君は宗教 花原

 「花宮は神様みたいだね」
そう言ったのはただの気まぐれだった。
「ンだよ、それ」
いつも通りすました顔でそう返した花宮は、確かに笑っていたと思う。
 世界は嘘に塗れている。人間は嘘を吐く生き物で、それ以上に自分が可愛い生き物だ。自分以外を蹴落として、壊して、そうして同じことを返されて。偽善と偽悪と欺瞞に満ちたこの世界は、疑うべきことが多すぎる。そんなところで、一体全体どうやって生きていけというのだろう。
 なんて。考えていたところに降って湧いたように現れたのが、原にとっては花宮で、それはまるで完膚なきまでに完璧な神様のような存在だった。
「ねぇ、花宮。オレ、お前を信仰するよ」
祈りを捧げ、懺悔をするよ。そのためにお前を信じるよ。囁いた言葉は愛のようで、それでいて絶対的に埋まらない溝を示す。勝手にしろと、花宮はそう呟いた。それきり興味を失ったようにこちらを向きはしなかった。ああ、でも、
 確かな君さえ在れば生きていける。



旧拍手

***

罪人の悪夢 火←花

 第一印象はイイコちゃん。第二くらいは面倒なやつ。第三くらいが厄介なやつ。もうそれ以降は何がどう変化していったのか、良く覚えていない。
 その日も花宮は叫び声を上げながら飛び起きた。
「………ッ」
現実に戻ってきたと認識しても、その肩が安堵に震えることはなかった。
 深い罪に、沈んでいく、ゆ、め。最近何度も何度も飽きたらず見るもの。理由なんて分かっている。ぎりぎりに縛られた両腕に、バタつかせても意味のない両足。それをじっと見つめているあの男。
 ぎらつく怒りとしっとりとした悲しみと、ないまぜになったようなその眸。
 猛るシーツの波に身を埋めて、その名を叫ぶ。届かない、決して届かない。否、届いてはいけないのだから。ただ暗闇の中でその名を喘いで、また朝になったら何でもないふりをしなければいけない。
 それが報いというものだろう。


旧拍手

***

開戦宣言 高宮

 宮地さんみやじさん、と後ろをちょろちょろついて回る姿は小鳥のようで、慕われていることがいやでも分かって胸の辺りがこそばゆい。それが、宮地清志の高尾和成に対して思うことだった。
 今の今までは。
 額に柔らかな感覚、素早く離れる音、立ち去る足音。ぽかん、としてその後ろ姿を見ているだけだった宮地に、ふつふつと湧いてくる感情。
「…やるじゃねぇか」
地獄の底から響いて来たかのような低い声でそう呟く。
「この俺に、なんてこと…」
後ろ姿は早々に角を曲がって宮地の視界から消えていた。逃げ足だけは早いと、それは前から思っていたことだけれど。
「くそ、逃げやがって…覚悟しろ」
猛禽の本性を見せたことを後悔させてやる。
「…ぶっころす」
その言葉が愛情表現にほかならないのだと、他でもない宮地自身が一番良く知っていた。



旧拍手

***

コドモはきっと反旗を翻す 克山

*克花含む

 「ボタン、取れそうですよ」
ほつれた袖口を指して直しましょうか、と言うと、お願いします、と返ってきた。
「先程までちゃんとついていたんですがねぇ」
くすくすと笑うその裏に、何が隠されてるのか問うことはしない。
 花宮と同じ部屋から出て来ただとか、妙にその身なりがきちんとして見えただとか、ボタンが取れそうになっていただとか、一歩踏み込んで聞くことはしない。
 ふいに、繕っている場所に影がかかった。
「…君は、恥ずかしがることがなくなりましたね」
「誰の所為ですか」
「私の所為と自惚れて良いんですか?」
オトナの表情はきっと、まだ崩せない。
「…勝手に、してください」
目線を逸らす。ボタンはもう直っていて、あとは糸を切るだけだった。



(恥ずかしがる、ボタン、先程まで)
診断メーカー

***

鹿の骨 花諏佐

 「一目ぼれ」を信じますか?
 スターバックスの一角で。
 可愛らしい後輩がそんなことを言ったのはあまりに唐突で正直なところそんな不似合いな言葉に目を剥いた―――なんて言うと剥くほど目を開けていないだろうとじとりと見やられるのだろうからきっと。この後輩は少しばかり扱いにくいのだ。扱いにくいところが気に入っているのではあるけれど。
「信じるっちゅーか、まぁあり得るとは思うとるけと…なん、花宮。お前一目惚れでもしたんか?」
まさか、と笑おうとしてまったく減っていない飲み物が目に入って、あれ、と止まる。
「そうだと言ったら貴方は笑いますか?」
「笑って良えか?」
「どうぞ」
「…笑わんわ」
「そうですか」
ずる、と自分の飲み物だけがどんどん減っていくことが、なんだか可笑しい気がしてくる。
 花宮が、一目惚れ。
 一体、そんなことが。
「花宮のお眼鏡にかなうなんて、どんな子なんやろうなぁ」
どんな美人なんやろ、と笑う。否、笑おうとした。笑えなかった。喉がからからと渇いて、どれだけ飲んでも甘さだけしか残らない。
「アンタも知ってるひとです」
「桃井かな」
「ちげーよ」
「良え子やと思うけどなぁ」
「アンタも、よく、知ってる、人です」
こたえを。
 出させようとしているのがわかる。でも分かりたくない。言いたくない。どうしてそこなんだ、と言ってもそれが一目惚れであるなら仕方ない。
「諏佐さん」
落とされる、亀裂。
「あの人、ください」
「…別に、諏佐はワシのもんやあらへんよ」
 いちばん大切な友人に伸ばされた手を、どうやってはたき落とせば良いのか、分からなかった。



ask

***

青い鳥 古山

 「山崎は何処かへ行きたいと思わないのか」
鞄から出した安っぽいヘッドフォン。星のついたビビッドカラーのそれを付けようとしたところで、そう話し掛けられて山崎は動きを止めた。がたん、と揺れる帰りの電車の中。人がそこそこ犇めく、その真向かいにいるのは古橋で、先ほどの声を発したのも古橋だった。
「何処か、って」
「何処かは何処かだ」
要領を得ない問い。
 今までも帰りの電車が同じになることはあって、それは同じ学年で同じ部活で、そうそう仲が悪い訳でもないのだから珍しいことでも何でもなかったのだが。それでも今まではこうして言葉を交わすこともそうなく、いつだって外を眺める古橋を横目に山崎はヘッドフォンで音楽を聞いていた。それが、何の気まぐれだろう。首を傾げる。
「山崎は何処へでもいけそうなのに、思いの外此処に留まっているから」
傾げた首に対してか、古橋はしっとりとした声で説明を加えた。またも要領を得ないふわふわとした言葉ではあったが、それでも古橋の言う“此処”がバスケ部を指すのであろうことはなんとなく分かった。
「…そんなこと、ねぇよ」
「そうか?」
「そうだ」
話は終わりだと言わんばかりに、音楽プレーヤーの音量を上げる。わざわざポケットから出して、これみよがしに。世界が音でいっぱいになる。電車の揺れもかき消すほどに、外界と山崎を遮断する。
 古橋はそれ以上何も言わなかった。いつもと同じようにぼんやりと外を眺める古橋を視界の端に、山崎は思う。
 何処かへ行きたいか、なんて。何処へでも行けそう、だなんて。古橋の表情は大きく動くことはないけれど、少しなら分かるようになっていた。あれは、不思議だと訴える顔だ。ヘッドフォンの中の音に意識を集中させる。
 煩いほどのこの音楽が途切れたら、もう駄目なような気がしていた。



(羽根もないのに、どうやって)
image song「ヘッドフォンチルドレン」THE BACK HORN

***

イザ尋常ニ。 赤瀬

 「なに」
短い問いかけに初めて、その肌に触れている自分の手に気付いた。無意識に伸ばしていたらしい、慌ててひっこめる。
 「なんだ」
そんな赤司を見て、瀬戸は馬鹿にしたように笑った。
「案外初心なんだね」
勝ち負けじゃない、そう分かっているのに。
 その余裕の表情が歪む様を見てみたい、なんて。



(歪む、肌、無意識に)
診断メーカー

***

籠の中 モブ克(R18)

 「お上品な顔してるくせして、こっちの方はそうでもないんですねえ」
下劣な笑い声に自然とその眉尻が釣り上がった。
「ああそんな怖い顔しないでくださいよ、綺麗な顔が台無しだ」
伸ばされた手が頬を這って唇を経由し、口腔内に入り込むのをただ黙って受け入れる。お世辞にも優しいとは言えないその指を、歯を立てることもせずに舌で丁寧に嬲っていく。そうそう上手ですね、などとまた笑う相手を、原澤は黙って睨みつけた。
 どうしてこんなことになっているのか、説明のしようはいくらでもあったけれども。一番世間体良く映えるのは、生徒たちを守るため、だろう。練習試合の帰り道、幾人かの生徒を乗せていた原澤の車は、あろうことか別の車と接触してしまったのだ。今となってはどちらが悪かったのか、そういう細かいことは分からないのだが、原澤の車の方が硬かったからなのか、盛大に凹んでしまったのは相手の車の方だった。
 とりあえず今は生徒もいるからと、話し合いを後日にしてもらい名刺を交換してその日は終わった。そして後日、電話で呼び出されたところへと来てみれば、原澤を迎えたのは高そうなスーツを着た男で。まぁ、詳しいことはぼかすが、簡単に言ってしまえば話が大きくなっていたのである。困ったことに既に名刺も渡してしまったあとで職場もバレており、更には可愛い生徒を守りたいでしょう? と問われてしまえば、原澤に拒む術などなかった。
 「考えごとですか?」
口腔内を蠢いていた指が舌を掴む。
「他所事考える余裕があるのなら、もう、良いですよね」
それには答えず睨みつけるだけにした。もう何度も繰り返してしまえば、身体の方は勝手に快感を覚えていく。男が笑みを絶やさないのは、そのことが分かっているからだろう。
「息、吐いててくださいね」
言葉だけはいつだって優しさをひけらかしてくる。
 言われた通りに息を吐きながら、本当はもう、生徒がどうだとかそういうことが、どうだって良くなっていることくらい、分かっているのだ。



ask

***

先天性ピティー症候群 原今

 「風邪をひきますよ」
傘を差し掛けたのには特別な理由などない。ただ原澤が彼を知っているというよりは知っていたから、一教師と一生徒というよりかは、交流のある関係だったから、それだけだ。
 傘を差し掛けられた生徒、今吉は非常にゆったりとした動きで振り返った。雨に晒されて身体が上手く動かないのかもしれない。もう一度風邪をひきますよ、と繰り返すと、虚ろな瞳が急に潤んだ。雨に混じって頬を流れ落ちる。
「もう嫌です」
独特のイントネーションで紡がれたそれはいつもの彼からは想像できないほどに弱々しく、それでいて絶望に染まらぬ嘲りの色をしていた。
「ワシ、もう、疲れました」
周りのすべてを見下したような表情で、今吉は続ける。
「消そうと思いました、こんな気持ち、持ってたらあかんものやって思いました。でも消えないんです。消えなくて消えなくて膨らむばかりで、胸掻きむしりたいくらい苦しくなって、でも掻きむしってもどうにもならんのです」
ぎゅう、と今吉が掴む場所には生命の形があるのだろう。神からの贈り物、彼の感情を乗せて脈打つグロテスクな心が、そこには生きづいている。
 それが原澤には限りなく愛おしく思えていた。
「どうせ、センセには分からないでしょう、ね」
賢いからこそ秘密を暴き立ててしまう彼が、どうしても暴きたくて暴けなかった人間に、苛立つ音を乗せる心。それが透けて見えるようで、ひどく、愛おしい。
「分かりますよ」
微笑んで傘を投げ捨てる。自分よりしっかりと出来上がりつつある身体を引き寄せ抱き締める。
「私は君を愛していますから」
 腕の中で彼は笑った。それに先ほどまでの嘲弄はなく、ただ諦めたような笑いだった。
「センセ、の、うそつき」
雨は予想以上に冷たくて、すぐにスーツの下まで染み込んでくる。
 傘を差し掛けたのには特別な理由などない。ないはずだった。ならば、抱き寄せたのには?
 「君にひとつ、私の秘密を教えましょう」
肩口に埋められた額が仄かにあたたかかった。



image song「Naked In The Rain」Red Hot Chili Peppers
ask

***

さよならの合図 赤瀬

 「別に、お前じゃなくてもいーよ」
その言葉は間違えようもなく別れの言葉で、赤司は何を返すこともなく瀬戸を見つめた。一歩、近寄る。  その手が縋るように赤司へと伸びて、今此処で殺してしまえとばかりに抱き締めて来る。
「お前じゃなくても、ダイジョーブ」
涙の気配すらないのに、それは皮肉にも。
 愛してるという言葉よりも、愛してるとその心を叫ぶのだ。



(抱きしめる、涙、皮肉にも)
診断メーカー

***

20140121
20140204
20150708 編集