来ないで 

 知っている。
 もしもこの唇を一瞬でも戦慄かせれば、彼は即座に動きを止めて謝ってくるのだろう。そうしていつものように優しい顔で、無理をさせてすまないと、まるで自分だけが悪いかのように謝ってくるのだ。
 それは、なんだか。
 もやり、胸に広がる何か。その正体を、未だ捉えられたことはないけれど。
 誤魔化すようにその首筋に縋り付く。自分も求めているのだと、そう身体を使って表現するように。
 それが絶対に、間違いなんかでないと、言い聞かせるように。



創作お題bot
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うそつき

 もっと強い力で抱き締めることも出来るだろうに、とにっかり青江は思う。自分より大きなこの恋人はどうやらひとのことを触れれば折れるくらいに思っているらしく、一つひとつの動作がやさしくやわらかい。にっかり青江とて刀剣の付喪神であるのだから、ちょっとやそっとでは折れなどしないのだが。それを彼も知っているはずだが、どうやらそれでもその力加減は変えないらしかった。
 ずるいな、と思いながらその暖かさに身を委ねる。そんな可愛らしいことをされてしまえば、にっかり青江が何をすることも許されないような、そんな心地になるのだから。



抱きよせる力でわかる 会うためにたくさん嘘をついてきたのね(文月郁葉)

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これは幸福と云うのです。 

 信じる、なんてことを知ったのは君の所為だよ、と思う。だってそもそも、人の身なんて今まで持ってなかったのだから、信じる信じないなんて、関わりのない毎日だったのだ。
 けれどもどうやら本物の神様とやらはひどい気まぐれで、僕はこんなふうにかたちを持った。
「とんぼくん」
呼んだら返ってくる、優しい声。
「なんですか」
「なんでもないよ」
 呼んだだけ、それが赦されるのは。



image song「性善説」amazarashi

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暴れたい暴れたい暴れたいなすがままに 

 じっと見つめる。彼の喉元に、注がれる目線。きっと彼は気付いている。気付いていて、放っているのだろう。
 まるで、はやく噛んでみろとでも言うように。
 どうして彼は、そんなことを望むのだろう。彼は張り合えるものでも探しているのか。誰でも良かったのか、それとも―――首を、振る。まさか、自分でなくてはいけない理由なんて。
 きっと何処にもないはずなのだから。



夢見る詩
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絶望して朝が来る 

 その腕の中は優しかった。そしてこれ以上なく心地好かった。それに僕は途轍もない衝撃を受けたのだった。
 この、僕が。
 拠り所を探していた、なんて。僕は刀だ、その付喪神だ。僕はそれだけで、大倶利伽羅ではないけれど戦うのなんて一人いれは出来ると、そんなことを思っていた―――思っていたかった、はずなのに。
 とんとん、と落ち着かせるように背中がさすられる。幼子にするようなそれに、僕は観念して目を閉じた。



宵闇の祷り
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隣にいても寒いままなのかい 

 人の身とはままらないものだな、と思った。いや、この場合どちらかというと心、というものの方か。そんなことを思いながら、にっかり青江は隣の恋人へと寄りかかる。
 春の陽射しのあたたかい日のことで、隣のそのひとの温度もひどくあたたかくて、眠気が襲ってくるような、そんな空間。なのに、どこまでも胸がすうすうとうるさくて、今にも泣き出しそうで。
 恋、というものは。
 ああこんなものだったのだな、と思った。それなら恋情にまつわる様々なものについても、納得出来る気がした。今まで見てきた多くの人間や人間でないものたちが、どうしてそこまでおちていくのか、今まではとんと理解出来なかったけれど。
「これは、しかたない、なあ…」
 くあ、と欠伸が一つ出た。そのまま目を閉じたら眠れるような気がした。



烏合
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純粋なる悪 

 これを幸福というのだ、とにっかり青江は自らの内で震える感情についてそう名をつけた。次いで、心というものを長いこと持っていたはずなのに、その名すら知らなかったことに笑ってしまった。
 にっかり青江は刀剣だ。今はこうして人のような身を持っているとしても、その本質は刀剣だ。刀剣は人間に使われるもので、その感情は今まですべてが人間へと流れていた。
 それが。
 今、同じ存在に心を揺らされている。
 神様というものがいるのなら皮肉だな、と思った。自らもその名を冠しているはずなのに、ひどいひとだな、と思った。
 こんな。
 こんな、感情を。
 幸福と呼ぶなんてこと、永遠に知りたくなかった。



(さて、私はだあれ?)

お題bot
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迷子になってしまいたかった 

 その手が優しいことを知っている。その笑みが優しいことを知っている。その仕草も、態度も、何からなにまで。
 にっかり青江に与えられるすべては、やさしいものばっかりだ。
 だからこそにっかり青江は己が内に蔓延るこの妙に空々しい空虚が許せなかったし、そんなものを抱くくらいならば此処から離れてしまいたかったのに。そうしてもう二度と、戻って来れなくて、良かったのに。
「にっかり殿」
彼は、優しい彼は、きっと。
 この手を放してはくれないから。



(ぼくをしばるこのよでいちばんうつくしいくさり)

伽藍
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いっそ殺してくれないか 

 にっかり青江は恐ろしかった。自身が刀剣の付喪神であり、戦うものであり、人間に愛されていた来歴があって、それで。にっかり青江の存在というのは人間あってこそだった。ずっと、そうだった。なのに、だと言うのに、それは一瞬で崩されることとなる。とある、ゲームが原因で。
 心を持ったのはそう悪いことではない。人間との関わりの中でそう、思っていたのに。彼らににっかり青江の姿が見えなくとも、人間を可愛らしいと思って、それだけで良かった、のに。
 胸があつくてさむくて今にも逃げ出したくて。
 でもそれは、赦されないから。彼の優しさが、それを赦してはくれない、から。そんなふうにするのなら、いつものゲームの中の出来事のように、いっそ。



image song「いつものドアを」THE BACK HORN

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僕だけのとくべつ 

 いつものゲームのあと。
 目が合うのはいつものことだ。それだけで、今日の動きが良かっただとか、彼は伝えてくるからどうしようもない。甘やかされているなあ、と思う。彼はまとめ役という立場から他のひとも褒めるけれど、こんなふうにひっそりと、毎回まいかい褒めてもらえるのは僕だけだ。それは幸せなことなのだろう、と思う。だってとくべつなのだ、他の誰も、してもらえていないことなのだ。それはぼくが、彼の恋人だからかもしれないけれど。肌を合わせたからなのかもしれないけれど。理由がどんなだってとくべつというのは揺るがない事実で、僕はとてもとても満たされた気分に、なって、いた。いる。たぶん。
 今日も彼の目は僕を見る、そしていつものように褒めたあとに、この後、と少しだけ、視線を外される。ああ、と思った。この後何があるかなんて、僕も馬鹿ではないので分かっていた。



ラティーシャの瞳は溶けだした
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20150716