僕の愛する箱庭世界 諏佐諏佐(*)

 キセキの世代のエースを獲得した。そんな朗報の後監督に呼び出され、持ち掛けられた話は予想出来ていたものだった。いや、持ち掛けられたというのは可笑しい。拒否権など、始めから存在していなかったのだから。
 青峰くん加入に伴い、君にはスモールフォワードにコンバートして欲しいと思います。オールラウンダーな君ならば、スモールフォワードでもいい働きが出来ると期待しています。そんな監督の言葉は耳に入ってそのまま抜けていった。欲しいのはこれからに対する期待よりも、このままでやれるという信頼だった。
「出来ますか?」
問いかけの形は成しているが、それは明らかな決定事項。
「はい」
それでも肯定を返すしかなかった。此処でバスケを続けたいのなら、そうするしかない。青峰に自分如きが敵う訳、ないのだから。
 ぐさり、ぐさり。言葉一つ一つが時間差で心のやわい部分に突き刺さる。どばどばと血が流れ出て、あっという間に其処は海になった。寮の自室で諏佐はずるり、と座り込む。息を吐いた。
「バスケ、嫌いになったか?」
ごぽり、気泡があがる。
「…まさか」
笑みを返すだけの気力が自分にあることに驚いた。バスケは今まで通り好きだ。あんな選択で嫌いになれるものだったならば、違う道を選べば良かったのだから。それをしなかったのは、バスケが好きだから。此処でバスケを続けたかったから。
「キセキの世代のエースが入ってくるんだ。仕方ないだろ、オレなんかじゃ敵わない」
がっ、と襟首を掴まれた。
「キセキの世代? 青峰大輝? キセキのエース? どれも言い訳にしかならないな」
嘲るような笑みが降り注ぐ。
「お前の力が足りなかっただけ、そうだろ」
「…ああ、そうだよ」
正しすぎる言葉に頷くしかない。
 次の瞬間、肩に、腹に、突き刺さる刃。咄嗟に手で庇っても、更に容赦なく突き立てられる。何か言っているのも痛みで聞き取れない。痛みと衝撃のままに仰向けに倒れ込むと、傍にしゃがまれた。
「恨めよ」
耳元でそう懇願される。
「恨めよ!! 青峰を! 今吉を! 監督を! 桐皇を! バスケを!!」
ぱたた、と落ちたのは透明な雫。
「桐皇のエースは…お前、だろ…」
制服を濡らしていくそれを辿って、瞼をそっと撫でてやる。
「こんなオレなんて殺せよ。お前なら、それが出来るだろう?」
さっきまで突き立てられていた鋏を握らされた。
「お前にしか出来ない」
不可解な程温度のないやわらかな鋏。
「殺せよ。バスケが好きなら、バスケを嫌いたいオレなんて殺せよ!!」
殺せよ、と呻くその首元に、鋏を突き立てることは出来なかった。言葉が静かに零れ出る。
「殺さないよ」
何で、と微かに唇が動いたのが見えて、今度はしっかりと言葉を紡いだ。
「オレはお前が好きだよ。バスケに対して、ポジションに対して、恐ろしい程のプライドを持つお前が、オレは好きだ。だから、オレはお前を殺せない。殺したくない」
ぱちり、と瞬かれる瞳。
「とんだお人好しだな」
「知ってる」
上体を起こして抱き締めてやれば、とても悲しそうな顔がこちらを向いた。またな、と唇が動くのを見届けて、消えていく。



ななばん企画 image song「モザイクロール」GUMI(DECO*27)

***

完全無欠の可憐な悋気 宮諏佐

*モブ→諏佐有り

 どうしたものか。諏佐は懸命に自分を口説いてくる年下の男を困ったように見つめていた。
 大学に無事進学して三年目。諏佐の所属するインカレサークルにも新入生が入って来た。幾つかの大学から人間が入り乱れて集まっている所為か、このサークルはいろいろなことに寛容だ。そう、例えば、
「俺、こんなこと、誰にも言えなくてっ、ずっと黙ってたんですけど、このサークルは理解ある人、多くて…すごく、安心して…っ! 諏佐さんすごく好みなんです、お試しでも良いから付き合ってください!」
同性愛者に、とか。
 この後輩もそういったうちの一人だったらしい。諏佐とて偏見はないが、だからと言ってこうも迫られると困らざるを得ない。切り捨てるには諏佐は優しすぎたし、彼を止められるであろう人物はちょうど席を外しているし、同級生たちは面白がって放置を決め込むし。かれこれ三十分はこのままだ。そろそろため息も吐きたくなってくる。きっぱりと断らない自分にも非はあるとは思っていたが、どことなく高校時代に可愛がっていた後輩(彼も別の意味でめんどくさかったが)に似ている彼に、強く言うことなど出来ない。
「諏佐さん、どうしても駄目なんですか?」
「だから、」
「俺、駄目なところあるなら直しますから! 諏佐さん好みの男になります…だから!!」
「あの、」
「お願いします!!」
話を聞け。頭を抱えても許される気がしてきた。いや、許されなければ訴訟も辞さない。最早諏佐の脳は疲れと困惑で真面に働いていなかった。それに気付いたのか、
「だーかーら、諏佐はやめとけって」
今まで面白がって見ているだけだった同級生がやっと止めに入る。
「でもっ」
「でもじゃねーの、諏佐はやめとけ」
「そーそー。諏佐は駄目」
のし、と諏佐の背中に重みがかかった。良く知る声。
「…宮地」
「何でですかっ」
後輩は尚も食い下がる。隣で友人が何故分からないのか、と言いたげなため息を吐いた。
 それは後ろにいる宮地も同じだったようで、少しばかり刺々しい空気が漂っていた。顔は見えないがさぞかしむっとした表情をしているのだろう。諏佐の首に手を回し、ぐい、と自分の方に引き寄せて一言。
「これ、オレのだから」
心地良いテノールが耳をくすぐった。
「だから、駄目」
真っ向から宮地を見ていた後輩が、ぶわ、と赤くなるのが見えた。許されるのならため息を吐きたい。これだからイケメンは。
 「じゃ、そういうことで」
ふっと諏佐の背中から重みが消えたかと思うと立ち上がらせられる。
「お先に失礼しまーす」
お幸せにーなんていう言葉に送られながら、腕を引かれるままに宮地に着いて行く。この場に後輩を残していっても大丈夫なのか、と諏佐は後ろを振り返るが、友人たちがジェスチャーで大丈夫だからさっさと行け、と言ってくれた。後輩は悔しそうに顔を歪めていた。今にも、泣きそうな。可哀想かな、とは思ったが、応えられないものも仕方ない。
 諏佐が振り向いたのが分かったのか、掴まれている腕に少しだけ力が込められる。慌てて前を向けば、予想通り怖い顔をした宮地。
「オレ以外見てんじゃねーよ、轢くぞ」
早足になった宮地に合わせるように、諏佐も小走りになった。部室を抜け、ひと気のない廊下に出る。
「ば、馬鹿」
少し遅れて言葉の意味を理解して、ぶわわ、と自分の頬が染まっていくのを感じていた。

 翌日から何か吹っ切れたらしい後輩が、諏佐に更なる猛アタックを始め、宮地とプチバトルするのが日常になるなんて、今はまだ、誰も知らない。



えすえふ企画

***

小悪魔の午後 金諏佐

 勉強を教えて欲しいと諏佐を自宅に招いたのに他意はなかった。
 三年目の誠凛も弛まず全国制覇を目指しており、休みは少ししかない。だからと言って学業を疎かにすれば、カントクからハリセン(小金井製・改良済み)が飛んでくる訳で。しかし、高校三年生の勉強というのは他の人間にかまってやれる程余裕がない。新しいものはそんなに増えはしないが、今までやってきたことの総復習だから楽、という訳もない。そこで思い出したのが諏佐の存在だった。強豪校に身を置きながら日本最高峰に受かった話は聞いていたし、ひょんなことで知り合ってからは、三日に一度はメールのやり取りをするくらいには仲良くなっていた。そんな諏佐に勉強を教われたら、と考えたのだ。
 思い立ってからの小金井の行動は早く、その日のうちに約束を取り付け、次の部活が休みの日に、諏佐は小金井家を訪問することになったのだった。

 予想に違わず諏佐の教え方はとても分かりやすかった。苦手分野も今までと比べればものすごくさくさく進んでいる。それでも苦手なものは苦手なままで、暫く進めた後声が掛かった。
「少し休憩するか?」
あんま根詰めても抜け落ちてくだけだぞ、と諏佐は続ける。小金井の手元にはよくある数学の大問。苦手な数学の応用問題。どうやっても解けなくて自然と唸り声が漏れていた。
「それとも、ご褒美とか設定した方が良いか?」
え、と顔を上げた。
「ご褒美?」
「それ、躓いてるみたいだから。解けたらご褒美、とかにしたらモチベーションも上がるのかな、と」
微笑。どくり、と音が耳の中で反響する。
「…それって、どんなことでも良いんですか〜?」
「ん? まぁ…そんなに無茶なものじゃなきゃ。あんまり高いものはくれてやれないぞ」
オレだって財布事情豊かな訳じゃないからな、と笑う。そういうことを聞きたいんじゃないのだが。こくり、となった喉を隠しもせずに、問う。
「ちゅーは?」
「え?」
「ちゅーしてくださいって言ったら、どうするんですか?」
呆けたようにこちらを見ていた顔は一拍を置いて驚いたように瞬かれた。視線が泳ぐが、嫌悪感というよりも、これはきっと、困惑。
「そ、そういうのは…だめ、だろ」
嫌がらないんだ、とその思いが小金井に火をつける。ニュアンスからして、恋人以外とそんなことするなんて、と言いたいようだ。予想以上に純情な人らしい。
「何で? 諏佐さん?」
膝によじ登る。近くなった分だけ逃げるように諏佐は顔を逸らした。だが、小金井を突き放すようなことはしない。左手は床についたまま、右手は参考書を持ったまま、どちらも距離をとるのに使えるだろうに。無防備なのか、甘いのか。
「オレは、諏佐さんが好きなんですけど」
両手を手首に回す。真っ赤に染まった耳は短い髪では隠れることはなく、小金井の前に晒されていた。
「諏佐さんは?」
そっと耳元で囁くようにして言う。びくりと揺れた肩を眺めつつ、答えを待つ。
 ああ、なんて可愛いひと。



えすえふ企画

***

ココアと甘い罠 古諏佐

*花→今→諏佐 という前提

 「霧崎第一の古橋…だったよな。花宮のとこの」
ことり、と目の前にマグカップが置かれる。中には湯気を立てる茶色の液体。甘い香りが鼻孔を擽る。
「ココアだけど、飲めるか?」
「大丈夫です」
両手でマグカップを抱えると、じんわりと暖かさが伝わって来た。あ、スプーン忘れた、ちょっと待っててくれ、と立ち上がった背中を見送る。ふぅ。自然と息が漏れた。
 「まぁ、気が済むまでいて良いよ」
何か用だったのか? そんな質問に要領の得ない返事を、誤魔化すように長いこともごもごしていたが、結局眉尻を下げて苦笑されただけだった。両手の中のマグカップは、もうとっくに冷め切っている。そろそろ良いか、と思った。向こうのマグカップはもうとっくに空になっている。丁寧にマグカップをテーブルに置き、そろそろと真正面に座るその人の隣を目指した。不可解な行動であろうに優しい目が追ってくるだけで、言葉で止められることもなく其処に辿り着く。
「え」
とさ、と優しく押し倒せば、驚いたように目が見開かれた。驚いたのは、押し倒されたことにか、それとも身体に力が入らないことにか。きっと、どっちもだろうけれど。
「ふる、はし?」
押しのけようとしているであろう腕にも力は微塵も入っていなく、こちらの腕に触れているだけに留まっている。良く効く薬だな、と感心した。スプーンを取りに行った隙にココアに混入させた無味無色の液体薬。インターネットで買ったものだからあんまり期待はしていなかったけれど。戸惑うように彷徨っている掌を絡めとり、恋人のように繋いでから床に縫いつけ直した。
「花宮は今吉さんが好きなんです」
決して大きくはない目がぱちくりと動いて、そうなのか、と本当に驚いたように呟かれる。
「でも今吉さんは貴方が好きだ」
ぱちり、ぱちり、ぱちり。また更に驚いたのか、不自然に瞬きが増える。いやまさかそんな、と尚も瞬くその瞳をじっと見詰めた。間違いない。ずっと見てきたのだから。
「それなら、貴方が先に誰かのものになってしまえば、今吉さんが花宮の方を向くかもしれない。そう思ったんですよ」
反応をまたずに強引に接吻ける。無防備に開いた唇から割って入り、口腔内を余すところなく味わう。さっき飲んでいたココアの甘い味がした。呼吸も許さない程身勝手に貪ってから離れれば、銀の糸が引く。とろりと確かな色を灯した眸に、思わず舌なめずりした。
 花宮のため、なんてただの大義名分だった。



ななばん企画

***

駒鳥の歔欷 木諏佐

 受験がまだ結果は出ないが一応終わりを告げて、諏佐は息抜きに行く宛もなく寮を出た。電車に乗り適当に乗り換えて降りる。聞いたことのない町を、知る人もいないままふらふらと歩いて行く。はぁ、と吐いた息はもう白く染まらなかった。まだ肌寒いが、春はすぐそこだ。
 進行方向に現れた公園に猫が集まっているのを見て、諏佐はそこで一休みすることに決めた。自販機でココアを買ってベンチに腰掛ける。指先からじんわりと温まっていった。ぼんやりと猫を見つめる。
「あれ、桐皇の諏佐さん?」
突然掛けられた声の方を向けば、
「誠凛の木吉?」
何度か見たことのある人が其処に立っていた。
 「どうしたんですか、こんな所で」
「いや…散歩?」
「随分大規模な散歩ですね…」
「オレもそう思う」
諏佐と同じように自販機で何やら買った木吉は、諏佐の隣に腰を下ろした。手の中にあったのは暖かそうなお茶のペットボトルだった。
「木吉も散歩か?」
「…似たようなものですね」
会話が途切れた。特に重い沈黙でもなく、諏佐も木吉も何とかしてそれを割ろうとは思わないようだった。公園の真ん中に集まる猫の中から一匹が此方へ寄って来る。人間に近付けば餌を貰えると思っているのだろうか。生憎だが何も持ってないぞ、と心の中で話しかける。
「もう、バスケ出来ないんですよ」
近寄ってきた猫の顎を掻いてやりながら、木吉はなんてことないようにぽつりと呟いた。
「分かっていたはずなんですけど、いざ言い渡されると、何とも言えない気分になって」
それで、ぶらぶらしてたんです、と笑う。諏佐はそうか、と返すことしか出来なかった。木吉のプレイには目を見張るものがあった。それをもう見れなくなるかと思うと残念に思う気持ちはあるが、本人もそうだろう。安い慰めなど掛けるものではない。
 空気が震えるのを感じて、諏佐はそれとなく木吉を視界から外した。木吉に構ってもらえなくなった猫が諏佐の方に来たから、顎を撫でてやると気持ち良さそうに目を閉じる。ふいに木吉側の空いていた手が握られたが、好きにさせておくことにした。
 何も解決しなくても、それで心が満たされるのなら、片手くらい安いものだ。



ななばん企画

***

唐土僮 劉諏佐

 国に帰る、とそう言った相手に、諏佐はそうか、としか返せなかった。そうなることは前から分かっていた。なかなか言い出さないからこのまま自然消滅に持っていくつもりなのかと思ったくらいだ。
「…それだけアルか」
「…だって、仕方ないことだろ」
出会った高校生の頃ならいざ知らず。社会人にもなってしまった諏佐は、もう駄々をこねることも出来ない。それくらいには理不尽な波にもまれて、諦めも簡単につくようになっていた。そんな態度に納得がいかないのか、諏佐の恋人―――劉は眉根を寄せた。
「我は諏佐が好きアル」
知っている。言葉には出さずに頷く。何度も何度も、一心に紡がれていた言葉。まるで、いつかこうしてやって来る別れに備えているかのようで、一度として素直に受け取れたことなんかなかったけれど。
「諏佐、ちゃんと聞いて欲しいアル」
思考を読まれたかのように、手を取られた。そのままぎゅ、と握られる。
「我は諏佐が思っているよりも、諏佐が好きアルよ」
思ってるよりって何だよ。悪態は喉で留めて耳を傾ける。
「…諏佐が、他の誰かと話しているだけで、嫉妬に気が狂いそうになるアル。それが女でも男でも関係ない。我の愛しい諏佐を、誰にも見られたくないアル。触れられた日には相手を殺しそうになる。こっそり国に連れて帰って、部屋に閉じ込めて、我しか諏佐のことを知らないようにしたい。そうしたら、諏佐はもっともっと我のこと、好きになると思うアル」
狂ってやがる。そう思うのはきっと、簡単だった。じっとこちらを見つめてくる瞳に囚えられる。混じり気のない、真っ直ぐな瞳。
 否定の言葉なんか、吐ける訳なかった。



えすえふ企画

***

高弾道垂直落下の恋 緑諏佐

 原澤に今吉と二人連れられて、諏佐は帝光中の試合を見に来ていた。
「あの中から少なくとも一人、うちに呼びたいと思います」
眼下のコートに煌めく、才能と言う名のギフトを抱えた光のような彼ら。キセキの世代。実際にこの目に映せば、羨望よりも嫉妬よりも、純然たる尊敬の念しか浮かんでこないような、限りなく美しいそのプレー。
「参考までに聞きますが、君たちは誰が良いと思いますか?」
原澤の問いに諏佐と今吉は顔を見合わせた。
「んー、青峰はウチには合わなそうやしなぁ」
「…あぁ」
何処か寂しそうにコートを駆けるその姿に、諏佐は頷く。
「あの中なら、緑間とかウチに合うんじゃないですか」
左手から魔法のように放たれる高軌道スリーポイント。打ってから落ちることなどあり得ない、とでも言うようにさっさと背を向けて守りに入る背中。唯我独尊ともとれる態度だが、桐皇の気風には合いそうだ。
「緑間かー確かに良えなぁ」
「緑間くんですか、意外ですね」
二人の言葉に原澤が感想を漏らした。
「そういう監督は誰が良えと思うんです?」
「そうですね、青峰くんが良いと思っています」
「青峰ですか?」
「ええ。いろいろ悩んでいるようですが、彼は焚き付ければどうにかなりそうですからねぇ」
「ワハハ、監督ひっど!」
試合終了の合図が鳴って、選手たちが整列する。圧倒的な点差で帝光中の勝利だった。
「さて、帰りますか」
「あ、すみません、その前にトイレ寄っても良いですか?」
立ち上がった原澤に諏佐は手を上げて申し出る。
「良いですよ。此処で待っていますね」
「試合終わった後やから混んでるかもなぁ。気ィ付けてやー」
原澤と手を降ってくる今吉に背を向けて歩き出した。
 観客席から一番近いトイレは案の定混んでいたので、少し離れたところまで足を運んだ。さっきまでの喧噪が嘘のように静まり返っている。本来の目的を済ませ手を洗っていると、誰かが入ってくるのを感じた。鏡越しに目に入って来た鮮やかな緑に思わず振り返る。
 突然振り向いた諏佐に驚いたように目を見開く、緑間真太郎と目があった。
 「ッ、悪い、驚かせたか。さっき試合を見てたから、つい振り返っちまっただけなんだ」
相手の反応にはっと我に返り謝る。きゅ、と蛇口を捻る音がやたら大きく聞こえるようだった。
「…どう、でしたか」
手を拭いていると、小さく緑間が問う。
「どうって、試合か?」
「はい」
「…すごかったよ。チームワークとかは確かにないけれど、一人一人の動きが確立していて、それが一番良い形で、でも発展途上なんだって分かって…。同じ選手として悔しいと思うのと同時に、尊敬した。特にお前のシュート、オレはすごく好きだ」
さっきの試合で興奮していたのか、思った以上に素直な言葉が流れ出た。緑間は少しの間ぽかん、としていたけれど、じんわりとその頬の赤みが増して行くように見えた。天才でも褒められれば照れるものなんだな、と諏佐は思う。正直、こういう言葉には慣れていると思っていた。自分が照れていることに気付いたのか緑間はふい、と視線を逸らし、またそれが歳相応に見えて諏佐は小さく笑みを浮かべる。
「バスケをしているのですか?」
「ああ、高校だけどな。あんまりこういうこと言っちゃいけないのかもしれないけど、今日はスカウトの目星をつけるのに連れて来られたんだ」
内緒な、と唇に指を当てて笑う。緑間はなるほど、と言った顔をしていた。
「名前を聞いてもよろしいですか」
「名前? 桐皇学園だが」
「いえ、学校名ではなく貴方の名前です」
きょとん、と諏佐は緑間を見つめる。
「オレの名前?」
「はい」
この話の流れは学校の名前じゃなかったのだろうか、とは口に出さず名乗った。
 「諏佐さん」
改めて呼ばれた名前に見詰め直す。シュートも驚く程綺麗だが、こうして真正面から見ると、緑間本人もものすごく綺麗なんだな、と思った。
「オレは恐らく、貴方の学校へは進学しません」
唐突に放たれたスカウト拒否に自然と眉根が下がる。確かに本人には拒否する権利もあるが、こうして面と向かって断られると残念に思う気持ちは倍増だ。
「オレは、貴方の敵としてコートに立ちたい。貴方を、敵であっても魅了するようなシュートを、打ちたい。今、そうなりたいと願いました。だから、貴方の学校へは行けません」
「は、はぁ…」
「では、失礼します」
何処か嬉しそうにトイレを出て行く緑間を目で追ってから呟く。
「…アイツ、トイレ寄ってかないのか」
 観客席に戻ると、さっきよりは明らかに人が減っていた。やはり、帝光の試合を観に来た人は多かったようだ。
「何や遅かったなぁ。混んでたんか?」
「いや…何か、緑間と遭遇して喋ってた」
「緑間と? どんな話したん?」
未だ困惑が解けないまま、諏佐はあったままを話す。聞いていた今吉はにやにやと笑い、原澤はいつものように前髪をいじりながら、
「それはまた、厄介な好かれ方をしましたねぇ…」
とため息を吐いた。
「え、好かれ?」
「緑間くんには振られてしまったことですし、やっぱり青峰くんですかね」
「正確には逆ですけどね。青峰かぁ」
「嫌ですか?」
「いいえ〜?」
にこにこと会話を続けながら足を進める二人を、諏佐は首を傾げながら追いかけた。良く分からない。だがしかし、きっと来年になって、緑間と対戦するようなことになれば分かるのだろうと思った。
 はやく、来いよ。諏佐は口の中でだけ呟く。
 きっと半年なんて、あっという間だ。



ななばん企画

***

手を繋いで帰ろう 今古

 「こんなとこにおった」
きぃこきぃこと揺れるブランコに座り、眺めていた蟻の行列に影が掛かる。
「今吉さん」
「なかなか帰って来ーへんから探してもーたわ」
ふう、と息を吐くその人に、一言だけすみません、と返した。
 大して関わりもないその人と、ルームシェアなんてすることになったのは、ただ単に良い立地の場所で家賃を折半できるというメリットのために他ならなかった。共同生活をするに当たってルールは最低限で、誰を連れ込もうと自由なのがあの家だ。古橋にとってはそれは正直そんなに関係ない権利だったが、今吉の方はそうではない。モテるのか毎週違う人間を、それも性別ごったで連れ込むのだから性質が悪い。家に帰ってそういう場面に遭遇してしまうと、古橋は何も言わずに家を出て来るのが常だった。そうしてしばらく時間を潰して家に戻る。
 そうやっていれば無用な修羅場に巻き込まれることもないし、意味の分からない胸の疼きを無視することも出来る。
 「帰ろうやぁ」
「良いんですか」
今日だって古橋がこうして公園で童心にかえっていたのは、また今吉が人を連れ込んでいたからだ。ちらりと見えたそれは確かに男だったが、華奢でふんわりとした、古橋とは違う生き物のような男だった。
「良いも何も、あすこは古橋くんの家でもあるやろ」
目を細めたままで言うそれは、何処までも嘘のように聞こえた。この人のこういうところが嫌いだ、とぼんやり思う。言うても、と呟くその人を再度見上げた。
「古橋くんワシのこと嫌いやないやろ?」
にまにまと更に目を細めるその人をじっと見据え、それから小さく息を吐く。花宮が妖怪サトリだと言っていたのを思い出した。そういうところが一番嫌いだ、とも言っていた気がする。全面的に同意したい。
「ん」
差し出された手をそっととる。ほら、と言ったようにまた笑うその顔は見なかったふりをする。
 愛だとか、恋だとか、この手をとるのに、そんなに大それた理由はきっと必要なかった。



(正しくなんて、在らなくて良いのだ)
http://shindanmaker.com/154485
47の日

***

不意打ちの雨で雨宿り 花諏佐

 ざあざあと降る雨にはぁ、と息を吐く。参考書を買いに出掛けた帰り思わぬ雨に降られ、諏佐はカフェの軒下で雨宿りをしていた。駅まではまだある。春先と言えども雨脚は結構強く、濡れたら風邪を引きそうだ。コンビニまで走って傘を買って帰るのが得策だろうか。風邪で寝込むことと引き換えにするのなら五百円くらい安いものだろう。そう思ってよし、と前を見据えた時、
「諏佐さんじゃあないですか」
ふいに横から聞こえて来た声に、諏佐は思わずげっと声をあげた。
「げって何ですか、げって」
微塵も気にしていないようなその声に振り返ると、
「…花宮」
思った通りの人物が其処にいた。
 諏佐と花宮に直接的な関係はない。今吉の中学時代の後輩で、というくらいの微々たるもので、二人に共通するのはバスケをやっていることくらいだ。
「買い物ですか?」
「ああ、参考書をな」
「へぇ」
それがいつの間にか懐かれて、好かれて、告白までされるようになるなんて、誰が思うだろう。その時は断ったが、めげずにアタックを続ける彼に諏佐も随分絆されている。
「冷たいですね」
 頬に冷たい感触。
 「…誰かに見られたらどうするんだ」
「誰も見てませんよ」
この雨じゃ、自分のことで手一杯ですから。喉を鳴らすその男をじとりと睨みつける。
「お茶、していきましょうよ」
ね? と首を傾げつつもぎゅっと手を握ってくるそいつに、逃げられないと悟った。
「雨が弱くなるまでな」
「充分です」
この冷えた指先も、唇も、暖めてやりたいなんて。そんな心が動いたのは、きっと気のせいだ。



(それは君を引き止めた可愛らしい偶然)
http://shindanmaker.com/154485
47の日

***

みちびくひと 原澤+モブ

 「原澤先生」
廊下を歩いていた原澤は、呼びかけられて立ち止まった。
「浅間先生」
視線の先にいたのは同期の教師だった。原澤とは担当する学年も教科も違うため、最近は朝顔をちらりと合わせるくらいだった。
「最近、美術部の方はどうですか」
浅間が担当するのは一年生と、美術部の顧問。確か美術部はコンクールが近かったはずだ。
「みんな一生懸命に作品と向き合っていますよ。完成している子も、もっと自分の表現できることはないかと、懸命に作品を磨いています」
穏やかな瞳は雄弁だった。生徒を愛していると、言葉では足りないくらいに語っている。
「美術の山住先生に見せてもらったんですが、桜井くん」
良く知る名前に原澤が目を瞬かせる。
「彼、とても良いものをつくりますね」
「…あげませんよ」
「そう言われると思ってました」
はは、と笑うその表情は柔らかい。
「原澤先生が相手でなければ奪い取りに行ったんですけどねぇ」
でもだからこそ、その言葉が本気だと分かった。この男と同期で尚且つそれなりの友人関係を築いていて良かった、そう思った瞬間である。
 「…バスケ部は、どうですか」
「今年は、強いですよ」
今吉はあの曲者揃いの部を上手く引っ張っていってくれている。諏佐はそれに取りこぼしがないよう、そして今吉が潰れてしまわぬよう、支えてくれている。若松は殺伐としがちな空気を払拭させてくれている。桜井は練習でも試合でも、流れをこちらへ持ってくるのが得意だ。そして、青峰。新たに桐皇に据えられた、残酷なほどに強いエース。
「強いです」
「そうですか」
目を細める浅間にそう宣言する。
「それは、楽しみです」
「ええ、私も」
きっと、このチームなら。そう思うことが出来た。それならば、原澤のやることは一つだ。
「お互い頑張りましょう」
「ええ」
実際に闘うのは生徒たち自身だ、だが自分たちにやれることがないわけではない。彼らが、彼らの全てを発揮できるように、正しく導いてやれるように。それがきっと、教師というものなのだろう。



鳥吉さんリクエスト
#指定されたキャラでほのぼのSS書く

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20121210
20130128
20130411