Where will I go ? 日月

 触れ合った手は暖かかった。そのことを、忘れたことなどない。
 選んだのは伊月だった、日向の弱みにつけ込むようにして、彼を手にいれて。それで、何もかも、なんて、ああ。
 なんて、ひどい男だろう。
「もう、忘れたいんだ」
呻くように呟く。実際、そうするように生きてきたのだ。縋っていたのは伊月だけだった、それを知っていた。仄暗いこの感情を、もう向けてはいけないと思った。だって、日向は。
 きれいな、人間だから。
 走りだした伊月は本当はもう気付いていた。眼鏡の向こう、じっと静かだった瞳を思い出す。もう遅かった、何もかも手遅れだった。
「忘れるなんて許さない」
何処かで声がした気がした。
 ああ、もう、何処へも行けない。



image song「水鏡」cocco

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わたしを終わらせて、あなたが終わらせて 瀬火

 カーテンの隙間から差し込む朝の光に、瀬戸はぱちりと目を開ける。前髪を下ろしたその状態では頭がよく働かなかった。もぞり、と動くと何かに身体が当たる。数秒考えこんでから、その自分と同じくらいのものの正体を思い出した。
「…かがみ」
呼んでも、返事はない。まだ彼は眠っている。その無防備さに、最初は嘲笑さえ漏れたものだが、今はそれがひどくくすぐったい。
 不似合いだと、思っていた。生きる世界が違う人間だ。馬鹿で、お人好しで、そして瀬戸の、瀬戸の信奉する花宮の、持ち得なかった天才性を持っていて。相容れない人間だった、同じ世界では生きていけない人間だ。瀬戸のように汚れていない、光のような、人間。
 息を吐く。それでも、それでも、この場所を手放すことが出来ないなんてきっと、花宮に知られたら笑われるだろう。誠凛のやつらが知ったら引き離されるかもしれない。その時は―――そこまで思ってもう一度目を閉じる。
 この先、このやってきたことで罰を受けることになっても。
 手を伸ばせばすぐにその身体に触れられた。抱きしめてみたら身動ぎをして、小さな声で瀬戸を呼んだ。
 こいつが笑っていればそれで良い、なんて。



image song「熟れた罪」cocco

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いまでも 山花

 花宮真にはどうしても忘れられない人間が一人、いる。それは腹黒くて妖怪サトリのような中学の時の先輩や、天然なのか策士なのか分からない因縁の相手のことではない。こいつらは元から非常に強い個性を持っているので、少し話が違ってくるのだ。では、忘れられない人間とは誰か。
 山崎弘、それがその人間の名前である。
 あの色濃いチームメイトの中で、唯一“普通”であった男。その場にいられることが物珍しく、花宮の興味を惹きつけてやまなかった男。
「…くっそ、襲えば良かったって言うのかよ」
あたたかくて、まぶしくて、そう、それは光のような。あの異常とも言って良い空間の中で一人、唯一真面だった人間。真面ゆえに、逆にそこにいられることが異常とも言えた。
 高校時代が終わりを告げると同時に、なくなっていった親交。元々仲良しチームではなかった、だから大学なんて言う一人ひとりの道を歩み始めれば、連絡なんてしない。今では、何処で何をしているかも。  ふと、思い出すとひどく会いたくなった。連絡先の入っていない携帯を眺めて、誰に連絡をすればまた会えるだろうか、と思考する。
 思考はいつでも中途半端に終わっていた。連絡を取って、それで。花宮の惹かれたあの山崎ではなくなってしまっていたら。雑踏に思考を紛れさせる。電話は鳴らない、メールのランプもつかない。手放してしまったのだから、手放したのは花宮なのだから。
「…花宮?」
 懐かしい声に思わず振り向く。忘れたことなんてない、忘れられなかった。否、忘れたくなんかなかった。
「や、ま」
視線の先、雑踏の中で足を止める影。
 ずっと求めていた顔で、その男はやわらかく笑っていた。



image song「雲路の果て」cocco

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泣かないで 木花

*死ネタ

 願い事をするんだ、とその暗い部屋で、蝋燭が灯っただけのぼんやりした光に集まる虫のようにして、その男は言った。
「願い事を一つして、そっと蝋燭を吹き消すんだ。そうしたらその願い事は叶うから」
やわらかな笑顔で、何も疑っていないというような顔で、木吉鉄平は花宮にそう言った。
 花宮の前には蝋燭が数本立っていた。ひどく頼りないその光は、花宮の視界を狭めるのと同時に、ものの焼ける匂いを鼻腔へと届けていた。
「泣くな」
すっと、手が伸びてくる。言われて初めて、花宮は自分が泣いていることを知った。どうして、どうして、思えば思うほど、涙は止まらなくなる。
「泣くな、花宮」
ぎこちなく涙を拭っていくその大きな手が。
 愛おしい、なんて。
 ぼろぼろと泣きながら花宮は唇を噛む。そんなことが、あってたまるか。こんな、こんな。すべて、終わったあとで。
「オレは、ずっと待ってるから」
名残惜しいと言うようにその手はもう一度頬を撫でて、そうして引いていった。またぼんやりとした狭い視界が戻ってくる。涙の所為で、さっきよりも狭まった視界が戻ってくる。
「バァカ」
ふう、と蝋燭を吹き消した。暗闇がやって来る。
「嘘吐き」
 花宮の声だけが、わん、と響いた。



image song「'T was on my Birthday night」cocco

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何一つ、許さないで。 黄緑

 一つの、居場所だったのだと思う。
 強い人だと思っていた。でなければあの集団で副主将なんて勤められなかっただろうから。
「…オレ、謝らないッスから」
まだ、子供だけれど。
 あの頃よりは大人になった自分で、同じようにあの頃より大人になった彼の目の前に立つ。まるでとおせんぼだ、と思った。緑間は足を止める。
「別に、謝って欲しい訳じゃない」
彼の、彼の居場所を奪ってしまったことを。きっと自分を最後の砦にしていただろうことを。謝ることはしない。あそこは黄瀬にとってひどく呼吸のしづらい場所になってしまった、自分を生かさなければ、何も出来ない。
 一歩。距離を詰める。緑間は動かない。
 二歩。少し緊張したように、鞄を持つ手に力がこもったのが分かった。
 三歩。
「でも、ちょっと、償いじゃないけど、あの時の分まで」
手を伸ばす。避けられない、退けられない。触れる。手袋なんてしてこなければ良かった、そう思った。 「一緒にいたいって言ったら怒る?」
 抱きしめた身体が、わずかに頷いたのが分かって、胸の辺りがじんわりと痛んだ。



image song「樹海の糸」cocco

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笑おうか? 笑ってみせようか? 山原(R18)

*モブ原(原くんがビッチ)

 こんなこと、何にもならないのに。
 いつだって脳裏に浮かぶのは一人だけだった。望んでやっているただの小遣い。今では自分を守るためになくてはならないもの。麻薬、向精神剤。呼び方なんてきっと、どれだけでもあったけれども。  金を持ってそうな男に、誰にも見向きもされないような弁当箱の緑のアレのような、そんな男に声を掛けて。
 一晩だけの夢の代わりに、料金をいただく。
 これが。
 これがあいつだったら、何度夢想しただろう。でも現実は違う、違う、原が選んだ、選んでしまった。違う道を歩むことを。今頃可愛い彼女と歩いているかもしれない。マメな性格だから結構モテていたのを知っている、それを学生時代、邪魔していたのは自分だけれど。
「ザキぃ…」
ぼろぼろと溢れる涙がシーツの波に吸い込まれる。うっかり口から零した名前は、相手の男には聞かれなかったようだった。
「カズヤくん、すっごくイイよ…泣く程気持ちイイ?」
気持良くなんかなかったけれど、こくり、と頷く。だってこれは夢だ、夢なのだ。一晩の、悪夢を売る小遣い稼ぎ。麻薬。向精神剤。なくては、ならないもの。
―――ザキ。
 いちばんに傍にいて欲しかったひと、いたかったひとは、いないから。



image song「ねないこだれだ」cocco

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グッバイ・レッド・フランジパニ 赤黒

 それはまるで、宗教のような人だった。
「オレに全て任せておけば良い」
やさしい声で、そんなはっきりとしたことを言ったことはなかったけれど。それでも黒子には彼がそう言っているように聞こえた。
 伸ばされた手はまだ未発達で、黒子とそう変わらないように見えた。同じ世界にいる、それは事実となって黒子の胸を満たしていく。触れた手は思いの外暖かかった、こういう人は冷たい手をしているのだと思っていた。
「赤司くん」
名を呼ぶと、その人は微笑んで見せた。
 嬉しそうに、微笑んで見せた。

 宗教というものは、信心を失うことによって死んでいく。黒子もまた、その例に漏れなかった。
「赤司くん」
黒子は振り返らずに声を落とす。
「変わらないものなど、ないんですよ。ただ、それだけの話なんです」
どうして、と彼は言わなかった。何故、と縋らなかった。振り返らない黒子にはその表情は見えなかったけれど、なんとなく微笑っているような気がした。
 名を呼んだ時と同じように、彼が嬉しそうに微笑んでいる気がしていた。



さよなら かわいい ゆめ
image song「ポロメリア」cocco

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電話をして来た今吉が悪い 花諏佐

 カップラーメンの麺が伸びている。その現実を告げただけなのにだからなんですかと刺々しい声が帰って来た。
「誰かさんが電話にかかずらってるから悪いんじゃないですか」
「先食べてて良いって言っただろ」
「なんで一人で食べないといけないんです」
ぶっすーと膨らんだ頬に、きっと他では見られないであろう表情に思わず笑みをもらせば、なんなんですか、と箸を渡された。どうやらこれを今から食べるらしい。
 こんなものでも、一緒に食べれば。なんて思ってしまうのはきっと、この幸福に毒されているからにほかならないのだ。



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うまれかわること 赤月

 ばかみたいだな、と思った。すうっと冷えゆくその瞳を見ながら、赤司征十郎はそんなことを思った。自分というのはこんなに甘い考えをする人間だっただろうか、黒子に負けたのが響いているのだろうか、思いついたことをすぐさま―――考えなしに実行するような、人間だったろうか。
 咄嗟に掴んだ手はきっと痛かっただろう。それでも振り払わない彼に、心から感謝した。赤司も力を緩めることが出来なかった。
―――このまま。
彼が、何処かへ行ってしまったら、もう二度と会えないような。
 そんな気がして。
「あ、の」
言葉を待たれている、それが分かった。だから必死に言葉を探す。
「その、」
赤司征十郎は完璧だった、それは間違いなく事実だった。敗北を経験した今でも、それは自負として残っている。
 なのに、なのに。
 言葉が。
「………貴方は、綺麗です」
やっとのことで絞り出した言葉はそんなものだった。まるで小学生だ、いやもっと悪いかもしれない。言葉を覚えたばかりの子供のように、赤司は。
 そんな体たらくだというのに。
「…そうか」
その人は、
「ありがとうな」
はにかんだように微笑うのだ。



あみだ

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100g330円 今花(R18G)

 ぎりぎりぎりと音がする。大きな肉切り包丁で、あのにっくき妖怪が花宮の肉を切り落としている音だ。いつからこんなことになったのかよく憶えていない。花宮真はただの中学生だったはずで、そのあとただの高校生になったはずだった。頭の出来はただの、とは言いにくい出来だったとは思うが、まぁ、ただの、ということで。というより、こんな切られても平気な、そんなびっくりな身体なんてしていなかった。
 ああいうプレーをしている関係で何度かお礼参りのようなものを受けているが、その中で怪我をすることだってあったし、ただの―――そう、ただの、普通≠フ人間だったはずだ。切られても平気な、それどころか肉が再生するような、そんな人間ではなかった。
 それなのに、と胡乱な目線をやる。腹の読めない先輩はいつも通りににこにこと笑っていた。
「はなみやぁ」
耳から脳みそに侵食していくような、液体染みた声。
「今日もきっと、美味しい肉になるなぁ。ちゃんと売ったるからな」
可笑しいと、そう思うのに。
 しかしながら、この先輩の隠しもしない楽しそうな声に、すべてどうでも良いなんて思ってしまうのだから。笑って目を瞑った。ぎりぎりという音はまだ続いていた。



forえのさん

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20141225
20150124
20150411
20150708 編集