さよなら清純
どうしてこうなっているのだったかな、と思う。
酒の席で酔い潰れた振りをした月島があることないことを喋って、それを尾形が軍曹殿、そのくらいで、と止めて、それで情報を得た気になった人間を菊田が追う、そんな簡単な構図だった。部屋に引き上げたあとは好きにして良いとは言われているものの、月島も尾形も酒は入っているものの、本当に酔い潰れている訳ではない。
「…あついな」
「そうですか?」
流石に飲みすぎたのでは、と首筋で脈を測ろうとすると、ん、と月島が喉を鳴らした。その音に覚えがあって―――いやしかし、男のそれは聞いたことがなかったはずだが、理解してしまった。そういえば此処は狭い箱庭であってそういうことも起こり得るのだと、だから月島がそういうことを知っていても何ら可笑しくはなかったが、今何故尾形の前でやってみせたのか。
再度重ねるが月島の酒の容量を超えたようには思えなかった。部屋まで戻ってくるそれは演技だったし、部屋について布団に横たわらせるまでして月島が尾形に囁いたのは、演技ご苦労、という言葉だったのだから。
混乱に侵される尾形など無視するように、月島はまた、あついな、と呟いた。そして自分でぱちりぱちり、と釦を外していく。まああついなら着込んでいるものを脱ぐのは当たり前のことだっただろうが、如何せん月島は今布団の上で、酒に強いとは言え顔に出ない訳ではなく、その頬も目元もほんのりと色付いており、なんと言えば良いのか―――たいへんまずかった。こんな筋肉達磨の上官を捕まえて何を言い出すのかと思うだろうが、たいへんまずかった。尾形だって男に欲情出来ないことはないだろうとは思っていたものの、まさかこんな屈強な上官にそれをするなんて誰が思ううだろう。けれども愚息は素直に反応しそうになるし、とりあえず深呼吸で落ち着くのを信じるしかないのだが。
「…ん」
まだあついのか、中のシャツまで釦が外される。ひどく鍛え上げられたその筋肉を見ることは初めてではなかったはずだ。此処は集団生活が基本で、尾形と月島は風呂の時間が被ることも多かった。それは特別な任務があったからでもあるが。
だから、見慣れている、と言っても過言ではないのに。
月島が呼吸をする度に胸が条件する。腹も少し、動く。あついのは嘘ではないのだろう。珠のような汗が筋肉の溝を滑り落ちていく。
「おがた」
月島が、呼ぶ。
喉が上下したのが分かった。いや、相手は鬼軍曹と名高い筋肉達磨である。そもそも此処で手など出したりしたら明日(あす)の朝日が拝めるか。尾形とて死にたくはない、ない、が。こんなふうに餌を目の前にぶら下げられてずっと勝手に待てをしているのも少々違うだろう。
そろそろ、と。手を伸ばす。
「………制裁、とか」
「ない」
「本当ですか」
「男に二言はない」
「信じますからね」
俺がお前に嘘を言ったことがあったか、と問われたので数え切れないほど、とだけ返しておいた。月島のどの言葉が嘘かなんて尾形には分からなかったけれど、きっとそうであったから。
酒の、匂いがする。
唇を合わせても良いのか分からなくなって、少し、上目遣いを意識して問う。そうしたらお前のそういうあざといところが実は嫌いじゃあないんだよな、と言われた。クソ、この男、一体何処まで煽れば気が済むのだろう。というか、何を素直に乗せられているのだろう、とは思ったけれども最早後戻りするのは馬鹿の所業だった。月島から服を引き抜く作業を引き継ぐ。その肌に触れて、熱に触れて、その度に月島が震えるのを見ている。
紛れもない尾形の指で、月島が感じている。それが、どんな意味を持つのか。何の意味も持たないかもしれないのに。
汗で指が滑って、真面な動きが出来ているかも分からない。
「…、アンタ、」
そうして辿り着いた其処は、元から用意がしてあったようだった。こうなってしまえばこれは罠と呼ばざるを得ない。それにまんまと引っかかったのは尾形で、だからもう、最後まで完遂してやろうとすら思うのだけれど。
「一体、いつから」
指がすんなりと這入る。尾形のそのしなやかな動きに何か思うことがあるのか、困ったように月島は見上げてくる。なんて顔を晒すのだ、そんな顔をされたら―――
「ずっとだよ」
―――ひどく、してやりたくなる。
「ずっとだ、尾形」
ある種の意趣返しにしてやったって良かった。人を弄んで、とそれくらいの覚悟は出来ていますよね、とそんな言葉は幾らだって言えたはずなのに。
「お前を俺は追い詰めたい」
月島が、掠れた声で言う。
「お前が、俺を、」
その手が尾形の欲に触れて、それから物欲しそうに其処がひくり、蠢いたのが見えて。
「忘れられなくなるように、してやりたい」
ぶちん、と。
それはきっと、理性が弾けた音だった。
「〜〜ッあ、アアッ」
一気に与えられたものに月島が仰け反ろうとするのを抑えてやる。すると逃げ場がなくなったのか、今まで余裕そうだった瞳からぱたり、と涙が押し出された。
「アンタね! ほんッと、性格悪いですよ!!」
「しっ、アッ、てると、ぅあ、や…っ」
「嫌だとかアンタ今更言わんでくださいね!!」
「い、ッ、わ…なぃ、が………ッう、ゃ、ア…っ」
艶が。
そこから何もかも変えていくように。ひどい呪いだった、あの言葉は誰も聞いていないはずなのに。侵食されていく、何もかも知っているような素振りで。
「アンタが言ったんだ」
意味もなさない声が押し出されていく。涙も、精液も、同じように。
「後悔するなよ」
朝を迎えるまでに尾形が一体、何回月島に刻み込むことが出来るのか。びく、と怯えたように歓喜のように震えた身体を、とりあえず一度、平手で叩いておいた。
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