ヨリドコロ 花克

 その前髪を切り落としてしまったらどうなるのだろう。ゆるく波打つその髪をいじる様を眺めながら、花宮はじっと考えていた。一般に髪をいじるのは甘えたい欲求の現れなんだそうだ。しかしながらこの人は、自分の方が大人という自覚からかそんな素振りを一切見せない。それが花宮には腹立たしい。
 だから、もし、もしも。
 その前髪を切り落としてしまったら、その欲求は癖という名の捌け口を失くして表面化せざるを得ないのだろうか。髪ならば少し立てば伸びてくるのだし、まぁ傷害の部類には入ってしまうのだけれども、永遠に失われるということもない。腕や脚よりもお手軽だ。
 そう思ったら、鋏に手が伸びるのを、止める理由など何処にもなかった。



askでえのさんに送りつけたもの

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とある放課後の誤算 黒諏佐

 「なん、だよ、それ」
 好きです、と熱っぽく繰り返す唇から目を逸らす。意味が、分からない。ただ、理解の追いつかないことが怖い。
「何って、告白です。僕は諏佐さんが好きなんです」
休日の図書館、そこで再会した自分より一回りも二回りも小さな彼は尚も囀る。
 そう、たまたま利用している図書館が一緒だった、それだけなのだ。約束も何もなく、本当に偶然に出会ったそれから、気付いたら毎週会うようになっていたが、まさか、そんな。
 「愛しているんです。これが奇麗な感情じゃないって分かってます。僕、何度も何度も諏佐さんで抜きました。隠し撮りした写メを見ながら、そのほっぺたにかける妄想をしました。そういう欲込みのものだって自覚しています」
でも、好きなんです。くらくらと、世界から突き放されたような心地だった。

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冬と罪咎の芽吹き 古克

*今原含む

 校門のところに見えた影に、古橋は思わず、げっと声を漏らした。
「おや、随分なご挨拶ですね」
「…はらさわ、せんせい」
ゆるいウェーブの掛かった前髪の向こうから覗く瞳が古橋を捉える。差し出された携帯を受け取って、逃げるように立ち去ろうとした古橋の肩へと声がかかった。
 ふるはしくん、と。
 その声を聞くと、何故か足が止まる。
「少し、お話しませんか」
年上の余裕とでもいうのか、それともこういう修羅場には慣れているのか、古橋に有無を言わせぬ強さで言い切ったその顔は、とても甘い笑顔だった。
 事の発端は一週間前まで遡る。
 花宮の持ってきた練習試合。悪名高い霧崎と練習だろうが試合をしたいなどという学校は少なく、それを哀れんだ花宮の先輩が半ば無理矢理に取り付けたものだったと聞いている。しかしながら、練習試合自体がどうこうということはなかったのだ。確かに花宮はかぶるべき猫を何処に忘れてきたのかと思うほど、心底不機嫌だという表情を隠しもしなかったし、花宮の先輩の所為なのか、その日はラフプレーは一切しない、といういつもと違った感じにはなってはいたが。
 古橋が運悪くそれに遭遇してしまったのは全てが終わったあとだった。
 練習試合終了後、引き上げて駅へ向かう途中、古橋は自分の携帯がないことに気付いた。何処かで落としたというならば、先ほどの学校で借りた部屋だろう。着替えの時に一度携帯を出している。そのまま置き忘れてしまったに違いない。
 そう思った古橋は花宮に断ると、一人来た道を戻った。まだ体育館に残っていた向こうの部員に声をかけ、中へ入れてもらう。個人練習の邪魔をするのも悪いので、道は覚えているから、と一人でその部屋へ向かった。少しだけ開いた扉を見つけて、歩み寄る。
「こんな、とこで、なーんて。監督も悪いこと、考え、るっなぁ」
聞こえてきた声に、ドアノブにかけた手が止まった。どことなく弾んだ声。
「霧崎の子っちがさっきまでおった部屋、とか。誰か戻って来たら、どないするんです?」
間違いなく、花宮の先輩の声だ。今日の練習試合の相手校の、主将。そんな彼が監督などと呼ぶのは。
「ふふ、それでもノッてきたのは今吉くん、君でしょう? それに、悪いこと、というわりには、君も随分楽しんでいるみたいですが?」
「ワシも、てことは監督も、て受け取って良いんですか?」
「勿論ですよ。だからほら、こんなに君を締め付けているんです」
怖いもの見たさだろうか、自然と視線は僅かな隙間の向こうへと行っていた。着衣を乱して床でもつれ合う二つの影。その箇所は見えないが、台詞と二人の周りに漂うもったりとした空気で、見なくてもどうなっているのか分かる気がした。
「あ、も、監督、そない急かないでください」
「今吉くんは可愛いですね。締めたら締めただけ喜んで、こんなに、おおきく」
「かんと、く。もうっ」
耐えられないとばかりに今吉がその背を掻き抱く一瞬前。
 原澤の目が古橋の方を向いた。
 あとはもう、どうやって家まで帰ったか覚えていない。ただ、どろりとした甘ったるい瞳が、古橋の脳裏にこびりついて離れなかった。
 「…別に、誰かに言おうとか考えてないですよ」
ひと気のない公園のベンチに腰掛け、缶コーヒーを受け取りながら古橋は言う。
「この一週間、誰にも言いませんでしたし、これからも」
強豪バスケ部の監督と主将がデキている、だなんて確かにすごいニュースになるのかもしれない。それが同性同士であるのならば尚更だ。しかし、古橋にはそういったものを吹聴する趣味はない。すればしたで桐皇の生徒の青春を潰すことが出来るのかもしれなかったが、あいにく古橋はそういったコート外の妨害には興味がない。
「ああ、君ならそういうと思いました」
立ったままの原澤が古橋の前に来た。ちょうど逆光になっていて、その表情は良く見えない。
「でもですね、それだと心苦しいんですよ。ただ黙っているというだけでは君には何のメリットもない」
「…賄賂でも渡すつもりですか」
「君は本当に真面目ですね」
伸びてきた手がするりと顎のラインを撫ぜて初めて、古橋はその瞳を真正面から見据えた。どろりと、甘ったるい光。古橋の瞼の裏から消えない、あの時の目。
 「君にとっても悪い条件じゃないでしょう?」
 握っているはずの缶コーヒーの温かさなど、まったく分からなくなっていた。



ask

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憧憬と名を付けた、 青黄

 心がどろどろと、夏休みの沼のようになっていくのを知っていた。それでもそれを隠して隠して笑ったのは、他でもないその人にそんなものを知られたくなかったからだ。
 きらきらひかる、まるで神に愛されたかのようなその瞳。それを穢すものになってしまうのが、怖くてたまらなかった。
 「あおみねっちー! わんおんわん! しましょ!」
感情を覆い隠すなんて一番得意だ。
「えー…」
「あおみねっちが勝ったらアイス奢るッスよ」
「よし乗った」
あはは、たんじゅーん、カラカラ言う笑い声も、得意、だ。
 きっとこれは嘘なのだろう。そうでなくてはいけない、と思う。綺麗に綺麗に演じて、その肌にべたべたと触れた穢れを見ないふりをする。

嘘でも綺麗な方がマシでしょう?




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篝火 月日

 自分がどんな目で彼のことを見ているのか、正直予想はついていた。それを鏡に映して見たことなどなかったけれど、きっとこの予想が外れていないだろうことは分かっていた。
 そのことにいつだってその目線の先にいる、原因とも言える日向だって確実に気付いていて。だけれども何も言って来ないこの状況に甘えて、隠れもしないこの想いを隠した気になっている。
 言ってしまえば良い。そうしたらすべてが終わるのに。こんなどろどろとした自分に苛立つことも、困ったように眉を落とす日向の表情を見ることも、なくなるのに。
 それをしないのは期待しているからだ。自分の手で幕を引かなくて良い未来を。
 きっと、それは恋なんかじゃない、愛なんかじゃないと、誰かが否定してくれるのを心待ちにしているんだ。



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生皮一枚 黒黄

 黒子テツヤは黄瀬涼太のその顔が好きだった。ビー玉のような瞳が、それを縁取る長い睫毛が、程よい高さの鼻が、血色の良い頬が、それら全てがバランス良く乗っている顔面が、其処からきらきらと振りまかれる笑顔が。謂わば表面しか見ていないのだ、上っ面、ただの飾り物。それだけを見て愛してるなどと嘯くのだ。とんでもない! 黒子は首を振る。
「ボクは黄瀬くんが好きですよ」
本人を前にしても言える。黄瀬は目をぱちくりとさせてから、そうなんスか、と言った。はい、と答える。えーと、一応聞いてみても良いッスか? どうぞ。どのくらい、とか。
 最初の質問としては些か突拍子もないところを突かれた気がしたが、それでも彼の今までを考えたら、そして今している表情を見たら、それがさも当たり前の質問のように思えるのだから可笑しい。非保護を請うようなその表情も、不安を体現したような目線も、どれもこれも愛している。そうですね、と黒子は一つ、頷いて、
「君の中身を抉り取って食べてしまいたいくらいには」
 そうしたらもう、上辺しか見てないなんて、言わないでしょう?



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百年の恋 笠←早・中→早

 これは、何と表現したら良いのだろう。体育館へと飛び込んでいくその後姿を見つめる。どうにもならない、もどかしい感覚。
「しつ、れん」
そう呟いてみるが、そう片付けるのは口惜しくて。確かにそれは失恋なのだろうが、それだけでもないときりきり痛い胸が叫んでいる。
 ずっと、その背中を追っていた。だからこそその視線の先にあるものを知っていた。だからと言ってこの気持が消える訳でもなく、ましてやお門違いの嫉妬をその人にぶつけようとすら思えなかったのは。
 悲しみと同時に覚えた愛しさ。すきなひとの幸せを傷だらけで希う、偽善に満ちた奇麗事。



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しちじゅうごにち。 緑←高

*緑モブ(女)要素有り

 緑間に彼女が出来た。その噂は瞬く間に学校中に広がり、高尾はうわさ話の威力を改めて実感することとなった。何処へ行くにも何をしていても高尾と緑間が一緒でないのは不思議らしく(其処まで一緒にいるものと認識されていたとは驚きだ!)、緑間はどうしただの、彼女にとられたのかだの、高尾カワイソーだの。
「真ちゃんは彼女と一緒ー! もー知ってるんでしょ!」
「そうそう、彼女サンに取られちゃったんだー」
「高尾ちゃん可哀想でしょ!? 慰めてー」
きゃらきゃらと丁寧に返答するのも慣れてしまった。
 いつかこんな日が来ると分かっていた。元より自分の方を向いてくれるなんて期待はしていなかったし、ああ、そうだよな、当たり前だ、とそれは不気味なほどストンと落ちてきた事実だった。何よりも、彼女といる緑間が想像以上に幸せそうで、これで良かったんだと理解するには十分だった。けれど。
 理解と納得は、きっと別物だから。

いまは ないても いいよね




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嘘吐きたちの祝日 葉実

 何度目の好きを言った時だったか。
 「アンタはどうして、」
言いかけて止まった唇を凝視してしまう。
「どうして…どうして、アタシに好きなんて言うの」
暫く戸惑っていた唇は最初に言いかけた言葉をそのまま言うことにしたらしい。首を傾げてみる。
「どうしてって」
「だってアタシは、アンタの前ではずっと嘘を吐いているのに」
何をそんな当たり前のことを、ともう一度首を傾げた。
「アタシのこれはいわば仮面よ、自分の領域に入られたくないための防衛線よ。アタシは…アンタのその真っ直ぐさに答えられるほど、真っ直ぐじゃない」
「オレに好きって言われるの、いや?」
「そうじゃ…」
言葉が消えていく。
「そうじゃ、ない、けど」
なら良いのではないのか、と思った。
「そうじゃないけど…ううん、そうじゃないからこそ、アタシはこのままでいて良いのか不安になるの。でもまだ、こわくて、」
思わずその手首を掴んだ。
「良い」
見くびらないで欲しい。其処まで含めて好きなのだ。それに、仮面くらい、こちらだって被っているのだ。気にしない、気にならない、だから。
「そのままで良いよ」
 となりにいて。



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この指を切り落としてしまえたら 黒緑

 黒子はピアノなど弾けない。それは技術が伴わないから、ということではない。これでも小学校を卒業するまではずっとピアノ教室に通っていたのだ、一通りは弾ける。それでもピアノの前に立つと、鳴るのは警鐘なのだ。ジリリ、ジリリと身の内から灼いていくような警鐘。それが現れた原因を、黒子は正しく理解している。
 とある昼休みのことだった。風に乗って聞こえて来た音を辿った先は第二音楽室で、其処にいたのは名前だけは知っているチームメイトだった。同じ一年生で、しかし既に一軍入りしている天才の内の一人。  うつくし、かった。黒子が今までに目にしてきた、この世の何よりも。
 言葉など、交わしたこともなかった。彼に関する噂はいくつか聞いてはいたが、そのどれもがその変人ぶりについてであり、だからこそこうして一人ピアノを引いている彼というのは、当時の黒子にとってひどく珍しいもののように思えた。
 それから黒子はピアノが弾けなくなった。鍵盤を前にすると浮かぶのは彼のことで。伏せられた睫毛も、鍵盤を奔る指先も、その揺蕩う髪先まで。一つ残らず瞼の裏から消えないそれらが、触れた先から音に詰められてしまいそうで。詰め過ぎたら、弾けてしまうのに。黒子はそれをきっと、止める術などないから。
 指は踊る、まるでそのために生まれてきたかのように。彼にはバスケというもっと天性のものがあると思っていた―――否、思いたいはずなのに、どうしてかこうしてピアノに齧り付いている方が似合うなんて思うのだ。
 それを、本人に知られてしまうなど。
 あまりに、浅ましいことこの上ないと、そう思うから。



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20140106
20140121