夏の悪夢 赤灰

 いつから、なんて疑問はきっと無意味だった。
 「思えばお前は僕から卑下されることをいつもじっと聞いていたね」
じわり、と嫌な汗が首を伝っていくのが分かる。
「どうしてだろうね?」
ミンミン、と蝉の鳴く声が聞こえていた。夏も終わりに近い体育館。ダイキが蝉好きだったな、なんて現実逃避をしそうになる脳を、赤司の艶のある声が引き戻してくれる。余計なお世話だ。ここからは僕の推測だけど、と前置きをして赤司は口を開く。どう見ても憶測でものを語っている顔ではなかった。これは、確信だ。そうして何処かにあるはずのやわい場所を探している。
「お前は僕に卑下してもらうことで、罪悪感を失くしたかったんじゃないか?」
一発で決めては面白くないから、小さな針でそこを何度も突くように。
「僕を悪者に仕立て上げることで、お前はお前を被害者にしたかったんだ」
違うか、灰崎? こてん、と小首を傾げる様があまりに似合う。いつもならそれにすら腹が立つはずなのに、抉られ切った躯はただ項垂れるしか出来ない。
「灰崎」
ああ、どうしてそんなに甘美な声でその名を紡ぐ。
「お前は、本当に可愛いね」
これが悪夢だと言うのなら、とっとと醒めてくれ。



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美しい世界 火氷

 世界を憎まないように、ひどく必死だった。きっとその姿は滑稽だったろう。だけどそれでも、この世界が美しいものだと知っていたのだ。
 「タイガ」
自分の声がとても穏やかなことに氷室自身も気付いていた。敵うことのない、手を伸ばすのすら叶わない世界。それをつくり上げる美しくも愛おしい、弟。憎む必要なんてきっとなかった、それでも憎むふりをしなければ駄目になりそうで。それをきっと火神も分かっていた。だからこそ今まで何も言わずにいたのだろう。
「なんだよ、タツヤ」
隣から返って来る声。それもまた同じように穏やかで、氷室はふと思い出す。再会してからずっと、火神の声がこういった穏やかなものだったと。
 導かれて此処まで来たんだ。まるで神か何かに出会ったような気分だった。許されている。その事実が身に染みていくようで、これが幸せなのだと知った。
 差し出された手をとるのに、きっともう、理由は要らない。



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ice 黒子

 世界から切り離されることはひどく恐ろしかった。悲しみよりも先に僕を支配した、泣くことすら容されない暗い闇の中。そこからじっと切り離された世界を見つめて、一人、また一人とその世界がバラバラになっていく様を見ていた。
 これで良いのか。
 何処かでずっと声がしていた。慣れ親しんだその声が何なのか、黒子にはよく分かっていた。
「良いんです」
呟く。声になど出さなくても、きっと彼には届くのに。それでも声に出さずにはいられなかった。ああ、まるで、自分に言い聞かせているみたいだ。
「僕に何が出来ると言うんです」
世界からこぼれ落ちるように、否、最初からずっと零れ落ちそうだったのだ。それを引き止めていてくれたのは紛れもない彼らで、彼らの手助けを失った今、黒子があの世界に戻ることはおろか、彼らを見つめていることすらじくじくと胸を襲う痛みに苛まれるというのに。壊れゆく彼らをまた繋ぎたいなんて、そんな妄言。
 一人闇に沈む黒子に出来るのは、バスケを××ることだけだった。



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恋の葬列 花木

 木吉は花宮にズタズタに傷付けられたかった。
 別に理由なくてのことではない。理由は、木吉が花宮のことを好きだからだ。けれど木吉も花宮も男であり、普通に考えたらその思いは叶わない。だから、木吉は花宮を好きではなくになろうと思った。しかし、一度自覚してしまった思いはすくすくと育つばかりでいっこうに消えようとしない。そこで木吉は思いついた。
 ならば、嫌いになってしまえば良い。
 利用して潰して、ボロ雑巾のように棄てて、嘲って見下して、嵌めて貶めて。木吉は花宮にそう願った。何故って、それぐらいしてもらわないと花宮のことを嫌いになるなど到底出来そうにないのだ。ずったずたに切り裂いて、あれ程盲目に思っていた花宮を憎むしかない程、盛大に。もう、修復不可能になるくらいまで。与えて与えて与え続けた先の平穏をぶち壊して、血の色を問いたくなる程の所業で傷付けて欲しい。いっそのこと、人間不信になる程で良い。
 それくらいしなければ、きっと、この恋は一生死んでくれないのだ。



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幸せな恋 青赤・紫赤・紫氷

 幸せな恋しかしてないくせに。青峰にも声に出さないだけの配慮はある。何よりも、声になど出そうものならそれは敗北宣言になりかねないから、というのもあるのだが。
「敦は氷室さんと上手くいってるらしい」
突然家のインターホンが鳴ったと思ったら、赤司がいた。そうしてそのまま青峰の部屋へずかずかと上がると、無防備にもベッドの上に腰掛ける。何で緑間のところじゃないんだ、そう考えてはた、と気付く。緑間じゃあ駄目なのだ。秘密を共有しているのは、青峰だけなのだから。
 赤司は紫原が好きだ。それが、赤司の秘密。
 こうして来たということは延々と紫原の話を聞かされるのだろう。その一つひとつに、でも好きなんだろ、と返すだけの簡単な仕事だ。自分が選んで好きになったんだろ? と、あやすように言葉をかけるだけ。
 叶わない恋。距離のある恋。それを不幸だと赤司は嘯く。青峰はそれを、ばかみてぇ、と思う。
 叶わないから何なのだ。距離があるから何なのだ。それが不幸だと言うのなら、自分もそうなってしまう。しかし、青峰はそれを不幸などと思ったことはない。
 そんなにカッコつけるんなら、思うことすらやめちまえ。そう思うのにやっぱり言葉に出せないのはきっと、紫原のことを語る赤司の顔が、あまりにもきらきらと幸せそうだからなのだ。



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平均値が流れる 花山

 「流れ星でも流れねぇかな」
帰り道、空を見上げながら花宮がそんなロマンチックなことを吐くので、山崎は思わず花宮を穴が空くほど見つめてしまった。
「んだよ」
「…いや、花宮が流れ星とか、似合わないこと言うから」
まぁそうだな、と花宮は頷いた。自分でもに合わないと思っているらしい。
「流れ星に三回願い事言うと叶うって言うだろ」
お前だったら何を願う。そう問うてくる花宮に、またも山崎は不自然な程に瞬きをした。やっぱり今日の花宮は少し可笑しい。
「えー…在り来りに金金金、とか」
それくらいなら言えそうだ、なんて小学生の発想。同じことを花宮も思ったようで、成長しねぇな、とぼやかれた。
「じゃあ一つだけ願い事するとしたら、どうする」
三回も言わなくて良いし、流れた後でも良い。願うなら、どうする。
 そんなの決まっている、花宮の―――口を開きかけた所で、その言葉を飲み込んだ。
「ん…そうだな、また在り来りで悪ぃけど世界平和とか」
花宮の心底馬鹿にしたような笑い声が聞こえた。
 蜘蛛の糸でがんじがらめにした夢が悲鳴を上げているのを、山崎は知っていた。本当は誰かに知られないように精一杯な花宮は、その悲鳴に気付くことすら出来やしない。もし、気付く時が来たら。山崎はそれが心配だった。その悲鳴に気付いた時、花宮はどうするだろう。また聞こえないふりをするのか、悲鳴ごと殺すのか、その悲鳴さえも利用して、夢を囚える蜘蛛の糸を丁寧に丁寧に紡ぐのか。山崎としては一番最後であることが一番安心だ。何故なら、花宮にとってそうしていることが一番楽であると分かっているから。
「花宮はどうなんだよ」
俺だけ答えるとかあんまりだろ、と少しだけ頬を膨らませれば、花宮はひと通り爆笑してから、
「お前と同じだ、世界征服」
「全然ちげーじゃねーか」
ふはっという特徴的な笑い声。今の嘲笑はきっと、花宮自身に向いていた。
「世界平和も世界征服でも似たようなモンだろ」
全員がおんなじように暮らすって点ではよぉ、と笑う花宮は、どこか泣いているようにも見えた。



旧拍手

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青春の亡骸 青諏佐

 変わったとは聞いていたが、ここまでとは。諏佐は丸くなりそうな目をじっと細めてそれを見やる。ぎこちなさが残るもののしっかりと繋がれているパス。それは彼の変わった意識が為せるもの。
 ああ、と思う。
 ああ、ずるい。あのパスを、受けてみたかった。



(繋ぐ、意識、ぎこちなく)
診断メーカー

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アンタに優しくされるくらいなら死んだ方がマシだ 今花

 あたまいてえ。がらがらの声でそう吐いた花宮は、盛大に笑ってくれたその人をきっちり睨むことを忘れはしなかった。皮肉にも本人が心底苦しむことによって打ち出されたその表情は、初めて今吉というとらえどころのない人間を怖がらせたようだった。
「しじみ汁、作っといてあるから。起き上がれるようなら飲んどきぃ」
大して強くもあらへんのに、無理するからや。続けられたその言葉には、反論する余地もない。
「あ、ズボン洗っといてあるからな」
上はそのまんまやけど、と言われてガンガンしている頭を捻れば、そういえば昨晩(と言うよりは今朝方と言った方が正しいのかもしれないが)、景気良く胃の内容物を噴出したような気がする。この男の前でこんな失態を、と思うと自然と眉間のシワが深くなっていくが、やってしまったものは仕方がない。
「ワシはバイト行くからいてやれへんけど、休んどって良えから。どうせ今日は暇なんやろ」
誰が、と意気込んだ言葉はまだ残っていた吐き気にのまれて喉の奥へと引っ込んだ。
「無理せんと甘えとき。別に二日酔いに鞭打つような真似はせえへんよ」
 鍵の掛かる音に耐え切れずぼすりと枕へ向かって勢い良く顔を押し付ける。くそ、と呟いたはずの言葉は頭痛に苛まれる頭では聞き取れなかった。



(睨む、スボン、皮肉にも)
診断メーカー

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惚れたら敗けよ 花諏佐

 諏佐佳典は自身の上に跨る、友人の後輩をぼんやりと眺めていた。
「何か、ないんですか」
「何か…と言われても」
首を傾げてしまう。この体勢から連想することがない訳ではない。だがしかし、勉強を教えて欲しいなんていうあからさまな嘘を吐かれていたことを鑑みれば、いつかこういうことが起こっても可笑しくないとは思っていた。そして、その想像に別段嫌悪感も抱かなかったのだ。
 内腿に這わされていた手も、ため息と共にゆっくりと引かれた。
「天然なんですか? それとも策略ですか?」
「どっちか近い方を上げるなら、後者だろうな」
腹の上から退かれたのでそのまま身体を起こす。
「オレはお前のこと好きだし、お前が同じ気持ちだってんなら焦ることもねーと思うけど?」
ただ溜まってたってだけなら続けろよ、と口角を吊り上げると、本当に驚いたと言わんばかりに目を剥くので、それが可笑しくて笑ってしまった。



(這わせる、内腿、ゆっくり)
診断メーカー

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 「あ」
どちらが先に声を上げたのかは分からなかった。
「黄瀬じゃないか」
「えっと、誠凛の…木吉サン、ですよね」
一層冷え込む冬の陽射しの中で目があったのは知った顔。

好きになって〜駄目になった時間×悔しさの高さ×好きの重さ÷3 黄木

 「…それ」
沈黙を破ったのは黄瀬の方だった。
「悔しく、ないんスか」
視線を辿ればどうやら膝のことを言っているらしい。手術は成功したから歩けなくなることはないけれど、チームからは既に戦力外通告をされている。それをした彼女の辛辣な言葉が、泣く寸前の癖の目頭がぎゅっと細まるそれが、木吉の未来を思ってのものだったと知っているから、何を言うこともない。だけれど。
「…悔しいよ」
そっと呟く。
「オレの身体のことはオレが一番良く知っていたはずなのに、それを防げなかったのも、ああいうプレーのチームの戦略にハマってしまったことも、それで仲間に心配かけたことも、これからバスケが出来ないことも、なにもかも。悔しくて、たまらない」
あとからあとからたらればは尽きなくて、けれどももうどうしようもないことも分かっていて。この行き場のない憧憬を、焦燥を、どうしたら良いのか途方に暮れている。
 だけどそれでも、バスケをやらなければよかったとは一度も思わないのだ。
 「黄瀬はどうなんだ?」
残酷な質問であるとは思った。だけれどこうして答えた以上、木吉にも同じことを問う権利はあると思った。
「…上手く、言えないッス」
暫く迷うように視線を彷徨わせたあと、黄瀬はやっとのことでそう呟く。そうか、とだけ同じ音量で返した。
「黄瀬は、バスケがすき、か?」
「だいすきッスよ」
間髪入れずに返って来た言葉に、自然と微笑が漏れる。
「なら大丈夫だ」
びくり、と黄瀬の長い睫毛が揺れたのが見えた。急いで逸らされた顔を覗き込むような無粋な真似はしない。だってきっと、同じ顔をしている。
「大丈夫だよ」
もう一度繰り返したそれに、こっくりと黄瀬は静かに頷く。
 冬の寒さの中、涙の滲んだ息が白く染まっていった。



あみだ

***

20131022