ホコリ求めて三千里 カウチの上で体育座りをしながらそれを見つめる新たな同居人を橘は正直面白いな、と思いながら眺めていた。 「洋くん」 「何でしょう」 「息抜きに出て来たんだろう? お菓子でも食べたらどうかな。それともお腹、すいてない?」 「あっと…、それはいただきます。ありがとうございます。ちょうど小腹が空いていたところです」 「あとコーヒーじゃなくて今日は紅茶にしてみたよ。砂糖とミルクはいる?」 「いります。わざわざすみません」 貴方コーヒー派ですよね、とそうは言いながらも動く気配を見せない涼暮が甘党なことは彼が学生であった時分から知っていたことではあったが。 「…洋くん」 「はい」 今の彼の行動はとても、とてもおもしろくはあったが、一向に視線が合わないとなると、そして彼の心の大部分を占めているのが今橘ではないとなると、少しずつ寂しさとでも言えば良いのか、自分の方を見て欲しいと、そんな欲が湧いてくる、もの、で。 「洋くん」 これで彼がこちらを向いてくれたら。それだけで良いのにな、と思うも、涼暮は先程と同じようにはい、と返事をするだけで体育座りを崩そうとはしないし、視線は橘の方を向かない。 「食べないのかい?」 「食べます」 進みそうになかった。 はぁ、とため息を吐いて橘は立ち上がると、それのスイッチを切る。 「あっ」 「あのね、洋くん」 「えっと、それが掃除機だってことは分かっていますし大体の構造は知っていますし、でもあっちこっち行くし、その、今までダスキンだったし、そういうの、いえ、分解したいとかは思ってないですけど、えっと、あんまり電気屋さんとか行かないし、その、」 つまり珍しいのだな、とは思ったけれど。 「まずは脚を降ろしてゆっくり休憩をしよう。僕とおしゃべりでもしてくれると嬉しいな。何、他愛のないことで良いんだ。君のその好奇心は素晴らしいものだとは思うけれど、恋人としては目の前にいるのに放っておかれるというのは、寂しいものだからね」 すらすらと言葉にしてみれば暫くぽかん、としていた顔が徐々に赤く染まって、それから蚊の鳴くような声で、はい、と返された。 * 20151220 *** マジでハゲそうなので流石に止めた 「それなりに本気だったんですよ」 いつもいつも煩い後輩がやけに静かな声を出すものだから驚いてそちらをみたら、なんなんですか突然、と笑われた。どうせ俺は挙動不審だよ、土下座くらいしかできることはねーよ。そしてその土下座も意味がないまま終わった訳だけれども。まぁそれは最初からわかっていたことなので別段それでショックを受けるだとかそういうことは一切ないので、本当に俺にはプライドがないのだなぁ、とのほほん、他人事のように考えて。 「本気で妻鹿が欲しかったんです」 「分かってるよ」 だから土下座までしてやったのだ。例え後輩の我が侭だと言え、したくもない土下座をするほど俺の頭は安くない。実にもならないことを分かっていて、それでもひとときのためにやってやるなんて、結構俺はこの後輩を可愛がっているらしい。 「まるで、失恋したみたいです」 「そーか」 「せんぱいつめたい」 「慰めて欲しいのかよ」 「まぁ、それなりに」 可愛い後輩が望むのなら、まぁ、それくらい―――とその頭を撫でてやろうと手を伸ばしたところで、 「うわっ」 別の手に、それは先を越された。 「傷心な後輩クンは俺が慰めてやろう?」 「うわちょっとやめてくださいハゲる」 「ハゲるほどに先輩の愛を受け取れて嬉しいだろ?」 「ぜんっぜん!」 ぶらん、と行き場を失った手を見やって、元に戻して、ため息からの一応、多分聞かれないだろう注意を。 「ハゲる前にやめてやれよ、次期部長」 「だから次期部長はお前だって。俺は暗躍がしたいの!」 「物騒だからやっぱりお前が部長やれよ…」 結局バスケ部のメンバーは変わらず、今日も今日とて平和である。 * 20151221 *** 例えば君が君じゃなかったとして、 佐竹が部屋に来て勝手に眠っていくのにももう慣れた、と涼暮は勉強を続ける。佐竹は布団を敷いてのガチの睡眠となると一人で寝られないみたいな行動を取るけれど、そして大抵根古が綺麗にそこに収まって、時々何故か餌として差し出されているような気がするけれど。この間の手伝って≠烽轤チた日からそう浅くないのに、本当に、平気な顔して来るものだから。 ―――だって俺、しゃむにゃん一筋だもん。 そりゃあ分かっているけれど、そういうことを聞いているんじゃない、とその時は上手く言えなくて、結局疲れたでしょう、このまま一眠りしよう? とあやすような掌に乗せられて。そのままうつらうつらとしてしまって、お昼だし行こっか、なんて。その後佐竹とは別れた訳だけれども(だって佐竹には根古がいる)その後榎木に蒸し返されたことは記憶に新しい。榎木に罪は多分ないし、まあそういうことにやたらと興味があるのは知っていたから、そっちの追求だけで、佐竹がどうしてそれを知っていたか、なんて考えないんだろうから、そこだけは救われる、けど。 ―――一人でできないの? 馬鹿にしたような響きじゃなかったからこそ、なんだかやたらと気になって。 それは、佐竹が。 一番初めのともだち、だからで。 だから、 「あー…」 涼暮くん、トイレ貸りんね、と言った彼に、その背中に思わず声を掛けたのは多分、同じところにいたかったからとか、そんな単純な理由で、別に一人で出来ない…出来なかったことが悔しかったのではない、決してない。 「佐竹はさ、」 止まる脚。 「一人で、出来るの?」 とん、と時の止まる音がして。 「出来なかったら?」 手伝ってくれる? と唇の端が上がったのはさて、素か演技か。 「涼暮くん、へったくそ」 そんなんだから一人で出来ないんじゃないの、と言われてうるさい、と返すしか出来ない。 「も、違うってば、それだときもちよくない」 「じゃあどうしてほしいの」 「それは自分で探しなよ、涼暮くんから言ってきたんじゃん」 別に言った訳ではないけれど、まあそう取られても仕方ないので黙っていることにした。自分の行動が軽率であるのは最近になって自覚したことだったが、それはもう少しいろいろと整理が付かないと治りそうにないのも分かっている。 「自分の、きもちのいいとこ、したら」 「俺の?」 「ないとか言わないでしょ。こないだ、俺、やったげたもんね?」 一人で出来ない涼暮くんを、助けたげた、でしょ? と首を傾げていつもの笑み。ああこれ、根古と似てるんだな、どっちが似たとか鶏と卵だと思うから考えはしないけど。 「ね、涼暮くん、」 ―――思い出して? 耳元で囁かれても何も思わないけれど、なんとなく追い詰められた心地になる。思い出す、と言っても流されたようなもので正直あんまり覚えていないし、もっと言うならその前の夢の方が強烈でしんどかった、と涼暮は思う。難しい注文だ。だから、もう、いろいろ放棄することにした。 多分見ないようにしていた佐竹の顔をじっと見据えて、 ―――今、俺は、根古だ。 ―――そういうのは、出来る、だろう? 大嫌いな、あの家の。 「『佐竹』」 少し低くした声に、ぴくり、とその肩が反応した。 「え、ちょ、ま、」 「『自分で言えよ。それくらい出来んだろ』」 「ねえっ」 ―――気持ちいいかい、洋くん。 「『それとも何、このままが良いとか?』」 「ねえってば、」 「『は、いい趣味―――』」 べちん、と音がした。 佐竹の手が、涼暮の太腿に当てられている。頬でなかったのは、一応の理性が働いたからか。 「それは、やり、すぎ」 「………ごめん」 「ね、この場合普通、手、止めない?」 「だってもうちょっと、だろ」 「だけど、」 「そういうの、辛いんじゃなかったの」 多分、そんなことを言われた気がするのでこれはきっと仕返しだ。 「………涼暮くんてさ、」 「ん」 「負けず嫌いだよね…ッ、」 「…それで済まして良いの」 「あ、も、何で今手止めたの」 「止めて欲しいじゃなかったの」 「馬鹿なの!?」 「佐竹だってこの間やっただろ」 きもちよくなったらそれでいいんだよ、と言ったはずだった。何でもいいから早く終わって欲しかったはずなのに、瞼の裏にあの男をちらつかされただけで。 「だからお前もさ、俺じゃなくて根古でも思い浮かべてればいーだろ」 「…目の前にいるの涼暮くんだし」 「想像力貧困すぎんだろ」 「そういう涼暮くんは流石童貞だよね、すぐ理事長想像したでしょあの時ってっひゃっ」 腹が立ったのでそのまま強く握り込んでやったら、次やったら本気で殴るからね、と宣言された。あまりにその目が本気だったので、 「…分かったよ真面目にやるよ」 「真面目にやるものでもない気がするんだけど」 「ふざけてやれば良いのか」 「ふざけてる涼暮くんとかちょーレアなんじゃないの…?」 ここ? と小さく問えばうん、と返って来る。当初の目的は果たせそうだ。 ―――本当≠ノは、なれないか。 そういうものだと分かっていても、それがこんな時に突き付けられるのは本当に最悪で、でも目の前にいるのが佐竹で良かった、あの男じゃなくて良かった、なんて更に最悪なことを思った。 もしも、もしも。 互いに違う相手のことを考えているのならばそれはおあいこだ。あの男の愛した、例えばとてつもない美人が、あの男の横を歩くのに相応しい美しい人間が存在して、それになりきろうとしたところで涼暮はそれにはなれない。それを突き付けてくれたのが、あの家のそういう技術をもってしても無敵にはなれないことを突き付けてくれたのが佐竹で、本当に良かった、と思った。 「もう、ちょっと?」 「ん、ン、うん、そこ」 「きもちい?」 「だいじょぶ」 大丈夫ってなんだよ、と思いながらおんなじようで違うものを弄るこの風景は、あとで根古に殴られるかもなあ、なんてやっと現実的な思考を引き戻してくれた。 * えのさんのあみだ企画に乗っかった大事故その1 * 20151224 *** loosen the purse-strings いつものように一年ほど掛けて見つけたその定位置に這入り込んで、それからいつものようにお願いをする。 「理事長」 切羽詰まった声が出ているんだろうな、と空鳴は思う。これからこんな浅ましいことを言う生徒を彼はどう思うだろうか。 これは自棄だった。デッサンは上手く行っているはずだった、課題も、何もかも。このまま美術系の大学に進んで、それから好きなだけ絵を描いて。そうして生きていけばそのうちその絵を評価されることがあるのだと思ったら、急に吐き気がして、辛そうにしていた同級生のことが一気に蘇ってきたのだ。ああ彼もこんな気持ちだったのかな、胃が捩じ切れそうで、怖くて、何処にも行けない、みたい、な。そんな恐怖に当たってしまったら、頼れそうな人間なんて一人しか思い浮かばなくて。 「理事長を、ください」 するり、といつもはしない動作を加えた。これも、脚だ。そう思ったらああ、描きたい、なんて。そんなことを思う。この人のことを美しいと表現する人間はたくさんいる。ならば脚だって、生は見たことがなかったけれど、きっと。 「どうしたら良いですか、このまま、くわえ、たら、いいです、か」 遣り方くらいは知っていた。そして、人間の顔をようやっとのことで見られるようになって、この人の顔だって時々は見ることが出来るようになって、分かったこと。 「理事長、そう、なん、でしょう」 巧妙に隠された、その笑みの裏側を暴きたくなる。暴いて、黙っていてくれと彼が言えば、空鳴の目論見は成功だ。このまま安泰に何も考えずに絵だけ描いていられる。一生もののお財布が手に入る。そうしたら何も怖いものなんてない。何も、何も。 「…君は、」 少し驚いたような声だった。それに侮蔑の色はなかった。 何故、と思う。 「脚ばかり見ているものと思っていたのだけれど、人間観察も出来るようになっていたんだね」 あの子のおかげかな、と橘は笑う。 「君のそういう面は教師としてとても心配だったから、そういった成長が出来たのならそれは教師としてとても喜ばしいことだよ」 「教師として、って、言うん、ですね…」 遠回しな断りか、と顔を見上げてみる。この動作も前ほどに、そう辛くなくなった。このまま空鳴鵤という人間は少しずつ変わっていくのだろうか。 あの子に出逢って、どうにか描きたい、と。思ったように。 いつか、この素晴らしい脚というものに、何の感動も抱かなくなる日が。 「だって、君は本気じゃあ、ないだろう?」 ぽふり、と撫ぜられたのは頭。 「僕もこの椅子に座って、この娯楽を続けているから何度かそう言ったお誘いは受けているよ。本気ならばちゃんと本気の言葉を返すし、本気でないならばそんな安売りはするものじゃないと、ちゃんと教師らしく指導をする。それに、別にこれはただの趣味で、僕のこの性質に関わったものではないよ。相手が女子高生なら確かにやらなかったとは思うけれど、別に君たちを膝に乗せて性欲を満たしている訳ではないし、君たちにそういった感情を向けたことは一切ないと誓える」 「…そう、なんですか」 「そう思われていなかったのは心外だなあ」 僕は同性愛者以前に教育者として立っていたい気持ちが強いからね、とその頬に波風が立ったようには見えなくて、ああ、この作戦は失敗した、と思う。 「それにね、」 組まれた手。手にも興味が出て来そうだ、なんて思う。この人のではなく、あの子の、だけれども。 「僕にはもう、先約があるんだ」 「せん、やく」 「だからその時が来るまでは、他はお断りすることに決めているんだよ」 「………その人は、本気、だった、んです、か?」 「そうだね。彼なりの、本気、だったんだろうね」 とても不器用で、見ていられなかったけれど。 そう続けた橘に、ああきっとその約束が果たされるか、その他の結末を迎えるまでは何ものも迎え入れるつもりはないのだ、と空鳴は思った。 「君は、自暴自棄になるにはまだはやいと、僕は教育者として、そう思うのだけれど?」 だから、がんばりなさい。 激励、だったのだろう。コーヒーは飲むかい、と言われて首を振る。 今はただ、絵が描きたかった。自分の好きなものではなく、課題として出されているものを、もっともっと完成に、そんなものに完成などないのかもしれなかったけれど完成された完璧に、近付けたかった。 * image song「枳」天野月子 * あみだ企画に乗っかったその2 *** 嘘吐きになってくれ それが叶わないことなんか、誰よりもよく自分が分かっていた。 「アンタは、俺のわがまま聞いてくれんだろ」 そう言ってもう力の入らない手を握る、その手が震えていないことを祈るだけだ。 「だから、今から言う俺のわがままも、聞けよ」 なんでも、と彼は言った。多分そう言った。好きにとって良いから、そう言ったのは彼だった。約束を守っているだけだ、と自分に言い聞かせる。 「なあ、誰よりも、アンタは幸せにならないといけないんだよ」 いいか、誰よりもだ、と繰り返す。 「世界中の誰よりもだ、誰にも敗けないくらいに幸せになって、それを約束しろ。それまで、死ぬな。そしたらアンタは、俺より長生きしないといけなくなるだろ」 こんな、子供みたいな。 「だって俺、今、世界でいちばんしあわせ、だろ」 ―――その時、思ったんです。 自分が何を言ったかなんて自分が一番よく覚えている。 ―――アンタも、いつかこうしていなくなってしまう、って。それで、俺はそれを見届けられないんだ、って。それは、 自分が何を恐れたかなんて、自分が一番よく分かっている。 ―――………それは、ちょっと、悲しいなって。 ちょっとどころではなかった。胸が張り裂けそうで、それが叶わないことが悔しくて、だからどうにかして近くにいようと、そう思っていたのだから。 だから。 「アンタの傍に今いれる俺が、どれだけしあわせか、アンタなら、分かってくれるよな」 少しだけ、その指が動いたような気がした。 それがうん、と言っているようで、その手に頬を寄せて、それから変わらずに美しい顔を見て、笑った。 * 『たった1つお願い…』 明音さん へ 好きな人『誰よりも幸せになって下さい。約束を果すまで、しなないで下さい。きっとあなたは私より長生きしなきゃいけなくなるから。』 あなたはこのお願い、聞いてくれますか? https://shindanmaker.com/346570 * 20151225 *** 爪の先までアナタ色 康生くんはいっつもキレイだね、となんて言われたので突然何のことかと思えば。 「爪。自分でやってるの?」 「あっ、はい。姉の見よう見まねで始めたのがいつの間にか楽しくなっちゃって」 今に至ります、と言うとふうん、とその目がじっくり、と言ったように妻鹿の爪を観察する。こういう目をする時の坐故が何を考えているか、なんとなく妻鹿は察せるようになってきた。ピアスならどんな感じになるんだろうか、これをピアスに生かせるだろうか、そんなことを。 この人は貪欲だ。 何でも吸収して、自分の好きなものに生かそうとする。 ―――何が彼をそこまで駆り立てるのか、知らなかったけれど。 「あ、の」 だから、 「せんぱいの爪も、やりましょうか」 そんなことを言ったのも、別に可笑しなことではないのだ。 康生くんの手ってホントにキレイだね、と坐故は言う。褒められて悪い気はしないのでえへへと笑ってありがとうございます、と言う。 坐故のために選んだのは彼の身体を彩るものと同じ、銀色だった。たくさん入ったラメを均等に塗るなんてこと、もう慣れたものだったけれど、これは妻鹿の手ではなく大切なせんぱいの手であるのだから、いつもよりもいっとう、丁寧に。 「康生くんはァ」 ん? と思って顔を上げる。 「どうしてこの色を選んでくれたの?」 もう塗り終わった右手をかざしながら問うその人の表情は見えない。どうして、なんて。その色のイメージだったから、似合うと思ったから、好きなんだと、思ったから。 違ったのだろうか。 「…きらい、でしたか?」 今からでも他の色にしましょうか。残り日本となったところでも妻鹿はそう尋ねる。こういうのは好きな色の方が良いに決まっている。身体の一部、なのだから。 「んーん。嫌いじゃないよォ」 ただ、聞いてみたかっただけ。 下を向いてにやっと笑った坐故の考えていることは多分妻鹿が思うよりも少しばかり複雑で、やっぱりそれを問うのは妻鹿の役目ではないのだ。 *** 人類は進化しているのか、それとも実は退化しているのか? どうして人間は恋なんてものをするんでしょうね、なんて質問が出たのは、ただちょうどついていたテレビの所為だった。部屋から出て来たらその人には珍しくバラエティなんてものを見ていて、その中の人がしゃべっていたこと。 『人間は敵に回ったら一番怖いと思う人を好きになる』 俺は、と思う。 怖いのだろうか。 この人が。 何も言わないその人の膝の上に当たり前のように座って、そうしてその首が昔よりも細くなっていることを確認して。この人が怖い頃があっただろうか、と考える。確かに学生時代は家庭事情のこともあって、きっと何とかしようとまではいかずとも人に頼ることを覚えさせようとしていたのだろう、何度か攻撃めいた―――あの頃はそうとしか受け取れなかった遣り取りを、して。そうして考えると確かに先ほどの言葉は正しいように思える。 涼暮がその人を頼ることをしなかったのは、あの問題がどうにもならないことを知っていたからだ。外の人間を巻き込んではいけないものだと、自分たちだけの問題なのだと、自分たちだけの問題にしておかなければならないのだと、無意識のうちに知っていたから。 「俺は、アンタのこと、怖いと思ったことはないけど、」 「けど?」 「アンタのその、人に手を差し伸べようとするところは、ずっと、」 ―――ずっと。 何なのだろう、分からないな、と思った。怖い、とは違った。違ったけれどもまだ、涼暮の中にはその感情を形にする術はないような気がした。嫉妬とも違う、それはもっと、簡単なものな気がしていたから。 「…分かりません」 「そっか」 「そのうち、見つかったら言います」 「君が教えてくれると言うのなら、待っているよ」 未来がどんな形をしているのかは知らないし、きっとこの先この二人でのこることは殆ど絶対にないのだけれど。 「…本、また溜まってきたんで、寄贈って形で処分お願いします」 「いつもありがとうね」 「処分してるだけなので」 何かをのこすくらいは出来なくもないのではないかと、この人といると思うから。 * >人は『敵にまわったら一番怖い相手を好きになる』 ask * 20151227 *** ほっぺたの筋肉は急激に発達するとやばいらしい 何で図書室に向かったのかよく覚えていないし、つまるところそんな意味なんてなかったのかもしれない。前に涼暮が図書室でいかがわしいことになってる(勿論言い方に語弊があるだろうのは百も承知だ)(寧ろわざとだ)と聞いたので暇だったし、一人で出歯亀に行ったのかもしれない。でもきっと覚えていないってことは出歯亀は失敗したのだ。涼暮は別にいかがわしいことにはなっていなかった。 でもその代わり、と言ってはなんだけれど。 「君、涼暮くんの友達だよね?」 小さな手が差し出される。榎木も相当だけどこの人も相当ヤバいんじゃねーか、なんて思ってその顔を見て、ああそういえば見たことあるな、とネクタイの色を確認した。先輩。三年生。何処まで踏み込ませるべきか頭が瞬時に計算を弾き出す。涼暮の友達、として認識されてるなら涼暮経由の人間だろうし、それで先輩なら文芸部だろう。あいつに図書館常連とコミュニケーションがとれるだけの甲斐性があるとは思えない。 「お菓子! ちょうだい!」 思わずハロウィンは過ぎたぞ、と言いそうになった。普段榎木と接しているからだ。こういう顔に歪んでいてくれなんて思うのも、榎木と接しすぎたからだ。主に佐竹があれを構うから、なりゆき、だけれど。 「持ってないっすよ」 見回したのだと思う、お菓子なんてものをこの図書館で持ってそうな人間がいないか。そして目にはいらなかった。 「でも君から美味しそうな香りがする! お菓子持ってるでしょう」 「あー…飴なめてんですよ」 だからあげられないっす、という言葉は遮られた。 結論から言うと、キスをされていた。 「んー…」 ついでに舌まで入れられていた。何でだ。 けれども、あまりに不意打ちだったとは言え、受けてしまったものには答えるのが流儀な訳であるからして。 「ン、ぁ」 人の口の中で好き勝手動いていた舌を捕まえて、悪さをするなとばかりに甘く歯を立てる。それだけで一瞬にして主導権をひっくり返す。捕まえるように回ってきていた手が徐々に縋るようになっていくのがたまらないなあ、と思いながらもう良いだろう、と離してやる。おいたにはこれくらいで充分だろう。 しかしその思考に反して離れたちびっ子はにっこりと笑っていた。 「上手だね!」 ダメージゼロのようだ。 「そっすか」 「うん、うん、君、気に入ったよ! お菓子もくれたしね!」 言われて初めて口の中の飴玉が消えていることに気付いた。主導権は完全には奪えなかったってことになる。それはそれで悔しいような気はするけれど、別に俺は快楽主義者な訳ではないし率先して浮気する気もないし、名前も知らないような人間にかかずらう趣味もないので一歩下がって距離を取る。 「うまいですかそれ」 「うん! 美味しいよ!」 そういう問題なんだ、と思ったんだよなと一人で考えて、そのついでに笑っているそのちびっ子の後ろであちゃーとでも言いたげな涼暮の顔が目に入ったのを思い出して、やっぱり出歯亀しに行ったのだったと思い出した。っていうか涼暮、この短期間の間に表情筋つきすぎだろ、クレヨンしんちゃんになるぞ。 * あみだ *** 大丈夫大丈夫、僕らはそれを絶対無敵の呪文と勘違いしている。 「坐故くんてさ、えっと、得意なの」 流石に目的語が欲しいなァ、と思って何がァ? と尋ねてみると、その、とどもったあとにとてもとても小さな声で、でもとてもとてもいろいろ公共の場では言葉にするのが憚られるような声で、フェラ、と囁かれた。 「どォして、そう思うのォ?」 確かにひと目につくようにはしていないけれどそういうこと≠ヘしている訳で、それは榎木にも目撃されて、なんとなく察されているんだろうな、とは思っていたけれど。 まさかいろいろふっ飛ばしてそんなことを聞かれるなんて思ってもいなかったものだから。 「だって、その舌、」 「舌?」 「それって、そのために、してるって、」 思わず目を瞬(しばたた)かせた。 「………別にィ、そういう訳じゃないよォ?」 「えっそうなの」 「そうだよ」 「えっえっじゃあ何のためにしてるの」 「それはァ………」 ぱちり、瞬きの瞬間。 瞼の裏を過る影。 「ねェ、それは秘密、だけどォ」 語ってしまったらそれは思い出になってしまうから、 「最初の質問には答えてあげられるかなァ」 指出して、と言った。それから差し出された指を見て、榎木くんのなら三本かな、と付け足した。 「ここ、こことか、良いん、だ、よォ?」 三本でも少なかったな、と思ってまあそういうものだと思えばいいか、と動かさないでね、と言う。 「こう、するとォ、えっちなのたくさん出て来るから、味わうようにしてあげれば、自然と、ネ?」 すごい顔をしてるな、と思った。この間も思ったけれども、どうにもこのカップルは指に弱いらしい。その顔は坐故に見せるものじゃあないだろうに。坐故が誰かれ構わず見せているのと、同じように。 「おいしい、でしょう?」 「う、ん…」 「なら、大丈夫だよ」 素直だな、と思った。 ただの指であるそこからはそういう味はしなくて、ただ生きている人間の皮膚の味がけが延々としていた。 * あみだ * 20151229 *** このあと涼暮せんぱいの口止めに本を買わされた。 魔窟らしい図書室で(ちなみにそのことをぽろっと例のバスケ部の友人に漏らしたらそんなことも知らなかったの、という顔をされた)(文芸部のこともあってあまり良い場所ではないらしい)(それにしてはせんぱいは良く行くのだけれど)(困った話だ)あの例のせんぱいみたいな先輩となんだかんだあるらしいせんぱいに再度出会ってしまったのは別に妻鹿の危機管理意識が低かった訳ではなく、ただ単にあの魔窟にせんぱいを放り込むのは野獣の檻に山羊を放り込むようなものだと思ったからだ。羊じゃないのはなんとなくだ。羊もかわいいけれどせんぱいの方が可愛いし。話が逸れた。 兎にも角にもそのせんぱいの目は切羽詰まったものになっていて、アッこれまずいやつだ、と思った時には既に本棚に押し付けられていて。前のように床に押し倒されていないだけマシなのかもしれないけれど、それにこの人を退かすことなんてとっても簡単なんだろうけれど。力の差、ではなくて、刷り込まれた年功序列が妻鹿にストップをかける。いやでも前舌がどうとか言っていたし、そういうの、よくないと思うし、とぐるぐる思考する中でやっと、そのせんぱいはあのね、と口を開いた。 「君に、何かしら出来れば、僕がそっちってことで話が決まるしあれやこれやされなくて済むんだけど」 それはあれやこれやしないでくださいと頼めば良い話ではないのだろうか、いや、あのせんぱいが聞き入れるようには思えないけれども、その痴話喧嘩なのか何なのか分からないけれどもそういうのに後輩を巻き込むのはやめてほしい。 「どうしようね、君に、舌、いれれれれれれば、それで」 「れの数多くない?」 「篠祢くんちょっと黙ってて」 姿は見えないが例のせんぱいもすぐ傍にいるらしい。もしかしたら彼のすぐ後ろにいるのかも。 「それでね、ちょっとで良いの、君のことは知ってるし、ちょっと貸してくれるだけで良いから」 「せんぱい命令だよ!」 君そういうの弱いでしょう、と言われてうわあ、と思う。弱いというか条件反射で従いそうになるけれども、確かにそれは弱いというのかもしれないけれども、今の妻鹿にはせんぱいという、榎木せんぱいというとてもとっても大事なものがある訳で。 「えっと、その、」 「せんぱい命令だってば」 「でもですね、」 「バレなきゃ良いでしょう?」 だってあの子のこともバレてないんだもんね、と言われて一瞬よぎったのは坐故のことだった。 その一瞬で。 どうやら声を発さない方のせんぱいの決心は固まってしまったらしい。前は掠めるだけだったのに、今度はぎゅっと引き結んだ唇をやわやわと舌で解して、あっという間に口の中に這入って来る。なにこのひと上手い、この間触れるだけしか出来なかった人とは思えない、と思いながらなんとか追い出そうとすると逆にそれを絡め取られる始末で。 「…ッん、だ、め…ッ」 「ん、」 黙れと言わんばかりに舌を甘噛みされて歯の裏をなぞられて、舌をじゅっと吸われて何がなんだかもう分からない。 「っぷあ!」 そしてそれは唐突に終わりを告げ、出来た! 出来た!! と言うその人に、やっと姿を見せたせんぱいがあれは全部篠祢くんがやったことだけどね? と言って、やっぱりなんだ、痴話喧嘩じゃないか、とがっくり肩から力が抜けて、全部馬鹿馬鹿しくなった。 * あみだ * 20151230 *** 20190117 |