愚の喜戯



 ぐちぐち、と水音が響いている。
 帰ってきてからどれだけの時間が経ったのだろう。口移しで飲料水を与えられながら、ああ、長くなるのだな、と分かった。その方が良い、なんて思ってしまったことも。いつもはさっさと終わらせたいとそればかり思っているのに、これでは。思考が完全に月島の手から離れていっている。遠くのことのよう。まるで、自分のことじゃあないみたいに。鍵もかけていない扉に凭れたまま、時折外を通る人の声に肩を震わせる。その度に、タイミングを図ったかのように尾形の指が良いところを捕まえて、だから必死に声をこらえるしかなくなっていく。
 もう、正常な判断は出来なかった。
―――いつまで、
茫洋に霧散していく理性を捕まえておくことなど、最早不可能だ。ひくり、と腰が揺れる。月島の意志とは真逆に。未だ着付けられたままのストッキングも下着も、もう見ていられない様子になっているだろうに。尾形はもう、それ以上進もうとしなかった。だからきっと、身体が催促をしたのだろう。
―――はやく、
「言いましたよね、軍曹殿」
尾形が言う。きっとその顔は笑っているのに、見上げて来ないからよくは見えなくて。
「して欲しいことは自分で言いましょう?」
 終わらせて、と言うのが正しかった。月島の脳は、こんな状態でも正しい言葉をはじき出せるのに、口が言うことを聞かない。
「ぉ、がたっ♡」
唇の端からだらだらと唾液が溢れていくのを、少し前に尾形が指で拭っただけだった。いつもだったら、と思ってしまう。いつも≠ェ既に月島の身体には刻まれている。
「ぃれ、て…♡」
 仕方ない、と言ってしまえばそうだったのだろう。尾形は最初からこういうふうになるようにと少しずつ誘導していった。女の身体だからこそ前≠ニは勝手が違って、それは尾形にとっては憤懣たるものだったろうに、それでも月島を捕まえて。
「何をですか?」
どうしてだろう、と今でも思う。
「俺はさっきからちゃあんと、アンタのナカに指を入れてますよ」
どうして、尾形は今世でも月島を捕まえたのだろう。
「ゅび…っ♡じゃ、なく、って♡」
「指じゃなくて?」
「さ…っし、ろ、よ♡」
 はー、はー、と上がった息では思考がまとまらない。尾形がこの執着に愛と名前を付けてしまったことは察していたが、そもそもその執着は何処から来たのか。前≠ナそういう関係だったとは言え、最後の方は裏切って殺し合ってそんなことをずっとしていたはずなのに。余所事を考えているのがバレたのか、まだ余裕そうですね、と指の動きが変わる。あ、あ、とあふれる声を押さえられないまま、なんとか尾形の頭へと縋る。
「ゃ、やだっ♡おが、た♡ぉねが、い♡」
もう何度、目の裏が白く閃いたのか分からない。意識が断絶していないのはそれだけ月島の身体がこういったことに適応してきたからだろう。それはそれで良いことだったのだろうが(だって意識が断絶している間に何をされるかも分からないのだ)、逆に、快楽を受け入れたということでもあって。
「く、れ♡」
これを波と表すことの出来る人間のことが羨ましい、とすら思う。月島のそれは落下だった。何処までもおちていく、その先に何があるのかも分からずに。
「ぃ、れてっ♡」
それは。
―――こわい。
「やだ、♡いれて、くれな…いと♡おかしく♡なっちゃ、う…♡」
「おかしくなってくださいよ」
月島の恐怖も見透かしているのだろう、それでも尾形は指を止めない。それどころかより良いところをまるで責め立てるようにしてくる。それが叱られているようで、またじわり、と涙が浮かぶ。
「ごめ、っ♡ごめんなさぃっ♡も、う♡ぃや、って♡ぃわな、いっ♡か、ら♡」
「嘘吐き」
「これ、ぃじょ…♡イ、カせ、な…アアッ♡また、っ♡も、む………りっ♡」
 かくん、と力が抜けた。
 今までも殆ど力は抜けていたが、今度こそもう、尾形に扉に押し付けられていても立っていることが不可能だった。へたり込んだ月島の目の前には、自然、尾形のそれが来る。未だ服の中にあるそれは、それでもちゃんと主張をしていて。
「―――」
尾形の手を引く。すると思いの外素直に尾形も座る形になった。うまく力の入らない指でベルトを外して、それから中のものを出す。
「軍曹殿、何してるんですか?」
「ぉまえ、がっ♡いじわる、ッ♡する、からぁ…♡」
馬乗りになるのは簡単だった。もしかしたら尾形が協力的なのかもしれなかったけれど、十中八九そうだろうがもう真面に考えられない、考えたくない。
「自分で挿れるんですか?」
「ん、…ゃあ♡ぃわ、ないで…♡」
 耳元で言葉にされると、一体自分が何をしているのか罪を突き付けられるようだった。何も罪ではないはずなのに、身体が震える。
「今日もちゃんとカメラ回ってますけど」
「ん…ッ♡」
「撮られるの好きですか? 今、ひくひくしましたよ」
「ちが…ぅ♡か、らっ♡」
「身体は正直って、このこと言うんでしょうね」
ほら、と尾形が指差したのは靴箱だった。
「カメラあっちですよ」
―――そんなところに仕込んでいたのか。
 そうは思っても、今は外そう、なんて気分にもなれない。
「ちゃんと映るようにやってください」
「こ、う…?」
「その角度ならちゃんと映りますね」
偉いですね、と耳を喰まれる度に身体が跳ねて、未だ触れているだけの其処がぬちゃり、と粘着質な音を立てた。
「アンタが好きで挿れるんだって、宣言してくださいよ」
それまでだめです、と腰を固定されてしまえば月島にはもう術がない。はやく、はやくと急かす記憶が唇を勝手に操っていく。ぐちゅ、ぬちゃ、というはしたない音が今ではただの興奮の材料にしかならない。
「ぉ、がった…の♡お、れの♡な、か♡ぃ…れるっ♡」
「どうして?」
「お、まえ…♡がっ♡じ、らす…♡か、らっ♡」
「違うでしょう?」
 チ、チ、と尾形は器用に舌を鳴らした。子供をあやすような音だった。
「アンタ、強姦されてるんだよな? 嫌いなやつに此処までやられて、それでもこんだけ濡れるようになったんだよ。強姦してきた相手と結婚して、それでもう逃げられなくて、でも諦めなくて、時々アンタのその堅牢な理性が吹っ飛んで、こんなことしてますけど、そういうの、なんて言うんでしたっけ?」
「………♡」
強姦、嫌いなやつ、結婚、逃げる、理性、といつだって繰り返されてきた言葉は、いつしか下腹をきゅん、と啼かせるだけのものへと成り下がった。
「お、れが…っ♡ぃん、らん♡だ、から…ッ♡」
「ハハァ、そうですよね。自覚があったようで何よりだ」
「でもっ♡おがた、だけ♡だから…っ♡ぉ、まえ、いが、ぃに…っ♡ならな、ぃ、からっ♡」
―――だから、おねがい。
子供のような声で、ぐずるように。前≠ナあればこんなのは尾形の専売特許だったはずなのに、いつの間にか入れ替わっている。
「ったく…」
 それを聞いた尾形はため息を吐いた。腰を抑えられたまま、それでも我慢が効かずに、尾形の肩に手を置いたまま腰を揺らす。ぐちゃ、ぐちゃ、とその音がまるでキスのようだ。
「何処でそういうの覚えて来るんですか」
「ぉま…えっ♡ぃがい♡にっ♡…いるか、よッ♡」
「そうでしたね。アンタ、俺に抱かれるまで処女だった訳ですし」
「だ…♡からっ♡ぜんぶ…♡ぉれ、のは♡おま、ぇ…のっ♡せぃ、なんだよ♡」
「あーもう、分かりましたから勝手にこすりつけて気持ちよくならんでください。俺はバイブかなんかですか」
「ち…♡がぁ…♡」
「違うって言う割りにはさっきから何回もイってるみたいですけどね」
じゃあもう一回言いましょうか、と尾形が耳を喰む。
「誰の何が、誰の何処に入るんですか?」
「おが、たの…♡せーき♡が、♡ぉれの♡、つきしま、はじめのっ♡せーきに♡はぃ、る♡」
「…うん、まあ、アンタならそう言いますよね」
「だ、めっ♡…か?」
「いえ。多分別の言葉使われてたらそれはそれで萎えてたかもしれないので、それで良いです」
膝立ちでいるのもそろそろ限界だった。尾形に縋り付くようにするのに、未だ尾形の手は腰を掴んだまま。これでは月島は動けない。
「で、」
「…っう、ん♡」
「してませんけど、良いんですか」
「ん…♡」
「こども、出来ますよ」
「つく、らなぃ、♡」
「俺はもし出来たらアンタに絶対堕ろさせたりしませんが」
「ン、♡ぉ、がた…♡」
「あーだめだなこれ、トんでるよりタチ悪ィ…」
流石に今回だけですからね、とやっと尾形の手から力が抜かれた。最早自分の身体を保っていることが難しかった月島は、それだけでおちる。
「―――ッ♡♡♡」
「イきましたか」
「ンッ♡ぁ、ふ♡」
「好きなように動いてくださいね。無駄にはなりますけどちゃんと奥に射精(だ)してやりますから、欲しかったらちゃんと奥まで自分で挿れてくださいね」
「ん♡ン♡」
「そうそう、上手ですよ、月島軍曹殿」
尾形の首に縋り付いて必死に身体を跳ね上げる。正しい遣り方なんて分からないから、出来るだけいつものを思い出すように努力しようとして。
「人、」
意識をこっちにもってこいとばかりに耳に歯が立てられる。
「ア…♡」
「いますね」
 途端、外の声が聞こえた。同じ階でルームシェアか何かをしている男子大学生だろう、と思い出す。それと同時に、結局鍵を閉めていないことも。
「はは、締まった」
尾形が笑う。今更声は抑えられていただろうか、と不安に駆られる。
「見られたいですか? 聞かれたいですか? アンタが淫乱なこと、あの人らに知ってもらいましょうか」
そしたら俺のいない間にあの人らが訪ねてきて、アンタは輪姦されるのかもしれませんなあ、なんて思ってもいないことを言っていると分かるのに、ぞくぞくと腹の底から恐怖が湧いてくる。
「や………♡」
「やだって声じゃないですよ」
「や♡ぃやだ♡ほん…と、♡だからっ♡」
「でも軍曹殿、奥突いて欲しいですよね」
「ン…♡」
「アンタ上手に出来ないみたいですから、今、此処で、」
俺が突いてやりましょうか。
―――声、おさえきれないくらい、きもちよくしてやりましょうか。
 その言葉に、ぽろ、と再び涙が落ちる。
「や、だ…♡」
「嫌なんですか?」
「おまえ、だけ…♡が、いぃ♡」
「ふうん?」
「ぉ、まえ…いがぃ、に…♡きかせ、たく…なぃ♡」
「嫌いなのに?」
「…ッ、う…♡」
「まあ、此処で嘘吐かない軍曹のことが俺は好きですよ」
 その言葉と共に、やっとキスが落とされた。
 キスが落とされて、声が出ないように舌を噛まれながら、そのまま尾形が奥へ奥へと挿ってくるのをただ月島は、快楽として甘受することしか出来なかった。