濁った色した涙とて宝石だ
信じていた訳ではない、と最初に弁明しておきたい。本当に信じていたのであれば尾形は月島にそんなものを飲ませなかっただろうし、そもそもそんな都合のいいものがこの世界に存在しているなんて思ってもいなかったのだから。
道端で行商をしていた怪しげな男が兄さんにぴったりな薬があるよ、と言ってきて、立ち止まったのは単に男の広げているものが可笑しなものばかりだったからだ。本当にぴったりな薬があるなどとは思っていない。
「へえ、どんな」
「これ」
「飴玉じゃねえか」
「これがただの飴玉じゃねえんだな」
ひひひ、と行商人は笑う。
「媚薬なんだよ」
「はあ」
「なんだい、兄さんノリが悪ィなあ」
「間に合ってるんでね」
「でもお相手の見たこともない一面、見てみたいだろう?」
アンタに縋ってアンタの名前を呼んで、アンタにしかどうにか出来ないことが分かるからアンタのことを離さないで―――そう言われて浮かぶのは一応、恋人という関係に収まっている上官のことだった。寝ることはあるし、尾形が抱く方であってそれに不満はないけれども、確かに抱かれているというのに月島の理性は堅牢で、いつだって尾形よりも余裕を保っているように感じられた。
重ねて言う。
信じた訳ではない。けれども何も知らないでこの飴玉を食べるというのはこの話を聞いた尾形の中では無防備に類される行為であって、つまり夜のお供にくらいはなるのではないか、と邪というには少々足りないような想像が湧いたのも仕方のないことと言えただろう。
「………」
「お、興味が湧いてきたかい?」
「効きすぎたときはどうするんだ」
「まあ、どうしようもないわな。効果が切れるまで相手してやるこった」
そんなことはないだろうがね、と言う男から、尾形はその飴玉を買った。
大した値ではなく、だから本当に嘘だと思った。
いつものように書類整理を手伝いながら尾形は行商人から買った飴玉を月島の口に、疲れには甘いものが良いですよ、なんて言いながら詰め込んで。
時計の針が半分ほど回ったくらい経った頃だろうか。
「………、」
突然、ふら、と月島が傾いた。
「軍曹殿?」
「何でもな…い」
確かに何でもないと言ったような声色ではあったが、言葉が最後までちゃんと続いてはいなかった。普通の人間であれば噛むか何かしたのだろうと気にしないが、月島である。
そういえば先程からこちらに背を向けている。大体、飴玉を食べた辺りから。この状況で、尾形の頭に浮かぶのは一つだけだ。まさかな、と思いながら観察していると思いのほか身体が揺れていたことに気付いた。尾形が気付かないように動き回ったり背中を向けたりしていたのだろう、と思うと頭を抱えたくなる。
「…ッ、」
倒れ込んでいないのは偏に月島だからだろうか。食わせたのは尾形なのでまあ、責任は取るけれども。それにしたって此処まで隠さずとも良いだろうに。今更仕事中だからと言って盛ることを止めるような関係でもない―――というと誤解を生むが、こんな何もない日にどうやってサボろうがまあ、良いと言われるだろう。今まで月島から誘ってくることがなかった訳でもないのに、どうして、今日は―――と思っているとぐら、と月島が傾いた。
「軍曹殿?」
流石に心配になって手を伸ばす。
軽く、本当に軽く、だった。触れるか触れないか、なんてくらいの。だと、言うのに。
「―――ッぁ、う…っ」
びくり、と肩が揺れる。おがた、とその唇が呼ぶ。飼い慣らされたように、いつもの様子からは想像もつかないような蕩けた視線が尾形を捉える。
正直。
喉が鳴らなかったと言ったら嘘になる。嘘にはなるが、此処で事情を話さずに、そして許可を得ずに事を進めては良くないことは分かる。尾形は残念ながら賢いので。
「その、月島軍曹。アンタが食った飴ですが、怪しい行商人から買ったもので、いえ、信じちゃあいなかったのですが…その…」
「なん、だ」
「怒らないでほしいのですが、催淫効果があるらしく」
「………ほう、」
「嘘だろうと、でもまあ、アンタが食って、それを見て俺が今夜のお供にしようかと思ってたのは認めますが」
「…つま、り?」
「アンタがそうなっているのは俺の所為でして、その行商人曰く、時折効きすぎる人間がいるそうで、その、俺から見たアンタはその…効きすぎて、いるように、見えまして…その、対処法、ですが、効果が、切れるまで、相手を、と………」
「おがた、」
「はい」
手が伸びてくる。自分の動きでも刺激になるらしく、ぶるぶるとその指先が揺れている。これが月島でなければとっくに唇の端から唾液がこぼれて散々たる有様になっていたことだろう。それを気力で耐えている月島は本当に強情であるとは思うが、今だけはそれがひどく安心する。
「つぎは、ない」
「はい」
「だから、」
距離の近くなった唇が、必死に接吻けを施してくる。その刺激も強すぎるのか、びくびくと身体が痙攣するように震えて。
「せき、にん、とれよ」
お前の所為なんだから、という言葉は実質のおねだりではあったのだがそもそも確かに責任は尾形にあるので、尾形は神妙な顔をしてはい、と頷いてから最早身体の自由をどうやってきかせているのかも分からない月島から接吻けと共に主導権を引き受けた。
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