ブルースカイ 黄緑

 ピアノの音に誘われるように、黄瀬はふらふらとその扉を開けた。
「…なんだ、黄瀬か」
「緑間っち」
音が止む。
「静かにしてるから、此処で聞いてても良い?」
「勝手にしろ」
 再開される音楽。たららん、踊る指。
 距離は大切だ。遠すぎても意味がないし、だからと言って近すぎても駄目だ。近すぎると、いろいろなことが分からなくなる。それは絶対嫌だった。
 黄瀬は宣言通り、静かに緑間を見つめていた。
 辛いというのなら、離れるという手だってあるのだ。この想いを、捨ててしまうことだって。
 捨ててしまえよ、何処かで声がする。泣いてしまうくらいなら、この馬鹿みたいな自惚れも、ささやかな幸せも、すべて。
 たらららん、分かっているのに、手放すなんて出来ないのだ。



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青天のイナズマ 赤黛

 この日常は非常に退屈だ。赤司征十郎はそう思っていた。自分の出来ることをこなしてこその勝利であり、その道筋をたどっていけば良いだけの話で、それは生きることに不可欠な言わば呼吸のような存在で。
 そんなことを思っていると、この日常はどうにもレールの上での出来事のような気がしてしまうのだ。たとえそうだったとしてもそれは赤司自身の手で引かれたものであり、その上を走ることに何ら抵抗はないはずなのに、どうにもつまらない。何か変わったことはないのだろうか、そう思い出すのは目の前から消えたチームメイト。自分が発掘してやったあの才能。
 彼のような、面白いものがあれば。
 ふと顔を上げた、視界の端に入ったその背中。見覚えはある、だが昨日の部活では見ていない。
 一瞬のうちに脳裏を駆け抜けたその計画。
 「ふ、」
笑みが漏れた。失敗など、ありえない。いつもと同じように思った通りの未来が訪れるだけ。けれどもしかし、何もしないよりは退屈しないだろう。
 「監督、僕が入ってから部活を辞めた方々の名簿をいただけないでしょうか」


image song「野生のENERGY」B'z
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このゆびとまれ! 森小

 「逃げるなってば! 小堀!!」
「いや!? 逃げるなって言われて逃げない奴っていなくない!? 逃げるなって言うくらいなら追いかけるな!!」
「それは無理!!」
ずだだだだ、と騒がしく足音をさせながら廊下を走り抜ける人影が二つ。
「廊下は走るなー」
やる気のない化学教師の注意の声が、すうっと後ろに流れていった。
 ひと気のない体育館裏まで一気に走って行ってやっと、小堀はその足を止めた。別に逃げる気がなくなった訳ではない、ただ単に行き止まりにぶち当たってしまっただけの話だ。
「ちょ、森山、そこで止まって! 五メートル!」
犬に命じるような調子でそう叫べば、意外にも森山はそこできちんと止まった。そうしてきりっとした顔で小堀を見つめると、
「俺と恋しようよ!」
「だから何でそういう話になるの!?」
森山モテなさすぎて可笑しくなった!? との叫びには、小堀ひどい! と泣き声めいたものが返って来る。
「だって! しょうがないだろ! 俺だって突然かと思うけど気付いちゃったんだから!」
「何に!?」
「運命に!」
絶句。
「だから、さぁ、ねえ、小堀」
一歩ずつ。詰めてくる森山から小堀は逃げない、逃げられない。
「俺と、恋、しようよ」



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名前など嘘だって良い 花山

 最初に出会ったのは何処ぞの岬だった。家族でやって来た海の見えるその場所で、祝福の鐘をいたずら半分、出会った相手と鳴らしてみただけ。
 次に出会ったのは中学校に上がってからだった。生徒会活動の一貫、同じ地区の学校を集めて行われた集会。姿を見ただけでその相手だと分かって、けれども話し掛ける材料が足りないように思えて。
 その次は試合会場。同じようにバスケをやっていたことできっと話し掛けることは出来たはずなのに、チームメイトと楽しそうに話しているのを見たら、心が折れた。
 そして、高校。入学してクラスに足を踏み入れて、一瞬、息が詰まるかと思った。
 運命という言葉を信じそうになってしまった。それくらいの、偶然。
―――偶然?
 首を振る。名前なんて、どうだって良い。これをどう活用するか、それだけだ。かつかつ、と歩いて行って教科書の山を眺めているその肩に手を置いた。
 「山崎、弘くんだよね?」



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crisis world 瀬降

 どうでも良かったはずだ、こんな脅かされた小動物のような奴のことなんか。瀬戸は大きくため息を吐く。その動作にもいちいち肩を震わせて、そんなんで疲れないのかと思ってしまう。
「お前ってさ、面倒だよな」
引き寄せる。怯えている彼は一層身を強ばらせたようだったが、特に抵抗はせずに腕の中に収まった。その辺も、瀬戸にはよく分からない。怯えるくらいならば形だけでも抵抗してみせれば良いのに。
 面倒だ。意味が分からなすぎて、面倒だ。そう思うのに。
 こんなものが、とてつもなく大切だなんて。取り上げられたら、死んでしまうかもしれないなんて。
 「我ながら、女々しい、よなァ…」
 耳元で囁いたその言葉はやたら弱々しくて、驚いたように腕の中で身体が震えた。そして、何を思ったかその腕が背中に回されて、瀬戸はああ、と額を押し付けるしか出来なかった。



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さよらならを云うことさえ赦されていない 花日

 痛みに喘ぐ木吉の顔を見たとき、そしてそのお陰でその手が花宮を掴みあげた時。花宮の胸の内を一瞬で支配したのは、確かに悦びだった。目の前に来た憎悪塗れの顔に思わず笑みが漏れる。それを相手は嘲笑と取ったようだった。やめろ、という木吉の声でその手は離されて、余計なことを、とは思ったが、薄らぎもしない憎悪の視線に、まぁいいか、とも思った。
 何かに危害を加えるということは、その何かの何処かを壊してしまうということだ。そんな簡単なこと、花宮には言うまでもなく分かっている。
 そして、自分の何処かも一緒に、壊してしまうことだと。
 むしろ、そうなれ、なんて。このぐるぐると焦げ付く胸の辺りごと、ばりん、と砕けてしまえば。



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これが恋だと言うのなら、 黛実

 「みーあーげてーごらんー…」
何だ突然と返したら、ちょうど音楽の授業でやっているのだと返って来た。へえ、と返す。残念ながら選択授業は書道をとっているので、音楽のことは分からない。
「ちいさーな…ほーしーのー…」
それでも、その有名な唄の歌詞くらいは知っていた。
 ささやかな幸せをうたう星なんて、何処にもありはしない。その一言を言うことは結局のところ出来なかった。妙に楽しそうに練習を繰り返す、その横顔に気圧されたからではない。
「てをつなごーう…ぼーくーと…」
フレーズに合わせてはにかむように差し出された手が、予想よりも冷たかったからではない。
 お前と一緒にいることがあんなにも苦しくて、それを認めたくなかった俺は少しばかり高めの歌声を、遮ることが出来なかった。



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氷砂糖 諏佐花

 「待ってるよ」
口を次いで出た言葉に嘘はなかった。
「ずっと、待ってる」
「…いつになるか、分かりませんよ」
「大丈夫だ」
「なんで、そんな、簡単に」
「これでも覚悟して言ってる」
諏佐はおどけて笑って見せる。
「俺は、ちゃんと、真面目に考えてるよ」
だから、待てる。いつまでも、という訳にはいかないかもしれないけれど、心意気としてはずっと、でも。丸くなるまで、待てる。甘いくせにごつごつしている、そんな花宮が丸くなるまで。
 待ててしまうのだ。
 すい、と伸ばした手はその丸っこい頭にぽふりと収まった。



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貴方に押し付ける僕の憎悪 黒灰

 「お前がそんな顔するなんてよぉ、アイツらは知らないんだろうな」
彼は、そんな顔を見るのが俺で良かった、とにぃ、と笑ってみせた。ただただ楽しいというように、何処にも痛みなど感じていないというように。
 「…君は、馬鹿、なんですか」
「ああ、馬鹿かもな」
それすら嘲るような色を含んでいて黒子はむっと顔を顰めた。灰崎はおおこわ、と言ったきりそれ以上何も言わなかった。怒り任せにぼすん、と肩に頭を預ける。はねのけられることはなかった。
 言い換えればただの自己表現だ。
―――僕は此処にいる。
それすら上手く言えなかった人間の、最後の足掻きだ。
 「僕は馬鹿で良いです」
いじけたようなその声に、灰崎が何を思ったかなど、黒子には予想すら出来なかった。



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ショートケーキの残像 紫山

 「…なんで、」
その言葉に、ちゃんと用意してきた答えがすらすらと出て行くのを他人事のように聞いていた。綺麗な言い訳だ、文句のつけようがない。けれども紫原はどうにも納得出来ないようだった。
「なんで、意味分かんないよ、なんでだよ…ッ」
言葉は熱く、切っ先のように山崎を狙うのに、どうしてかそれが刺さってくることはない。
 それが紫原の優しさなのだと、出会った時から彼が成長した証なのだと、嫌というほど分かっていた。目頭に熱が集まって、悲鳴が止まるほどに喉が痛んで。山崎はこれが何なのか知っている。
 涙の、前触れ。
 「お前が納得出来なくても俺はこれで納得してる」
「でも、」
「分かれよ」
とん、とその胸を突き放すように押した。紫原にはそれで充分だったようだ。言葉が止まる。
「俺はもう、お前のことなんか好きじゃないんだ」
 ああそれでも、俺はお前のことをあいしていたよ。



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20140606