黄色のドーナツはありませんので
呪いのような仕事だな、と和泉守兼定は思った。この本丸で、この審神者に顕現されたからこそ、そんなことを思ったのかもしれない。ただの感傷、誤差の範囲内の影響。何も特別なことはない、ただ其処にいたのかその審神者だっただけ。
だから、問うた。
この時代の人間にそんな覚悟はないのだと分かっていて。和泉守兼定は人間に一番近い刀剣男士だった、少なくとも、今は。
「もしも俺が間違えたら?」
その質問に審神者はいつもの表情で和泉守兼定を見遣った。別段品定めでもしているような顔ではない、ただ、考えている。思考している。
「ええー…うーん。その時は、」
こてん、と傾げられた首は、少々その年齢にしてはわざとらしかった。
「その時は頑張って殺すよ」
「お前が、俺を?」
「はい」
「人間のお前が?」
「人間の私が」
「仮にも付喪神の俺を?」
「はい。刀剣男士の君を」
大して難しい話ではないんだよ、と審神者は言った。それから話が終わったのならついでに、これを掲示板に貼ってきてくれないか、と雑用まで押し付けられた。
特許申請は必要ですか?
和泉守兼定はどうしても理解が出来なかった。己を顕現させた審神者についてのことである。確かにこの本丸の刀剣男士は良くも悪くも刀剣男士≠ナしかなく、彼女の言うことはそう大して難しい話ではなかったのだけれど。
「でも言い方ってモンがあるだろうよ…」
「まあまあ、兼さん。主さんに対してそんな難しく考えること、しなくても良いんじゃないの」
「俺もそうは思うんだが…」
堀川国広の言うことは尤もだ。和泉守兼定よりも先に此処にやってきていた堀川国広は、そんな様子を見て笑っているだけで。
「分かる、けどね。兼さんがそう聞きたいの」
「お前は気にならなかったのかよ」
「気にならなかった、と言えば嘘になるけどさ」
本当は兼さんと話す前に、答えなんて出てたんだ、と。
堀川国広は言う。
あそこで歴史を改変するように、土方歳三が生き残るように調節したところで、本当は何も変わらないのだと。堀川国広は分かっているのだ、と言う。本当に変わらないのか? 変わらないのであればこの戦争自体が虚構のものになるのではないのか? と次の問いは浮かんできてしまうが、それでも堀川国広の感じたものは何も変わらない≠ニいうものだった。
「だから、主さんは僕たちをあそこに行かせたんだよ」
性格が悪いからじゃないよ、と堀川国広が言ったところで、ね、主さん? と後ろを振り向いた。
「………流石にバレるよなあ」
「盗み聞きとは趣味が良いね?」
「何にも盗めてないんだから良いも悪いもないだろ」
「すぐそういうこと言うんだから」
聞いてたんだから分かるよね? と堀川国広は続ける。
「どうして兼さんにそういうふうに言ったの? 主さんなら言葉くらい選べただろうに」
そうだ、和泉守兼定が引っかかったのは其処だった。わざわざ殺す、なんて言葉を選ばなくても、この審神者であればちゃんと審神者らしい言葉を選べただろう。それが出来る人間だと、この短い時間でも分かっていた。だから引っかかったのだ。
堀川国広の問いに、うーん、と審神者は唸った。
「そうだな…。デフォルメしてもクソ野郎はクソ野郎だから、かな」
「主さんがクソ野郎だってこと?」
「そういうこと」
「僕はそうは思わないけど」
「俺だってそうは思わない」
「………それは、少なからず、君たちが私の刀剣男士だからだよ」
首を傾げる。言いたいことは分かるが、この身体になって脳も心も得たのだ。人間がどれほどに間違える生き物なのか、和泉守兼定も堀川国広も知っている。
「君たちが、自分でものを考えることが出来ると、私は分かっているよ」
「なら、」
「でも、私が正義じゃあないと思っているから」
―――この戦争は正しいのか?
審神者の言葉の裏の意味に気付けないほど、愚鈍にはなれなかった。
「まあほら、正義って言ってもさ、正しいかもしれないけれども無辜の生命を絶対に害さないかと聞かれるとそうでもない訳で」
ぞっ、と背筋を凍らせた和泉守兼定とは対照的に、審神者は何でもないように手をひらひらと振る。
「人を殺していい理由なんてないからね。私が殺されていい理由なんて出せないように」
だから、殺すって言ったのさ、と笑った審神者を、和泉守兼定はただ、悲しい、と思った。