現の敵性
電車に乗る用事のある日に尾形が世間では決して褒められたものではないであろうプレイを強いてくるようになってから、結構な時間が経っていた。自分で言うのもなんだが適応力の高い月島はそれに慣れてきてしまう始末である。いや、決して褒められたものではない―――というか、どう控えめに言っても痴漢プレイとしか言えないこれは世間で言えば完全なる犯罪であって―――いやそもそもこの関係だって強姦から始まっているのだから最早何を言うのも馬鹿らしいのではあったが。尻の辺りに今日も今日とて違和感を感じて、ため息を吐こうとしたところで。
「………?」
違う、と思った。
バッと振り返る。
其処にいたのは痩せぎすの男だった。尾形じゃない。そう気付いてすぐにでも逃げようと、声を出そうとしたのに。何かが口に当てられる。ハンカチ、のように思えた。藻掻こうと思ったら思い切り息を吸ってしまった。
途端、かくり、と膝から力が抜ける。
「な…に…?」
それを支えるようにしながら、痩せぎすの男は月島を座席の角へと座らせる。人でごった返した車内だった。こんなに体調が悪そうだからと言って、こんなにすんなりと座れることなんてないのに。
―――身体に力が入らない。
朦朧とする頭でそんなことを考えているうちに、男は月島に手を伸ばす。スーツの前を割り開き、ブラウスのボタンを一つひとつ丁寧に外していく。尾形でさえこんな真似はしなかったのに。抵抗しなくては、と思うのに身体がまったくもって動かない。
ボタンは三つほど外されて、それから月島が抵抗出来ないのを確かめるように、ゆっくりと中に差し入れられた。この気候でこの人混みだ、ブラウスの中は蒸し暑く、男の手の動きを助けるかのようだった。まるで自分のもののように肌に触れる手を払い除けたいのに、そんな簡単なことすら叶わない。あのハンカチには一体、何が仕込まれていたのだろう。
―――誰か、助けて。
そう思うのに車両に乗り合わせた人々は我関せずという顔だ。こちらを見ている者もいるが、それは月島が痴漢に好きなようにされていくのに興味津々といった様子で、助けにはなりそうにない。それどころか男が見せつけるように下着の上に乗せた、月島の胸におお、と歓声を上げるばかりだった。此処に味方はいない。それが分かって、ぞ、と背筋を冷たいものが走り抜ける。
「ぉ、がた…ッ」
思わず、と言ったように漏れ出で名前に周囲の人間が嘲笑する。
「おがた、って彼氏の名前?」
「あ、指輪してんじゃん。じゃあ旦那?」
「旦那のこと苗字呼びとか冷めてんの?」
「じゃあセックスレス?」
「でもこんな時に呼んじゃうのは旦那なんだ〜」
「セックスレスなのに?」
決してセックスレスなどではなかったが他人に説明してやるほど簡単な話ではないのだ、これは。それに、痴漢相手に説明してやる義務もない。
暫く胸を好きにしていた男だったが、我慢が効かなくなったのか、月島の腰をぐい、と引くと座席に浅めに座らせ直す。その際に膝も立てられた。ご丁寧に、スカートをまくりあげて。こんな姿勢を取らされれば、その場所がひと目に晒されるのは必定で。
「濡れてんじゃん」
誰かが言った。
「もしかして痴女?」
「こういうの期待してた?」
「写メっとこ」
「今写メって言い方古いんじゃねえの?」
「うっわ、えっろ」
「筋浮き上がるくらい濡れてんじゃん」
「誰が座席の掃除するんだよ」
「自分で舐めるだろ」
見物人の声に応えるかのように男は月島の下着を片足から抜いた。片足に引っかかったまま残っている下着がまた背徳を呼ぶのだろうか、見物人が盛り上がる。
指が、ぐるり、と性器の周りを一周した。見られている、と思うからか、それとも脳が追いつかないからか、それだけでびり、と電流が走ったような心地になる。
「…ッ、あ、」
月島がこらえきれずに声を漏らせば、男は喉を鳴らして笑った。
そうして、周りに見せつけるように膣口を開く。いつも尾形にされていることだったけれど、こんな不特定多数の、知らない人間に見られることなんて今までなかった。そもそも尾形は独占欲の強いタイプであろうので、絶対にこんなことをしないのだろうが。…その、冷静な判断が、尾形の助けは来ないという絶望に拍車を掛ける。男がきれいだ、と呟いて、周りもそれに賛同する。そうして、一本、とうとう指が挿し入れられた。知らない感覚に、思わず息が漏れてしまう。溜まってるの? という男の言葉には多分、首を振れたはずだった。そんなはずがないのに。
―――嫌なのに。
月島の其処はすんなりと男の指を受け容れる。まるでずっとそうされるのを待っていたかのように、もっと、と男の指に纏わりつくのだ。自分の身体のことは自分が一番よく分かってしまう。どうして、と泣きたい気持ちだった。実際に、涙が溢れていたのだろう、頬を男の舌が這っていく。
男はまるで月島のことならば何でも知っていると言うように、二本目の指を馴れ馴れしく挿入した。最初はそれでも良いところを探るような遠慮がちな動きだったのに、徐々にそれもなくなっていく。
「―――ゃ、ア、ぁっ、やめ、」
がくがくと身体に昇る震えに首を振るも、指の動きが止められることはない。
「〜〜ッ、アアアっ!」
閃光が瞼の裏を占拠して、とうとう月島は叫び声を上げた。此処が公共交通機関の中であることも忘れて。その悲鳴に事態に気付いていなかった人間まで振り返ったようだったが、相変わらず身体には力が入らず、自分の口を抑えることも出来ない。見物人が増えたことに気を良くしたのか、男は三本目の指を挿入して更に好き勝手にいじくり回す。イッたばかりの身体にその刺激は強すぎて、そのまま波打ち際に打ち上げられるように何度も何度も絶頂へと放り出された。月島がイく度に見物客は歓声を上げ、可笑しいのは月島の方ではないかとすら思えてきてしまう。
と、そんなことを繰り返していると、ずるり、と男の指が膣から抜かれた。これで終わるのだろうか、とホッとしたのも束の間、今度は更に浅く座らされる。
そして。
「ア、やだ! そっちは…!」
おもむろに後孔を撫で始めた。
使ったことが、ない訳ではない。そもそも前≠フ月島は男だったのだ。だから、尾形とセックスをする際にも使っていたのは後ろだった。今回はこうして女に生まれてきた訳で、本来であれば使う必要はなかったはずなのだが。
―――そんなに嫌なら前と同じようにやってみますか。
面倒ですけど、という言葉と共に宣告された言葉に、月島が力で敵うことはなかったのだ。
そんな月島の思考など知らない男は、当たり前のようにつぷり、と指を侵入させてくる。使ってるんだ、という言葉には首を振れたかどうかもう、分からない。前≠フ尾形もそうだったが、今回の尾形も相当ねちっこかった。だから今、月島の身体は後ろだけで絶頂に至れるようになってしまっている。開発されてしまっている。男もそれを察したのか、無遠慮に指でかき回し始めた。やだ、やだ、と唱えていた月島も、その所為で言葉を失い始める。そうしていとも簡単に達した月島に、既に真面な判断力など残っていなかった。
前も、後ろも。指を挿れられ好き勝手に掻き混ぜられて。それでも身体は愚直に快楽を拾う。どうしてこんなことになってしまったのか、まったく分からないまま、何度も何度もイかされて。今日は、どうして出掛けたのだろう。どうして電車になど乗った? 誰かの笑い声が充満していく。このままではいけない、と思った。このままでは、いつも尾形にしているように泣いて縋ってしまう。それだけはいけない、どれだけ尾形に膝を屈しようと、他の人間にだけは、そんなことをしてはいけないのだ。身体が、あつい。はやく、逃げなければ。
電車の速度が、緩く、なって。
―――ああ。
真面な判断力もないのに、最後の力を振り絞るようにして、開いた扉に向かって踏み出した脚は、いとも簡単に引き戻された。
「逃げられると思ったの?」
一度は抜けた指が再び這入ってくる。今度は両手を使って、丁寧に。一体今、自分がどんな状態になっているのか分からない。座席に転がされているのか、背中が少し座り心地の悪いそれに押し付けられているのが分かるだけで。
「いいよ、イって」
「ア、やだ、あああッ、イ、ぁっ」
「ほら、もっとイきたいでしょう? 気を失うくらい気持ちよくなりなよ」
素直になって、という男の言葉を最後に、月島は気を失った。
次に気がついた時には普通の天井があった。知らない天井ではあるが、電車内ではない。ぐちゃぐちゃ、と耳を塞ぎたくなるような音がしていて、それが自分の音であると気付くまでにそう時間はかからなかった。
「や、あっ!?」
ああ、起きたんだね、と男が言う。
ぐちゃぐちゃ、と音が響いている。
男が、月島の脚を開いて其処に顔を埋めて、指を抜き差しし、充血した突起を舐めている音だった。前も後ろもどろどろになっているのか、嫌悪感は微塵もなく、ただ其処にあるのは快楽だけ。早く挿れたかったんだけど、起きてないのにするのは流石に不条理だと思ってさ、と起き上がった男は自分のものを取り出して、今まで熱心にいじっていた場所へと充てがった。
「やだ…それだけは…」
熱に浮かされたように首を振るも、身体は正反対の動きをする。はやく、とでも言うように腰が動いて、男の忍び笑いが聞こえた。台詞と行動が一致してないよ、と言われて、どっちにしようかな、と動かされる。前か、後ろか。粘液を纏ったそれが浅く抉るようにして順繰りに充てられるのに、頭が可笑しくなりそうだった。ひくり、ひくり、と穴が疼いている。それが分かったのか、男もやっぱこっちだよね、と言った。
固定される。
今か今かと、その時を待っている。淫乱、と男が罵るのに合わせて一番奥まで一気に貫かれると、頭が真っ白になると同時に背中が反るのを感じた。ひゃ、と上擦った声が水音に混じる自分の声から耳を塞ぎたいのに、それすら出来ない。電車の時と違って身体は動くのに、身体がもっと、と訴えかけて理性を削り取っていく。中がこすれる度に腰が浮き上がるほどに気持ちが良い、奥を突かれる度に声が押さえられない。これは尾形ではないのに、だからやめなくてはいけないのに。否、尾形にだって、月島は本当は許してなんていないはずなのに。
中に出すよ、と男が言う。嫌だ、と暴れても暴れてもそれは意味をなさなくて。
「アッ…―――っあ、あ…ぁ…」
どくどく、と中に感じたのは精液だったのだろう。尾形にだってやらせたことのないことを、こんな、名前も知らない、顔もよく見えない男にやらせてしまった。悔しくて苦しくて涙が出る。その涙をまた舌で舐め取られて、再び突かれる。もう快楽に隷属した身体は月島のものではないようだった。子供、出来ちゃうね、と男は言う。もう何度中で出されたかも分からない。
「やだ、やだ、………」
もがいた指は、シーツを滑るだけで何にもならない。
「おがた………」
月島の声に、いつもであれば直ぐに応える男は、此処にはいなかった。
おがた、と自分の口が紡いだのを感じる。
それに、返事はないはずだった。
月島は電車で痴漢に合い、気絶するまでイかされ、その男の家か何処かに連れ帰られて挙句の果てには中にまで出されてしまった。それが分かっていたから、おがた、と唇が紡いだのだと思う。結局今だって、月島は尾形を頼るように出来てしまっている。前=A細やかな仕事をすべて尾形にまわしていたように。
「はい」
ところが、返事があった。
驚いて目を見開く。
「おはようございます。軍曹殿」
ぱちり、ぱちり、と目を瞬かせた。
「良い夢が見られましたか?」
「ゆ…め…?」
ぼんやりと現実に引き戻されて、ああ、尾形だ、とそう思った瞬間。
「―――〜〜ッ!?」
ずん、と身体が揺れる。
挿入っている。
それを理解した瞬間、ぞ、と夢でされた数々の行為が蘇る。
「や…ゃ、だ、おがた…!」
「ああ、大丈夫ですよ。本物は使ってませんから」
じたばたと脚をばたつかせても意味がないことはもう学習して良いはずなのに、月島にはそれが出来ない。どうしても、出来ない。
「ほ、ん、もの…?」
「夢で見たでしょう?」
知らない男に此処に、たっぷり精液を注がれるの。とん、と尾形の指がさしたのは月島の肚だった。尾形のそれが届いている其処に、精液を注ぎ込まれたら子供が出来ることを、月島も尾形もよく分かっている。人間とはそういうものだった。男と女というのは、そういうふうに出来ていた。
「こんなに上手く行くとは思ってませんでしたよ」
「や、だ…ッ抜け…っ!!」
「嫌です。アンタ、起きて俺のこと認識してからの方が締め付け強くなってんですよ。分かってますよね? あ、もしかしてそろそろ本当に子供欲しくなってきたんですか? 俺はそれでも良いですけど」
「ふざ…ッけ、アッ、」
いつもの感覚に、ちゃんとしている、と認識する。それが少し物足りないような気がしてしまって急いで首を振る。
―――尾形との、子供、なんて。
ぞっとしなかった。
絶対に嫌だった。
可愛かったですよ、と尾形が接吻けを落としてくる。誰かも分からない男に好き勝手されてるのに、感じて啼いて泣きじゃくるアンタはかよわいいきものみたいで、と。ひどい加害発言だったが、それが最早尾形の証明のようで困る。
「ちゃんとカメラ回してるんで、あとで一緒に見ましょうね」
「ぜっ、たい、ゃ…だ!」
「大丈夫ですって、ちゃんと見せますから。安心してくださいね」
会話は成り立ってなかったがいつものことだったし、尾形はこれを意図的にやっているのだからやっていられない。
「あ、あとでちゃんと尻にも挿れますので、安心してくださいね」
何一つ安心出来ないし、あの悪夢だってすべてきっと尾形の仕掛けた質の悪い悪戯なのだろうけれど。
思考とは裏腹に、腕が伸びる。
「軍曹殿?」
「………お、がた」
「尾形ですよ」
「………うん」
「アンタの尾形百之助ですよ」
「………いらん」
「ハハァ、月島軍曹殿は本当に俺を煽るのがお上手ですなあ!」
夜は、まだ、長い。
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