青に溶けたあの日 森梶 青天の霹靂とはまさにこのことを言うのだろうなあ! と梶井が思う中でよいしょ、とその人はまるで何事もなかったかのように瓦礫の下から現れた。 「ええと、怪我はないのですか」 「うん。見ての通り」 「どうして、と聞いても」 「そうだなあ、雑に言えば君と同じ力を持っているから。もう少し詳しく言えば僕が強いから」 それはまったくもって詳しくなどなかったのだけれどもやはりこの胸のときめきのようなものは止まらずに、ああ、なるほど! と梶井は手を叩くことをするしかなかった。 「貴方は宇宙からやってきた大元帥なのですね」 「君がそう呼びたいならそれでも良いよ」 こそばゆいけれどね、と笑ったその人の後ろから幼女が出て来て、それから僕を引き起こした。とても力持ちの幼女だった―――本当は幼女ではないのだろうけれど。どちらでも良かった、幼女の姿をしているから幼女で良いのだ。 「リンタロウは厄介よ」 「あの方はそう思っていらっしゃるのですね」 「賢い子は嫌いじゃないわ」 名前は? と問われて梶井です、と答える。梶井基次郎です、とフルネームを名乗ればモトジロウね! と手を引かれた。埃が舞い上がる、土埃。屹度まだ下に人が埋まっているであろう場所を、笑みと共に駆けていく。 これから、一体何が起こるのだろう。その胸の跳躍とも言える動きだけが、心臓に染み付くように踊っていた。 * 虹色えそらごと。 @nijiesoragoto *** ほうかごのひみつ 乱エド *学スト こんなところ見つかったら大変なことになるのではないのであるか? とその、いつもの制服をこの学校の制服に着替えた彼は言う。だから乱歩はにっと笑って言うのだ。 「そうだろうね!」 「あまりに簡単に肯定されすぎて、もう何を言う気も起きないのである…」 そんなことを言う彼の肩にねえ、と手を掛けて。 キスはしてくれないの? カーテンがはためいて、きっとそのあとのことはそのカーテンの隙間から射し込む光が眩しすぎて何も見えなくなってしまうから。 * ラティーシャの瞳は溶けだした @a_a_atd *** 遠いむかしのおまじない 乱エド だって君がどうしたって僕のことを嫌うだなんて絶対それこそ世界がひっくり返っても横浜が壊滅したってあり得ないことを名探偵の僕は知っているんだから仕方ないでしょう! ねえ、名探偵、はいはイエスかで答えなよ。 * image song「ゴーゴー幽霊船」米津玄師 *** 会いたくないの、こんな時に。 森梶 来なさい、の上に良いから、と付けられなかったのは梶井の精神安寧にひどく働きかけをしたものの手を煩わせてしまったことは間違いなく、どうやって謝ったら良いのかとそればかり。 「梶井くん」 厳しく、しかし何処か甘さを帯びた声が梶井を呼ぶ。 「私が目の前にいるのに他のことを考えないで欲しいなあ」 「貴方のことしか考えてませんよ」 「目の前の私のことを考えて欲しいんだよ」 「…難しいことをおっしゃる」 「そう?」 こてん、と傾げられた首に続いて脚が組み替えられる。 「ほら、」 簡単でしょう? と振られる爪先に、思考よりも先に身体が跪くのだ。 * 空色 @sora_odai *** あの人は私にとっての学問であり、宗教であった。 梶中 一体手前は首領のことをどう思ってんだ、とそんなことをうっかり聞いたらいつもの調子でおや中也殿! もしやそれは巷で噂の悋気というやつでしょうか! いやはや中也殿かまさかまさかこの梶井に―――と立て板に水とばかりに言葉が出てきたので強引にその言葉を止めてやった。 「…中也殿」 「なんだ」 本当にうっかりで、ただ日頃気になっていたことがぽろりと出てしまっただけで、本当の本当に他意はなかった。悋気などとはとんでもない! ただ、深く聞くつもりはないものの、あまりに自由にさせられているこの男にも忠誠心やそれに類するものが存在するのかと、そんなことを。 「接吻けで言葉を奪うというのはあまりに手慣れた所業ではありませんか」 「そうかあ? 手前だってやるときゃやるだろ」 「僕は中也殿が一体何処までご存知なのか一度聞いてみたいと今思いました」 「でも聞かねえだろ」 そういうことだよ、本当にうっかりだったから気にすんな、答えなくて良い、と続ける。 「尤も―――」 いつものゴーグルではなく眼鏡だと、何となく幼さのようなものが感じられるその視線を。 「手前が話したいんなら別だけどな」 そう言って眼鏡を外してやる。視界がどれだけぼやけるのかは知らない。 「僕とて、中也殿の問いには解えを見つけたいという気持ちはあるのですよ」 「そうか」 「でも、貴方に演説をするのは何か違うでしょう」 ねえ、中也殿、とその男は心底困ったように言う。 「この世界に神は一体幾らいるのでしょうね?」 * 邂逅 @kaikoubot_00 *** 午後の交際 梶中 手前のそれはわざとか、と問われて梶井は一体何のことですか、と至極当然に首を傾げた。暫く中原は訝しむようにこちらを見遣っていたけれどもそのうちに本当に梶井に思い当たることがないと悟ったのか、それともお粗末な腹芸しか出来ないことを思い出したのか、まあどちらであっても梶井にとっては同じことであるのだが、やれやれ、と首を振ってため息を吐いた。ひどく大きなため息であった。仮にも献身的≠ネ部下に与えるものではないような気がする。けれども梶井にとってそんなことはそう重要でもないので、一体何なんですか、と言うに留める。こうして大仰な仕草をしてみせたということは中原にだって説明する気があるということだろうし、もしも梶井の目測が間違っていても特に梶井としては気になっていないので問題はない。もしもこれを口にすればそういうところが、と小言の一つでも食らいそうではあるが、そういうものだってもう慣れっこだと言ったら慣れっこだった。 「しかし、見事に誰も気付かないモンだな」 「まあ、人間見た目が十割と言いますし」 「八割だろ」 「細かいことを気にしますね」 「いつも細かいことを気にするのは手前だろ」 いつものゴーグルを取って眼鏡に変えて、白衣を抜いで中原の選んだ服に身を包む。それだけで誰も、この喫茶店(カフェ)で指名手配犯がお茶をしているなんて思わなくなるのだから面白い。面白いが突き詰めて考えるようなものでもないのだよな、と思いながら手元のカップを引き寄せる。 「新聞、今日は開かねえだろ」 「ああ、そう言えば」 「どうしてだ」 「何が載っているのかもう知っているからでは?」 「もう読んだとでも?」 「中也殿の好きなように」 きゅっとその双眸が細められるのを見るが、今更こんな視線に晒されて怯えるようには出来ていない。人間の適応力というのは存外凄いものである。 「今日俺は手前を叩き起こして此処に連れてきた。手前は日付が変わる前からずっと研究室にこもっていて、昨日から研究室に手前以外の出入りはない。手前が寝ていたのは研究室の仮眠室で、間違って起動したりしないようにあの部屋には通信機器の類は持ち込めない」 「よくご存知で」 「俺の決めた規律(ルール)だ」 「そうでしたね」 新聞には、爆発事件の記事が載っているはずだった。それを梶井は知っている。その爆弾は梶井が作ったもので、その構造も何もかも梶井がすべて知っている。失敗なんてするはずがなかった、でもそれは構造上の問題であって、持っていった人間が自分でスイッチを押すことを選んだのであれば仕方がない。 「中也殿」 死なせるつもりはなかった、処刑のつもりもなかった。けれども彼は、それを選んだ。彼が一体死の間際に何を思ったのかは分からない。だって死人は喋らないから。 「人間は死ぬんですよ」 「………言われなくても分かってら」 「なら良かったです」 美味しいですよ、此処のビスケット、と皿をすすめると何も言わずに一枚取られた。 梶井にとっては顔も知らない誰か有象無象の一人であっても、中原にとってはそうではない。新聞を開かなかったのは結果を知っているから、決して覚束ない学習機能が働いた結果ではなく、だからこれはただのよくある逢引(デエト)でしかないのだ。 * そうだレモンは劇物だ。日常にありふれた紡錘形だからといって油断はならない。ひとたび手許が狂えば問答無用で染めあげる、黄色い香りは征服感に満ちている。見よ、あの苦しげなレモンティーを。 平野紗季子「のさばるレモン考」 *** 魅惑のカシスソーダ 梶中 お酒苦手なんですよね、と言ったらとりあえず目の前には何か置いておけ、と勝手に頼まれたのはカシスソーダだった。 「飲まないのに?」 「タイミング見て空にしてやる」 「必要ですか」 「不必要ってわけじゃあない」 馬鹿じゃないんだからそれくらい分かるだろ、と言う言葉は梶井にとって頷くことしか出来ないもので、そういう言葉を選ぶこの上司は本当に狡いとそう思うのだ。 * 胡乱な夢 @ebisu_unknown *** ポケットに突っ込んだ手は繋がれないまま 梶中 逢引(デエト)というやつをしましょう、と梶井が言い出したのは今に始まったことではないし、恐らく研究に一区切りついてテンションが上がっているのだろうと分析をしてあった中原のスケジュールは既に調整済みだった。 「明日の午後なら開いてる」 「じゃあいつもの店で」 「いつも思うんだがそれ、意味あるのか?」 暗に手前が会議にちゃんと出たら良いだろ、と言ってみるものの、呼ばれていない会議には来ないというのが梶井の心情らしい。どうにも首領はこの男に甘くていけない、と思うけれど、中原だって人のことを言えた義理ではないのは分かっている。甘やかしたくなる男、という訳でもないのに、あまりにあっけらかんと『それ、僕必要ないですよね? ならその時間使って研究がしたいです』なんて言われてしまえば気持ちよくなるとでも言うのか。 「だって、中也殿、逢引と言えばまず待ち合わせからでしょう!」 科学も計算も何もない、梶井の美学という訳でもない。ただ、誰ぞが言っていたような不確定の台詞。演劇に出てくるような切欠、ただの舞台装置。それを当たり前のように愛していると宣言する梶井の、その薄さ寒いほどのちぐはぐさに。 「…そうだな」 中原は頷くしかなかったし、明日の逢引への期待が少し、自分の中で高まっているのを感じていた。 * @bollboy21 *** スケッチブックを開いて待っておいて 太乱 多分何を考えていてもどうせこの人にはすべてがお見通しで、でも何もしないというのも嫌で、だからどうにも人間らしく動いてしまう。こんなものは柄ではないはずなのに、本当に、普通の人間みたいに。 「そうだよ」 それを読み取ったように乱歩は言う。 「太宰、お前は知らなかったかもしれないけれど、お前は普通の人間だよ」 僕は天才だけどね! と笑ったその人に、多分きっと、太宰は一生敵わない。 * image song「心像放映」米津玄師 *** 純白のブーケ 太乱 あげるよ、と言って投げて寄越してきたその人の行動がよく分からなくて流石の太宰も首を捻る。確かにこの頭脳についていけるなんてことは思っていないけれど、それなりに道筋は見えなくもなかったのに、これはどういうことだろう。脈絡がないようにすら感じられる。 乱歩は今日、いつか救った人間の結婚式に呼ばれていたはずだった。最初は渋っていた乱歩も甘味(スイーツ)を弾むという言葉と社長の後押しによって出席することが決まったし、朝見送りもした。このブーケはその会場で貰ったものなのだろうが、はて、それをどうして太宰に寄越したのだろう。要らないなら乱歩はまず受け取らなかっただろう、招待側も乱歩の性格は知っている。要らないと言うものを押し付けたりはしないはずだ。なら、これは乱歩の意志で受け取られ、太宰に寄越されたということで。 「お手上げです」 そう言ったら、それはブーケだよ、と見たままのことを言われた。 やっぱり、分からなかった。 * 月灯の降る街 @moonstreet_bot *** 20190323 |