夕影は迫っている
鶴丸国永は自身を顕現させた審神者である女が鶴丸国永のことをたいそう好いていることを知っていた。勿論、それだって恋愛の情ではなく、恐らく本体である刀だとかそういった部分であり、刀剣男士としての性格だとかそういったものではないこともまた、知っていた。
言われた主はじとり、とした目線を上げる。この話題に辟易しているのが一瞬で理解出来るような目であった。流石の鶴丸国永も思わず苦笑する。
「…君にして、私にメリットがあるか?」
「少なくとも光坊よりかはねちっこくない」
「今私の心はぐらっぐらに揺れたがそもそも三日月の言い出したことで、なくても本丸は回るよな? そうだよな? 私この三年ちゃんと回してたしな?」
「でも実際に循環がよくなった以上、彼らは続けろと言うだろうぜ。それなら一ヶ月ずっと牽制大会してるより誰か一人に決めちまった方が良いと思う」
「ちょっと待て、私の見てないところでそんなくだらないことしてたのかよ」
「くだらなくはないさ。君は俺たちの主なんだ。主の身体を慮ることは別に可笑しいことじゃあないだろう?」
「真面なことしてるみたいに言わないでくんない」
はあ、と大仰にため息を吐いてみせたのは自身がこの本丸の主導権を握っているのにも関わらず、本人が流されている、という自覚があるからなのだろう。
本来であれば審神者は、その刀剣男士の逐一を手中におさめていなければならない。否、この戦争なんてものが殆ど夢幻だった時代、主がそんなものに至ることの出来る環境にいたか、と問われると彼女の過去を知らない鶴丸国永でも答えとしてはいいえ、と言うしかないのだが。
それでも、彼女はそうあろうとする。刀剣男士たちの主として、恥ずべきことがないように。彼女のそれは、刀剣の付喪神である鶴丸国永たちからしたら、ひどく痛々しいまでに献身的だ。
だからこそ―――こんな事態になっているのだろうが。
これで色好きであれば問題などなかっただろうに、と思うものの、そういったストイックさがあるからこそ彼女を主として慕っている部分があるので、なんとも言えない。鶴丸国永が今だって戯れに手を伸ばしてみたら惜しげもなく払われたのだし。
「そもそもなんで君はそんなに嫌がるんだ。別に好いたものがいる訳でもないんだろう?」
「そうじゃなくても普通好いてもいない奴と性行為とか、楽しんでるやつしかしないと思うんだけど」
「楽しくはないのか?」
「正直あんまり」
振り払われてしまったのでとりあえず、と保留にする。面倒なことを二度やる気はなかった。
「どうして、というのは聞いても良い話なのか?」
「べつにトラウマ話とかじゃあないから良いよ」
単に楽しめないんだ、と主は言う。
「そもそもテンションが続かないんだよ」
「テンションを上げることは可能なのか?」
「無理ではないが…例えば酒の力を借りたとしても、導入はまあテンション高めに対応出来るしそこそこ楽しめる。でもそれが最後まで続くかと問われると答えは否、だ」
断言だった。もしかしたら今まで人間の男と付き合って、そういう理由で別れたのかもしれなかった。鶴丸国永の思考に気が付いたのか、それは君の領分を超えているだろう、と睨まれる。
「そもそも結局三日月だって最初一人でどうにかするとか言っといて今は燭台切がメインで出て来るし、ころころ相手を変える主だとか思われたくないんだけど」
「だから俺で決め打ちにしないかって言ってるんだ」
「なんでそこで君が出てくるんだよ」
そりゃあ君には世話になったが、と言う主には、三日月宗近と燭台切光忠の間に立って回ったのが鶴丸国永という認識があるのだろう。その代金、と言っても良かったが。
「俺は三日月派ではあったんだが、ああも光坊に好き勝手させてるのを見ると自分が出た方がマシだと思ってな」
「前から聞こうと思っていたんだが、君たちにとって性行為ってなんなんだ」
「難しいことを聞くなあ」
言葉にするのは難しいことだった。うーん、と唸って首を傾げてからそれでもなんとか言葉にする。主の聞きたいことだから、鶴丸国永はちゃんと答える。
「多分、花街…同じ付喪神に対しては確かにそれは性欲、なんだろうよ。でも、主に対して、となるとそれはちょっと変わってくるんじゃないか? 何て言ったら良いのか…よくもわるくも君は俺たちの主だ。俺たちは、性行為で晒す部分がやわい場所であるのを理解している。その管理を任された…謂わば秘密の花園の番人、みたいな感じじゃないか?」
「ポエマーな回答をありがとう。逃げたくなった」
「逃げないでくれ、主」
「嫌だ」
「主」
呼べばこちらを向いてくれる、鶴丸国永はそれが分かっている。
「光坊に好き勝手されるのと、俺に決め打ちして守られるの、どっちにする?」
その瞳の色を知っているだろうに、主がどちらも選ばないことを知っている鶴丸国永は、多分きっと、狡かった。