それだけでよかった 

 いつものようにどうしてか彼らは人の寮の部屋に押しかけて来て麻雀をやってから勝手に布団を敷いてはやくおいでよ、なんて勉強中の人を巻き込んで来る。それに既に対応している涼暮も涼暮だ、と正直思うには思う。
 一番にあたたかい(熱い)佐竹が寝入ってしまった後の、暗闇。
「佐竹はどっか行っちゃうんだと思ってた」
どうしてベッドは空いているのにこっちに巻き込まれているのだろうな、と思って零れた言葉がそれだっただけ。
「でもアイツ、根古のことはそうじゃない、みたい、だから」
「………ふうん」
返って来るのは興味なさげな声で、何処か眠りの気配を帯びていて、ああそれで充分だ、なんて思う。
 その腕の中は涼暮の場所じゃない。居心地が悪い訳でもないのに、いつだって罪悪感のような何かが付き纏うから。誰だって本当は、其処にいるのは一人でいいんだ。そんな、貞操観念。そうであって欲しいという、子供みたいな幻想。
「俺の言葉って重い?」
「おもかーねーけど、お節介」
「そう」
「直す気ねえだろ」
「その分根古は仕返しとか、してくるじゃん。お互い様」
いつものように笑う気配はしなかった。それでも唇を吊り上げたような、そんな気はして。
「次から手加減なしでやってやろうか」
「今まで手加減してたつもりだったの」
 多分二人、笑いながら眠りについた。



(今は嘘みたいな約束でも)

***

せかいのやくそく 

 あの、そういうの言わない方が良いんじゃないかな、と思ってそのままそれが言葉として転がり出たのは彼の膝の上でのことでがっちりと腰をホールドされていて勿論逃げ場なんて何処にもなくてどうしてか部活は一応ある日だと言うのにこの部屋にふたりきりで、いやそれはもう珍しくもなんともない出来事だったけれども。
「なんでですか」
疑問符が付いていなくてああまずったしくった今逃げられないのにどうしてこの口はゆるいのだろう本当もうセメダインとかつけた方が良いんじゃないのかと思ったところでぐるぐる、目線を彷徨わせてやっと、ひりついた喉から次の言葉を押し出す。さっきは転がっていったくせに、戻ってこないくせにやっていられない。
「だって、そういうの、妻鹿さんに、………しつれい」
「なんで」
「だって妻鹿さんは、ほら、アレ、じゃん…ぼくとは、ちがうじゃん」
だから、だからと呂律を成さない舌を叱咤しても内容がよくなるはずはない。ないけれども何か言わないとこのままだろうし何事にもならないし、一度言ってしまった言葉は取り消せないし。
 ふう、と頭上で彼が息を吐いたのが分かった。
「嫌です」
煩くてきらきらしていて神様に愛されたみたいな顔面でとても美しくてほんとうにきれいでどうしよもなくって失いたくない笑みで、彼は言う。きっちりきっぱり一切の反論を寄せ付けないという完璧さで、彼は言う。
「何度でも言いますよ。おれ、榎木せんぱいが、すき、です」
「う、」
「せんぱいはおれのこと、嫌いですか?」
「きらいじゃない、けど、」
「じゃあすき?」
「………うん」
頷いてしまったらなんか負けたような気分になって、声にならない奇声をあげながらその胸に、しっかりとした多分胸板とか言うやつに顔を埋めたらせんぱいかわいい、と言われた。
 うるさい。



あなたはめがえのの「嫌だ。何度でも言う」という台詞を使った1コマ漫画を描きます。
https://shindanmaker.com/524501



20160424

***

貴方にキスさえ出来なかった(貴方の許可なしには) 

 結局何一つ許してもらえなかったと思うのはきっと自由の傲慢だった。臆病だった。何か一つでも行動を起こしていればこの後悔はなく、けれどもそれとは別の何かも失っていた、ただそれだけのことだ。
―――彼の心には魔物が住んでいた。
彼の心を死後も囚えてはなさない、とても美しい魔物が。
 そう思うことでしか自身を慰めることさえ出来なかった。代替品にもなれなかった自身を、慰めてやることさえ出来なかった。



身体さえ繋がることのない人の最初で最後 冷たい瞼 / ロボもうふ1ごう

***

ボイスレコーダー 

 ベッドに一緒に転がることも、その先をすることも別に今に始まった訳じゃないし、もっと言うのならば其処がベッドでも何でもなくて人が来そうな場所であることもあんまり気にしてなかった。こいつの発情の度合いはまあ分からんでもないし、一応付き合ってる訳だし、興奮してる様を見ているとそれは伝染するものだし。
 ということで空き教室にておっぱじめることについて根古は別段言いたいことも何もなかったのだけれども、流石に今、彼が手に持っているものについては息を整えてでも問い質さなくてはいけないと思った。
「…なにソレ」
「なにってボイスレコーダー」
「スマホもあるこのご時世に?」
「本格的な方が良いかなって思って」
「ソレで何する気だよ」
「しゃむにゃんの声録音しようと思って」
「うわ何それきもい」
「きもいとか言わないでよ佐竹くん傷付くー」
「棒読み乙」
繋がっている状態で、背面で、それでも手を伸ばせば届くそれにスイッチが入っていないことは見て分かる。分かるけれども。
「なんてーかさ、」
真剣な顔。そんな顔することないだろうに。
 たかが。
 ボイスレコーダー。
 一つで。
「ううん、なんでもないや。今晩のおかずに」
「これだけやってまだ足りねーの? お前」
「足りないねー」
だから、ねー、だめ? と首を傾げる動作に弱いのは多分、惚れた弱みという奴だ。
「………勝手にしろよ」
期間限定。そんなことはずっと分かっていたから、分かっていて知らないふりをしているのだから、そして何も言いやしないのだから。そんな馬鹿馬鹿しいものでお前が納得してくれるのなら。
「分かった。じゃ、スイッチ入れるね」
 ぽちっとな、とかるーく笑いながら押されたスイッチに、これで嘘にはならないな、とぼんやり思った。



後日聞き返したらほぼほぼ佐竹くんの睦言だった。



20160620

***

 



***

透明な雫 

 涼暮くんって、泣くの、と聞いたのに深い意味はなかった、じっとりとした目線に慌てて言葉を探す。
「ぼく、涼暮くんのそれが落ちちゃった時、最初、涙だと思ったんだ」
「だから何も言わなかったの」
「別に涙だと思わなくても何も言わなかったと思うよ」
だって、目から落ちうるものなんて、その時―――特に三次元の人間に対してはそれくらいしか考えつかなかったのだから、たらればの話は本当のところ必要ない。
「涼暮くんのそれ、ぼくは良いと思うよ。きれいだと思うし、そういうの、ぼくはあんまり興味ないけど。見てる分には、その、楽しいし」
「たのしい」
「うん、だって、涼暮くんも、楽しいからしてるんじゃないの?」
 言葉が、止まる。壊滅的とまではなくなった口角が、ゆっくりとつり上がる。
「―――そうだよ」
冷たい音。
「楽しいから、してるんだよ」
 友人に吐かせた嘘は、一体、どんな色をしているんだろう。



20160623

***

貴方にとってそれが甘えであるのなら、 

 その部屋を思い出す度に少しばかり乱雑ななで方をして来た手のことを思い出す。今こうして思い返してみるとその手は一個人のものではなく、きっと集合体だったのだろう、と思う。幼子の記憶なんて曖昧なものだ。その後で人生における転換があった、というのならば尚のこと。
 自分と似たような人種を自然と引き寄せる人間だったのだろう。そして、その似た者同士の変人ばかりの集団になったものを、まとめ上げるのが上手かった。だからこそ記憶の中の部屋のその顔はいつだって楽しそうなのだ。子供の時分にもそれを恨んだことはなかったし、大人になってからもそいう生き方もあるよな、と思うくらいだったけれど。
「洋くん」
 優しい声で呼ばれる。
「おいで」
頭をなでる手の、愛にあふれた様に目を閉じる。
「明音さん」
もっと、とねだるように頭を預ければ、うん、と静かな頷きだけが返って来た。



(ぼくは、すべて)
(ゆるせる)

***

光る爪、意味のないこと。 

 特別、忘れようとしたことはない。考えないようにしていたかと問われると、それも否定することになるだろう。
―――耳の形がキレイだから、そこには開けないでね。
そんな、残された言葉に逆らった気になってそれで満足した気になって。何も。
 なにも。
 意味はないのに。
「コータせんぱい。塗り終わりましたよー」
どうですか? きれいでしょう! と後輩は笑う。もう少ししたらトップコート塗りますね、と妻鹿がにこりと笑って、坐故の意識は戻ってくる。現実に戻ってくる。
「今回は赤にしてみました!」
「へええ」
ありがとお、と言って爪を見遣る。トップコートのまだ塗られていない爪はそうきらめいて見える訳ではなかったけれど。
―――赤は。
 眩しい。
―――恋の色だ。
坐故にその未来があるのかどうか、自分でもよく分からなくて、これっていつ乾くの? と首を傾げるだけに留めておいた。

***

ひつじ 

 この先に何もないことは知っている。未来なんて言葉は飾りだ。どれだけ勉強をしてもどれだけ知識を吸収してもその先にあるのは下井≠ナあって下井梓≠ナはない。下井梓であるものは一切残ることはなく、ただひたすらに消費されるだけのものと成り果てる。
―――それを、知っているから。
「だから、これで良いんだよ」
じゅんちゃんせんぱい、と愛しいその名は声にならなかった。



飼い殺される羊のような 穏やかな目で生きていく / 作者不詳

***

二人分しかなくて充分です 

 そういえばこのソファも長いこと保ったなあ、と思う。涼暮が此処に越してくるより前からあるのに、元が良いものであるからか、それとも橘の物持ちが良いからか。
 よく彼は此処でくつろいでいたな、と思い出す。それがあまりにも無防備であったために何度か熱心に見つめてしまったことも。あの頃は若かったなあ、と思えるようになったのはやっと彼の年齢に追い付いた気がしたからなのかもしれない。
 目を閉じれば彼の笑みが浮かんでくる。目を閉じなくても、いつだって思い出せる。それでも、夢を見たい、と思った。久々にソファに横たわる。
―――明音さんの香りがする。
 貴方と一緒なら、何処へだって行ける。



あなたは島崎藤村作「小詩二首」より「なつかしき君とてをたづさへ くらき冥府までもかけりゆかん」でたちすずの妄想をしてください
https://shindanmaker.com/507315

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20190117