ぼくらのあいのゆくえ 今桜 *桜井くんが寮生設定 二月十三日。翌日が恋人のイベントであるその夜、今吉は自室とは違う部屋にいた。 「さーくらい」 名前を呼びながら自分よりも少しばかり小さいその身体を引き寄せる。 「バレンタインやし、リボンかけた桜井が食べてください〜って言うてくれて、チョコレートプレイしてくれれば最高やなぁ」 煩悩だらけの要望ではあるが、ここのところ今吉は受験勉強で、桜井は新体制になった部をひっぱる存在として練習に打ち込んでいたので、まともな触れ合いというものをしていないのだ。仕方あるまい。あれこれ溜まっているのは桜井とて同じはず、と腕の中へと視線を向けた。 「本当にそれで良いんですか?」 くるりと丸い瞳が見上げてくる。 「今吉サン、本当に、良いんですか?」 単語ごとに区切られたそれは普段の謝罪を重ねる時のようにウザったくはなく、また試合の時のように強気でいるようにも感じられなかった。じっと凪いだ瞳は本当にただ確認しているだけのようで、恐らく此処で頷けば桜井はさっき今吉が言ったくだらない煩悩を叶えてくれるのだろう。頷け、頷いてしまえ、そうせっつく本能の部分に揺られる。ぐらぐらな頭で桜井を見据え、そっと息を吸う。 「………よくないです…」 その言葉に、桜井はほんわりと笑った。それからするりと今吉の腕を抜け出す。 「僕今からお菓子作りますけど、一緒に作りますか?」 練習で疲れているだろうに、まだ動くというのか。呆れにも似た賞賛を抱きつつ、今吉はこくりと頷いてその背を追う。 寮の部屋に簡易的に設置された台所に、材料をあーだこーだ言いながら並べる後ろ姿に、こういう時間を堪能するのも、触れ合いと同じくらい大切だ、なんて。 「さくらい」 「何ですか、今吉サン」 「ワシ、何したら良え?」 「えっとーじゃあ、チョコレート計っておいてください」 ずっしりとした業務用チョコレートを受け取りながら、今吉はそんなことを思った。 「で、バレンタインは二人で台所でお菓子作ってたんよ」 翌日の図書館。追い込みに掛かる受験生でいっぱいの其処で、今吉は報告もといノロケを零す。向かいで丸付けをしていた諏佐は、盛大なため息のあとに呟いた。 「桜井は割合策士なんだな…」 「桜井に限ってンな訳ないやろ」 「恋は盲目ってこういうことか…将来お前、絶対尻に敷かれるよ」 「それはそれで…。っちゅーか、将来も諏佐ン頭ン中ではワシと桜井は一緒におるんやなー嬉しいわ」 「………もう末期か」 お後がよろしいようで。 * バレンタインリクエスト for めとろさん * 20140214 *** 孕ませた夢の首をもぐ 山古 R18 *想像妊娠ネタ 「やまざき、」 封を切ろうとした手を掴まれる。特に強くもない、でも濃い甘さが茹だる腕。 「そのままがいい」 「え」 思わず声が漏れる。 「でも、お前、」 「あした、なにもないし。そのままがいい。そのままの、やまざきがほしい」 ね、だめ? そう耳元で囁かれてお願いを聞いてやらない男がいるだろうか、いやいまい。相手も男であり多少の負担はかかるものの、妊娠なんてこともない。本人が望むのなら、とビニールのその小さな袋から手を離した。 ありがと、うれしい、ありがと。良く知るその感覚に身を任せて脱力する中で、何度も古橋はそう呟いた。 それからしばらくしての話だ。古橋の身体に異変が現れ始めたのは。 「…う」 「古橋、またか」 しゃがみこんだ古橋の背中を山崎がさする。 「やばいか? トイレ行くか?」 「大丈夫、だと、思う」 突如として襲ってくる吐き気。動くのも辛い程のそれは病院へ行っても特に問題はないと言われてしまっていた。原因が全く分からない。青褪めたその頬を見ながら、山崎は困ったように眉を寄せていた。 気付かない、訳がない。 古橋は最近少しだけ丸みを帯びた。吐き気が出るのは食べ物の匂いがしている時が多い。ふとした瞬間うとうとするようになった。便秘がちになったと言っていた。やたらとトマトを食べたがるようになった。 そして。良く、腹をさするようになった。まるで、其処に守るべきものでもあるように。 事実、花宮にも指摘されていた。山崎が伝えなくてはいけないだろうことも分かっていた。それでも。 「…山崎?」 不安気に古橋が顔を上げる。 「ん、どした」 「何か、悩みでも、あるのか…?」 「いや、ねぇよ。ただ、お前がはやく良くなれば良いな、とは思うけど」 其処に何もないことは分かっていた。 「でも、焦らなくて良いから」 撫ぜてやる。 「オレはずっと、お前の傍にいるから、ゆっくり治してこーな」 夢を殺すことなど、出来るわけなかった。 *** 夢の続きは君だけに 山古+原 *上の続き その違和感に、原が気付かないなんてことはなかった。最近古橋の調子が悪そうで、彼と付き合っているらしい山崎は始終難しそうな顔で。別に男同士で、とかは思わなかったけれど、花宮も瀬戸も揃ってその違和感をないものとして扱おうとするのだから、原はそれが馬鹿馬鹿しく思えて、そうして苛立っているのだった。しかしそれでもそれは原が介入出来るような問題ではないと思っていたし、だからこそ花宮も瀬戸も黙って見ているのだろう。そう思って無理矢理に意識を逸らしていた。 はずだったのに。 部活が終わったあとの部室。自主練をこなしていたスタメンしか、其処にはいなくて。無意識だろう、腹をさする古橋が目に入った。 それは生産性のなさすぎる行為だ。 そう思ったら頭に血が上って、気付いた時にはその腹を殴っていた。 「古橋!」 慌てたように山崎が古橋に駆け寄る。大事そうにその腹を抱える古橋に、同じように古橋を気にしつつその腹も気にする素振りを見せる山崎。それが原には恐ろしく腹立たしく感じた。何も、ないのに。其処は空っぽで空っぽで、何もないところなのに。どうして、そんなにも。 「そんなさぁ、ごっこ遊び、いつまで続けンの!?」 怒りよりも、その顔に浮かんだ表情は悲しみで、それがまた原の癪に障る。 「茶番だって分かってンでしょ!? 花宮も、瀬戸だって、分かってて何で言わないの!?」 言葉が、言葉が、ぼろぼろと零れていく。止まらない。 「マジになっちゃって、馬鹿みてーじゃん!」 そうだ、これは虚構なのに。きっと、宗教とかそういうものよりももっと、形のない嘘。 「なんもねぇのに、お前ら何を大事にしてんだよ。それ、気色悪ィよ」 無駄だと、誰よりも当事者二人が分かっているだろうに。 「…ばっか、じゃ、ねぇ、の…」 互いを守るように寄り添うのから目を逸らして、部室を飛び出す。 ああ、その小さな首を捻ることすら、原には許されていないのだ。 * 20130309 20130716 *** まずは温かいお茶でも、 克山 「こら、何をしているんですか」 夜遅くまで学校でやっていた練習も終わり、日誌と戸締まりを済ませた原澤は帰路についていた。近道、と夜遅くにも関わらず煌々と灯りのついている商店街を抜けていく。その途中で、ふと、目に止まったのは制服だった。パチンコ屋の前の、不自然なほど明るい道の端で、何やら一人を取り囲んでいる制服の青年たち。どう贔屓目に見ても和やかとは言い難いその雰囲気に見て見ぬふりをする訳にもいかず、原澤はため息を吐いてそちらへと歩を進めた。そして、冒頭の台詞である。 何だよおっさん、と最初はこちらを睨めつけていた青年たちも、教師であることを述べれば面白いように大人しくなった。テメーのこと、許した訳じゃねーからな! そう捨て台詞のように残して去っていった彼らは案外真面目な子たちなのかもしれない。 さて、と残された一人―――囲まれていた一人に向き直る。 「大丈夫ですか?」 「はい」 「何かあったんですか?」 「え?」 きょとん、としたその表情に歳相応さを見た気がした。背も高く身体つきもしっかりしていて、先ほどまで囲まれていたというのに落ち着いている様子が、妙に高校生離れした印象を原澤に与えていたのだ。垣間見た歳相応の反応に少しばかり安堵する。ぶつかったとか、ですよ、因縁を付けられるようなことがあったのではありませんか、と付け足せば、あー…と不明瞭な反応。 「ええと、まぁ。ありました、けど。大丈夫です」 大したことじゃあありませんでしたし、何をされるとかなかったですし、と青年は続けた。その顔に見覚えがあるように気がして、長く垂らしている前髪を弄る。制服は確か、霧崎第一高校のものだ。それで見覚えがあるのなら、バスケ部だろうか。ねじねじと前髪をねじりながら浮かべるデータに、そういえば似たような顔がいたと思い出す。 「君は、霧崎のバスケ部の生徒ですね?」 青年の動きが止まった。それも一瞬のうちで、その唇が小さく息を吸う。違うと言うつもりだろうか、しかし、原澤は既に思い出してしまっている。 「名前は確か、山崎弘くん」 その肩が何故知っている、と言わんばかりに揺れたのを見て、原澤は少しだけ笑った。 「同じ地区の強豪校の生徒の名くらいは、頭に入っていますよ」 山崎の瞳は暫くの間逃げ道を探そうと左右へ泳いでいたが、観念したように、はい、と返事をした。 「こんな時間です、家まで送りましょう。親御さんも心配しているのでは?」 「…今日は家、誰もいません、から」 平気です、とそっぽを向いた横顔に自然と眉が釣り上がる。 「山崎くん」 「何でしょう」 「一つ聞きますが、君、夕飯は?」 「………食べました」 妙に間が開いたのに気付かぬ原澤ではない。 「何を、と聞いても?」 「何でそんなこと、」 「答えられないんですか?」 その言葉にぐ、と詰まる山崎。ぼそぼそ、と続いたのは、にくまん、という夕飯と言うにはあまりに少ないであろう単語だった。 「君、今日は家に来なさい」 「はぁ!?」 「これでも料理は出来ますから、こんな時間ですが帰ってこれから夕飯にしましょう」 「な、ちょ、けどっ」 「山崎くん」 その片手を強引に取ると、温めるように両手で包み込む。手袋もしていないその手は芯まで冷えきっているようにも感じた。 「大人の言うことは聞いておくものですよ」 一瞬、その双眸が歪んだような気がした。敢えていうのならば、泣きそうに。どきり、と胸が疼く。 「…おとな、なんて、」 その先は言葉にはならなかったようだが、なんとなく彼が何を言いたいのかは分かった。そのまま抱き寄せて、高い位置にある頭をぽんぽん、と撫でてやる。無言で肩に額をこすりつける様がどうにも庇護欲を唆るので、バレないように苦笑した。 未だ冷たい手を掴んだまま歩いて行く。見上げた空には月があって、はあ、と吐いた息は白く染まっていって、なかなかオツである。 「…今日は、」 ふと、胸に蘇ってきたのは先ほどの疼きだった。普段ならば気のせいだと忘れてしまうであろう、それ。相手は生徒なのだ、そう思うのに、誰も見ていないと思うからだろうか、忘れてしまうのが勿体ないだなんて思うのは。 「月が、綺麗ですねぇ」 そう呟いた原澤を、山崎は目を細めて見遣った。流石は霧崎の生徒と言うべきか、その言葉の持つ意味はしっかり分かっているらしい。ふふ、と笑みだけを残してまた前を向く。 「…貴方には、敵いませんね」 その言葉が答えなのだと言うことは、微かに力を込められた指先が伝えていた。 * 山崎弘に起こること 1.先生に告白される https://shindanmaker.com/398991 I love you = 山崎弘『君にだけは敵わない』 https://shindanmaker.com/276356 * 20140117 *** Ask ! About worth of my love !! 花原 「花宮ってさァ、なんてーか、恵まれてるよね」 そんな言葉が口から飛び出たのはとある放課後のことだった。テスト前の準備期間だとかで部活は中止、それは男子バスケ部も例外ではなく、仕方なく人の蠢く図書館の端に居座っている。目の前の天才様は課題もテスト範囲もいつの間に終わらせたのやら完璧らしく、悠々と擦り切れた文庫本を読んでいた。擦り切れたカバーと黄ばんだページからどうも古い本らしいと伺えるそれを、残念ながら原はタイトルすら読む気にはなれない。 「はぁ?」 少し遅れて花宮が顔を上げた。その眉は顰められていて、ああ綺麗な顔が台無しだ、なんて思った。台無しにさせたのは他でもない自分であるのだが。 「ん、だーかーらーね、恵まれてるって言ってンの」 この天才が先ほどの言葉を理解出来なかったとは思わない。だからおちょくるようにもう一度繰り返した。でも困ったことにこの手段にはもう慣れているらしい花宮は、それ以上表情を歪めることはしなかった。残念。 「馬鹿なこと言ってないで課題終わらせろ」 「んー。ちょっと分かんなくなっちゃってー」 「…何処だよ」 「教えてくれるの? 花宮やっさしー」 「レギュラーに赤点取られちゃ堪らないからな」 花宮の方に分からなかったイディオムの羅列を差し出すと、ああこれは、と解説が始まる。それはとてもわかり易くて、ああやっぱり、と思うのだ。 「分かったか?」 「カンペキ〜」 花宮が元の位置へと戻ってまた本を開く。 「やっぱりさ、花宮は恵まれてるよ」 肘をついてもう一度その言葉を繰り返す。 「…お前が恵まれてないとでも言うのか?」 心底馬鹿にしたような返答がやっと返ってきて、原はにこ、と笑みを漏らした。 「まっさか。でもさ、花宮が恵まれてるのに気付いてないから、ちょっと焦れてるっていうかさー」 がたん、と身を乗り出してみればすぐに縮まる距離。こんな馬鹿らしいものを今生大事に抱いているのは、臆病だからか。それとも、正しくあろうとするさいごの抵抗なのか。 むにゅり、とその感触に一瞬思考が追いつかなかった。開いた文庫本に遮られた即席の世界。でもきっと、テスト前の人間はよそ見をしている余裕などない。 「恵まれていることに気付かないのは確かに痴鈍だがな―――オレは言葉にすらならないモンをどうこう、だなんて。そっちのが傲慢で救いようがないと思うがな」 にやりと見慣れたその表情で笑うと、花宮は何事もなかったかのように読書に戻っていった。すとん、と力が抜けたように元の位置に戻り、顔を覆う。 ―――このオレにこーんなに愛されてるなんて、ほんっと恵まれてるのに、気付かないなんてさ。 全部分かられていただとか、掌の上だったとか、いろいろと思うことはあったけれど。とりあえず、今日はもう課題はこれ以上進まないだろうなぁ、と既にパンク寸前の頭で、原はそんなことだけを思っていた。 * 問え!私の愛の価値を!! * 20131226 *** ざわざわとする人混みの中を靴音を鳴らして歩くと、振り返った人々が驚いた顔をして、面白いように道を開けていく。最初はいやでたまらなかったこの馬鹿馬鹿しい赤い衣装だが、いざやってみると面白い。周りにいる四人は高校時代同じ部活に所属していた面々だ。黒いスーツ、黒いサングラス、耳には黒いイヤホン、そして腕には赤い腕章。地元商店街の名が刻まれたそれは、よくよく見ればちぐはぐにも思えた。 ただならぬ空気を纏いながら、駅から商店街までの道を進んでいく。もう少し、もう少し。予め決められたポイントに到達すると、前方から声がした。 「見つけた」 周りにいた黒スーツがばっと花宮をそれから隠すように寄り添う。 「見つけたぞ、サンタクロース―――!!」 そう嬉々として叫んだ男―――木吉は、トナカイの格好をしていた。 Christmas Sketch 霧崎+木吉 *数年後設定 *十二番くんの名前捏造(満川くん) 元々この話は原が持ってきたものだった。 「ねー花宮、クリスマスって予定入ってる?」 二ヶ月も前のことである。今のところないけど、と返すとじゃあ何もいれないで! との返答。 「ちょっと早めに帰省しようよ。どうせ年越しはこっちでするつもりっしょ?」 「そうだけど。何かすんのかよ?」 「ね、花宮」 がしっと手を取られて、 「サンタになろ?」 変態的な誘い文句と共に、その年のクリスマスの予定は決まってしまったのである。 なんてことはない、原の家がある商店街の客引きをやれ、という話だった。 「そこまで過疎ってる訳でもないんだけどね〜。東京だし、やっぱ消費者は新宿とかちょっと遠くてもそっち行っちゃうじゃん? それをちょっとばかり阻止出来ないかな〜ってのがウチの商店街の建前」 「建前なのかよ」 「うん。本音は楽しいことやれればいっか、くらいだよ」 原が説明してくれたストーリーは、こうだ。 科学の発展によりトナカイが不要になったサンタクロースはトナカイを解雇してしまう。しかし、子供たちにプレゼントを配りたいトナカイはそれに納得がいかず、こうして日本に降り立ったサンタクロースを追ってやってきたのだ―――! 「…良いのか、そんな泥沼臭するストーリーで」 「良いんじゃない? もう企画通っちゃったし」 「…そういうもんなのか」 「そういうもんだよ」 かくして、いっちょ地元商店街の繁栄に貢献しますか、ということになったのである。 「…流石木吉だな、スピードはそこそこでも迫力が凄まじい」 「古橋、冷静に実況しないで!」 ばたばたと追ってくる木吉―――トナカイからサンタクロースを守るべく、黒服たちは彼を妨害(する演技を)していた。 そもそも何故木吉が参加しているかと言うと、なんてことはない、帰省してからの計画を練っていたところに彼がやって来てしまって、その全貌を知られることになったからだ。ちなみに何の因果か花宮と木吉の進学先は同じである。花宮の授業が終わるのに合わせて元霧崎の面々で押しかければ、奴の目に止まってしまうことくらい考えて欲しかった、というのが花宮の本音だ。けれども発案者である原がおもしろ可笑しく話してしまったため、そういうことなら俺も手伝いたい!と言う木吉を拒む権利など花宮にはない訳で。 結局、木吉を含めた七人で商店街の手伝いをすることになったのだ。 「―――という訳でサンタクロースを追って、トナカイは日本にやってきたのです。不当な解雇だと訴えるトナカイ、時代は最先端テクノロジーだと主張するサンタクロース。この追いかけっこ、一体どうなるのか!? おっと、サンタクロースが商店街に逃げ込みました! トナカイもボディーガードに妨害を受けながらも必死で追う―――」 ナレーションを務めるのは最後の一人、霧崎で十二番をつけていた満川である。彼の言葉通り、一行は商店街に辿り着いていた。 サンタクロースがまず一つ目の店へ向かう。ここから本格的な演技(と言って良いのか)が始まる。元々あった大まかなシナリオに出演者プラス商店街代表で集まり、練りに練って追加した細かい台詞があるのだ。 それをトナカイが忘れていなければ大丈夫だ。多分。 「はな…ッと、サンタクロース!俺を解雇するなんてもう一度考えなおしてくれ!」 「るせー! オレは現代科学の恩恵を受けながら子供たちにプレゼントを配るんだよバァカ!!」 マイクを借りてはいるが如何せん其処まで高価なものではないので、音を拾わせるにはそれなりに声を張らなければならない。 「…アイツ、花宮って、」 「言いかけたな」 横でそうぼやく山崎とそれにかぶせる瀬戸。ちなみに黒服たちには予算の関係でマイクは配られていない。一応台詞はないのだから良いのだが、いざとなったらサンタクロースのマイクに近寄って叫べと言われている。 トナカイが名前を呼び間違えそうになったことなど気にせず、サンタクロースは続ける。 「見ろ!この電気湯たんぽを! レンジでチンするだけであったけーのが三時間! トナカイくせぇお前なんかよりずっと素晴らしいだろう!」 「トナカイくさいって酷いな!?」 「本当のことだろ! それに比べてこれはくさくねぇ!」 「で、でも、それ三時間だけなんだろ?俺はずっとあったかいぞ!」 「…プレゼント置きに入ったおうちで借りれば良いだろ」 「…それは犯罪じゃないか?」 「プレゼント代だと思えば安いだろ」 「………」 後半のだめな感じはさておき、こうして一店舗につきひと品、紹介していくのが元々の目的だ。楽だと思うことなかれ、五十店舗近くあるものを一件一件回っていくのだ。勿論休憩はあるが相当な労働である。 「という訳でやっぱりお前なんて解雇だー!」 「あ!」 電気湯たんぽを丁寧に棚に戻すと、店主に一礼して次の店へと向かう。少し時間を置いてから、トナカイがまた追いかけてきた。 焼き肉の産地がどうこう、生産者の顔が云々、丁寧な仕事がなんたら。時にはおすすめを聞いて、サンタクロースとトナカイの思い出エピソードを絡めて、同じような台詞を何度か繰り返してやっとすべての店を回りきった頃には、もう陽が傾いていた。 「なぁ、サンタクロース。どうしても、だめか?」 「く…っ。だめに決まってんだろ!」 このシナリオの最後はサンタクロースが折れてトナカイを再雇用、というハッピーエンドだ。世間一般イイコちゃんが好みそうな、もっと言えば花宮の一番嫌いな終わり方。しかしながら高校卒業後、それなりに花宮は丸くなったと自覚している。それがただ単に世界が広くなったからなのか、奇しくも進学先が同じだった木吉に絡まれまくるうちにゴリゴリ削られたのかは分からないが。切に後者ではないことを願う。ともあれそういう訳なので、演ずるくらいなばらハッピーエンドだとてキレイゴトだとて、引き受けたからにはやってのけるだけなのだ。 最後の店は雑貨屋だった。店主におすすめされたのは可愛らしい写真立て。フレームのカスタマイズがそこそこ可能で、いくつかあるパーツの中から組み合わせを選べるらしい。それをあーだこーだ言いながらサンタクロースとトナカイがそれぞれ組み立てていく。 「なぁ、サンタクロース」 「ンだよ」 「お前はこれにいれる写真を、一緒に撮る相手がいるのか?」 「それは…」 「湯たんぽやプレゼントに埋もれるお前だけの写真より、俺と一緒に肩を組んで、今年も仕事を一緒にやりきったぜ! っていう写真の方が、良くないか」 「………」 「なぁ、サンタクロース。お前も本当は分かっているんだろう? 効率だけが仕事の全てじゃない、ぬくもりだって大切なんだ。特にお前のような、世界で唯一の仕事をするような奴には」 重ねて言うが、これは演技なのである。サンタクロースはトナカイにこうして籠絡されてしまうが、それがそのまま花宮が木吉に、という話にはならない。 「俺はお前が今日紹介したたくさんのものにきっと劣るだろう。けれども、お前に寄り添うことが出来る。お前の心に寄り添って、支えてやることが出来る。寒い夜を飛び回るのは辛いだろう、いくら暖かな器具を揃えたって、一人だったらしんどいだろう。だから、俺は、」 「…もういい」 言葉を遮る。 「トナカイ、お前の言う通りだ。オレ一人でプレゼントを配り切るのは心細い、お前に一緒にやって欲しい。解雇したりしてごめんな…」 「サンタクロース…!」 がしっと握手。 「今年のクリスマスもよろしくな!」 「ああ、勿論だとも!」 「こうして、トナカイは無事にサンタクロースの所へ再就職し、今夜も一緒に子供たちの元へプレゼントを配るのです―――」 満川のナレーションがそう締めると、周りからぱちぱちぱち…と拍手が起こった。サービスだ、と言わんばかりに握手した手を上に上げ、そのまま一礼してみせる。隣の木吉も少しばかり遅れたが、同じように一礼してみせた。 何はともあれ、やりきったという充足感はそんなに嫌なものではなかった。 「おつかれさまー」 今回協力した七人はこころばかりの謝礼と、最後に紹介した写真立てをおまけでもらっていた。 「花宮」 木吉が話しかけてくる。 「…お前とは撮らねーぞ」 「えっ何で言いたいことが分かったんだ? 花宮ってもしかしてエスパーなのか?」 「ンな訳ねぇだろ! 写真立てもらってさっきの演技をふまえたら予想くらいつく」 「そうか…」 木吉の眉尻が同情を誘う形に下がっていた。しかし、花宮にとってはそんなこと、どうでもいい。 「どうしても駄目か?」 「どうしても駄目だ、誰がお前なんかと撮るかよ。おい、原、満川呼んでこい。記念撮影すっぞ」 満川はまだ少し離れたところで商店街の人と話していた。原がけたけたと楽しそうに笑う。 「木吉もいれてあげればいいじゃ〜ん」 「うるせぇ絶対嫌だね、早く行け」 「ハイハイ〜」 他の三人にも声を掛け、商店街の人に実はこっそり持ってきていたカメラを渡した。六人並んで一枚目を撮ると、視界の端で木吉がしょんぼりとした顔をするのが見える。 「…ああもう、くそ! 入りたかったら入ればいいだろ!」 その言葉にぱあ、と顔を輝かせて駆け足で寄ってくる木吉。「はい、チーズ」 ぱしゃり、二回目のシャッター音。 後日花宮家に飾られることとなった写真立てには、七人の人間が仲良さそうに映った写真が入ってた。 * 元ネタ:要人警護ごっこ楽しすぎワロタ * 20131224 *** 呪いと魔法の違いについて 花諏佐 相手の顔を見た瞬間、諏佐は無礼にもその席を立った。そして鞄を掴むこともせずにさっさとその部屋を出ていこうとする。 逃げたかった。鞄を置いていっても、その行動が失礼なことに当たると分かっていても、それでも逃げたかった。が、しかし、そんな諏佐の希望は素早く伸びて来た手にいとも簡単に打ち砕かれる。 「オイコラ待て」 「…待つ、理由があるのか」 「アンタにはなくてもオレには待ってもらう理由がありますよ」 ぎぎぎ、と油のさされていないブリキの人形のように諏佐は振り返る。きらきらとした笑顔の向こうでやたらと冷たい目だけが、もう逃さないと光り輝いていた。 周りになだめすかされて元の位置に座らされる。仲介人たちは話もそこそこに、ではあとはお二人でごゆっくり、と早々に退室していった。ひどい。なんてひどい。そう思いながら目の前の男を見る。 「…一応確認するが、花宮真、だよな」 「はい、そうですね。そして貴方は諏佐佳典さん、ですよね」 「もう一つ確認するが、男、だよな?」 「そうですね」 きらっと光るような笑顔に、諏佐は眩暈を覚えた。 諏佐佳典と花宮真の関係は、ややこしく思われがちだが血の繋がらない兄弟、ということになるだろう。諏佐の母親と花宮の父親が再婚し、新たに兄弟となった存在。当時既に諏佐が成人していたことと、苗字を変えるのが面倒だったことで、そのまま諏佐姓を用いているだけの話だ。 諏佐は、そんなふうにして出来た弟の存在が苦手だった。と言うと誤解を招きそうではあるが。新しく増える家族、というのが諏佐にはどうしても受け入れられなかった。幼い頃に父を亡くして、母と二人でやって来たのだ。そこに新しい存在が割り込むなんて、ただ結婚するだけならまだしも、兄弟が増えるなんて、反対こそしなかったが諏佐には馴染める予感もなかった上に、馴染む努力をすることも面倒だった。 こうして顔を合わせるのさえ初めてだった。面倒だと、一切家に近付かなくなってから、もう三年は経つはずだ。 「別に、良いじゃないですか。一つの切欠だったと思えば」 目の前の男は笑う。 しかし、いろいろとつっこみたいことはまだあった。 そもそも諏佐は今日、お見合いだとしてこの場にやって来たのだ。どうしても、相手の方が諏佐に一目で良いから会いたいと、どうしてもと言うから、と上司に泣き付かれて、興味もないお見合いに臨むことを決意したのだ。それが、来てみればなんだ。みんなグルだったのか。ため息。 そんな諏佐の心中を察したように、花宮は笑った。 「オレはアンタのこと、好きですけど?」 目を、見開く。今回のお見合いも、お見合いとして組んでもらったのはそのためです、と花宮は続けた。何、を。声が出ない。 会ったのは今日が初めてだ。顔は母から送られてくる写真で知っていたが、話したことも会ったことも、ないはずだ。 「オレは知ってましたよ、アンタのこと。アンタがあの家に寄り付かないでいる間に、母さんにたくさんのことを聞いた。そして、会ったこともないアンタに恋をした」 これって、可笑しいですか? 見上げてくる瞳は確実に確信犯のものだ。 「すささん」 呼ばれる。まるで、魔法でもかけられるように。 「よしのりさん。オレじゃあ、だめ、ですか?」 おためしで、いいですから。 気付いたら、首を縦に振った後だった。 花宮の手が伸びてくる。 「良かった」 両頬が包まれて、花宮の顔が近付いて来た。諏佐は動かない。動けない。きれいな顔をしている、ぼんやりとそんなことを思う。 「これから、少しずつ、オレのことを愛してくださいね」 そして、ほんとうの家族になりましょう。 魔法じゃない、と思った。これは、呪いだ。 そんなことを思う諏佐の唇に、やわらかなキスは落とされた。 * 血の繋がらない兄弟の設定でお見合いで出逢うところから始まる花諏佐 https://shindanmaker.com/293935 * 20141113 *** フロー・フロー・ラバー! 青諏佐 *青峰くんが寮生活設定 「お、諏佐さんじゃん」 肩まで浸かってごひゃく数えよう、なんて童心に返っていた諏佐は、誰かの入ってきた音と、そんな声で閉じていた目を開けた。 「青峰か」 それなりに広く造られている浴場に今いるのは諏佐だけだ。もう少しで施錠されるという遅い時間、ぬるめの風呂に浸かるのは受験勉強がメインになってからの諏佐の一つの楽しみだった。 「遅いな」 「練習キツかったから部屋帰って寝ちまったんだよ」 おかげで筋肉固まっちまってたわ、と続ける。そんな会話一つからも、冬の敗北から青峰が変わったのが分かって諏佐は息を吐いた。 何故、自分のいる時でなかったのだろう。そう思わないとは言わない。青峰が身体を洗う音を聞きながらまた諏佐は目を閉じる。先ほどの続きを数えようとしたはずなのに、どうしてもひゃくさんじゅうにから数字が進まなかった。 目を開ければすぐそこに青峰がいるというだけで、どうしてこんなにも落ち着かない。 「諏佐さん寝てンの?」 悶々と考えているうちに青峰は身体を洗い終わったらしい。 「起きてる」 答えながら目を開ければ、ざぶざぶと青峰が湯に沈んでいくところだった。じっくり見たことなどなかったが、それでも記憶にあるものよりもその腕はしっかりと筋肉がついたような気がした。どうにもそれが胸に冷たい空気を吹き込んでくるようで、振り払うように少しだけまた湯に沈む。 青峰はと言えば視線こそ合わないものの、何か良いことでもあったのか何処か嬉しそうに、頬を緩めていた。僅かなその表情の変化が分かるようになったのは、いつからだったか。あの時手を伸ばしたのはそれが分かるようになっていたからで、そう考えると結構前から青峰のことを見ていたような気がする。 浴槽の縁に誰かが忘れたのか、置いてあった黄色いアヒルを青峰が取り上げ、二人の間に浮かべてみせた。その瞬間のにっとした笑みがいたずらっこのそれで、ああこんな顔も出来るのだな、とふっと笑みを漏らす。胸の辺りに燻っていた緊張が解け、そこで初めて自分が緊張していたことに気付いた。 それが青峰にも伝わったのか、ゆっくりと開かれた唇から言葉がこぼれ落ちる。 「オレさ、頑張るから」 僅かに見開いた目には気付かれてしまっただろうか。 頑張る、なんて。その天才性故に力を持て余して孤高になって、練習なんかしたらうまくなってしまうと、ほざいていた青峰に、なんて、不似合いな。 「夏と、あと来年の冬、見に来いよ」 ぜってぇ。勝つから。 そう、少し目線はずらされているものの真っ直ぐなそれに、ゆっくりと三度ほど、目を瞬かせて、 「…そこは、見に来てくださいだろ」 諏佐は少々ズレたツッコミをしたのだった。 ぷかり、と二人の間で黄色いアヒルが揺れる。なんとなく、それは笑っているようにも見えた。 * 咲葉さんのお誕生日 * 20131120 *** 黒猫姫と独り身の王子 原諏佐 *猫のシャンプーは出来るだけ猫用シャンプーで! 「…おや」 一人暮らしのアパートの階段に見慣れない黒猫を見つける。ちょこん、と大人しく座っていた黒猫は、原澤を見るなり一声鳴いて擦り寄ってきた。泥だらけだが綺麗なのが分かるその黒猫に首輪の類は見当たらない。最近は首輪をしない飼い猫も多いため、それだけで判断は出来ないが。 「君、野良猫なんですか?」 にゃあん、と答えるように黒猫が鳴く。 「おやおや、それは大変ですねぇ。もしかして捨て猫だったりするんです?」 にゃあん。 「…仕方ありませんね」 少しだけ困ったように眉を寄せてから、 「家に来ますか?」 此処、一応ペット可なんですよ、と内緒話をするように囁いた。 とりあえずそのまま家にあげる訳にもいかないので、黒猫を抱いたまま風呂場に向かう。 「君は大人しいですねぇ」 猫は水を嫌うと聞いていたのですが、と原澤はボディソープを泡立てた。手の中では黒猫が気持ちよさそうに身体を洗われている。 「まぁ手が掛からなくて良いんですけども」 なぁん、と黒猫はそうでしょう、とでも言いたげに鳴いた。良い子ですね、と軽く喉をくすぐってから、シャワーで流してやる。やたらと身体を汚していた泥はきれいに落ち、毛並みがつやつやと光っていた。 濡れた身体をしっかりと拭き、ドライヤーを当てる間も黒猫はとても大人しくしていた。が、何処かそわそわとしているようにも見える。まるでこういうことには慣れているが、人にされるのは落ち着かない、と言ったように。それでも暴れたりせずに始終原澤の手の中に収まっているので、やりやすいのには変わりなかったが。 乾かし終えた猫を抱いてリビングへ戻る。 「人懐っこい猫ですねぇ」 なーん。ずりずりと慣れない様子で原澤の身体をよじ登った黒猫は必死に首を伸ばしていた。膝の上に乗せてやるもまだ尚よじ登ろうとする。 「何がしたいんです…」 顔を近付けたら声が聞こえるだろうか、珍しくもそんなファンタジーなことを考えながら首を差し出してやる。すると、黒猫はそれを求めていた、と言わんばかりに尻尾を揺らせて、原澤の顔に近付いて来る。 ちゅ、と、その唇を黒猫が舐めた。 ぼんっ! 「う、わ!?」 その瞬間、白い煙と共に聞き慣れた声が上がる。次に聞こえたのは何かが落ちる音と痛みに呻く声だった。 「…諏佐くん?」 その名を呼ぶ。果たして晴れた白煙の向こうで丸まっていたのは、諏佐だった。脛を抱えているところを見ると、どうやらそこを強かに打ち付けたらしい。 「…え? は?」 原澤の目の前には諏佐がいる、諏佐は突然現れた、その前に白煙があがった、白煙が上る前にいたのは黒猫、黒猫は今この部屋の何処にもいない。これは、つまり? 「え、ええと、ですね、監督。これにはマリアナ海溝より深い訳がありまして、でもちょっと説明し辛いっていうか、その」 まだ痛みが残るのか若干涙目のままの諏佐がわたわたと言葉を捻り出す。未だ床に転がっている諏佐の元へ三歩、そのまま覆い被さるように手を付いて、 「か、かんとく?」 「佳典」 耳元をぞくぞくと這い上がる低音に諏佐は短くひっと息を呑む。 「説明、してくれますね?」 真っ赤になった諏佐が慌ててした説明は、俄には信じがたい話だった。何でも、部活を終え寮に向かっていた諏佐の前に謎の人物が現れ、 「ロエフーヨ ケウンササス スビーサラ カダヒ ノコネ」 と如何にもな呪文を唱えると、諏佐は黒猫に変えられてしまったというのである。 「これは呪いです」 その人物は言った。 「日付が変わるまでに愛しい人と接吻けを交わさなければ、貴方は一生猫のままでしょう」 とんでもない巻き込み事故だ、理不尽にも程がある。 「それで、あの、こういうのは、監督しか思いつかなくて、その…」 耳まで赤く染めた諏佐をふむ、と原澤は見つめる。 「なるほど、謂わば私は君の王子だったと言う訳ですね?」 「え」 ぼん!と言う音がまた聞こえたような気がした。既に赤くなっていた諏佐の頬が更に赤みを増す。 「あの、えっと、」 「違うんですか?」 「え、あ、その、違わない、ですけど…」 「諏佐くん」 あちらこちら泳いでいく視線を捕まえたくてその顎を捉える。 「姫の呪いを解いた王子には、勿論褒美がありますよね?」 舌舐りする原澤を前に、諏佐に逃げ道などないに等しいのは一目瞭然だった。 * 20130223 * https://shindanmaker.com/307634 * 諏佐佳典『にゃあん』「捨て猫か。よしよし、家で飼ってやるぞ。」諏佐佳典はイケメンに拾われました! 僕「さてどのイケメンか」鳥吉さん「原澤さんで」僕「がってんだ」 *** 鬼木天蓼でいただきます 今諏佐 *後天性部分的猫化 「にぎゃあああああああ!!!」 「!?」 今吉翔一の朝は、隣の部屋から響き渡っった悲鳴で始まった。 部活もオフな日曜日の朝。今吉が寝癖のついた頭をまぁ見れるだろうと言う状態に直し、部屋から顔を出すと、同じように悲鳴を聞きつけた人間が隣の部屋の前に集まっていた。 「何事なん?」 「分かんないんだよ、声掛けても返事しないし」 「開けて入った方が良いかな…」 人集りに声を掛けても詳細は分からない。 「今吉、お前なら返事返って来るんじゃないか?」 そのまま押されて扉の前に立つ。 「すさー?」 トントン、と軽くノック。 「何があったんか知らんが返事だけはしてーな。みんな心配しとるでー? 返事ないなら部屋勝手に入るけど」 しん、と暫くの沈黙の後、 「…いまよし?」 いつもの諏佐からは想像出来ないような頼りない声がした。 「諏佐、大丈夫か?」 「…ああ、うん、大丈夫だ。叫んだりしてすまん」 「人おるけど帰ってもらって大丈夫か?」 「ああ、大丈夫だ」 とりあえずは返事をもらったので今吉はくるりと向きを変える。 「ってことや。なんや諏佐が心配かけてすまんのぉ」 何事かあったにしても、今吉がいるのなら大丈夫だろ。そう同級生たちに判断されるくらいには、今吉は信頼されていた。 人が完全にはけたのを確認してから、また扉に向き直る。 「諏佐」 「…何だ」 「入っても良え?」 「…嫌だ」 「そう言わんといてな、あんな声聞いてもーたら心配になるやろ? ワシだけで良えから、大丈夫な姿見せてーや」 諏佐は元々あんな悲鳴をあげる質ではない。それを高校生活の大半を傍で過ごしてきた今吉はとても良く分かっている。 「…笑わないか?」 「笑わん」 「ヒかないか?」 「ヒかんよ。やから入れてーな」 「周りに誰もいない?」 「おらんよ。みんな帰ってもろた。ワシだけや」 答えの代わりにカチャリ、と鍵を外す音がした。 「入って良え?」 「…おう」 一応周りに人がいないのを確認してからドアノブに手をかける。中の様子を確認する前にちゃんと鍵を閉める。そして、諏佐の方を向いて、 「…へ?」 ぱちり、瞬きの音が聞こえるような気がした。 「ねこ?」 「…やっぱり猫に見える、よ、な」 諏佐の頭にはぴょこり、と見慣れない耳がついて…いや、生えていた。黒いそれは何処からどう見ても猫の耳である。参考までに付け足しておくが元々の耳はついたままだ。そして身体の後ろで揺れているのは尻尾だろうか。 「朝起きたらこうなってて、正直、混乱してる」 「えー…どういうことやねん…」 かさり。 「ん?」 諏佐の方に一歩踏み出した今吉が何か踏んだ。拾い上げてみるとメモのようだ。 「今吉?」 「諏佐、これ」 諏佐が近付いて来て覗き込む。 うっかり猫化する薬を零してしまいました。一日経てば効果が切れるので心配しないでください。私は用があるので君が起きるまで待っていられませんが、謝罪を込めて手紙だけ残していきます。 追伸 仮にも東京なんですから窓の鍵はしっかり閉めた方が良いと思いますよ。 「………」 今吉と諏佐は無言で顔を見合わせた。いろいろツッコミどころはあるが、どうやらこの不可思議現象は一日で治まるらしい。そこは安心しておこう。 「諏佐」 「…何だ」 「戸締りはしっかりせなあかんで」 「…はい」 「ほれ、昼飯もろて来たで」 食堂のおばちゃんには風邪やて言ってきたわ、こういう時信用あると楽やなぁ〜と今吉は笑う。 寮生のための食堂が完備されている桐皇学園では、日曜日であろうとちゃんと三食ご飯が出る。食事は食堂で、が原則ではあるが、例外も勿論存在する訳で。具合の悪い生徒を無理に部屋から出させる程食堂のおばちゃんたちも鬼ではないのだ。調子が悪いから部屋で食べさせたいと言えば、弁当箱に詰めてくれることだってある。 「ありがとう」 「どういたしましてー」 簡易机に弁当箱を並べて手を合わせる。いただきます、という声で長閑な昼食タイムは始まった。 じっと諏佐の視線が今吉の手の方に注がれる。箸の先にはデザートのキウイ。 「諏佐、キウイ好きやったっけ」 「普通だったと思うんだが…」 少し頬を赤く染めてぷい、と拗ねたように、でも今は食べたいんだ、なんて言う恋人の願いを叶えてやらない奴がいるのならお目にかかりたい。ただでさえいつもわがままなど言わないのだ。これくらいの可愛いわがまま、叶えてやらない訳がないだろう。箸で摘み上げたキウイを諏佐の口元まで運ぶ。 「ほれ、あーん」 「…ん」 諏佐が! 食べた! 瞬間今吉から花が舞った。あの諏佐が特に何の抵抗もなしに自分からものを食べてくれるなんて、いつもならばあり得ない。この不可思議現象はやはり諏佐を心細くしているのだろう。そしてその心細い様を自分になら見せても良いと思ってくれているのだろう。ビバ不可思議現象、ビバ侵入者。自然と頬が緩んでしまう。この際諏佐の部屋に侵入したことは許そう、などと今吉は勝手にも思っていた。 食べ終えた弁当をまとめ、食堂に返してきた今吉はまた諏佐の部屋にやって来た。不安であろう諏佐を一人にしておきたくなかった、というのは建前で、勿論諏佐が珍しく甘えてくれるかもしれない、なんていう下心が八割である。 しかし、現実は今吉の予想をやすやすと超えてくれた。 「え、なんなん」 くて、と擦り寄ってきた諏佐に、今吉は疑問符を浮かべる。 「…すさ?」 「なんだ? いまよし」 こちらを見やる瞳はとろりとしていて、これは、まるで。急いで手元の携帯で検索する。キウイフルーツ、一番上の某百科事典、クリック、開かれた頁。 思わずしまった、と声が漏れる。 「キウイはマタタビ科か…!」 頭を抱えたい。昼食時から諏佐が甘えて来たのはマタタビパワーだと言うのか、解せぬ。しかし頭を抱えている間にも諏佐は擦り寄ってくる。 「いまよし」 潤んだ瞳が今吉を囚えた。熱のこもった声が理性の糸を一本ずつ取り除いていく。 これは紛れもない据え膳である。食わねば男の恥と言うではないか。 するり、と頬を撫でてやると気持ちよさそうに目が細まる。 「すさ、」 「なんだ、いまよし」 甘い声。囁くようにして尋ねる。 「食べて良え?」 「…どーぞ」 いつもよりも血色の良い唇が殆どゼロ距離で歪んだ。 「めしあがれ」 * 20130223 *** 20190117 |