愚の遊翫



 結局本当に尾形に背負われて帰宅する羽目になった。何せ本当に尾形は月島の法律上の家族なのであって月島を背負っていても疑われても免許証を出してしまえば納得されてしまう世界だ。その間にも気を遣うような振りをして太い血管のある場所に触れてくるのだから困る。そういう場所は所謂急所というやつで、人間の身体はうまいこと出来ているらしく急所を性感帯にして身体を守ろうとなんてする訳で。
 つまり、拷問だった。
 声を出さないように、警察官にお大事に、なんて言われながら下腹が喚いて仕方ないのを知られなくて良かった。もう声が聞こえないと踏んだのか、一回イッてましたよね、と尾形が言う。
「っ…♡ちが♡」
「バレてないとでも思ってんですか?」
あの警察官は真面目そうでしたので、気付いちゃいないでしょうが俺にはバレバレでしたよ、と尾形が笑う。笑う度に背中が揺れて、服が擦れる。それだけで刺激になって声が漏れそうになるのだからやっていられなかった。
―――はやく。
はやく、触って欲しかった。めちゃくちゃにされたかった。そんなことは望んでいないはずなのに、頭がおかしくなりそうで。
「あと少しですからね」
それまで背中に擦り付けて一人で遊んでても良いですよ、なんて言われて、初めて自分がそんなことをしていたことを知った。

 ブラウスのボタンを外され、下着の留め具も外されたのは玄関に入って直ぐのことだった。まだ鍵だってしていない。でも、それを指摘するよりも先に、尾形の目の前にそれが来る。
「えらく我慢させましたからね」
ぷっくりと明確な形をつくりあげるそれは普段の様子であるとは言い難かった。確かな興奮とともに、尾形の視線に晒されることをよしとしている。きゅん、まるで呼応するような身体はつくりかえられたあとで、月島にはもうどうする術もない。でもやはり、屈するのだけは嫌だった。何もかもが自分勝手極まりない行動であって、何一つ月島は了承などしていないのだ。
「ほら、こんなに主張してる」
なのに。
 ふう、と尾形が息を吹きかけるだけで電流が駆け抜ける。調教され快楽に隷属した身体がはやく理性を手放せと命令してくる。そのせめぎあいを見透かしたように尾形は、息がちゃんと掛かるように丁寧に計算をしながら言葉を発する。
「俺のこと待っていてくれたんですよね」
「ちが…ぁ♡」
「そうですか」
それは残念です、と尾形が離れていく。息のかからない距離になる。焦らしに焦らされた其処が今か今かと刺激を待ちわびているのは誰の目にも明らかだろうに、月島の口から出る否定の言葉に尾形は従順だ。…否、従順すぎる。絶対に面倒なことを考えていると分かるのに、月島の理性は拒絶をしないという選択肢を取らせない。堅牢すぎるあまりに反動がひどいことになっていると自覚しているのだけれども、どう足掻いたところで相手が尾形であることは変わりがないし、これが未だ強姦から始まって真面な謝罪一つもらっていない関係であることは変わらないのだ。幾ら籍を入れていようとも、月島の苗字が尾形、と変えられてしまっても。この先この檻から逃げ出す未来など思い描けなくても。だから月島は藻掻くのだろう、意味がないと分かっていても。
「なら触らなくても良いですね?」
「…っふ、ぅ♡」
尾形の指が脇の辺りを滑っていく。月島の、出会った頃よりかは育ったように感じるまるさを楽しむように、けれども決定的な刺激を避けるように。
「…ッ♡アッ♡」
「アンタこの辺とか好きですよね」
「すっ…♡きじゃ、♡…なぃ…ッ♡」
「へえ、そうなんですかあ」
思わず、身体が動く。跳ねるように、追い掛けるように。あさましい、と思う。思うけれども仕込まれたように、パブロフの犬のように。目の前に尾形がいてそういうスイッチが入っているのに、刺激をどんどん緩慢にされるというのは。
 逃げていく。指先が。どれだけ身体を動かしても追い付けない。
「どうしたんですか? 月島軍曹殿」
「〜〜っ♡」
「何かして欲しいことがあるなら言ってくださいよ」
理性を削り取って、思考力も決定権も消し去って。
―――その先に、
 一体、何があるのだろう。
 と、そんなことを月島は最近、ふっと瞬間的に思うことがある。もっと―――もっと。何か今までとはまるで違った世界が、広がっているのではないか?
「………おが、たぁ♡」
「かわいいですがだめです」
「ぅ、う♡」
「ほら、何かして欲しいことがあるんでしょう?」
神経が焼ききれそうな心地だった。正常な判断が失われていく。
 じりじり。
 じりじり。
 教え込まれた身体が、脳が、勝手に口を操っていく。
「さわ…っ♡…、て…♡ッ……♡」
やっとのことで絞り出した言葉に、尾形は大袈裟なくらいに驚いたような顔をしてみせて、それから本当に良いんですか? と聞いてきた。もう一秒でも早く触って欲しいのに、まだ確認をするのか、と思うと頭が掻き回されたようになって何も分からなくなる。
「ほんっ♡とうっ♡だ、から…っ♡はや、くぅ…♡」
「でもさっきは違うって言ったじゃないですか」
「う、♡それっは、♡ぅ、そ、だからっ♡」
「嘘だったんですか? 月島軍曹殿ともあろう方が、嘘を吐いたと」
「ぅ………♡」
尾形はじいっと見上げてくるだけだ。催促こそされないものの、ここで月島が言わなくてはいけない言葉など火を見るよりも明らかだ。
「わ、るい…♡」
 涙が出そうだった。否、もう出ているのかもしれない。思考も何もかも沸騰するような中、最早理性を手にしてなどいられない。
「はずか、しくて…♡う、そ♡つぃ、た♡」
「へえ。恥ずかしかったんですか」
「ぅ…っう♡」
「何も恥ずかしがることなんてないのに」
その言葉と共に、やっとのことで尾形の指が先端へと触れた。触れただけなのにびりびりと快楽が奔ってどうしようもなくなる。あられもない声が出て行って、でも、それだけじゃあ。
「ち、が…♡」
「違うんですか?」
分かっているのに尾形は首を傾げるばかりだ。今日はとことん言葉にさせるつもりらしい。
「触ってますよ、ほら」
「そぅ♡っじゃ、なくて…♡」
「そうじゃなくてどうなんですか?」
記憶が、蘇る。いつも何をされているのか、反芻が始まる。
―――足りない。
身体はもうすべて憶えてしまっている。
「軍曹殿。言えますよね?」
「ぁ〜〜ッ♡も、もっと♡」
「もっと?」
「っ♡つよ、く♡」
「つよく?」
 くに、とつまむような動作に腰が跳ねた。いつもはそんな緩やかなことなんてしないくせに、と思うのに。
「こうですか?」
「も、もっとぉ…♡」
「もっとですか?」
「ひぅ♡」
くに、くに、と徐々に力が入れられていって、やっと煮え立つ脳との釣り合いが取れたような気がした。
 でも、気がしただけ、だった。
「軍曹殿」
 じっと。
 尾形のまったいらなひとみが月島を見上げている。何かよくないことを考えていると分かるのに、きっと今の月島にはそれが良いことなのだと思えてしまう。
「指だけで良いんですか?」
―――いつも、どうしていましたっけ?
同義の言葉だった。だから月島は記憶のままに口にする。
「…な、♡な、めて…♡」
分かりました、と尾形の舌が伸ばされて、それから弄ぶように押しつぶされる。まだ、足りない。いつもの動作では、ない。
「は、♡は、も、♡たて、て♡」
「マゾかよ」
「ちっ…が♡で、もっ♡ぉま、えのっ♡ちょっと♡いたぃ、くらいがっ♡きもちぃ…♡かっ…ら…、♡」
 お望みどおり、と言わんばかりに立てられた歯の、その絶妙な力加減にもう何も考えたくなくなった。意味をなさない言葉が唾液と共に落ちて、尾形を汚していく。
「こんな淫乱な身体、他の人間にバレたらひとい目に合うでしょうなあ」
「ひっ♡ンッ♡ぉ、まえ、が♡いちばんっ♡」
「ああ、そうでしたな。アンタは俺のことが嫌いなのでした」
「あっ♡ア〜ッ♡ゃめ、それ、やだぁ…♡」
「嫌いな人間にこれほどまでに屈辱を与えられる軍曹殿がお可哀想で、だから俺はせめてもの償いにアンタの頭をおかしくしてやろうと思うのですよ」
「〜〜ッ♡ゃ、っ♡ぉか、しくっ♡なりたく、なぃ…♡」
背中がべたり、と玄関の扉に押し付けられた。何度目かもう分からないような絶頂の中で、その冷たさがやけに心地好かった。