三月うさぎの巧妙な罠 今諏佐 *諏佐さんと今吉さんが同じクラス設定 *桐皇学園文化祭は六月くらい 「文化祭で我がクラスはバニー喫茶をやります」 思えばそもそもの発端はこの文化祭実行委員の言葉だった。 二日間ある桐皇学園文化祭では一日目はクラスメイン、二日目は部活動メインと大まかに決まっている。高校生とは大体がお祭りが好きな生き物である。今吉と諏佐のクラスもそれは例外ではなく、諏佐が午後の春の陽気に身を委ねている間に、クラスの出し物は決まっていた。それに関しては何も言わない、うつらうつらしていた自分が悪いのだから。それに、少し羽目を外すくらい、高校生なのだから楽しみだとは思っていた。 その時点では諏佐もうさぎに扮するくらいだろうと思っていたのだが、今吉を筆頭に計画、もとい悪巧みをし始めた文化祭実行委員たちが、そんな可愛らしい企画で収まるはずがなかった。今吉を止めなかった諏佐にも非はあると言えるだろうか。このクラスで今吉を止められるのは、実質諏佐だけなのだから。しかし、こんな仕打ちをされて、自分にも非があると言える程諏佐は大人ではない。 「すさぁー似合うとるでー」 「黙れ。今吉黙れ」 文化祭当日、朝。カチューシャから生えた黒いうさぎの耳。垂れているそれはロップイヤーをイメージしたのだろう。諏佐のはワシが選んだんやで〜とまとわりついてくる眼鏡のことなど無視したい。何処から調達してきたのか、190pの諏佐もちゃんと着られるような燕尾服。そしてちょこん、と臀部に括りつけられた丸くてふわふわしたもの。黒いそれは目立ちはしないが、誰がどう見てもうさぎの尻尾である。正直恥ずかしい、恥ずかしい以外のなにものでもない。燕尾服とうさ耳のミスマッチさがまた余計に恥ずかしい。 「良えやん。ほんまのことなんやから」 対する今吉は白いうさぎの耳にメイド服。スカート丈の長い正統派メイドなのはそのガタイの良さを誤魔化すためだろうか。こちらはやたらと似合っているように見えるのだから尚悪い。 「ほら、もうホール出な」 「行きたくねぇ…」 そうは言っても既に決められた役割である。今、諏佐が駄々をこねたら困る人が出て来るのが分かりきっている。 「そうも言うてられんやろ」 「…分かってる」 「頑張ってよね! 稼ぎ頭!」 元気な文化祭実行委員もとい今吉の共犯者の声に押されて、今吉はうきうきと、諏佐は渋々とホールに出て行ったのであった。 「…つっかれた…」 誰もいない更衣室。今吉と諏佐の二人は伸びていた。本来ならば諏佐も今吉も午前中だけの予定だったのだが、二人目当てにやって来る客があまりにも多くて抜けるタイミングを逃し、結局最後までほぼ休憩なしで捌ききることとなったのだ。おかげでこちらは着替える気力も残っていない。恥ずかしくてたまらなかった耳も、一日中人の目線に晒されたこともあって、今は疲労を優先させるだけになっていた。慣れって怖い。 簡易パイプ椅子に座り伸びている二人に、クラスメイトたちは感謝と労いの言葉をかけて片付けに向かっていった。 「今吉くんも諏佐くんもお疲れさま!」 「衣装は今度返してくれたら良いからー」 「片付けはやっとくよ」 がやがやとクラスメイトたちの声が遠ざかって、二人きりになる。夕日に照らされた更衣室は、ひどく静かに思えた。 「おつかれ、諏佐」 「今吉こそ、おつかれ」 互いに労いの言葉を掛けた後は話すことがなくなる。バスケ部に出し物の予定はなく、今この疲労を優先させても困ることはない。 なぁ、と沈黙を破ったのは今吉だった。 「諏佐はうさぎにどういうイメージ抱いてるん?」 「は?」 「だーかーらー。うさぎ。どういうイメージなん?」 その問いに諏佐は少し考え込む。 「ありきたりだけど…寂しいと死ぬとか、目が赤い、とか?」 がば、と今吉が仰け反った。座っていた椅子がぎちり、と悲鳴を上げる。それでも前足が浮いただけに留まったのは、それすらも計算だったからか。 「ないわー。諏佐はうさぎを分かっとらん」 失望した、とでも言いたげな今吉。 「じゃあ何なら正解なんだよ」 「そうやなぁ」 ゆらり、今吉が立ち上がる。まだ椅子に座ったままの諏佐は自然と見上げる形になった。悪どい表情に身をこわばらせるも、接客で疲れた脳がなかなか正しい判断を叩き出さない。 「うさぎってのはな、性欲がめっちゃ強いんねん」 「は?」 「小屋ン中に雌放り込んだらヤり殺されたりな、雄しかおらんかったら決闘して、敗けた方が女役して、やっぱりヤり殺されたり」 「そ、うなのか」 知らなかったよ、そう言いつつ立ち上がろうとする諏佐の肩をを今吉が抑える。椅子に座った人間は、前に身体を倒さなければ立ち上がれない。小さい頃テレビ仕入れたそんな知識を、何も今体験したくなかった。 開いていた脚の間の僅かなスペースに今吉の膝が差し込まれる。寄せられた身体から感じる、その服装に不似合いな熱と硬さに身動ぎした。 「今、吉」 「なんや?」 「お前、」 「良えやん」 誰も来ぉへんよ。とろけそうな声が耳元に流し込まれる。垂れたその偽物の耳をゆっくり撫ぜられて、感覚がないはずのそれにふるり、と瞼を震えたのが、諏佐にも嫌と言う程分かっていた。 「ちゃんと死ぬまで手放さんから安心しぃ」 それがうさぎって面かよ。完全に肉食動物じゃねーか。 言葉は、飲まれた。 * (真夜中の諏佐イプの産物) * 20130208 *** 「大ちゃんには分からないよ!!」 放課後児童クラブ―――一般には学童、という通称で呼ばれるその施設内で、少女の痛々しい叫びは響いた。 星の火の憂鬱 諏佐+桃 *シングルファザー今吉さん×家政夫桜井くん *多分今吉さん三十代 *桜井くんは一日三時間×週三回今吉家に来ている *今吉さんの息子は大輝くん(小学校一年生) *今吉さんの同僚・諏佐さん *その娘のさつきちゃん(小学校三年生)は若干ファザコン *というめとろさんのアイディアに全力で乗っかって剰え捏造した結果 「大輝と喧嘩したんだって?」 「私、謝らないよ。大ちゃんが悪いんだもん」 その大きな目に涙をいっぱいに溜めて、それでもさつきはむくれた表情を隠さない。 いつものように仕事を終えて学童に迎えに行って、そこで目にした愛娘の表情に諏佐は驚いた。大輝くんと喧嘩したんですよ。学童の先生の言葉にまた驚く。家もそう遠くなく学校も同じで、その上父親同士が同僚ということもあり、さつきと大輝は幼い頃から良く遊んでいる。それ故小さな喧嘩は何度もあったが、大体実際にも精神的にもお姉さんなさつきが、 「もう、大ちゃんはしょうがないんだから」 と言って収まっていた。だからここまで拗れたのは、諏佐が見ている限りでは初めてのことである。 「どうして喧嘩したのか聞いても良いか?」 手を繋いで家路を辿る。さつきは少し言葉を探すように黙って、やがてぽつりぽつりと話始めた。 「大ちゃんが、桜井くんだけいれば良いって言ったの」 桜井、それは同僚である今吉家に来ている家政夫さんの名前だ。昼休みの度に相談もといノロケを聞かされている諏佐としては、大して会ったこともないのに良く知っている人物である。 「桜井くんがお母さんになれば、今吉のおじさんは要らないって、そう言ったの。私がそんなのおかしいって言ったら、さつきだって桜井がかーちゃんになればとーちゃんなんか要らないだろ、って」 桜井はれっきとした成人男性なのだが、まぁ母親という表現は分からなくもないので置いておく。 「そんなことない、って言ったら、おかしい、変だ、って…」 徐々に小さくなっていく声に、さつきが必死で泣くのを我慢しているのが分かって、諏佐は困ったように眉を寄せた。 さつきが同年代の子供よりも少々父親離れが出来ていないようであると言うことは、諏佐自身も良く分かっていた。父親としては慕って貰えるのは嬉しいが、このままではいけないであろうことも分かっている。ましてやその原因が、父親である自分と彼女の母親の離婚騒動にあると思われるのだから、余計に。 母親のことは正直大してさつきの記憶に残っていない。物心ついた時には幼稚園で一番最後まで残っていたし、それを迎えに来てくれるのはいつも仕事帰りから走って来る父親だった。家にもあまりいなかったし、思い出という思い出もない。 そんな母親が頻繁に現れるようになったのはさつきが幼稚園年長になった年のことだった。幼いさつきにはどうやらあまり良くないことが起こっている、くらいのことしか分からなかったが。 事実あまり良くないこと―――離婚とそれに付随する権利などの話がされていて、諏佐家は今までになく不穏な空気が漂っていた。良くある話、子供の親権や監護権などの争いだ。実際には弁護士を介して既に話し合いをし、ほぼ確定で父親である諏佐の方へどちらも渡ることにはなっていたのだが、母親の方ははい、そうですか、と引き下がれるものではなかったようだ。諏佐さえ譲ると言えば、さつきを連れて行けると信じているかのように、母親は毎晩のようにやって来て諏佐に懇願した。諏佐が頑なに首を振り続ければ夜だと言うのに声を上げ、寝ているさつきが起きてしまうこともままあった。 その夜も、布団でうとうとしていたさつきは、金切り声に起こされた。 「やめろ、さつきが起きる」 そうっと覗いた居間では、父親と女の人が向き合っていた。女の人が自分の母親だと言うことはさつきも聞いてはいたが、全く実感が沸かない、というのが現実だった。後ろ姿しか見えない父親だったが困った顔をしているのがすぐに分かって、さつきは自分が此処にいたらいけないのを感じた。さっさと布団に戻って寝よう。そう思って回れ右、をしようとした時。 細いドアの隙間からその人と目があって、 「ひッ」 逃げる間もなく、ばたばたと近付いて来た腕に捕まった。 「さつきは私と来てくれるわよね!?」 肩を掴まれて揺さぶられる。この怖い顔をした人は誰なのか、とさつきは幼いながらにも思っていた。実感がなかったのもあるが、何よりも母親というものがこんなに怖い表情をするものだとは信じられなかった。 「やめろ、さつきを巻き込むな」 静かに制止する声に一瞬肩を掴む力が緩む。それを逃すさつきではなかった。 「パパっ!」 「大丈夫か、さつき」 そのまま抱き上げてもらう。ぽんぽん、と落ち着かせるように背中を撫ぜる手が心地好かった。 「ごめんな、寝てたのに」 「ううん、大丈夫」 本当に申し訳なさそうな父親に微笑みを返す。確かにとても眠かったけれど、さつきが起きてしまったのは別に父親の所為ではない。その意味を込めて。 仲睦まじい様子の二人が気に入らなかったらしく、その人はわなわなと唇を震わせていた。 「…ッどうして!? さつきの意見だって要るでしょ!? さつきのことなんだから!!」 「さつきはまだ小さいからこういったことには関われない。お前だって分かっているだろう」 父親の言葉は彼と同じ大人に向けられているというのに、さつきにはそれがさつきと同じくらいの子供に言い聞かせているように聞こえた。納得がいかない、と言うようにその人は頭を振っていたが、突然はた、と止まって顔を上げる。さつきの目に入ったその瞳はらんらんと輝いていて、まるで、とても悪いことを思い付いたいじめっこみたいだ、と思った。 「さつき、パパとママ、どっちと一緒に暮らしたい?」 ねっとりとした声が恐ろしくて、父親に縋り付く。そんなさつきに苛立ちを感じたのか、彼女はまたも叫んだ。 「ねぇ、どっちなの!!」 びくり、と肩が震える。 「さつき、答えなくて良い」 「何、貴方、怖いの」 小さく止めた父親に、その人は勝ち誇ったような笑みを漏らした。 「さつきが私を選ぶのが怖いんでしょう」 「お前な」 呆れたような表情をする父親。さつきには彼女が何をしたいのか分からなかったけれど、それでも今、大好きな父親が馬鹿にされたのだけは分かった。この人は怖いけれど、ちゃんと自分の意見を言わなくてはいけない。年の割にしっかりした子だったさつきは、小さく頷いた。大丈夫、言える。震える唇が動くのを、その人は期待の眼差しで見ていた。 「…パパ」 言葉が漏れる。そうしたらもう、止まらなかった。 「さつきはパパとくらすっ! パパがいい!!」 信じられない、というように彼女は絶叫した。 「何でよ、どうしてよおおおお!」 言葉にもならないのか一通りわけの分からない言葉を叫んだ後、 「さつきだって佳典の子供じゃないのよ!?」 ヒステリックなその悲鳴は、まだ幼いさつきを貫いた。 「…知ってる」 さつきを抱き上げたままの父親その人から発された言葉もまた、じり、と胸を焼いていく。 「…ぱぱ?」 「さつき、ちょっと嫌な話になるから、お耳を塞いでいなさい」 言われるままに耳を塞いだ。耳を塞いだからと言って全てが聞こえなくなる訳ではない。結婚前、浮気、血液型、DNA。断片的に拾える単語を、さつきは全て聞こえないふりをした。さつきを守るように抱き締めてくれているその腕に、全ての意識を集中させた。それが世界で唯一、さつきを守ってくれるものだと幼いながらに分かっていたから。 「それでも、さつきはオレの子供だ。お前には任せられない」 瞬間、その空間を満たしたのは母親の悲鳴だったと思う。たださつきはその目の前の女の人が怖くて、ぎゅう、と父親に抱き付くしかなかった。 くるり、と回った父親の背中をその人は何度も殴り付ける。 「ぱぱぁ!!」 優しい体温越しに伝わるその振動にさつきが悲鳴を上げる。 「さつき、掴まっていなさい」 言うやいなや、父親は走り出した。そしてそのまま玄関まで裸足で駆けて、ばたん、と扉を閉める。 「さつき、お隣りの川上のおじさん、まだ起きてると思うから」 激しく扉を叩く音、開けろ、と繰り返す女の人の声。それが自分の母親であるとはにわかには信じがたかった。 「警察、呼んでもらって」 「パパはッ!?」 「パパはママとお話してみるから」 さぁ、早く行きなさい。そう言ってまた家の中へと消えていった父親を止めることは出来なくて。 「パパがぁ、パパが、しんじゃう!!」 さつきは涙を零しながら隣の家に駆け込んだのだった。 あの日、扉の向こうにいた妻は刃物を持っていて、諏佐が少なからず怪我を負ったこともまた、さつきのトラウマとなっているように思う。知り合いの臨床心理士とも相談して、そこまで非道くないのならば見守って行く方向で行こうとは決めているものの、やはり不安は拭えない。父親として、さつきに出来る限りのことをしてやりたい、それが諏佐の願いだ。 「だから、大ちゃんが悪いの」 ぽた、ぽたと耐え切れなくなったかのように涙を流すさつきを、諏佐は優しく抱き締めてやる。 「私、お父さんと離れたくない。どれだけ優しい人がいても、お父さんと交換なんて嫌。私、おかしくないもん。大ちゃんが悪いんだもん」 大輝とて、本当に父親である今吉が要らないなどとは思っていないのだろう。ちょっとした冗談だったのだ、男の子というものは悪ぶりたがるものだ。けれど、それはさつきにとって受け入れられるものはなかった。それだけの話だ。 「確かに、それは大輝が悪いな」 「うん」 「でも大輝にはそれが悪いことだって分かってないんだ」 「うん」 「反抗期ってやつかな、ちょっと親が嫌になる時期っていうのは来るんだ。だから、あんまり責めてやるな。 きっと大きくなれば大輝にもちゃんと分かるから」 「…うん」 さらさらの髪を撫ぜてやる。 「大輝のこと、許してやれそうか?」 無言でこくり、と頷いた娘に笑う。 「じゃあ、早く帰ってご飯を食べような」 「うん!」 手を繋いでまた歩き出す。 我が家はもう、すぐそこだ。 * 20130201 *** ユーカラ飽和糖液 今諏佐 「諏佐が女の子やったら孕ませるんになぁ」 勉強中、ふいにそう呟いた今吉に諏佐は顔をあげた。 「今吉子供欲しいのか?」 同性で恋人、なんていう関係になってからいろいろ話してきたとは思ったが、今吉がそう思っていたなんて知らなかった。諏佐も今吉も男で、いくら行為を重ねようとも新しい生命が芽吹くことはない。 「ちゃうで。子供が欲しい訳やない。まぁ神様が諏佐との子供授けてくれる言うんなら、有難く頂くけどな?」 首を傾げた諏佐に今吉は首を振る。うーん、と少し考えてから、口を開いた。 「孕むまで何度も何度も中出しして、ワシの前で検査薬やらして。それで孕んだら諏佐攫って二人で子供育てるんや」 にやり、と笑って今吉は続ける。誰も知らない田舎へ逃亡して、家族の手からも逃れて、親子三人だけで邪魔されずに暮らしたい。ああ、もう一人増やしても良えやろな、なんて今吉は付け足した。朝ネクタイを結んでもらってから仕事に向かう。時々はいってらっしゃいのキスをして。帰ってきたらおかえり、と言って貰えて、遅くなる時はメールを。その返信が夕ご飯の内容と気を付けて帰って来て、という内容だったり。今吉の語る幸せそうな未来設計。やたらと具体的なそれは、諏佐の目にも簡単に浮かんだ。ひどく、しあわせそうだ。 でも、それは決して訪れることのない未来。 今吉はそんな手に入らないものを本気で追い求めている訳ではないのだろう。そうであるならば、まず同性を恋人にするなんてこと、なかった。一時の気の迷いだと自分に言い聞かせて、その気持ちを嘘にすることだって出来たはずなのだ。でも、今吉は諏佐を選んだ。それが答えだ。 「…で?」 先を促す。 「お前は本当はどうしたいんだよ」 数式を解いていた手はとっくに止まっていた。 今吉はぱたり、と参考書を閉じると向かいの諏佐の元にやって来る。それを見て諏佐も参考書を閉じた。後ろのベッドに寄りかかるようにして机との間を開けてやれば、其処に今吉が猫のように滑りこんで来る。 「諏佐を、正しく掴まえていたい」 小さく囁かれた言葉が、毒のように耳を満たした。 したら諏佐、何処にも行かへんやろ? 弱々しく吐いた恋人にため息を吐く。同性だから子供も出来ないし、結婚も出来ない。法や何やらで形作って相手を拘束することが出来ない。それが不満ではないけれど不安なのだ、こいつは。ゆらゆらと光を灯す瞳と絡み合う。 「まぁ、本気でそう願ってる訳やないわ。この先もずっと諏佐がワシの隣にいてくれたらなぁ、くらいは思っとるけどな」 子供も結婚もなくて良い。実際に形に出来なくても、その分見えない所で縛ってあげるから。 「代わりにどろっどろに甘やかすことにするわ」 獲物を前にする捕食者の目のようだ、と思った。それにしては大分優し過ぎる瞳だったが。 「ワシなしでは生きられんようになれば良えのにな」 首に腕を回され、肩口に頭を埋められる。諏佐は慣れた手つきでその背を優しく撫ぜた。 こうして甘やかされることがとても好きなのだと、既にとても良く分かっていた。 * 20121215 *** 歪みなく静岡県民な灰崎くん 福田総合 「灰崎くん、君…」 「ほ?」 高校一年の冬から二年。三年の冬を終えた黒子と灰崎はマジバで待ち合わせをしていた。この二年の間にいろいろあり、灰崎が中学時代のような髪型に戻ったり、キセキの世代と仲直りしてみたり、良い子とまでは言えなくとも悪い子ではなくなったり、本当にいろいろあったのだが、今はそれが本題ではないため置いておく。 「地震が起こると歌い出すって、本当ですか」 「はい?」 聞き返した灰崎は、悪くないと思う。 黒子の話をまとめると、こうだ。便利な文明の利器で情報の海を漂っていたところ、“静岡県民は地震が起こると、何故かローカルCMを歌い出す”という噂を発見し、その真偽が気になったということ、らしい。 「あー…まぁ、うん」 「本当なんですか!?」 瞬間、きらりと煌めいた黒子の瞳を見逃す灰崎ではなく、ちょっと待ってろ、というと携帯をいじり始めた。 「…お、あった。地震直後のLI○Eログ」 渡されたスマートフォンの画面には、黒子も良く知る黄緑のアプリ。黒子は文字群に目を落とす。 * ・ ・ ・ いしだ 揺れたな 松島 でかかったですねー Read by 16 震度いくつ? ナオト 体感7弱 秋山佑樹 オレ速報見逃した 高原 オレも 糸魚川 テレビついてなかった もっちー や○ートップ見てきた 7弱 山田 直人すげぇw 沢田 ナオトwww Read by 16 今度から計測器って呼ぶwww ナオト 灰崎やめれwww いしだ 誰も怪我とかしてないよな? コイケ ピンピン Read by 16 余裕 みやのん コップが一名犠牲に… 松島 おおコップ… Makura 皆の者よ、コップに祈りを… なつめ (人) シエロ (人) ナオト (人) Read by 16 (人) ヨーカドー (人) みやのん ありがとwww片付けてく るwww 沢田 今話題のハッピーグルメ弁当と は? Makura おいwww 秋山佑樹 どん○ん? 山田 ………ど○どん? なつめ ぱふぱふぱふwww 山田 被ったw シエロ おいし〜さどんどん 松島 お弁当どん○ん! 糸魚川 おれたちにゃwあwすwがwあ るwwww 秋山佑樹 おれたちにゃゆめがあるwww もっちー 学生服は いしだ や○だ○まだー みやのん wwwwww Makura www しらいかずひと wwwwww 高原 あなたのまちのwwwwwww しん○んはwwwwww 山田 親切丁寧いwいwかwんwじw シエロ 笑顔で頑張るww人たちのww 糸魚川 夢と希望をかwなwえwまw すw ヨーカドー ふぇーいすとぅーふぇーい すwwww もっちー あれロングバージョン地名唱え るよな なつめ オレら三番目! Read by 16 ロングバージョンなんてあんの か 秋山佑樹 つべれ ナオト つべれってw 沢田 何でもれつけりゃー良いと思う なよ! Makura おいしいむらにゆけーばー コイケ \ユケーバー/ しらいかずひと 明日の転機が分かりますー みやのん \ワーカリーマスー/ 松島 転機wwww 高原 だってそこにはー なつめ よ○きゅーうのー シエロ ソーセージおじさんーすんでる もーん 糸魚川 \ソーセージオジサーン!/ 山田 転機wwww 秋山佑樹 何すんのwバスケやめんの? しらいかずひと ミスった しらいかずひと やめねぇよ! みやのん wwww なつめ 良かったwwww Read by 16 ソーセージとミートボール… Makura おい馬鹿やめろ 糸魚川 誰も触れたことのない禁忌に…! コイケ 禁忌なんだwwww 松島 ぶっかけぶっかけぶっかけうどん ヨーカドー あれもな… 高原 ふぅ… シエロ オイwwww いしだ みたことのないものー 山田 みてみたーーーいなーーー みやのん え、なにそれ知らん もっちー 鈴○知らんのか しらいかずひと くじらのーだんす ナオト 北の国のオーロラ Read by 16 ありんこのなみだ 高原 いーつかーきっとーみーれるー よねー 糸魚川 いーつかーきっとおおおおお みーれるーよねええええええ みやのん あ、あれ○与だったのか ナオト まいほーむwまいほーむwww 沢田 まーいほーーむーーー いしだ お前らそろそろ落ち着けw もっちー まいほーむ まいほーむ 糸魚川 まーいほおおおおおむうううう みやのん むりwwww シエロ すーまーいーのー コイケ ぷーらーんーはー なつめ まーいほー○せんたーへー 糸魚川 電話シテネ! 松島 イトwwww Read by 16 イトうぜぇwwww しらいかずひと 電話してねなんて入ったっけ 糸魚川 ワカンネ 何か浮かんだ ナオト テキトーwwww なつめ 流石イトwww 山田 ほんとにほんとにほんとにほん とに コイケ ら・い・お・ん・だ! 沢田 近すぎちゃってーどーしよー! 松島 かわいくってー Makura どーうしよおー! しらいかずひと ふっ○ー! 糸魚川 さふぁ○ぱーっく! Read by 16 最近行ってねぇやサ○ァリパー ク しらいかずひと 灰崎友達いなさそうだもんな… Read by 16 いwwwるwwwしwww みやのん 嘘つくなよwwww なつめ 灰崎に…友達…だと…? ヨーカドー まさかとは思いますが、この 「友達」とは、あなたの想像上 の存在にすぎないのではないで しょうか。もしそうだとすれ ば、あなた自身が統合失調症で あることにほぼ間違いないと思 います。あるいは、「友達」は 実在して、しかしここに書かれ ているような異常な行動は全く 取っておらず、すべてはあなた の妄想という可能性も読み取れ ます。この場合も、あなた自身 が統合失調症であることにほぼ 間違いないということになりま す。 シエロ 糖質のコピペwww Read by 16 オイ伊東 高原 灰崎の友達やること=異常な行 動 沢田 オイ…オイ… 松島 誰もツッコまなかったことに… ナオト 高原お前って奴は… Read by 16 すん。 沢田 灰崎泣いてるじゃねぇか! なつめ あー悪いんだーたかはらくーん Makura いやいとうだろ シエロ いとうだな ヨーカドー ごwwwwwめwwwwwww んwwwwww ナオト ほら、謝ってるぞ、灰崎 みやのん ゆるしてやれよ Read by 16 草刈っておけよ! 沢田 いや草なんかない コイケ それはお前の心の汚れだ 糸魚川 大福ブレッドで解決してもらえ ヨーカドー でたwww 高原 こんけ○どwwww 秋山佑樹 あらゆる闇を掴まえて! なつめ 大福ブレッドで解決だ! 松島 イタイノトンデケイタイノトン デケ しらいかずひと こん○るどー 沢田 コ○コルドも迷走してるよな… Read by 16 記憶喪失のやつすき 山田 男を見ましたのやつ? Read by 16 そうそれ Makura あれ何か賞とってなかったっけ 秋山佑樹 あー シエロ そうなん? Makura うろ覚え 松島 す!す! 糸魚川 すまるてい!! 松島 よく分かったなwwww 高原 …六時か しらいかずひと れす○はーうすー シエロ 地震wwwww コイケ 神様!地震は何年何月何日に起 きるんですか!! Read by 16 ワカンナイネェ! 糸魚川 ボックスラーメンwwww みやのん 四角いラーメンじゃないんだ よw 松島 第一セキスイハイムがラーメン 売るわけないでしょうwww Read by 16 ラーメンていうのはドイツ語さ (キリッ 山田 ラーメンていうのはほ・ね・ぐ・ み! もっちー 神様すきだったわー ナオト みんなあなたをあいしてるから いしだ ずっとあなたをみーつめてく 秋山佑樹 たいせつにーおもーうきもちで コイケ 比べて選べるみや○でー なつめ ヨーデルヨーデルヨーデルヨー デル 糸魚川 よーでる銀座! しらいかずひと たなぼった!! 高原 アレがパチンコだって大きく なってから知ったわ 松島 あるある みやのん ぷりぷりぷりぷり シエロ ぷり○どーんな! ナオト あれ何のCMなんだ? もっちー ブライダル系 山田 ほう… なつめ のもっとのものもの○とさんw コイケ ぷちっとぷちぷちぷ○らん ゆwww みやのん このあと犬○叉が始まるんだよ な 松島 犬夜○wwwなつかしwww 高原 六時をお知らせします!だ っっけ? 沢田 七時じゃなかったか? Makura もう結構前だよな… ナオト たっまっごっかな ヨーカドー けーっきっかな 秋山佑樹 ○っここっ○ーぴよこっこ! Read by 16 こっ○ってうまいの? 山田 うまいよ みやのん 食ったことねぇのかww俺も ねぇけどwww シエロ ねぇのかよ! しらいかずひと くってみなけりゃわからないー ヨーカドー ニマメ 糸魚川 やーま○きーのーに!ま!め! 山田 よしがみっつで? みやのん よし○っつー! Read by 16 お前ら雑になってきたなwww もっちー 早くねろwwww ヨーカドー まだまだ俺たちの夜はアアア 糸魚川 これからだアアアア いしだ 朝練遅れたら外周だからな しらいかずひと 分かってます コイケ 遅れません なつめ ぴー○ちゃんw○ーかちゃ んww Makura ぴーか○ーかちゃんww しらいかずひと 軽くてw強いwランドwセルw 松島 いーけー○やーのー 高原 ぴー○ちゃん!! Read by 16 \ピ○チャンダヨー/ ナオト うなぎのげんき 沢田 うなぎーぱいぱーいぱーい 山田 夜のお菓子www コイケ あれネーミングなwww なつめ てんしょっくでーきない Makura しかれたレールをずーっとはし るだけー みやのん せつねぇ ヨーカドー ぱーんぱかぱーんつ! 糸魚川 あいつ全国に進出したらしいぞ Read by 16 まじか… ・ ・ ・ 以下省略 * 「…何というか、君たちが仲が良いことはとても良く分かりました」 「羨ましいだろ!」 「いえ。誠凛もとても仲の良いチームですから」 黒子はスマートフォンを返す。 「ところで灰崎くん」 「何だ?」 「友達、いないんですか?」 「え」 数秒後、 「オレたち友達だろおおおおお!?」 という灰崎の声が、マジバに響き渡ったとか。 * 20121122 *** 高尾くんの育ての母が前夜に荒ぶって語りはじめた話 高緑 *高尾くんの育ての母が始終語っているだけの話です *高尾くんの本当のご両親は他界されています *高尾くんの妹ちゃんもちらほら出ます *何ともまぁ、高尾馬鹿な親御さんというか それは本当に突然のことだった。私は当時成人を迎えたばっかりで、何とか専門学校を卒業して就職をして、順風満帆とは言えなくともそれなりの暮らしを築いていた。恋人もいたし。悲劇っていうのは本当に突然やって来るんだって実感した。 私には年の離れた姉がいたのだけれど、結婚して苗字も変わって子供も二人いた。旦那と家族四人、良く遊びに来てたし、それなりに仲は良かった。子供はお兄ちゃんと妹で、年の所為か私をおばさんとは呼ばずに名前で呼んでいた。 で、その妹夫婦が二人でドライブに行っている時に、事故に巻き込まれた。即死だったらしい。呆気なさすぎて、初めは涙も出ない程だった。受け入れて盛大に涙した後、すぐに思い浮かんだのは二人の子供のことだった。私の方の両親は残念ながら既に他界している。ならば旦那の方の両親だが、そちらは子供など預かりたくない、という主張らしい。そちらで預かるというならば血は繋がっているのだし、金は出そう。だがこちらに押し付けるというのならば、すぐさま施設にでも預けてやる。 何という言い草だろう、こんな天使な兄妹を捕まえて。そう思った私はとりあえず返事を保留にさせて欲しい、一週間で答えを出すから、と向こうの両親を言いくるめて、上司に交渉に行った。こういう時に必要なのは上司の理解だ。交渉三日目で人の良い上司は折れてくれて、狭い職場の応援はいとも簡単に得られた。ということで、姉夫婦の子供を引き取ることになった。 それと同時に恋人には別れを切り出した。流石に知らない子供の親のような真似をしてくれなど頼めないからだ。切り出すとまず怒られた。真似じゃなくちゃんとやってやると言われた。何てことだ、天使兄妹は私の結婚まで後押ししてしまった。 その日のうちに婚姻届を出し、姉夫婦の死から二週間後には新しい家庭が出来ていた。まぁいろいろあっと言ったらあったのだが、向こうの両親の援助のお陰でそれなりに広い部屋に住めることになった。その点はとても感謝している。 この先語っていく上で、兄の方を鷹男、妹の方を鷹子とする。私は小鷹、旦那さんは大鷹としよう。もう二人はこっちがにやけるくらい仲が良くて、実の子じゃないことにかまけて親馬鹿しまくった。 鷹子が家族について、という作文で、わたしのほんとうのおとうさんとおかあさんは、てんごくにいます。 でも、さびしくありません。こだかさんとおおたかさんとおにいちゃんがいっしょだからです。で始まる文章を書いて授業参観で読みあげてくれた時なんか、もう…! 感動して何も言えずにぽろぽろ涙流してたら他のお母さんたちにハンカチ貸されたりした。 鷹男が喧嘩した、って学校の呼び出されてみれば、いろいろ耐えまくってるようなすごい顔で、こいつがほんとうのかぞくじゃないなんておかしいっていったんだ! かわいそうっていったんだ!! おれたちぜんぜんおかしくない! かわいそうじゃない!! こだかさんとおおたかさんといもうとちゃんのこと、なにもしらないくせに!! って叫んだ後、栓が飛んだように泣きだした時は思わず抱き締めたね。私悪くない。勿論相手の親御さんには誠心誠意の謝罪を頂きました。子供って親の言うこと真似するからね。親がそう言ってるのを聞いたんだろうね。それで、俺こんなことしってるぜ〜くらいのテンションで言っちゃったんだろうね。鷹男を傷付けたことは許さないけど。と思いつつもちゃんと人を殴るのは駄目だと教えたら、鷹男はちゃんと謝ることが出来た。 と、まぁ、天使兄妹については語りたいことがたくさんあるけど、今はその話じゃない。兄が、鷹男が、明日彼氏を連れて来て紹介する、と夕食の席で宣言したことだ。まぁ鷹男が今男、つまり同性とお付き合いしてるのは知ってる。というかこの恋の始まりのときに泣きながら、どうしよう小鷹さん、オレ、男を好きになっちゃったかもしれない、とか言って来てたし、そこから知っている。何を隠そう私は腐女子だったし、現実にもそういった系統の知り合いはたくさんいたから特に偏見はなかった。ただちょっと、鷹男はイケメンで周りにハイスペックと言わしめる程の逆コミュ障で、シスコンはあれども女の子ともそれなりに付き合ってたのを知ってたから驚きはしたけどね? あ、もちろん鷹子の方も可愛いし気配りは出来るし、大分モテるらしい。でもブラコンっていうのが周知の事実だから、それを乗り越えられる人しか寄って来ないから楽、と言っていた。強かだ。だがそこが可愛い。 話が逸れた。 そうなんだ、問題は鷹男に同性の恋人がいることではなく、彼を連れて来て紹介すると言ったことなのだ。 だってさ、普通に考えてみてほしい。いろいろあるが、親に恋人を紹介する(自主的)ってどんな時よ? そう、結婚したいと考えてる時、というのが一般的だ。 まぁ同性だから結婚はおいといてもだよ、この先一緒一生宣言には変わらない訳だ。私の天使が一人巣立ってしまうと言う訳だ。これが荒ぶらずにいられようか、いや、いられまい(反語)。 相手の人について何も知らないのかと聞かれるとそうではない。彼のことは緑ちゃんとしよう。緑ちゃんはどうやら二次元廃スペックらしい。190越えの長身、長い睫毛、眼鏡、語尾がなのだよでおは朝狂、極めつけはツンデレときた。お前は何処の二次元からやってきた、と言いたい。媒体を通してなら緑ちゃんの顔はしっかり見たことあるし、かなりの美人だと言うことは知っている。鷹男と緑ちゃんは同じ部活に所属していたから、試合を見に行ったこともある私だし、互いに始めて会う訳でもない。だけどだよ、だけど。やはり誠心誠意真心こめて育ててきたつもりの天使が、どれだけイケメンであろうと、何処の馬の骨とも分からない奴に掻っ攫われるのは、正直、気に入らないのであって。何、これ、もう、ちゃぶ台とか用意してひっくり返すべきかな? 鷹男も鷹子も私たちに遠慮せず甘えてきてたと思うから、それなりに良い家族だったはずである。だけどまぁ、流石に恋愛に関しては遠慮するのか、緑ちゃんがうちに来ているのに遭遇したことはない。鷹子は遭遇したことがあるようで、時々教えてくれたが。お泊りイベントもなく、もしかして超健全なお付き合いをしてるんじゃないのか高校生なのに、と心配になったこともある。だからと言って、そういう行為をしているのを知ったらものすごい顔になったと思うが。 鷹男の恋が始まったのは彼が高校一年生の時だった。中学時代、所属している部活の試合で敵として出会った緑ちゃんに、心が折れる程叩きのめされた鷹男は、いつの日か叩きのめし返してやる、と練習に更に熱を入れ始めた。そしてそれが功を奏して強豪校に入って、そこで見たのは今度はチームメイトとして立つ緑ちゃんだったと言う。それなんて運命…といつもの私なら言うだろうが、鷹男がどれだけ緑ちゃんに敵対心を持っていたのか知っているから、そんなことは言えない。あの時は久々に神様を家族全員で呪った。神様ごめん。 復讐すべき相手、緑ちゃんがチームメイトになってしまったらもう復讐は出来ない。さて、そこで鷹男は考えた。じゃあ、緑ちゃんに自分を認めさせてやろう、と。それからまた鷹男は練習を頑張り始めた。そのまま一年生でレギュラーを取るという快挙を成し遂げ、緑ちゃんと共にスタメンにまで選ばれた。何を思ったのか自転車にリアカー括りつけてドヤ顔してた時には、正直心配した。あとで聞いたら緑ちゃんのおは朝アイテムが大きいことがあるから、そのためのリアカーだったらしい。その名付けてチャリアカーは結局高校三年間活躍していた。 そうして一緒に過ごすうちに、緑ちゃんのいろんなところを見て心を奪われたらしい。なんてこと。 それが大体一年生の夏。合宿が終わると同時に、恋心を自覚して帰って来た鷹男は私に泣き付いてきたという訳である。とりあえず私の天使を泣かせた緑ちゃん、覚悟しろ、と思ったことは忘れていない。 恋心を自覚してパニクってた鷹男だったが、私がけろっと受け入れたことでどうやら落ち着いたらしい。それからは持ち前のハイスペックさでとりあえずは様子見をしていたようだ。そして一年生の冬、緑ちゃんとのものすごい連携技を披露して、それでも敗けてしまった試合のあと、緑ちゃんから告白を受けたのだと。 その報告をとりあえず電話で貰った時は、電話口のとても嬉しそうな鷹男にあああうちの子天使!と思うと同時に、うちの子誑かしやがって緑ちゃん許すまじ、が入り交じってたことを報告しよう。いやだって、あれだよ…私はこの泥棒猫!! と緑ちゃんに言っても罰は当たらないと思うんだ。こんな天使を私たちのところから掻っ攫っていくんだから。すん。 高校を卒業して大学に進んだ鷹男は一人暮らしをし始めた。うちからすぐ近くで、月一で帰って来ていたけど。緑ちゃんとそういうこともするようになったんだろうなぁ、と思ってしまう親心は止められない。何度ドコドコお宅訪問してやろうと思ったことか。流石に旦那に止められた。さすが私の旦那、私を止められる唯一の人、愛してる。鷹男の彼氏紹介宣言にも落ち込みまくった私をさっきまで慰めててくれてた。これからもよろしく。 それで、だ。鷹男の恋が始まってからもう結構な年月が過ぎている。二人の想いが通じ合うまでに半年のブランクがあったとしても、かなりの時間だ。それが平坦な道だったとは思わない。実際、今喧嘩しているんだろうな、くらいの空気は読み取れた。決してツッコまなかったが。落ち込んでいる時もあった。敢えて声は掛けなかった。それでもそれらを乗り越えて、今の二人があるのだ。二人が良く話し合って、そう決めたのなら私たちは文句は言わない。いろいろ言ったが、鷹男に幸せになってもらいたいのは確かなのである。完全に手から離れる訳ではないにしろ、大切な子供を託すのだから、最後にいろいろと言いたかっただけである。 ばか、あいしてる。しあわせになれ。おまえはわたしたちのたいせつなこどもです。 明日ちゃんと面と向かって言おうと思う。緑ちゃんにも、ちゃんと幸せになりなさい、と言おう。 さて、もう夜も明けてしまったから、仮眠をとることにする。幸い私は今日は休みだ。鷹男はそこまで配慮してくれたのかもしれない。三時ごろには緑ちゃんが来るらしいし、起きたら掃除をしようと思う。 じゃあ、ここまで聞いてくれてありがとう。 * 20121118 *** 新入部員をふるいにかけたい帝光中学校男子バスケットボール部の話 帝光 「今年は新入部員数を絞ろうと思う。何か良い案はないか?」 最上級生となったその日の部活前、唐突に赤司は切り出した。 帝光中学校は私立である。部活動に力を入れていて、各部活が強豪校として名を馳せている。公立よりは部活動に使える資金はあるだろうが、それにも限界はある。部員数が百を超える男子バスケ部も、資金繰りに悩む部活の一つだった。軍が上がればあがる程お金を掛けてやりたいが、だからと言って下の者を蔑ろにする訳にはいかない。選手層の強化も強豪として手は抜けないのだ。弱肉強食と言えるような厳しい練習。それに耐えかねて退部する者が増える夏過ぎはそれなりに落ち着くのだから、それならば最初から新入部員をふるいにかければ良い。では、どうやって? 監督、コーチ、顧問に呼び出された赤司は一言、言われた。 ―――君に任せる、と。 「斯く斯く然々こういうことなんだ」 きょとんとしていた部員たちに説明を終えると、全員が確かに、と頷いた。 「何か入部テストをするとか?」 一人がはい、と手を上げ発言するが、 「それも考えたんだが、毎年入部希望者は多いだろう。全員にテストを課している時間はとれない」 困ったように首を振る赤司に却下される。 「フィジカルはさておき、それなりのメンタルを持つ者だけが残るような妙案はないだろうか」 そんな無茶な。フィジカルが素晴らしくても、メンタルが弱ければここでは生き残れない。欲しいのは、生き残れる者、なのだ。 「あ、明日の新入生オリエンテーションで何かやると言うのはどうっスかね」 しばらくして、ひょい、と手を上げたのは黄瀬だった。 「確かに、あれならば授業時間中だからな。練習時間がどうこうなることもないのだよ」 「ふむ、涼太にしては良い考えだね」 部活動が盛んな帝光中では必ず何かの部活に所属することが義務付けられている。そのため、一年生に部活を紹介する、謂わば一年生の歓迎会みたいなものがあるのだ。 「寸劇をやるというのはどうでしょう?」 茶番ならいつでもやっていますし、と続いて小さく手をあげたのは黒子。実力主義の帝光バスケ部だが、一軍内の仲はそれなりに良い。バスケが絡めば紫原が暴言を吐いたり、それが原因で黒子と対立したりはするが、休憩時間に全員で茶番をやってみたり、帰りはまとまって帰ったりする。 「新入生がドン引くような寸劇…」 「いつもの茶番では面白いだけだからな…」 ふぅむ、と沈黙が続く中、ようやっとそれを破ったのは、 「ね、赤司、一つ思いついた」 一緒になって考えていた同級生だった。わくわくにやにやと話し始める彼に、釣られるように周りも笑い始める。 「ってのはどう? 今のは大雑把にまとめただけだから、修正入れて良いけど」 「いや、そのまま行こう」 笑いを堪え切れていない赤司が言い切る。 「全員聞いていたな? 今のままで行く。細かいところはお前たちのアドリブに任せよう」 おお、と盛り上がる一同に、赤司はぱん、と一つ手を打って、 「さ、この話はこれでおしまい。練習するぞ」 はい!と元気良く散らばる部員たち。 まさに五分クオリティであるこの寸劇。一体どうなるのだろうか。 * 『次は男子バスケットボール部です』 放送部のアナウンスが入って、舞台袖に待機していたメンバーたちは立ち上がった。練習すらしていないが、失敗する気もしない。 「行くぞ、お前たち」 赤司の掛け声に、おーと小さい声が返って来た。 明るくなった舞台に、人が三人出て来る。そのうちの一人、部長の赤司は普通の格好をしているが、後ろの二人は普通ではない。その時点で新入生たちはざわざわし始める。地蔵の被り物をした女子生徒―――桃井と、ノンラーを被った男子生徒―――黒子だ。いつもは影の薄い黒子も、何やら可笑しな格好をしていることで普通に新入生に認識されている。中央に立つ赤司がゆっくり礼をすると、二人はその後ろでゆるくパスを始めた。どうやらこういう役らしい。 「只今より、男子バスケットボール部の男子バスケットボール部による男子バスケットボール部のための、 寸劇を始めます。それでは御覧ください。―――真実の、愛を」 艷やかな声で言い切った赤司に、どっと会場が湧く。出だしは好調のようだ。赤司が舞台から退場するのを手を振って見送っていた桃井と黒子は、またパスを再開した。 入れ替わるように、肩を組んだ紫原と馬―――緑間が入ってくる。再度会場が湧く。勿論馬の所為で。ご存知おは朝のラッキーアイテムなのだが新入生がそんなこと知る由もなく、ただのウケ狙いとしてとられてしまったらしい。まぁどうとられようと関係ないのでスルーだ。 「みなさんーこんにちはー」 間延びした声がマイクから流れる。 「バスケ部ですー」 紫原だ。緑間は黙って手を振っている。重ねて言うが馬だ、シュールすぎる。紫原はちらり、と舞台袖を見やってから続ける。 「オレたちはー…」 「紫原!!」 それは遮られた。 のしのし、と舞台袖から出てきた青峰によって。 青峰の登場に呆けていた新入生は、一瞬置いて笑い出した。何が可笑しいって、またもや格好が可笑しいのだ。上は指定のワイシャツ、下は体育で着るハーフパンツ。なんていうかものすごく、ダサい。一見不良のようなガングロイケメンがこんなちぐはぐな格好をしているのだ、笑わない方が可笑しい。 紫原はマイクを緑間に渡し、青峰に向き直る。 「オレとレスリングして、オレが勝ったら、紫原、付き合え!!」 効果音をつけるなら、ブフォッだろうか。新入生が口に飲み物を含んでいなかったことがせめてもの救いだ。紫原が何か答える前に、青峰が脚を踏み鳴らす。だんっ! とその音に応えるように現れたのは、他の一軍メンバー。全員が青峰と同じ格好をしている。彼らは青峰を中心に構えを取り、紫原に対峙した。今度の効果音はブヒャッだろうか。新入生の腹筋が心配だ。 「全員で、かかってきなよ。捻り潰してあげる」 うおー! という雄叫びと共に、紫原に向かっていく勇者たち。それを千切っては投げ、千切っては投げを繰り返している横で、緑間がマイクを握り直した。 「アーアー、出ているな。男子バスケ部はバスケや総合格闘技などに日頃から取り組んでいる部活なのだよ」 大嘘である。練習に充てられる時間を最大限に使って自身の向上に努めている。 「何処でも生き抜ける猛者ばかりな、とても楽しい部活なのだよ」 言いたいことは言った、と緑間が舞台中央に目線をずらすと、物言わぬ屍となった勇者たちの中央に、青峰と紫原が立っていた。どうやら最終決戦らしい。勿論、屍となっている勇者たちは無事である。念のため。 雄叫びと共に二人が組み合って、そのままぐるぐると回り、とうとう紫原が青峰を持ち上げた。女子生徒だろう悲鳴があちこちから聞こえる。そのままくるりと一回転させてから下ろし、地面に這いつくばる青峰を押さえつけた。その口元に緑間がマイクを持って行くと、青峰が吠えた。 「ちくしょー! 三年になったら彼女作るって決めてたのに…!!」 紫原は彼女という括りで良いのだろうか。 一段落ついたか、と思いきや、今度は舞台袖から黄瀬が出て来た。何ともまぁなよなよとした気持ち悪い歩き方で。だが、そこは黄瀬である。腐ってもモデルな奴は女子生徒の黄色い悲鳴を受けている。無言で緑間からマイクを受け取った黄瀬は、地に伏した青峰の横にしゃがみ込むと、恐らく今までで一番であろう慈愛顔を披露した。 「…大丈夫っス、青峰っち。…オレが…いるっスから…」 イケメンであろうと許されることとそうでないことがあるのだろう。さっきとは違う色の悲鳴と、なお混ざる黄色い悲鳴で会場が埋め尽くされる。危険を察知したかのように逃げ出そうとした青峰は、舞台上にいた全員(死した勇者含む)に捕まっていた。そのまま黄瀬と二人、囲まれる。 しばらくして人垣が崩れると、中から出てきた二人はひし、と抱き合っていた。人垣組は殆どが舞台袖にはけてしまう。桃井・黒子の背景ペアはまたパスを始めた。 「こんな不束者の集団だが、第一体育館で待っているのだよ」 残っていた緑間がまとめて、 「それでは最後に、めでたく結ばれたカップルから一言」 マイクを渡そうとして、失敗した。馬の口部分に突っ込んでいたマイクが、何処かに引っかかったらしい。異様な空気に包まれていた会場に普通の笑いが舞い戻る。 「なんなのだ、よッ」 力任せに引き抜いたマイクを無事二人に渡すと、緑間は舞台袖に帰っていった。 残された二人は小さくせーの、と言うと、 「ぼくたち! けっこんします!!」 何処か投げやりに叫んだ。会場全体が引き笑いに染まる中、逃げるように舞台袖に帰っていく二人を、桃井と黒子が仲良くパスを続けながら追う。何はともあれ、大成功のようだ。主に新入生をドン引きさせるという意味で。 * 結論から言うと、男子バスケ部の目論見は成功したようだ。その年の新入部員は例年と比べ少なく、夏を過ぎてもそんなに人数は減らなかった。資金繰りもいつもより楽だったそうだ。 ただ一つ、ホモ疑惑が掛けられた黄瀬だけが、 「オレは女の子が好きっスよぉ!」 と喚いていたが、黄瀬目当てのギャラリーが減ったのだから良いとしよう。 「お疲れ様、赤司部長」 全中三連覇を達成した日の帰り、声を掛ける。 「三連覇、おめでとう」 「君たちマネージャーのおかげでもあるよ」 「そう言ってもらえると嬉しい、ありがとう」 桃井の能力には敵わないけれど、そう言ってもらえるのは普通に嬉しい。 「そういえば、あの寸劇を撮っていたよね」 唐突に投げられた言葉にぱちくり、と目を瞬く。あの寸劇と言ったらあれしかないだろう。撮ることは言ってなかったし、会場は基本的に真っ暗で、一番後ろでズームを駆使して録画していた女子生徒の姿なんか見えないはずなのに。他に流すようなこともしていないし、自分の思い出のためだけに撮ったものだから、特に怒られることはないと思うけれど。 「…だめだった?」 「いや。それで金稼ぎとかをするようなら取り上げようと思っていたけれど、そういうのもなかったようだし」 流石赤司というか、何処で知ったのだろう。聞かない方が良いとは思うが。 「バスケをやっている写真はきっとあっちこっちにあるんだろうけれど、そういう馬鹿をやった形は残っていないだろうな、と思ってね。よければ譲ってもらえないか」 再度ぱちくり。赤司もそういうものを欲しがるんだな、なんて。 「いいよ。今度焼いて来る」 「ありがとう」 最後に同級生であることを実感して笑った。 * 20121113 *** 眼鏡少年の受難 緑+高 緑間真太郎がバスケを始めたのはミニバスからだった。小学校高学年、体育でやったバスケでその才能の欠片を発揮し、当時同じクラスにいたミニバス所属の友人に誘われたのが始まりだ。今は190超えという高身長な緑間だが、小学生時代はそうでもなかった。周りに埋もれるくらいの普通な身長の彼は特に目立つでもなく、固いディフェンスや鮮やかなシュートというのが彼の持ち味だった。 「うっわ、幼い! 真ちゃん、これ何歳?」 「小学校五年生の時のパナ○ームカップの写真なのだよ」 「へー真ちゃんこの時から試合出てたの?」 「まぁな」 どういう話の流れかは忘れたが、真ちゃんのちっさい頃とか見たい!! と騒ぐ高尾に、写真ぐらいは良いか、と家に来ればいいと誘ったのが今日の部活終わり。ミニバスに励む息子に母親は何か思うことがあったらしく、試合の度に不似合いな程大きなカメラを担いで撮影してくれたので写真は大量にある。懐かしいな、と高尾の見ているものとは別のものを手にとり、思い出に浸る。 そのほのぼのとした空気を切り裂いたのは、予想通りと言うかいつも通りと言うか、高尾の笑い声だった。 「ぶっは! 真ちゃん、これ…!!」 笑い始めた高尾に最初は戸惑ったものの、直ぐに思い当たってアルバムを取り返そうと手を伸ばす。が、高尾もそれを予想していたらしく、空振りに終わる。 「た、高尾! 返すのだよ!!」 「いや、これは返せない!」 語尾に大量の草を生やした状態で何を真剣に。誰か芝刈り機か除草剤持って来い。 「真ちゃんもパンダやったことあるんだ…!」 さて、バスケというのはわりとぶつかり合いの激しい競技である。それが低年齢になればなるほど戦略は皆無でがむしゃらになる確率は上がる。力はないがそうした特攻思考は時には激しい衝突(物理)を引き起こす。それは普通ならばただ痣が出来るだけで済むかもしれないが、緑間のような眼鏡少年または少女にとってはそれだけでは終わらない事態なのである。例えば手が顔に当たる、というそれだけをとっても、眼鏡がなければべちん、で終わるようなところが、眼鏡があるだけでガッに変わってしまうのだ。擬音だけじゃ分からねーよと思った皆様には申し訳ないが、それくらいしか表現方法が見当たらない。つまるところ、固い眼鏡が間に挟まることによって、その周辺へのダメージが増えるのであった。 「…眼鏡をかけている者は、一度は通る道なのだよ…」 誤魔化すように眼鏡のブリッジに手をやる緑間の耳は赤い。 「やっぱりそうなんだー」 写真の中の幼い緑間の左目の辺りには、くっきりと眼鏡の痣が出来ていた。まるでパンダのように。 「これ、痛かったっしょ?」 「ああ。この時眼鏡は真っ二つになったのだよ…」 ため息。 「今はもう流石にならねーよな」 「そうだな。中学からは眼鏡を修理に出すことはなくなった」 年齢があがるにつれ経験も伴い、咄嗟に手が出るということがなくなるのだろう。そうして眼鏡少年少女の受難は徐々に減っていくのである。避けろよ、という声も上がるかもしれないが、全てを避けきれる訳ではない。それでなくても全速力で動いているのだから、勢いを殺せないこともある。目を閉じて再度ため息を吐いた緑間の耳に、ピロリン、という軽快な音が聞こえた。 「…高尾? 何をしているのだよ」 「何って写メ撮ってる」 「一応聞くが、それをどうする気なのだよ?」 「先輩方に見せようかと」 その後の攻防戦では、高尾が辛くも勝利を収めたことを報告しておく。 * 20121105 *** 一緒に死ねたら良かった 花諏佐 何でこういう関係になったんだっけなあ、と思い出そうとするけれども結局どれという確たるものは出て来ないので、まあいろいろなタイミングが重なったりした結果なのだろう、と思う。大学生になった花宮真はどうしてか先輩の友人である諏佐佳典と一緒に車に乗って、温泉へと向かっていた。温泉なのはこの間一緒にテレビを見ている時に花宮が行きたいと零した所為だった。それで車を借りてきて旅行に連れ出されるというのはあまりに行動力がありすぎるように思うが。 寝てていいぞ、と言われても別に花宮はそう長く睡眠を必要とする質でもない。だから、どうでもいいラジオを聞いている。そのラジオもこの上なくつまらないのだが。 ねえ諏佐さん、と話し掛けると、声だけがなんだ、と返って来た。 「心中しませんか」 「しねえよ」 「あのカーブをこう、曲がらないで」 「花宮って時々そういう馬鹿なこと言うよな」 死にたくないくせに、と言われてまあそうだな、と思う。 「アンタ、まるで人のことを分かってるみたいに言うんだな」 「まあな」 「分かってないくせに」 「じゃあ分からせる努力をしろ」 笑って上下する喉元がなんだかとても愛おしくて、とりえあず目的地についたらまずキスをしようと決めたのだった。 * 海沿いの国道ゆるくカーブしてマラソン走者が冬陽を運ぶ / ひぐらしひなつ *** さよならの駅で 花諏佐 いつか離れる時が来るよ、とその人は言った。まるで大嫌いな先輩のような言い方だったので花宮はそのままその人のふくらはぎに足の裏をつけた。 「何」 「飛び蹴りの代わり」 「何だそれ、かわいいやつ」 何でも知っているような顔をされるのが、本当に、心底気に食わなかった。 *** ねぇ起きて、私の×××。 山瀬 今日日誌を書くのは山崎の当番だった。だからこうして部室に残っているのだが。それを見ていた瀬戸は何を聞くでもなく待ってるよ、と言った。だから山崎は頷いただけのだけのこと。日誌なんてすぐに終わるけれども何かもったいないような気がして、いつもよりも時間をかけてみればすぐにチームメイトはいなくなった。最後に花宮に部室の鍵を預けられてあとで職員室に返しておけと言われる。それにも分かったと返事をして、山崎はやはり丁寧に日誌を書き続けた。その間瀬戸は恐ろしく静かで、山崎に話し掛けるどころか視界にすら入ってこなかった。 そうしていても日誌は書き終わる。仕方なく顔を上げて恐らく後ろにいるだろう瀬戸を振り返って、 「瀬戸、終わっ…」 たぞ、と最後の方は空気のようになった。 山崎の後ろのベンチで、瀬戸は眠っていた。いつものようにアイマスクはつけていなかったが、前髪が下りていてなんだかとても幼く見える。山崎を待っている間に眠ってしまったのだろう。日誌を元の場所に戻した山崎は、そっと近寄ってその穏やか寝顔を覗き込んだ。 まるで、眠り姫のようだ、なんて思う。 眠っている瀬戸は美しくて、それでいて一切のものから逃避しているようなそんな印象さえ受けた。起きている時間とは反比例とも言って良い程の頭の良さが、何処かで誰かのどうでも良い恨みや妬みを買っていることを、山崎だって知っている。 伸ばした指で微かにその頬に触れる。 眠り姫は本当は一人で起きることが出来るのだという。魔法で眠りについたなんて言うのはまやかしで、あの眠りは彼女が彼女自身の精神を守るために行った防衛反応なのだと。接吻けは切欠でしかない。眠りに属している彼女に、アイデンティティを付加するための一投。深層レベルで損なわれている自己評価や自己価値観を補完するための愚かな行為。 そう思ったら。 「…もう、起きなくても良い、なんてなぁ」 あまりにひどい話だろう。 瀬戸がこのまま、ずっと自分に帰属している状態が続けば良いのに、なんて。一人で立ち上がれなくなるくらい、役割に忠実な弱いものになれば良いのに、なんて。 守るだけの力もないくせに、秩序に食い殺されろと、そう言っているようなものだった。 *** 20190117 |