屍の山の玉座の王様 

 狼陣営で勝てることが多くなったね、と褒められた。それに確か僕はありがとう、と返したのだと思う。褒められることは嬉しい。それが今まで苦手としていたような分野なのならば尚更。自分の出来ることが増えるというのは案外楽しい。人の身というのもそう悪くないな、と思える瞬間のうちの一つだ。
 褒められた話はもう少し続く。まあ少し自慢したい気持ちもあるけれど、話の本題はそこにはないのでもう少しだけ聞いてほしい。
 王様のようだ、と更に言葉は続いた。僕は王様? と問い返す。そう、王様、と繰り返されて、もうほとんど負けなしだろうと言われた。確かに狼陣営で負けることは、最近の結果を見ると少ないけれど。
「まるで夜の支配者だ」
その言葉には、曖昧に笑ってから格好いいねえ、とだけ返しておいた。

 一人で廊下を歩いている。夜の支配者、夜の支配者。格好いいと言ったのは嘘ではなかった。字面ではそれなりに格好いいとは思うし、最近の結果を見ればそれを言いたくなるのも分からなくもない。
 ない、が。
「にっかり殿」
背後から声がかかる。聞き慣れた声。気配は感じられなかった。いつものことだけれど、こわいひとだなあ、と思いながら振り返る。
「とんぼくん」
やわらかな笑みを浮かべた、大きなひと。
 本当の支配者は。
「今夜はお暇ですかな?」
「うん、暇だよー」
「では少しお時間を戴いても?」
「大丈夫だよ」
今日もまたあのゲームをするのか、それともまた別の用件なのか。どちらでも良いな、と思った、思わされてしまった。
 他愛のない話をしながら今度は並んで廊下を進んでいく。夕食を済ませて、お風呂を済ませて。そのあとは、一体何の時間なのだろう。



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(さて、何処にいるんだろうねえ)

***

執着

 陽の当たる部屋に、きゅっきゅという音が響いている。主が持ち込んだホワイトボードというものに、蜻蛉切が文字を書き込んでいる音だ。
 最近刀剣男士の間で流行っているゲームの、その蜻蛉切なりの戦略や考え方の提案を書き込んでいる音。それをにっかり青江はぼんやりと眺めている。蜻蛉切の考えは参考になる。いつも、殆ど何も考えていない状態でゲームに参加しているにっかり青江からしてみれば、なるほど、以外の言葉が出てこないくらいだ。勿論、それだけが正解だとは思っていないが、何も出来ない状態である今から脱却するには、まず基本の考え方が出来るようにならなければならない。
 書くことがたくさんあるのか、蜻蛉切は振り返らない。一心にホワイトボードに向かい時折文章を考えるように止まる背中に、にっかり青江も声を掛けない。
 今日ここににっかり青江が呼ばれたのは内番や出撃がなかったのもあるが、とりあえず一対一で戦略やら何やらを教えてやると、そう言われたからである。つまり特別授業だ。右も左も分からない状態ではゲームを楽しみきれるとは思わないし、とても、とてもありがたい。
 けれど。
 もし、にっかり青江が一人でも考えられるようになったら。
「この時間もなくなってしまうのかなあ」
小さく呟いた声はしっかりとは蜻蛉切に届いてはいないようだった。
「何か言いましたかな?」
 振り返る彼に、にっかり青江は笑う。
「ん? 陽射しがあったかいなって、そう言っただけだよ」



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(まだひみつにしておいて)

***

一つずつ順番に教えてあげる 

 これは所謂恋なのか。
 自問自答することがある。
 それは本当に恋なのか。
 お節介にも問われることがある。
 そして、今、
「にっかり殿の自分への感情は、本当に恋情であろうか」
まさか当の本人にまで問われるとは思わなかった。
「ええー…」
思わず声が漏れ出る。最近まいったな、と思うとすぐにこんな声が出てしまう。脳回路が停止しそうな、声。考えるのがやになるな、とそう思う。
「きみが、それを聞くの」
「自分だからこそ、聞くのではありませんか?」
 彼の言葉には力がある。話し方、と言ったほうが正しいだろうか。彼に言われるとなんでも、ああ、そういうものかな、と思ってしまう。だからこわいなぁ、というきもちが未だ消えることがないのだけれど。
「うーん…」
「答えにくいのであれば、答えていただかなくても構いません」
「いや、そういう訳じゃあないんだけれど…」
さて、何処から話したものか。もう一度うーん、と唸ってから、よし、と覚悟を決める。
「長い話になると思うけれど、良い?」
 どうぞ、と彼は笑っていた。いつもの穏やかな笑みに、これも彼の計画通りなのかなあ、とそんな不穏なことを思いながら、言葉を探した。



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(まぁ、言わされたのだとしても嘘ではないのだし、いっかぁ)

***

こころ 

 その後ろ姿が目に止まったのは多分、偶然とかそういうものだ。最近やたらと目に入る気がする、その大きな背中になんとなく呼びかけたいような気がして、けれども話す内容なんてなくて。本当はきっと、探せばいろいろあったのだろうけれども、どれもにっかり青江が蜻蛉切に対して振るには不自然だと思ってしまった。
 さてどうしようか、とその背中をぼんやり見つめながら思う。時折索敵が得意なにっかり青江の警戒網をかいくぐってすぐ後ろにいたりする彼を、最近主から教えられ刀剣男士たちの間で行われているゲームで指揮を取る彼を、恐ろしく思うことはあるけれど。にっかり青江が何か一つ出来るようになれば手放しで褒めてくれるし、最近では新しく開けた戦場への引率を任されるにっかり青江を、よく労ってくれている。
 いいひと、なのだよなあ。物腰はやわらかで、真面目で、ひとをまとめることにも長けていて、強くて、頭も良い。正直文句なしで、それが災いして嫌うというのならまだしも、恐怖を抱く、というのは。何故なのだろう、と首を傾げる。ゲーム内での彼の戦術や立ち回りが恐ろしいと、そう思ったのが最初だったとは思う。けれども、彼自身にはそう恐れるべきところがある訳でもないはずなのに。本能ととでも言うべきか。そこが、半歩引いた距離を手放せないでいる。
 彼は振り返らない。振り返りでもしてくれれば、やあ、なんて手を小さく上げて、、そうすれば他愛のない話だってネジを巻いたように出てきそうなものだが。彼は切欠をくれない。ゲームの話でもすれば良いのかもしれないが、残念ながら既にもう前回のゲームについては話し尽くした気がする。とりあえずにっかり青江の頭では、それ以上の考えやあの時こうすれば良かった、というのは浮かんでこない。さて、どうしようか、と考えた時、ふとそのゲーム繋がりで思い出したことがあった。
「とんぼ先生」
 一瞬、動きが止まったのを見ておや、と思う。彼がそんな反応をするなんて予想外だ。
「誰に、聞いたのです」
振り返った彼は珍しく不機嫌に見えた。追い付く。
「聞いたっていうか、みんな言ってるじゃないか」
まあ強いていうのなら陸奥くんかな、というと、ああ、と納得したような返事。
「いやなの?」
「嫌と言いますか…自分には、分相応ではないと言いますか」
そんな謙虚な言葉にええ、と声を上げる。
「いいじゃないか、先生=B君にぴったりだろう」
 彼がいろいろと悩みながらも、ゲームの進行役や、指南役を務めていることを知っている。その努力の様は先生と呼ぶのに値するのだろう、だからみんな、彼を先生≠ニ呼ぶ。にっかり青江もそう思ったから、今誂いでなく口にした。
 のだが。
 彼がたじろぐ姿というのもなかなか、と思ってしまった。
「ねえ、せーんせ」
めいっぱいの甘い声を出す。いつも蜻蛉切の前に来ると余裕がなくなって、こんな巫山戯てみることも出来やしなかったけれど。今なら出来る。ねえ、と距離を詰める。彼は動かない。その様子に、そういえば距離をとっていたのは自分の方だったな、と思い出した。
「せんせえ」
おしえて、と言ったら彼は何を教えてくれるのだろう。いつものようにあのゲームの戦略だろうか、それともまだにっかり青江の知らない何か? 好奇心が湧いてくる。
「とんぼせんせえ」
「にっかり殿」
 あと一歩、あと一歩でその距離はないものとなる。そんなところで、止まりなさい、と声色だけで示された。
「…次、そう呼んだらもう返事しませんぞ」
彼は、狡いと思う。
 どうしてか彼は、にっかり青江の名前を呼ぶだけで、何をさせたいのか、何を伝えたいのか、簡潔に示してくる。
「君でもいやなことって、あるんだねえ」
「にっかり殿は自分を買いかぶりすぎだ」
「そんなことないと思うけれど?」
するり、と縮まった距離がまた開いていく。あれ、と思った。距離をとっているのは自分の方だとばかり思っていたけれど、どうやらそうではないらしい。おやおや、と思う。何か彼に距離を取られるようなことを―――嫌われるようなことを、しただろうか。ゲームでのにっかり青江の頭の弱さ加減に、嫌気がさしたというのなら何も、言えないけれど。
「とんぼくん」
「なんですかな」
 揃える必要もない書類を整理し始めた彼の表情を、覗き込むほど、にっかり青江は勇者ではない。
「うーうん、なんでもないや」
 いつか、この微妙な距離が崩れたとき。一体それは何の始まりを告げる崩壊なのだろう、となんとなくその日を待ち遠しく思った。



(好奇心は猫をも殺す? 僕は猫じゃないからねえ、良いでしょう?)

***

土曜日の午後 

 最近頑張っておられますな、といつものやわらかい笑みで言われる。
「自分からで良ければ何かご褒美でも」
ごほうび、と繰り返す。幅のある言葉だ、どのようにも取れる。いつもやっているように巫山戯て君自身をくれるのかい? なんて言ってみるのも良いのかもしれない。最近は、彼の前でも余裕をそう失わなくなった気がする。けれども。
「…うな重が、食べたい、です」
 どうしてか、彼の前では素直になっておいた方が良いような、そんな気がするのだ。



うな重を食べに行くとんぼ先生とにっかりちゃん
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***

きっとたぶん 

 にっかり青江の索敵能力は現在顕現可能な刀剣男士の中で随一を誇る。それは時の政府とやらが出した数値でしかなかったけれど、にっかり青江にはその自負があった。昼の戦いでも夜の戦いでも、この目は敵の動きをいつだって見つけてきたし、それによって作戦を練ることだって出来た。
 と、いうのに。
 どうしてだろうな、と思う。身体が小さい訳でもない、影が薄い訳でもない、特別に隠密能力が高い訳でもないのに、どうしてか彼はにっかり青江の警戒網をかいくぐってやって来る。
「にっかり殿」
「………とんぼくん」
振り返らない。
 どうして蜻蛉切は、いつもいつもにっかり青江の後ろから現れるのだろう。一瞬、一瞬だけ背筋の凍る瞬間がある。それを、悟られていなければ良いけれど。
 仲間、なのに。そんな言い方をすると、まるで、にんげんのようだ。
「どうかした?」
「いえ、今晩の予定をお伺いしたくて」
「夜? うーん、遠征が少し遅くなるから、それからでも良いなら。いつものゲームかな?」
「はい。今晩は大人数になりそうですので、配役も増やすつもりですから」
お好きでしょう、と言われる。隠すことでもないのでうん、と頷く。
「今日もまた頑張るよ」
「はい」
「君に勝てるといいな」
「それは狼になったら自分を噛みに来るという宣言ですかな?」
「さあ?」
 いつものように笑みを浮かべてから、それじゃあ遠征の支度があるから、と軽く手を上げた。別れる。
 どうして、彼のことだけ分からないのだろう。それは、一体何の感情に起因しているのだろう。自分のことなのに、全くわからない。
 分からない、けれど。
「急いで分かろうとすることも、ないか」
今気付いていないのならば、きっと今は、気付くとき≠ナはないのだ。



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***

ぜんぶきみの所為です 

 するり、と後ろから伸びてきた指が耳の辺りを、悪戯でもするように滑っていく。それに思わず背筋を伸ばしながら、僕は声が震えないように、ついでに咎めるようにその名を呼ぶ。
「と、んぼ、くんっ」
予想は出来ていたことだけれどもやっぱり僕の虚勢はうまく行かなくて、微妙に上ずった声に、後ろで彼が笑ったのが分かった。じわじわと背中を這い上がる動揺も、きっとバレているのだろう。
「にっかり殿」
 面白がるような声色で、捕まえられる。
「にっかり」
息を吹き込むようなやさしい声に、ずるずると引き出される記憶。
「頬が、真っ赤に染まっているように見えますが?」
具合でも悪いのですか、と揶揄ってくる彼に誰の所為だ、と言うことは出来なかった。



「顔真っ赤だけど」
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君の何かになりたいなんて随分と欲が出てきたものですね 

 時折蜻蛉切はにんげんのような顔をすることがある。
 たとえば、今。にっかり青江の彼ほどに厚みのない胸に掌をべったりとつけて、何やら考えている。こうして肌を重ねるようになって結構な時間が流れたけれども、彼の考えていることは未だに理解が出来ない。それがまるで恐怖のように、未だにっかり青江の中に根付いていることを、きっと彼は気付いているだろうけれど。
 彼のその大きな掌に、にっかり青江の生きている音が伝わっているのだろうか。そうだとしたら、仮初のこの音は、彼に何を与えるのだろうか。
 彼は。
 にっかり青江に何を望むのだろう。
「とんぼくん」
呼び掛けると彼ははっとしたようにその手を離した。別に離して欲しかった訳ではないけれど。
―――君は、何を求めているんだい。
 それはまだ、聞けないような気がした。
 聞いたところで、教えてもらえないような気がした。



あなたは萩原朔太郎作「薄暮の部屋」 より「ねえ やさしい恋びとよ 私のみじめな運命をさすつておくれ」でとんぼ先生とにっかりちゃんの妄想をしてください
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君と一緒に死ぬのも悪くない 

 ここ最近で一番喋ったと思う。今宵の僕の役割は狂人だった。僕は誰かも分からないご主人様を守るために、必死で踊る役割。占いとして名乗りを上げた時、同じように名乗りを上げたのはとんぼくんだった。そういえば、こうして隣に並ぶのは初めてだったと思う。
 今回の配役では占い師は一人。狼は二人で狂人は一人。彼は本物か、それとも僕のご主人様か。役職欠けだってありうるのだ、失敗は出来ない。いつもの笑みを貼り付けて、よろしくね、と言っておいた。
 不信感の拭えない村だったのか、連日の騙りで疑心暗鬼にでもなっているのか。結局占い師が吊られるという流れになってしまった。僕も一応は抵抗してみたけれどもまだまだ弁の立たない僕だ、結果はお分かりだろう。いつも弁が立つとんぼくんも、今回はあまりに情報が少ないのか、普段よりは静かなように思える。僕は座っているだけだった。此処で僕が吊られたとしても、もう一人を遺す、というような真似はしないだろう。村であるなら抵抗しろ、とは言われているが、真かもしれないものを吊れそうになっているのに、それを利用しない手はない。
「僕は君を道連れに出来るのなら、吊られたって構わないよ」
どうせ死んでも僕は白だ。霊能に暴かれることは、ないはず。
 結局、その晩吊られたのはとんぼくんで、僕はご主人様に噛まれてしまった。どうやら僕もなかなか本物に見えていたらしい。そして狩人もついていなかった、と。と思って霊界で確認してみたら初日に死んでいた。こういうことがあるから、このゲームはやめられないな、と笑う。
 にっかり殿、といつものように背後に立った彼を振り返る。
「僕、がんばっただろう?」
いっぱい彼に食わせてやれただろうか。僕の中でとんぼくんは未だ先生≠セった。彼が嫌がるから呼びはしないけれど。
 その先生に褒めてもらえるのは、この上なく嬉しい。
「ええ、そうですね」
にこり、と彼は笑って手を伸ばして来た。大きな手が僕の頭を撫でていく。
 えへへ、と幼子のような笑みが漏れた。やっぱり、とても嬉しかった。突っ伏す、その耳が赤くて。こんなに可愛い子が売れないなんてやっぱりあり得ない、とそう思うのだ。



にっかりちゃんは死ぬ前に言った。「お前を道連れにできたな」
にっかりちゃんの表情は、優しく微笑んだ表情だった。
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一直線に死まで共に 

 ほんのちょっとの可能性だけでよかったんだ、と思う。それに名前をつけるのに、そう難しい考えはいらなかった。ただほんのちょっと、絶対にありえないという否定をされないだけの、可能性があれば。
 それだけでこの幸福を肯定するには余りあるのだから。



可能性。すべての恋は恋の死へ一直線に落ちてゆくこと / 穂村弘

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20150716