なれのはて 花山

 花宮真ほど、品行方正という言葉が似合う人間を山崎は知らなかった。とは言え、それは表面上に限ったことではあるのだが。それでも視覚情報というのはなかなかに印象に影響してくるもので、山崎は花宮がゲスであれど自分では手を上げることなどきっとないのだと、何処かでそう思っていた。
 なのでそんなお上品で優等生な面から、まさかどぎついストレートが繰り出されるなんて思ってはいなかったのだ。思わずバランスを崩してへたり込む。ちょうど背中側にあったロッカーに背を預ける形になり、下から呆然とそれを見上げる様はさぞかし間抜けに見えたことだろう。見上げた先の花宮の表情はいい感じに部室の安っぽい電灯の逆光とあいまって、さながらラスボスのようだった。ただこちらをしんと見下している、何故ならそれが当たり前のことだからと言ったようにその表情は花宮のために設えられたかのようで、ひどく違和感がない。山崎は見た目こそ不良のようではあるが実際に人間に対しても器物に対しても暴力をふるったことなどないし、この両手はバスケのためにあるなんて言えるほどバスケを愛しているなんてことは、まぁ残念ながらないのだが、それでもそこそこにバスケに費やしてやりたいと思うくらいにはバスケが好きだったし、そもそも人間の両手というものは別に他の人間を殴るためのものではないと認識している。
「ごちゃごちゃうっせーな」
静かではあるが確かな怒りや苛立ちを滲ませた声だった。
「お前には躾が必要なんじゃないかとは思ってたが…まさか本当に必要になるとはな」
どこまでも嘲りと呆れの色をした声が山崎の耳を右から左へ流れていく。要注意人物。そう言えば若干聞こえが良い気がした。きっと花宮は手が掛かる、との意味で言ったのだろうが、完璧な花宮の完璧な計画の綻びであるということは、何か山崎にとって素晴らしいことのような気さえした。
「っても、お前はただの痛みだけじゃあ学習しなさそうだとも思ってたんだよ」
馬鹿だからな、と付け足される言葉にも特に返すことが出来ない。すっと目の前にしゃがみ込んだ花宮がにやにやと唇の端を歪めるのをぼんやりと見ている。先ほど食らった頬は痛かったが、そういえば反射的に抑えることもしていなかったと思い出す。が、今更思い出したところで行動に移すことも出来ない。
「なぁ、お前はどうやったらオちるんだろうな?」
掴まれた襟首をそのまま引き寄せられて、妙に赤く見えていた唇が近付いてくるのもぼんやりと見ていた。絡み付く舌の温度が異様に熱く感じられて、胸の辺りに氷の塊を押し込められたようなそんな心地なったのが印象的だった。
 それは、免罪符か、なんて。そんな言ったら更に怒らせること請け合いの言葉など、口に出す程山崎も馬鹿ではないのだ。

***

長ネギと逆襲 今諏佐

 今吉が熱を出した。
 スーパーまでの道のりをマイペースに歩きながら諏佐ははぁ、と息を吐いた。別段高熱という訳ではないがいつものあの飄々とした表情が消えるくらいには苦しいらしく、今吉は大人しく布団に潜っていた。
「すさ、伝染るといかんから…誰か他の奴の家にでも、泊めてもらい」
そんなことを言う今吉を一つ、ぺしりと叩いてから、諏佐はこうして買い出しに出て来たのである。あの妖怪サトリはこういう肝心なときにだけ、妙に距離を取ろうとする。そんなことをされるなんて、まるで、こちらが頼りないようではないか。もう一つため息を吐きながら自動ドアを潜る。
「…ネギ」
スーパーの陳列を眺めていると、一つ、思い出したことがあった。
 「ただいま」
開けた玄関の奥から弱々しくおかえり、という声が返って来る。どうやら起きているらしい。好都合だ、と買い物袋を持ったままベッドに近寄った。
「気分は」
「ん、さっきよりはマシやな」
薬効いてきたみたいや、と言う今吉の声には覇気がなく、本当に調子が悪いのだと伺える。保冷剤をビニールに詰めてタオルでまいただけの即席氷枕も、まだ冷たさを保っているようだ。
「とりあえず冷えピタ買って来たらか貼っとけ」
冷えてはいないそれを一枚取り出して渡してやる。続けて、
「あ、あと。風邪の時はネギが良いんだったよな」
一緒に買ってきた長ネギを取り出した。
「そ、やけど…巻くん?」
「え?」
わざとらしく首を傾げてやる。
「ネギはケツの穴に突っ込むのが良いんだろ?」
「ま、待って、すさ。ワシが前にふざけたこと、まだ怒ってるん?」
 前。それは諏佐が風邪を引いた時の話だ。今とは逆の状態で、いやににやにやした今吉が長ネギを片手に放った言葉。ネギはケツに突っ込むのが一番良いんやで? 実のところさっきネギを見るまでは忘れていたのだが、思い出してしまったからには復讐しておくべきだろう。
 「いや別に? 怒ってなんかないが。お前にはやく良くなって欲しいだけだよ」
にっこりと笑うと、今吉はわぁ、と小さく悲鳴を上げた。
「か、堪忍…ワシ、あん時結局やらんかったやん!?」
「そうだな、でもオレはズボン脱がされたけどな」
「う」
「結局その所為で熱もあがったしな?」
にこにこと笑みを絶やさず言葉を重ねれば今吉から返って来るものがなくなる。
「すさ…目ェ座っとるやん…」
「誰の所為だ」
「ワシやな…」
ケツ出せば良いん? と泣きそうな声を出す今吉。すん、と鼻をすする音に一応は反省したのだろうと思って構えていたネギを下ろす。
「嘘だよ、ちゃんと焼いて食わしてやるから大人しく寝てろ」
「ほんま?」
「ああ、本当だ」
だから寝てろ、と頭を撫でて、そのまま台所へ向かう。
 「あ」
一度だけ振り返って、
「お前にはやく良くなって欲しいのは嘘じゃないからな」
そう付け加えるのは忘れなかった。



(なんやあれなんや、惚れなおすやろ!!)
わんちゃんからのお題「風邪とネギ」

***

その首を絞め落とす日まで、 瀬花

 瀬戸健太郎の初恋は花宮真である。誰に言うでもなく瀬戸は、自分のそれが間違いなく花宮なのだとあまりにも強く願っていた。それは別段昔の話であるとか、朧気な記憶の靄に隠されてしまっただとかとそういうことはなく、ほんの数ヶ月前から瀬戸の胸の内を灼いている、この妙にどろどろとした感情についてのことだった。
 花宮の存在を認識したのは高校一年生の夏も過ぎたあとだったと思う。どうやらひどく頭の良い奴がいるらしいと、それはいつまで経っても二から上がらない成績表で知ってはいたが。それがどんな人間なのかなど知りはしなかったし、気になりもしなかった。そんなことを知ろうとする時間があるなら、その分睡眠に当てたいと思っていた。
 しかし、そんな瀬戸の考えは他でもない花宮本人によって打ち砕かれることとなる。
 「瀬戸健太郎くん、だよね?」
初めて声を聞いた感想は吐き気がする、だった。作っていることを隠してもいない―――否、普通の人間相手ならばこれは完全に隠れるのかもしれないと思った。質が悪いと思うのはそれが瀬戸にバレているのを分かっていて、花宮がその演技を続けていることだ。
 並べられた言葉はキレイゴトばかりで、ああ、と思うには十分だった。こんなものに瀬戸が引っかからないと分かっていて、では、何故。
 少し下から見上げてくる瞳と目があって、瀬戸は二度目のああ、を思った。
 沼のような、と言うのが一番相応しかっただろう。どんよりと曇ったその瞳に、瀬戸は花宮真という人間の本質を限りなく間違いなく見抜いた。紛れもなく天才であるはずなのに、天才であるが故にうまく行かないことが出て来る人間の目。孤独な、人間の目。
 ―――おんなじだろう?
 そう、言われたような気がした。

 その日から瀬戸健太郎は花宮真に恋をしているのだ。それは初めて他人に抱いた執着であって、世間一般で言う恋なんていう可愛らしいものとは一線を画したものであると、他でもない瀬戸自身が分かっていたのだが、どうしてもそう認めることは出来なかった。嫉妬も羨望も、その執着の名前としては不適切のような気がした。きっと瀬戸は、その執着の名前を知っていた。けれども、自分のためにも、それを認める訳にはいかなかった。
 恋と名前をつければ、その執着を何か許されたような心持ちになるのだと分かっていた。正当化する必要などどこにもないというのに、瀬戸にとってその執着が後ろ暗いものになることは許せなかった。  だから、瀬戸健太郎の初恋は花宮真なのである。



自分を騙していられたら。
(ころしてしまっても、あいと云えるよ)

10月30日は初恋の日!

***

きれいなピン 花山

お前の寄越す痛みならばどれほど美しいものだろう。


 花宮のその方針に思うことがない訳ではなかったと、既に一年以上経過したその環境の中で山崎は思っていた。
 花宮真という人間はとても賢くて、瀬戸に言わせればそれは賢いなんて言葉では表しきれるものではないそうなのだが、どうであれ山崎には到底手の届かない脳回路をしている、そういう人間だった。その代償かは知らないが性格はとことん捻じ曲がっていて、頭の良いやつは何処か頭が可笑しいというのは本当なのだな、なんてこっそり思っていた。
 花宮のやりやすい環境というものはひっそりと出来上がっていって、そのための古橋やら瀬戸やらが新しくバスケ部に入部して来て、やっとのことであれ? と首を傾げた頃には既に大詰めに差し掛かっていたように思う。その中に自分が組み込まれていることに気付いた時には、思わずはぁ? と声を上げてしまった。しかしそれは厄介なことに巻き込まれたという意識からではなく、一応は品行方正に生きてきたはずの自分が何故、というものからだ。顔やら身長やらから邪推されることはあるが、成績もそこそこだしボランティア活動も嫌いではないし、どちらかと言ったら花宮の嫌いそうな人間だと思っていたから。
 だからと言うべきか、どうやら花宮が自分に求めているのは他とは大分違うことらしい、と気付けたのはそんな環境が出来上がってそう経たないうちのことだった。と言ってもそれが具体的に何なのか言える訳ではなかったが。それでもそういう意味ではそんなに賢いとは言い難い山崎が早い内にそれに気付けたのは、悪いことではないと思っていた。
 「ヘタクソ」
ラフプレーについて花宮が山崎を嘲ることは多々あった。しかしその先に何かしらの制裁があるわけでもなく(例えばスタメンから外すだとか、体罰的なものだとか)、ただ山崎へ向けて鋭い言葉を振りかざすことに重きを置いているような気さえした。
 そういったものから逃げることだって、出来なくはなかったはずなのだ。ラフプレーなんていう後々に確実に禍根を残すことが分かっているものを、やるのは気が進まないからと退部届を出すことだって簡単だった。
 けれどそんな簡単なこともせずに一年以上も其処に甘んじていたのは、
「弘」
花宮の放つその言葉たちがあまりに暴虐に振るまいお前などいつでも殺せる、とでも言いたげに飛んでくるのに対して、今の今まで一度たりともそれが山崎を貫いたことなどないから。
「ホント、テメーはヘッタクソだなぁ」
甘々しい脆さで距離を保ち続ける。それが一撃で心臓を持っていく程、いつか花宮が近くに来たら。
 それはそれはこの上なく面白いことだろうと、そう思うから。
 ただ、それだけなのだ。



きれいなピン / フェリックス・ヴァロットン
ヤマ呼び発覚前

***

月曜日の鏡の陰翳 花山

決まりきった昼休み。
だけどそれは、いつまで経っても日常にはなりえない。


 きんこんかんこん、とそのチャイムの音を聞いて、教壇の教師が慌てて授業を締めるのを、花宮はぼんやりと見ていた。
 月曜日の四時限目が終わって昼休みが始まるこの時間、花宮には授業が終わることよりも重要なことがある。ざわめき出す廊下。花宮の席からは、ちょうど階段が映る鏡が見える。号令を聞きながらじっと見つめていると、やはり今日も、待ちかねていた後ろ姿を見つけた。
 進学校にそぐわない橙色の短髪、着崩された制服。花宮の管理下にある霧崎第一高校男子バスケ部の部員、山崎弘。
 部活に行けば顔をあわせるのだし、後ろ姿しか見れないこの瞬間を重宝する意味はないのかもしれないが、それでも花宮は恐らく花宮しか知らないであろうこの瞬間が好きだった。ひっそりと眺めていられる、そう言葉にすると少し危ない感じもしないでもないが。
 ちょっとした学校側の理由で花宮のクラスより一階上にある山崎のクラスは、月曜日の四限が移動教室らしい。その教室は購買と近くて、もっぱら購買食な山崎はいつも財布を持って四限に出るようだ。なので、月曜日はその階段が混雑する前にそこを登って来るので、鏡に映るその姿をしっかりと捉えることが出来る。
 後ろ姿が完全に鏡の中から消えたのを確認してから、ふう、と花宮は息を吐いた。机の上を片付け、鞄から弁当を取り出す。
 月曜日の昼は、どうしてかいつもより弁当が美味しい気がしていた。

***

春などまだまだ来させない 花克

 「原澤さんって全日本に出てらっしゃいましたよね」
そういうことを聞かれたのが久しぶりであったのと、それがそういうものに興味のなさそうな子供から発せられたということが、原澤の目を少しだけ丸くさせた。
「昔から好きだったんですよ」
そう言われれば自然と笑みは浮かんでくるもので、それはありがとうございます、と思った以上に柔らかな声が出たのもなんら可笑しいことではない。
 けれども花宮の中ではそれは違ったらしい。
 ふは、と明らかに嘲笑の色を持ったそれに一瞬の不意をつかれ、気付いた時にはその端正な顔は肉薄していた。
「三回戦目、でしたよね」
薄氷(うすらい)の張った記憶の海に無遠慮に手を突っ込まれたような心地だった。強引に引っ張り出される過去に喉が乾いていく。
「貴方の涙、とても綺麗でしたよね」
忘れもしない、あの敗北の感覚を。今まで忘れたふりで隠し通して来たというのに。
「あれを見た時から、オレは貴方が好きなんですよ」
憐れだと、惨めだと、そう罵られているようで。
 こんな、子供に。
 しかし囁きは何よりも的確に、その胸を抉って行ったのだった。



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囁く、涙、強引に

***

照れくさそうに笑った 花山

 花宮真はキスが下手だ。部室でやんわりとロッカーに押し付けられ、その拙い舌で愛撫されるのを大人しく受け入れながら、山崎弘は失礼にもそんなことを思っていた。
 花宮と山崎のこういった関係が始まったのは二年に上った四月の末からのことだった。部活のあと部室に残れ、と指示され、誰もいなくなった所で触れるだけの接吻け。その日から同じように部室に残っては、こうして戯れるようにキスをされるのを受け入れているのだが、だからと言って花宮と山崎の関係が何か特別なものになったかと問われると、そうではない。主将と一介の部員から、少しだけ秘密を共有するようになっただけ、それだけだ。
 そのことについては多少なりとも高校生だ、気持ちよければ良いかくらいの気持ちでしかなかった山崎だったが、如何せん先に述べた通り、花宮はキスが下手なのである。別段気持ちいいとかそういうこともなく、だがしかし相手が花宮である所為でうまくそれを拒むことが出来ないでいた。勿論、どうしても嫌だと言うほどこの行為が嫌でなかったということもあるのだが。
 という訳で、もう既に大分麻痺している山崎の頭は、要はこの行為が気持ちよくなればこれを許容する理由付けが出来ると結論付けた。
 息継ぎのためか僅かに唇が離れた隙を逃さず、舌を侵入させる。
「、ん」
犬歯の辺りから綺麗に並んだ歯列を舐めあげると、花宮から小さく吐息が漏れた。なんとなくしてやったり、という気分になってそのまま舌を絡ませる。ちゅく、と粘膜の触れ合う音が部室中に響いているような気がして、他の部員に申し訳なく思うのと同時に、背徳感からか何からかやってくる興奮に苛まれる。
「ふ、」
ばちり、と。開けたままの目がこれでもかという至近距離で合った。舌裏を擽るようにしてやれば僅かにその目が細まる。
 そこに色付くのが恋愛感情だとか、はたまた情欲だとか、そういった可愛らしい部類のものではないと、山崎は知っている。
 この関係は全部嘘だとも思っていた。それと同時に、どこまでも真実だと思っていた。いつか、終わる時は、こうして触れ合っていたことなどなかったように、本当にすべてが元に戻るだけなのだろう。痕跡さえ残さずに、夢か幻だったみたいに。
 唇を離すと、くそ、と花宮は小さく悪態を吐いた。
「弘の癖に」
そう言って噛み付かれる一瞬前、確かに。
 ああ、結局、本当のところ、これがあるから。拒むことなど考えられないのだ。



(だからそんな表情を見せてくれる、恐らく無意識で無防備なその瞬間が、あまりにもぎこちない)
(ぎこちなくて、すぐにでも失くなってしまいそうで、手放せないのだ)
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ヤマ呼び発覚前

***

腹痛のち誘惑 原今

 「青峰くんはいますか」
唐突に開け放たれた部室のドアに若干ぽかん、としながら、ついさっきまでいたんですけどね、と今吉は答えた。其処まで狭くない部室には、先に日誌を片付けていた所為もあり今吉一人しかいない。その答えを聞いた原澤はついさっき、と口の中で繰り返してはぁ、とため息を吐いた。
「また課題ですか?」
「ええ」
「大変ですね」
「まぁ…ええ、そうですね」
取り繕う気力もないのかもう一つため息を落として原澤はドアノブに手を掛ける。
「あ、今吉くん」
それが閉まり切る前に、いつもの艶めいた声が滑り込んで来た。
「着替える時はズボンを先に穿いた方が良いと思いますよ」
お腹冷やすのは良くないです。
 ドアの閉まる音に今吉はあー…と気の抜けた声を出した。
「いややなぁ、センセ。わざとに決まっとるんに」
にやにやと口元を緩ませてそう零した言葉は、人のいない部室にやけに反響して聞こえた。



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繰り返す、ズボン、ついさっき

***

運命的だとは思いませんか 花山

 肉に拳がめり込む感覚は、試合中に相手を肘で打つのとは訳が違うことくらい花宮にも分かっていた。勿論そこまで本気でやっている訳でもなかったが、それでも肉の向こうの内臓の感触まで分かるのだから、向こうにはそれなりの痛みが行っているだろう。そもそもは向こうから手を出して来たのだ。花宮には何の非もない。
 そう思考する花宮の足元で、崩れ落ちていた山崎は肩で息をしていた。けほ、と咳き込むのは先ほど腹に一撃食らった名残だ。
「、なみや」
「いてーよ」
「こっち、の台詞、だ!」
まだ痛いらしく呻きながらのその言葉に思わず笑ってしまう。
 なんてことはない、原因はただの男子高生のちょっとした喧嘩である。多分好きなアイスのフレーバーとか、そんな、少し動いたら忘れてしまうくらいくだらないもの。
 「あー…もう、これ、痣になんだろ」
「悪いのはてめぇだろ」
「確かに俺から手は出したかもしんねーけどな、これは過剰防衛だろ」
「…馬鹿でもそんな難しい言葉使えるんだな」
「…お前さ、煽り方が雑になってきたよな…」
そんなことを言いながら手を差し伸べてしまうのだから、自分のちぐはぐさに笑える。それを不思議とも思わずに取ってしまう山崎にも。
「コンビニ寄るか」
「お前が言うなんてめずらしーな。何か食いたいモンでもあんの?」
「バァカ、お前の湿布買うんだよ」
「…おやさしーこって」
なんとなく取った手をそのままにして、歩き出す。引っ張られるようにして後ろをついてくる山崎にまた笑いが漏れた。
「なぁ、花宮」
「ンだよ」
「コンビニじゃなくてドラッグストアにしねー?」
「何でだよ」
「コンビニの湿布くさいからヤだ」
「却下」
「ひど!」
「あんまん食べたいから却下」
「…なら仕方ねーな」
 冬の陽射しがくるくる回る、とある午後のことだった。



(どうしてかお前は蹴落としても、いつの間にか横に立っているんだ)
(それはきっと、馬鹿だから)
(そんな馬鹿が目の前に現れたことが、既に、)
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(あの人の言葉を信じてしまったんだね) 花山

*今→山含む

 「…流石に、理不尽じゃねぇか? それは」
部活が休みの日曜日。朝早くに電話で叩き起こされて今すぐ来いなんてのたまった恋人の元へやって来れば、何も言わずに平手を一つ。一瞬で脳をフル回転させて記憶を漁ってみたものの心当たりがないため、もう一発食らうのを覚悟で何かしたかと問えば、多分してない、と頼りない返事が返って来ての冒頭である。
「そもそも何だよ、多分て」
じろり、と花宮を睨めつけると、それ以上に苦々しい顔をした花宮は、腹立たしいことこの上ないといった様子で盛大なため息を吐いて見せた。
 「…昨日の深夜、オレが寝たあとに今吉さんからメールがきてて」
その名前を聞いた瞬間、山崎の表情は分かりやすく、非常に分かりやすく歪む。嫌いだとか苦手だとかそういう話の前に、今吉が関わった案件は面倒だと既に学んでいた。
「お前とキスした、って内容だったから」
ムカついて、と吐く花宮はふてくされているらしく、眉間のしわがすごいことになっている。
「してねぇよ」
「だと思ってた」
「じゃあ叩くなっつーの…」
これでも加減してるんだろーけどな、加減したっていてーモンはいてーの。さする頬はまだ若干熱を持っていて、ひりひりと痛む。
 「…こうすれば、お前は今後もしねぇだろ」
「叩かなくたってしねぇよ」
手が伸びてきて山崎を引き寄せた。
「わかんねぇだろ」
ぎりぎりと強く抱き締めてくる腕に、なだめるようにぽんぽん、と背中を撫ぜてやる。
「あの人は、お前のことが好きなんだから」
「…らしーけどよ、でも俺が好きなのはお前なんだし、別に良くね」
「…良くねーよ」
その先は押し問答になるのが簡単に予想出来たので、言葉にはしなかった。力の抜けない腕に諦めて、こたえるようにこちらからも腕を回す。
 こんなふうにしか確かめられないことはともかく、いまいち信用に足りていないことが、なんだかひどく虚しく感じた。



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20131023
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