面影 瀬今 「そない怖い顔で睨まんといてなー」 肩を掴んで壁に押し付けているというのに、10センチも上から見下ろしているというのに、今吉という男の余裕は崩れないようだった。 「瀬戸クンは頭は良えのに、ツメが甘いんやなぁホント」 かーわいいわ、誰かさんソックリで。そう赤い舌をちらつかせる姿が重なって、力任せにその顔を殴りつけることすら出来やしないのだ。 * (睨む、肩、赤い) 診断メーカー *** (わすれてしまった) 花山 その指が触れそうになったところで、その日も花宮は手を下ろした。すると目の前の後ろ姿は霧散していきぷかり、意識が浮上する。 夢の中でさえ。 開けた瞳に映る手を眺めながら思う。同級生でありチームメイトである山崎がこうして夢に出るようになったのは、何も最近のことではない。ずっと、ずっと。触れられないでいるその項を見つめている。 優しく、なんて。そんなやり方。 * (触れる、指、優しく) 診断メーカー *** 白く抉る好奇心 山+古 ふと、山崎の視線が何かを拾って、そうして気まずそうに逸らされた。 「山崎?」 どうした、と問うても返って来るのは不明瞭な言葉ばかり。何かしたのだろうか、いや、何か見たのだろうか。その視線のあった先を辿って、古橋はあ、と呟いた。 手首に刻まれた歪な凹み。肌の色がそこだけ白くなっていて、深く抉れたことがあるのだと示していた。古橋にとってそれはそう意味のあるものではなかったので忘れていたが、なるほど、他人から見たら自傷痕に見えるのかもしれない。 「山崎、違うぞ」 「違うのか?」 否定すると山崎はやっとこちらを向いた。 「これはただの怪我だ」 小学生の時だったかな、と朧な記憶を辿る傍ら、山崎が意外そうに呟く。 「お前も怪我とかするんだな」 お前がコケてるのとか、見たことねぇのに。そう続けられた言葉に首を傾げた。 そうだっただろうか、見つめた傷跡は白く沈んでいるだけだった。ああでも、と靄の掛かる記憶をかき分けていくうちに思い出す。確かに、これはただの怪我ではなかった。 彫刻刀を初めて持った授業。木がどんどん削れていくのが面白くて、ニ、三時間目と続いた図工の時間、挟まれた二十分休みに休憩することもせず、ただ黙々と彫り続けた。木の板に自分の好きな絵を書いて、それを彫るだけの簡単なもの。小学生の頭では出来る工夫などたかが知れていて、勿論凝らせられる技工がある訳でもなくて、ただ溝を深くしていくだけの単調作業だった。それでも木の削れる感触というものが当時の古橋にとってはひどく心地好く、それを止めるとい選択肢はなかった。 不意にそれが訪れたのは、チャイムがもう少しでなろうという時だった。教室に残っていた女の子たちの集団が、連れ立ってトイレに行く、そうして静まり返った教室で、目に入ったのは自分の手首。 木とは違う、けれども似た色をしたそれを、彫ったらどうなるのだろう。それは純粋な好奇心だった、危うい探究心だった、何がどうなるなど考えもしないで、誘われるままに古橋は自分の手首に彫刻刀を突き立てていた。 結果は想像出来る通りである。止まらない血に些か恐怖めいたものを覚えながら、古橋は血相を変えた担任に不注意だったと嘘を吐いた。なんとなく、一瞬のうちに巻き起こったものについては言わない方が良いような気がした。 手当てされた手首は暫くの間ずきずきと痛んでいたが、かさぶたが消える頃には古橋もそんなことがあったことすら忘れてしまっていた。 「…怪我くらいするさ」 そう呟いた古橋を山崎が不思議そうに見遣る。 「オレだって、後先考えずに行動して怪我することくらいある」 自らの口角が緩んでいることくらい、鏡を見ずとも分かっていた。 * ask 「手首に小学生の頃彫刻刀で切った傷跡がある古橋の話」 *** 君は僕だけの神様じゃない 花原 この世界なんて誰がいようと誰がいまいと何も変わらないとそう思っていた。可哀想だな、林檎なんか食べてしまったばっかりに疑うことを覚えて、それからそういうのはよくないと規制して、それだからこんな馬鹿馬鹿しい笑みにころっと騙されていく。神なんていない、いたとしてもそんなものは助けてくれない、だからすがるのなんて意味がない。 と、思っていた、のに。 神というのは存在するのだ、とその瞬間を味わってしまったら知らなかった頃には戻れない。宗教なんて必要ないと思っていた、でもそれは知らないからなだけだった。この世にずっと宗教は存在していた。もしもなければ、ずっと前に世界は崩壊していただろう。 ねぇ、そうだよね? 「花宮」 「何だ」 「なんでもないーよ」 * ask 宗教が存在しない世界はどんなふうになると思いますか? *** とりかご 花諏佐 馬鹿のふりがしていたかった、天才というそれは仮面なんかではなかったけれどとても窮屈で、こどものふりがしたかった、サンタクロースが欲しかった。 永遠に騙しておいて欲しかった。 * 「なあ」「なんだ」「ひとつの墓に入りたい」「そりゃ無理だろう」「わかってる、けど」 / 小箱 *** Re: 花諏佐 マナーモードを解除した携帯が音を立てる。目をやると画面には見慣れた名前。 己の先輩の友人、というなんとも繋がりのなさそうな関係を繋いで、やっと毎日メールをし合うまでになった。開いたメールのタイトルに、少しだけ笑う。 何も手を加えられていないそれの名は、紛れもなく幸せなのだろう。 * image song「Re:」小田和正 *** はじまりの日の一歩手前 花火 がさがさとビニール袋を揺らしながら、その男がいつもよりも小さな歩幅で歩こうと努力していることに花宮真は気付いていた。しかしながら努力が見て取れるだけであって、暫く歩けば花宮とその男の間には少しばかり距離が出来てしまう。男はまた上手くいかなかった、と言いたげな顔で袋を持ち直すふりをしたりしながら、花宮が追いつくのを待っていた。 この行為に意味はあるのか。そう問うほど花宮は鈍くはない。先日一方的にわざと難しい言葉を選んで言ってやった、所謂告白というものを、きっと恐らくこの男は理解したのだ。その答えが今日のお誘い、彼の一人暮らしする家で夕食を食べていかないか、というものなのかもしれない。いじらしいではないか、花宮は思う。自分よりも大きな図体をして、敬語も真面に使えないような奴で、比較的すぐに手の出る方であろうに。そんな奴がただ好意を告げただけで、彼の敬愛する先輩方を傷付けた自分に、こうも何かしら与えようとする様は。 「火神」 また僅かに開いていたその距離に呼びかける。振り返った顔は若干眉尻が下りていて、こんな顔を向けられることになるなんて思っていなかったと笑う。 「ンだよ」 笑っている花宮に男は不機嫌そうに言った。 「人の顔見て笑うとかシツレーな奴だな」 発音もなんだか怪しいその言い方にまた笑みが漏れる。可愛らしい、可愛らしい。こんな感情を他人に、ましてや同性なんかに抱くことになろうとは。 答えずに、自分側にあった手から袋を奪い取る。何すんだ、と煩い口を黙らせるように空いた手を握る。 「こうすりゃ良いって何でわかんねーかな」 馬鹿にしたようにそう投げつけてやれば、驚いたように見開かれた瞳が降って来た。この表情も悪くない、そんなふうに思いながら足を踏み出せば、散歩中の犬のように後ろをついてくるのだから。 * (答えが否でも、力ずくでおとしてやる!) ask *** Hungry Hungry 黛葉 何それ、と問われてすぐに香りのことだと思い当たったのは、それが黛のためにつけられたものだったからだ。 「香水。れお姉に貰った」 これでアノ人誘惑してきなさいよ、お節介な友人の言葉が一言一句違わずに浮かんでくる。 何それ、と今度は呆れの様相で同じ言葉が飛んできた。暫く沈黙があって、でも、と続く。 「確かに腹は減るな」 それが不器用なお誘いだと気付くまで、まだまだ時間はかかる。 * 「香水」 診断メーカー *** どっちでもおなじこと 黛葉 ついさっきまで嘲笑を灯していた瞳は既に興味を失ったように冷えていた。その急激な温度の変化に、まるでこどものようだ、と呆れる。しかし、睨むことはしない。 才能という面でどうしようもなく違う生き物である葉山は、黛なんかには到底分かり得ない思考回路をしているのだろう。それを理解しようなんて努力、しようと思う気持ちが欠片でもあるのなら最初からしている。面倒なことは嫌いだ、大変なことも、出来そうにもないことも。 けれども。 「…なに」 つまんだ頬は思いの外固かった。 「いや、なんかムカついて」 「なにそれ」 笑う。そのやわらかさにすべて許してしまえる気分になるなんて、ああ、悔しくて言うつもりにもなれない。 * 「睨む」「瞳」「ついさっき」 診断メーカー *** ハニートースト 今古 無意識だろう、その唇の端がふわん、と緩むのを見て、今吉はその胸に快感にも似た感情が沸き上がってくるのを感じていた。 無防備だ、そう思うのは些かハードルが低すぎる気がするけれど。 可愛いなァ、とそんな誂いじみた言葉は口にしない。いつか言っても大丈夫になるまで、彼が今吉の言葉をすんなりと受け入れてくれるようになるまで。じっと、じっと、大切に。抱き締めておくのだ。 * (一緒にめしくうだけでこないなるなんて、ああ、ほんま) 「抱き締める」「快感」「無意識に」 診断メーカー *** 20140211 20140401 20140429 20150708 編集 |