きみの痕跡 

 夢を見ていられるほど呑気な場所にいたとは思わないし、こんな長い時の中でそういう可愛らしい思考はとっくにすり切れてしまったのだと思うけれども。鏡の中、くっきりと残った噛み跡を見てああ、と笑う。
 こんなものが嬉しいだなんて、こちらまでにんげんみたいになってしまった。



甘く切ない夢の恋、より 貴方の痛い愛が良い! (作者不詳)

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先生

 僕を一人で立たせて、一体全体彼はどうしたいのだろう、と思う。
 後ろに立っていると分かるや否や、そのあつく灼けるような視線が突然気になりだす。一体、どうして。彼が僕に何を望んでいるのか、僕には何も分からない。ねえ、先生。君が嫌がるから僕はその名を呼ばないけれど。
 僕を、一体、どういう生徒にしたいのか、はやく、おしえてよ。



創作お題bot
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生きたい/I wanna live. 

 これはゲームなんだ、と言い聞かせる。一人残った狼というのはいつだって心細い。僕は悟られてはいけない、これはゲームだ。ゲームであるならば、勝ちを狙わない手はない。
 じっと、僕を見つめる瞳を感じる。じっとりと、汗が滲む心地がする。
―――噛まないのですか?
そう問われているような、すべてばれているような。
 ねえ、先生。君は本当に、僕を何処へ導きたいの?



宵闇の祷り
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きみが好きだなんて言うから 

 耳の奥から脳みそを経由して、つま先まで全部。その言葉に満たされてしまった。目をこれ以上ないほど見開いて、きっと僕はこの身体を持って一番に驚いている。あのゲームでどれほどおかしな配役になったとしても、晒したことのない顔を晒していることだろう。
 あいも変わらず、とんでもないことを言ったそのひとはいつもの穏やかな顔をしていた。あまりに当たり前の顔をして言うから、僕がおかしいのかとさえ思えてくる。
「とんぼくん、」
それは泣きそうなくらいに震えていた。もうどうして震えているのかすら、よく分からない。
「どうして、」
どうして、なんて。そんな問いに意味があるのか。僕はそれすらもよく分からない。
 優しい目が僕を待っていた。僕の戸惑いを一つずつ飲み込んでいくために、彼は僕をずっと待っていた。



虹色えそらごと。
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あまやかさないで、おねがいだから。 

 大きな手が僕を撫ぜていく。まるで子供にするみたいに、やさしく、やさしく。他の子にもこんなことをしているのだろうか、そんなことを思ってしまう。
 このひとは、狡い。
 僕をこうして子供のように扱うこともあるのに、大人にするとしか思えないことをしてくることもある。そのどちらもが意味は違えど甘やかで、僕はそれにどんどん慣れていく。此処は、戦場なのに。彼が、いつ居なくなるかも分からないのに。
 ああ、ほんとうに。
「とんぼくん」
呼ぶ。
 君は、狡いひと。



白黒アイロニ
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お弁当は持ちましたか 

 貴方は子供のようなひとですね、と言われて自覚はあるよ、と返した。
「いえ、多分貴方の思っているのとは、少し、違うと思いますが」
宗三左文字の言葉ににっかり青江は首を傾げた。
「興味あるな。聞いても?」
「貴方は、褒められるのが好きでしょう」
「うん」
「だから、何人も褒めてくれるひとを常備しているでしょう」
「………うん?」
 常備、繰り返す。常備です、更に繰り返される。
「蜻蛉切も、そうでしょう」
そう言われて、頭が白くなる心地がした。
「え、いや…とんぼくんは…確かに褒めてくれる、けど」
常備。彼は、そんなことをさせてくれるようなひとだろうか。
「おや」
 宗三左文字は驚いたように目を見開く。
「本当に無自覚だったのですか」
「え、そんなに僕、とんぼくんを常備しているように見えるの?」
「いえ、そちらではありませんよ」
「ええ、なに、きになる言い方しないでよ」
ふふ、と宗三左文字は笑った。
「分からないのであれば、分からないままでも良いのですよ」
「なにそれ…」
「まぁ分からないことが良いこととは、思いはしませんが」
「どっちなの…」
ふく、と頬を膨らませてみれば、そのたおやかな指で突かれた。
「まぁ、貴方次第です」
僕は眺めていることにします、と笑われて、それ以上は望めないと理解する。
 しかし、常備とは。なんとも物騒な言い方だ、と思う。それに、どちらかと言えば―――浮かんだ考えを、にっかり青江は急いで打ち払う。
 にっかり青江の方が常備されているようだ、なんて。そんな恐ろしいことはあってはならないのだ。



ほめられてがんばるタイプだからつい恋人未満を常備している (佐藤真由美「恋する言ノ葉」)

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横にある君の寝顔に心底安心するのです 

 すうすうと、立っている寝息を確認してしまう。静かに眠る隣のひとを、にっかり青江は夜中に目を覚ましては確認する。
 別に、いなくなると思っている訳ではないけれど。夜中に、突然死んでしまうと思っている訳では、ないけれど。
「とんぼくん」
呼んでも返事はない。
 そのことに、どうしてかひどく、安心を覚えるのだ。



(貴方が未だに恐ろしい私を貴方は許してくれますか)

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頬をなぞる手のひら 

 やさしいのだ、と思う。いつも思う。にっかり青江にする動作すべて、彼のものは必要以上にやさしくて、どうにも疑わざるを得ない。まだその奥に、何か潜めさせているのではないか、なんて。
「疑心暗鬼にもほどがあるかなあ」
 答えはどうせ、聞いても教えてもらえないのなら。



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夜を裂く指(Magical Mint Night) 

 今日もあのゲームをするために、刀剣男士たちは広い部屋で円状に並べた座布団に座っている。くじ引きで役割を決めて、まとめ役の蜻蛉切の声で始める。
 ふう、と息をついて自分の役割を確認する。狼。村人を一人ずつ噛んでいって、そこそこに信用させて、最終的に村人と同じ数になったら勝ち。ルールを心の中でだけ復唱する。
 相棒であるもう一匹の狼と話していると、すぐに夜明けはやって来た。互いのやることをもう一度確認して、村人のように挨拶する準備をする。
 その、時間の中で。
 ふっと浮かんできたその横顔の理由など、誰にきくことも出来ないのだ。たとえそれが彼をはやくに噛んだ方が良いという本能からの警告でも、それをしていたらゲームにならないのだから。
 にっかり青江は息を吐く。
 今宵こそ。



(彼に美しい死を与えられんことを)

エフェメラ
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欠けたピース 

 触れ合って、繋がって、それで人の身というのは満たされるものだと思っていたけれども。にっかり青江は胸に手をあててみる。なんだか妙に、この辺りがすうすうと隙間風の吹くような心地がするのだ。ずっと。今、にっかり青江はにんげんで言う、幸せ≠フ状態だろうに、これ以上何を求めるというのか。
「僕って思いの外、強欲だったのかな?」
 それに答えてくれるのは自分しかいないと思いつつ、この答えはきっとずっと出ないのだと、その方がいいのだと、そんなことすら思うのだ。



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20150716