35/夜のしじま 

「じゅんちゃんせんぱいとまさか一緒に帰れる日が来るなんて! おれ嬉しい! やった!」
「うるさい。お前が起こせばこんなに遅くならなかったんだ」
「だってじゅんちゃんせんぱいが寝てるなんて珍しいんですもん! おれ初めてじゅんちゃんせんぱいが寝てるの見たんですもん!」
「そりゃあそうだろ…うち合宿も何もないし」
「珍しすぎたので思わず写メっちゃいました!」
「消せよ………っていうかお前携帯持ってないんじゃなかったか」
「あれえ? バレちゃいました?」

***

ぼくらのまち 

 何処へでも行けるよ、というのがいつか嘘になるだとか、その場しのぎの言葉だとか、下井梓はそんなこと一度も思ったことはなかった。それを聞いている先輩がどういうふうに受け取っているのかはなんとなく分かっていたけれども。
―――何処へでも行けるよ。
それは魔法の呪文ではなかった。口にすれば叶うとか、そういうものではなかった。だから下井は何度も何度もそれを口にして、その度に当たり前のことを確認していた。魔法使いはいない、救世主はいない、いるのは自分だけ。
「ねえ、じゅんちゃんせんぱい」
電車の音がする。周りには誰もいない。でも彼には触れない。
「もうすぐ、トンネルだよ」
 隣の彼はまるで眠っているみたいに何も返さなかった。



トンネルを抜けてもそこは雪国じゃないのは分かるけど目を閉じる / 湖の底

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愛が僕を殺しますので 

 最初が何だったのかもう、思い出せない。ということになっている。あれこれ理由を付けても今が楽になることはないし、きっと何かが変わる訳でもない。それなら忘れたことにしていた方がきっと希望なんてものを持ちつつ、人間らしい話が出来る。多分。気持ちがいいことは良いことだ。それだけがわかっていれば、きっと何にでもなるし、目を閉じた時に全部嘘だったなんて思わなくて済むから。



――目を閉じている時に見える色が美しくなければ 抱かれてはいられない――
林あまり

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誰も知らないようなどこかへ 

 此処は天国だね、というとじゅんちゃんせんぱいは地獄だよ、と言う。
「お前が此処にいるから」
「そうなの?」
「だって、」
「あのね、じゅんちゃんせんぱい」
おれはじゅんちゃんせんぱいの目を覗き込む。
 手は、取らない。
「天国より、地獄の方がロマンがあると思わない?」
思わない、とは。
 返ってこなかった。



ぽつりと吐いて、 @__oDaibot__

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会敵(もしくは運命にすらなれない邂逅) 

 出なかった授業があった。勿論サボりで。テスト前になってそれに気付くのだから普段の予習復習なんてお察しだ。という訳でノートを借りられる人物のところに来たのだけれど。
「あ! あの時の!!」
「梓煩い」
先客がいた。あの時ってどの時だろう。やっぱり情報社会怖いなあ、と思ってノートの隙間から窺う。
「あ」
 ―――こいつ、下井。下井梓。
蘇る、あの目にも頭にも悪そうな空間で最後に発せられた言葉。
「えっと、下井、くん」
「何ですか」
今にも噛み付いてきそうだな、と思いながら、でも涼暮くんに聞きたいことがあったのでそろそろと隣の席へと座る。
「ノート?」
「うん」
「数学? 物理?」
「物理」
無視して良いんだろうか、いやでも涼暮くんの知り合いみたいだし、ぼくなんか本当に一瞬すれ違っただけなんだからそうそう関係なんかないってことで良いんだろうなあ、と思いながらノートを開く。涼暮くんの字は大体読めないけれども、ノートだけは寝ぼけていなければちゃんと読める字になっているからよく分からないなあ、と思う。前に聞いたら記述式テストで困るから覚えた、って言ってたけれどもよく分からない。
「ふうん、二年生になったらそういうことするの」
「するよ」
「ねえ、ここ、何?」
「教科書のここのこと」
「ああ…」
仲が悪いのかと思っていたけれどもそうでもないみたいだな、と思いながら無視を許されたみたいに座る。でもやっぱり時々思い出したようにこっちを睨みつけてくるので、本当によく分からなかったけれどもやっぱり何も行って来ないからきっと無視して良かったんだろう。

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あなたを忘れる事で天にまで届く 

 あまり幸福とも不幸とも言い難い人生だったのだろうな、と思った。けれどもきっとそれが当たり前で、どうにだってなって、絶対的にどっちかに偏っている人間なんてあんまりいないのだと思って。
「明音さん」
なあに、とやわらかい声が返ってくる。
「お墓参り、行きたい」
 いつかの自分に、もう大丈夫だよ、と言ってやるために。
 幸福の方に入っているパートナーはうん、と頷いて、いつにしようか、と言った。だから命日を伝えて、カレンダーのその日には傍線を引いた。



image song「螺旋」鬼束ちひろ

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チューブの先に貴方はいない 

 私が強かったら、と思うことはある。時折ふいに思考が蘇って、今此処でこんなふうになっているのはいけないと、焦燥に駆られる。でも結局すべてを思い出すことが出来なくて、会いたい存在が二つほどあったような、それだけが大切だったような、そんな心地だけ。
「貴方はだあれ?」
色彩の重ならない二人。
 一体私は、誰を愛していたのだろう。



一篇の詩の 内と外とにしめ出されて  私は だまって海を見ている
寺山修司

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36/体温 

「ねえじゅんちゃんせんぱーい」
「寒いならストーブつけて」
「ストーブ! この時代に!? 暖房は!?」
「ない」
「ていうか寒いって分かってるなら抱き締めてくださいよ!」
「………」
「あれ、嫌だって言わないんですか」
「お前に関しては無視が一番だと学んだ」
「無視出来てませんよ」

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37/はじめて 

「ねえじゅんちゃんせんぱい、これ全部無視してくれて良いんですけど」
「………」
「あのね、おれね、本当にじゅんちゃんせんぱいのことが好きなんだよ」
「………」
「こんなきもちになるのも初めてでね、天秤にかけそうになるのも、初めてで…だからね、じゅんちゃんせんぱいはおれの、はじめての人なんだ」
「きもい」
「無視してって言ったじゃん!!」

***

38/幸福の刹那 

「結局この同好会? って何してるんですか?」
「俺の好きなことじゃないのか。同好会だし」
「うん、そっか」
「何?」
「え、何って終わりだけど」
「いつも煩いくらい喋るくせに黙られると気持ち悪い」
「ひどい!」

***

20190117