不幸の靴を履く少女 この脚には硝子の靴がはかされている。それを知ったのは自分でも笑えてしまうくらいに遅くて、どうしようもなくて。でも気付いてしまえばどうして誰も気付かなかったのだろう、と思うくらいにこの脚はぼろぼろで、血塗れで。 ―――要らないのだから踵を、 思わず涙が零れるくらいに。 ―――切ってしまえば。 歪んだ場所だった、それが家族なんて名前がついていただけで。 「さたけ」 呟く。 「くるしいな」 「何、一回やめる?」 「やめないで」 「しゃむにゃんが良いなら良いけど、ほんとにだめならちゃんと、言うんだよ」 そのためのセーフワードなんだから、と言われてああ本当に、こいつはこんな趣味を持っているくせに甘すぎる。 「ばか」 ンなこと分かってる、と続けて手を伸ばした。 迎え入れられるこの場所の名前が、家族であればよかったのに、と思った。 * 喉元にカッター http://nodokiri.xria.biz/?guid=on *** 猫耳事変 発端がなんだったのか正直知らないのだけれども涼暮と榎木が佐竹に猫耳をつけようなんていう面白くて殆ど無茶なことを一生懸命に(涼暮に関してはおねがい≠ウれたのかもしれないけれど)やろうとしていたのを見かけたから。面白いことには積極的に参加する質だ。そこは仕方ない。 「あっほらしゃむにゃんがいる! あっちのが絶対似合う!」 「あ、根古の分はこっちだって」 「そりゃご丁寧にどーも」 特に強要するつもりもないらしい涼暮からそれを受け取って、榎木の手の中にあるもう一セットを見て、もう一度佐竹を見て。 それだけで理解したのだからやっぱり大したものだ。以心伝心。うえ、きもちわる。さいこう。 「いやマジアウトでしょアウトあうとやめよしゃむにゃん?」 「えっ佐竹やだ?」 ぽすり、とはめてやる。うん、よし。ゆるされる。ハロウィンだし、今日。 「外しちゃう?」 見上げてみてあれまたこいつ背が伸びたな、なんて。遺伝ってずるいな、血なんてだいきらいだけど。 「かわいいからさ、ほら、俺ともオソロだし」 あと、一息。 なんだかんだ言ってこいつは俺に、甘い、から。 * 20151108 *** only YOU 其処は王国だった、かわいいものを集めた王国。 クッション、洋服、お化粧道具、ふわふわ、ふわふわ、何処にでもあるような、かわいいもの。だからそれはそういうものたちに守られた王国だった、俺だけが王様だった。 俺だけが王様の、他は誰一人いない、王国だった。 *** 村人B 涙みたいだと思った。 そんなロマンチックなことを思っただなんて口が裂けても言えないけれど。 「あー…」 その涙を見られた主はそれだけを言って、それから榎木の反応をうかがうようにその唇を閉ざした。なに、なんなのこれ、と彼から目線を外せない 自分にうろたえながらも何か言ってくれないかな、言ってくれないだろうな、といろいろ考えて、かんがえて。 「その、プログラミング系の本って、どの辺にあるか、わかる?」 結局、当初の目的を達成させることにした。そもそも何も用がなければこんな 誰がいるかわからないような図書室になんて来ないし、文芸部が黒ミサやってるってもっぱらの噂だし、それなら好きに使えるプログラミング部の部室でゆったりのったり好きにやっている方がどれだけ人生に有用か。そもそも榎木は人間と触れ合いたくないのだ、それが、 どんなことであれ。だから二次元の美少女を信仰しているのだし―――ああ、話が逸れた。 「それなら、あっち」 「あっち」 「…案内しようか?」 「えっあっいいの」 思わず顔をあげると、その、そうだ図書室の主がいるって噂だった、多分この人だ、ネクタイの色同じだし―――は唇をつり上げて。 あ、くわれる。物理的にむしゃむしゃされる。榎木は瞬間的に生命の危険を感じた。 その後何事もなく案内されて、やたらめったら魔王のようなその顔が彼なりの笑みなのだと知るのはもう少しあとのこと。 * 20151109 *** 残像 熱が出た。 この歳になってまさかこんな高熱を出すことになろうとは、と涼暮は医務室に一応の連絡を入れて、学校の方に休みの申請を出しておくからとその言葉に甘えた。持ってきてもらった薬と病人食を摂取したらすぐに眠たくなって、 この分ならすぐに治るだろう、とそのまま目を閉じた。 そして、次に目を開けたのはもう放課後だったらしい。 と、分かったのは部屋に別の気配があったからだった。誰だろう、瞼を押し上げないままに思う。まだだるい、薬の効果が続いているのか、 熱がまた上がってきたのかわからなかったけれど。 「―――」 呼ぼうとした名前に、思わず飛び起きた。 「うわっ? どしたの」 驚いたように目を見開いたのは根古だった。足元の方には佐竹が丸まっている。病人の布団で寝るって何事なんだ、本当。 「ね、ふる…」 「俺だよ、残念でした?」 「いや別にいいけど、佐竹なんで寝てんの」 「なんか珍しく涼暮くんがあったかい〜とか言って寝始めた」 なんだそれ。熱いのは熱があるからな気がしたけれども、もうこいつらにツッコむのも面倒だ。 「もう、夕飯?」 「ん、まだあるけど」 「ならもっかい寝る」 今度は背を向けて、それから大きく息を吸う。 違う。 だって、ここに、いるはずがない。 「涼暮くんって俺がいても眠れるんだね」 無視しようと思ったのに、手が伸びてきて。 「いい夢見れるといいね」 そんなふうに撫でるから。 喉の奥で声を噛み殺すのに必死だった。 *** いち、に、さんで僕をけして 大学へ入って一番多くなったのは振り返ることだった。 視界の端に、あの男が遮るような気がして。でもそんなところに彼がいる訳がないのでそれは見間違いなのだけれども。それでも何故か希望が捨てられないのか、涼暮は何度も何度も振り返る。 同じ、街。そう言って差し支えはなかっただろう。家から通える距離を選んだのはただの重圧だったけれども、進路について妥協したつもりもないし、此処ならアンタらの要望も叶えられるだろう、学生時代くらいは好きにさせろと押し切ったのは、一重にその称号が欲しいためだった。 もしかして。 偶然。 すれ違う、かも。なんて。 甘い考えだった、分かっていた。人生そんなうまく出来ていない。それに、と思う。離れたらこの気持ちは消えていくいものなのだと思っていた。ただの子供の意地で、きっと大人になってしまったら彼の言ったことも、この六年の期間も、すべて分かってしまうのだろうと。 ―――これは、思考停止だろうか。 あの時から、心が進まない。何度でも振り返る、視界の端に同じ色がちらつく度に、もしかして、と振り返る。どうして、どうして。 こんなのは重荷だ、と思った。 だから六年も置かれたのだ。卑屈な考えかもしれなかったけれども、涼暮自身、自分にそういった魅力があるとは思えなかった。二回りも年下で、何も分かっていなくて、つたない感情で縋るような、そんな。 ―――このまま消えたいな。 そんなことを思った。 ―――貴方への感情だけ遺していったら、これが本物になるだろうか。 こんな虚ろな胸の中でも。 雑踏に紛れる、また振り返る。呼ばれたい、なんて。 そんなこと、微塵も思っていなかった。お人形≠ノなるのなら、そんな感情ははやく捨てるべきだった。 * image song「空蝉」room12 * 20151110 *** いっそ此処まで来たら地獄の果てまで おねがいがあるんだ、と可愛い―――もう可愛いで良いや、と思った。この感情が人間らしくて安心する反面、それに吐き気しか覚えられない自分に絶望して、それを全部分かってるくせして人を嘔吐させては楽しんでいるぐちゃぐちゃの可愛い後輩に頭が可笑しくなりそうになる。 いやもう、可笑しくなっているのかもしれなかった。ずっと、ずっと、生まれた時から。其処に降り立った天使みたいな馬鹿が、余計に引っ掻き回した、それだけで。 「ねえ、おれが死んだら、おれのこと、誰にも渡せないくらいにぐちゃぐちゃにしてくれますか」 「…それ、オレ犯罪者じゃん」 「じゃあ失踪宣告出るまで待とう? あと七年だっけ」 「そういう問題じゃねーよ…」 それまで逃げ切れるよ、じゅんちゃんせんぱいとなら、何処へだって行ける。 ねえしってる? 可愛い後輩は甘い声で、吐き気がするような声で言う。死んだら、何をしたって良いんだよ、おれが赦すよ、ねえじゅんちゃんせんぱい、じゅんちゃんせんぱいだから、赦すんだよ。 「この下井梓が、じゅんちゃんせんぱいに全部、あげるって言ってるんだよ」 だから、受け取りなよ。 キスはまた胃液を呼び起こした。最近吐きっぱなしで胸の辺りがいつでもむかついている気がする。 「ああ、またじゅんちゃんせんぱい吐くんだ」 なんでお前は嬉しそうに言うんだ、と思いながらその身体を吐瀉物で穢していく。 ―――お前が。 「あず、さ、」 「うん」 「おまえが、すきだよ」 「無理しなくて良いのに」 「むりじゃ、ない」 「じゃあ我慢しなくても良いのに?」 その意味が分からないはずがないのに。ああ本当に、 「おまえは。ばか、だ」 「うん、そうだよ。じゅんちゃんせんぱいのために馬鹿になったの」 「ばか」 「うん」 「すきだ」 「うん」 「あいしてる」 「おれも愛してる」 「でも、抱かないから」 「ええー」 「お前のこと、何回でも吐いて、汚すけど、それでも、オレは、お前を、」 ―――×××したく、ないから。 甘い考えだった。 「うん、わかった。じゃあじゅんちゃんせんぱいのどろどろしたもので、全部、おれを汚してね?」 約束だよ、と可愛い後輩は笑う。 そんな平和が続かないことも、きっと彼はちゃんと、分かっているのだ。 * 20151111 *** にたものどうし 空が青かった。 狭い四畳半の部屋でかったい万年床で暮らしながら涼暮はベランダにもぞもぞと頭を出した。流石にここに体重をかけて反り返ったら落ちるだろう。築何年なのか知らないけれど、最低の生活をするのにちょうどよさそうな木造物件。それが今の城であって。 「死にたいの」 お隣もどうやら、空を見に出てきたようだった。 「死なないよ」 約束あるから、と言えば律儀だね、と返されて。おまえにだけは言われたくないと思った。 銀色に光るその邪魔そうなものを未だ外せていない、お前なんかには言われたくないと思った。 * ひとりって生きてゆくには軽すぎてベランダで見るさかさまの空 / きたぱろ * 20151112 *** where do you go 熱が出た。 身体が辛くて起きて一度体温を計ってみた涼暮はそのまま二度寝を決行することにした。こういう時、ベッドルームを別々にしておいてよかったなと思う。元々の理由は生活リズムが違いすぎるから、だったけれども、こういう時、本当に便利だ。 と、思ったのに。 「洋くん、タオル要る?」 「いる」 「暑かったら言ってね、布団増やしておいたよ。あと枕元にポカリがあるから、ちゃんと飲むこと」 「って、何でいるんですか…」 仕事は、と呟くと、君が見送りに来ないから様子だけでも見ようと思って、と笑みが返って来る。 「熱計った?」 「ん…えっとさんじゅうは…は…な…ええと、さんじゅうなな、くらい、」 また向けられた笑みに、ああ返答を失敗した、と思う。 「薬、飲んでないでしょう?」 「う…?」 「ゴミ箱とかみたけど、ないし、減ってなかったから。はい、持ってきたよ」 飲める? と水を渡されてなんとか飲み込む。ぼたぼたと水の落ちて行く音がしたような気がして、その後タオルを押し付けられたから、きっとその通りだったんだろう。 冷えたタオルが心地好い。 「うん、ちゃんと飲めたね」 手が、撫でてくる。 「熱が引くのを待って、それから汗かいてるみたいだし、着替えよっか」 取ってくるよ、と踵を返したその服の裾を、掴んだのは完全に無意識だった。 「洋くん?」 「どこいくの」 言葉が、おちる。 「洋くん、」 「どこいくの」 ―――洋くん僕、今日学会だから。あったかくして寝てるんだよ! ―――どうしても辛かったらタクシー呼べるね? 保険証とお金はいつものところだから、じゃあ。 「どこ、」 ―――うん、大丈夫。いってらっしゃい、親父。 「どこ、いくの…」 見上げているはずなのに安いフィルターを通したみたいで、ぐにゃり、その人の姿が歪んで。ああこの手を離さないと、この人だって今日、仕事なんだ。 今まで出来ていただろう。なのに、なんで、今。 「ねえ洋くん、それってさあ、どこいくの、じゃなくて、いかないで、じゃないかなあ」 指が瞼の下を拭っていって、それからそれが涙なのだと知る。 「分かったような口聞いてごめんね。君が僕の仕事のことをちゃんとわかってるからこそ、そういったんだよね」 「どこ、いくの?」 「何処も行かないよ」 掴んでいた手がやわやわと外されて、指が絡まされて。 ああ、いる、と思う。 ―――そこに、すぐそこに、明音さんがいる。 「君が僕のことを好きじゃなくなって、要らなくなって、顔も見るのも嫌だって、何処かへ行ってしまえって。君が、そう思わない限り、僕は、此処にいるよ」 「…ここ、アンタの、家」 「うん、そうだね」 すり、と親指が人差し指をなぞっていった。 「でもね、いかないで、くらい、言ったっていいんだよ」 「―――」 「僕はその願いを叶えられないけれど、君に仕事をさっさと終わらせて帰ってくるって、約束できるから」 唇に水分がないのが分かる。からから、からから、ポカリ、飲まない、と。 「だめ、かな」 「…どこいくの」 「仕事だよ」 「―――…いか、ないで」 「それはできないよ」 「うん」 分かっていた、茶番のようなものだった。それでもその言葉が一方的なものでないだけ、とても、嬉しくて。 「あとのことは中野さんに頼んでおいたから、ちゃんと眠るんだよ」 「うん」 「ぐっすり眠ったら、僕がもう、帰って来てるかもしれないから」 「うん」 「いってきます」 「いって、らっしゃい」 ありがとう、とそれが言葉になったかは分からなかった。分からなかったから、彼が帰って来たらもう一度言おうと、そう思った。 * 堀宮26・27ふんわりパロ *** 確立した「俺」と「俺」 わすれちゃおうよ。 何回囁いたか分からない。高校の時の記憶なんてさ、別に要らないだろ? それがなんの話のネタになるわけでもあるまいし、ましてや同好会と名はつけど、下井梓が何かやっていたという事実はないのだから。 わすれちゃおうよ。 それは正しかった、そうすることが下井梓というお人形に課された使命だった。なかなかに有意義な時間を過ごせました。ただそれだけで済む。尊敬する先生の名をあげて、学園祭のことを語って。それくらい、で。 わすれちゃおうよ。 その声が響く限り、下井は完全にそれを殺せていないのかもしれなかった。でも殺されかかっている彼がそれをずっと持っていてくれるのなら。 「頼んだよ、高校時代の下井梓」 *** 20190117 |