永年の首輪
暗がりだった。
煌々とした街灯だけが不自然に寝静まった道を照らしている。喧騒は少し遠いけれども、未だ夜に人の気配は濃い。その中で人目を憚るように連れ込まれた路地裏で、月島は男に押し倒されていた。
「ははあ、アンタ、今世では女なのか」
男の言う通りにこの身体はまごうことなき女体である。
「そのヒールも似合ってはいますけど、逃走には向きませんよね」
女に生まれた以上、こういうことに巻き込まれるかもしれない、とは思っていたけれど。まさかその相手―――加害者が、尾形になるなど誰が思うだろう。
そうだ、まったく知らない相手ではなかった。前世においてこの肌を重ねたことすらある男だった。恋人であったか、と問われると首を傾げるが、まずもってあの頃は真面な精神状態ではなかったし。真面な精神状態であったら尾形と付き合っていたか、と問われると恐らくそれはないだろうし、肌を重ねることは愚か、出会うことすらなかったかもしれない。月島のそんな現実逃避も気にすることなく、尾形は手早くボタンを外していった。いや、外したというより引きちぎった。帰りどうすれば良いんだ、と脳の片隅でぼんやり思ったが、そもそも再会した相手を突然路地裏で押し倒すような男だ、そんなこと考えていないのかもしれない。何か言わなくては、と思うものの喉がひりついたように痛くて何も言葉にならない。随分怯えた顔になっているだろう、という冷えた思考はあるのに、身体は面白いように固まったまま。数秒もしないうちに乱暴に下着がズラされ、抑えを失った胸がこぼれ出た。
「胸、いくつなんですか」
せせら笑いに近い声で尾形が言う。答える義理は月島にはない。なんとか睨め付けたが、尾形には痛くも痒くもないようだった。
「今までどんな男に触らせた?」
まるで責めるような口調とともに痛みが走る。それに驚いてびくり、と身体を震わせれば、尾形は別の意味で受け取ったようだった。
「なんですか、軍曹殿。ご無沙汰ですか? 俺にとっては好都合ですが…」
強く摘まれる方が良いとは…と言いながら、尾形の手の中で自由自在に形を変える自らの胸など見ていられなくて目を瞑る。しかし、目を瞑ったところで尾形がやめてくれる訳もない。
「ここ、すきですか」
しつこいほどに弄られる。くりくり、と指の腹で転がされるような感覚についていけない。違う、となんとか出た言葉で否定はしても、その言葉の端に滲む息の熱さが自分でも分かった。こんなことは望んでいないのに、夜風の感覚と決して遠くはない喧騒、そして目の前にいるやけに熱心な尾形の所為ですべてがちぐはぐになっていく。
そもそも、尾形の知っている月島というのは男だったはずで、だから今回こうして女に生まれて、女として生きることにそう疑問を持っていない月島というのは最早別の存在ではないのか。早くそのことに気付いて飽きてくれないか、と思っていたというのに、当の尾形は飽きなかったようでそのままスカートに手を掛けた。人生でスカートを履いていたことをこんなに後悔したことはない。ストッキングを破られ、腰を上げられる。押し倒された場所が何処だったのか把握していなかったが、何かの箱の上のようだった。路地裏にあるということはゴミ箱か何かだろうか。いや、何であったとしても月島の置かれている状況が変わる訳ではないが。
しかし、こうなってしまえば足はもう地面を捉えることなく空中に投げ出されるしかないし、尾形からしたらこの上なく見やすいことだろう。じっと、した視線すら感じる。寂しい灯りが一つ、あるくらいなのに。
「気持ちいいんですか」
「ん、な…っ、わけ、あるか…!」
「そういう割には濡れてるようですけど」
もっと顔近付けて欲しいんですか? なんて的外れなことを言われても蹴り飛ばせない。どれだけ空を蹴っても尾形にとっては単に肉が動くだけの運動にしかならないだろうし、事実そうだったのか、見て欲しいならそう言ってくれれば良いのに、という言葉と共に下着に手を掛けられる。
「やめ―――」
「今更何を」
首を振って否定の言葉を吐いたところで何になる訳でもない。ストッキングはもう真面に残っていないのか、いとも簡単に下着は片方、足から抜かれた。中途半端に引っ掛けておくくらいなら、奪ってくれた方がマシな気がするのに。はは、と尾形が笑う。その声には喜色が滲んでいる。
「とろとろ。何もしなくても溢れてくる」
ぬるり、と尾形の指にまとわりつくものが何なのか、分からないほど思考は停止していない。
「軍曹殿は知らん男に胸を触られただけでこんなになるんですか…なるほど…」
「ち、が…ッ、」
「何も違いませんよね? ああ、でも俺は知らん男ではないんでしょうか」
淫乱である方が軍曹殿にとって納得の出来る理由なら、それでも良いのですが―――もうこれ以上反応してなるものか、と拒絶するように強く目を瞑った月島を嘲笑うが如く、尾形は無遠慮に指をうずめる。自分の身体ではないのではないかと思うほどに潤ったそこは、難なく尾形を受け入れた。
「あっ………あ…ッ、」
ぐちゅぐちゅ、という音と共に、指の腹が確信を持って動く。蜜を掻き出すような動きなのに、横暴さは感じなかった。ぱちぱち、と瞼の裏で火花が散る。
「やだ、やめ、あっ、ぅ、ん、く…っ」
「声、出したいなら出しても良いんですよ? その方が気分良いでしょうし。まあ、人は寄ってくるかもしれませんけど」
「ん、ぅ〜っ、」
「はは、アンタ、気持ちよくなると足が伸びるタイプなんだな。えっろ…」
「ん、ふ、ぅ、」
「しかし正直な身体ですね、ナカ、きゅんきゅん言ってますよ。何処が気持ちいいのかすぐわかる…」
「ぅ、ぇ、くぅ…」
「軍曹殿、人に見られたいんでしょう? 声、抑えたら俺にしか聞こえませんよ」
「ん、ん〜ッ、ぅ、ぐ…」
「そんな唇まで噛んでアピールしなくても、さっきから見られるって話すると反応えぐいですよ。認めたら良いのに」
尾形が何を言っているのか聞こえない。意識が白く引っ張られていって、どうしようもなくなる。怖かった、この先、今までと違う自分になってしまいそうで。どうして良いのか分からないまま、必死にやめてくれ、と言うも、強欲ですなあ、と空いた手を胸に戻されるだけ。
「あー…っ、ん、ふ、ぁ…ん、ん…」
意志に反してびく、びく、と震える身体を、尾形が落ちないようにか、抱き締める。素肌の部分が重なって、それから尾形も熱くなっているのだと知った。
「手ェ、べっとべと」
家じゃなくて良かったですね、という言葉が何を指しているのか分からない。視界が揺れている。尾形はもう、止まっているのに。
「あーあ、自分で腰振っちゃって。そんなに気持ちよかったですか?」
「ん、ぁ…、ちが…、」
指摘されても、動きは止まらなかった。呆れたようにため息が落ちてから、指が抜かれる。
物足りなさに、熱い息が漏れた。
これは、強姦なのに。月島は何一つ同意なんてしていないのに。尾形が離れていく。
「そんなに誘わないでくださいよ」
金属音がして、布の擦れる音がして。
尾形が、再び覆いかぶさって来て。
「ア、ぁ―――………ッ、」
ずん、と指とはくらべものにならない質量に、開いたままの唇から唾液がこぼれた。
「美味いですか? 軍曹殿」
「ん〜…っ、あ、ッは、ひゃ…、」
「締め付けすげ…。イきそうですか?」
「ん、ん、あ〜〜…ッ、い、いく、おがた、っ〜〜ッ!!」
声を抑えるだとか、そういうことはもう、頭には留めておけなかった。静かな夜に、悲鳴じみた声が投げられる。見られちゃいますよ、と尾形は繰り返した。知らないやつのおかずになりたいんですか? と言われて、昏がりに人影が見えたような気がした。ベルトを外す音や、自分を自分で慰める音が本当にしているのか、さっき聞いた音が月島の耳の中で反響しているだけなのか、判別がつかない。突き上げられるような快楽から逃げようと仰け反るのに、尾形が腰を掴んでいる所為でどうにもならない。しゃぶって欲しいならそう言えって、と胸に歯を立てられるのに、それすら快感へとすげ変わる。
―――………っと。
隷属していく。尾形に、拒絶の言葉も虚しく悦ばせられることが、史上の幸福のような気がしてくる。
「あ、ぉ、おがた…ァ、」
「なんですか?」
ぼんやりとした頭で呼べば、まるで恋人同士のようにキスをされた。ずっと前から、前世から、こうしていたかったような気がしてくる。こう在るべきのような気がしてくる。分からないけれど、こうして尾形とセックスをしているのは正しいのではないか、と。
「き、もち…」
「はい」
「きもち、いい…」
「そうですか」
良かったですね、と他人事のような台詞が白けた脳に滲みを作っていく。
「お、がた…ぁ、」
視界はまだ揺れている。肌と肌のぶつかる音が、身体の中で体液の混ざり合う音が、耳に響いているような気がする。
「………も、っと、」
ばちり、と何かが切り落とされたような音がした。
でもやはり、気の所為なのかもしれなかった。
「もっと…」
「そんなに気持ち良かったんですか?」
「…ん、………きもち、ぃ…」
「じゃあ、ずっとこれからも気持ちよくなりますか」
「ぅん…」
「アンタがそう言ってくれて嬉しいです。もっとがんばりますね」
「ん、」
「じゃあ、まず―――」
印鑑、何処にあるか教えて貰えますか? という尾形の耳に、月島はそっと、唇を寄せた。
*
https://shindanmaker.com/a/904058