思わなかった。
「…まぁ、はい、そうですね」
「………頑固だね」
「そう言われましても」
 これではらちがあかなそうだ、そう思って、じゃあ、ともう一口食べる。飲み込んでから、うん、美味しい、ともう一度呟いて、顔を上げる。
「また今度、つくってよ」
こんどは、ちゃんときれいな形になってるやつ。
 小指を差し出せば、いつもの困った顔をしてから、仕方ありませんね、と小指を絡められた。ゆびきりげんまん、と主がうたっていた唄を歌えば、それを見ていたらしい歌仙兼定が吹き出していた。



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「というか、べつに巻かなくても良かったんだけど」
「巻かないおむらいす、ですか?」
「なんかほら、半分に割るやつ」
「あー…」
***

20150716