辜の法悦


 何故かみさまとやらは人間を男と女に分けたのだろうなあ、と思う。
 もしもそんなことをしなければまずこんなことにはなってなかっただろうし、性別の差で興奮したりなんだりすることもなかっただろうになあ、と。まあ月島相手だからそんなことを思うのであって他の人間だったら別に何になっていてもそれこそキリンになっていてもアメーバになっていても何も思わなかっただろう。いやキリンやアメーバとは意思疎通など出来ないのだけれど、まあ月島とも意思疎通が出来ているとは言い難いという自覚くらいはあったので、まあ同じだろう。
 一緒に暮らし始めて月島が何度も一人称として私≠ニいうのを聞いていたし、いやそんなものは前だって使っていたけれども、これまで女として生活を順調に続けていたのだろうな、ということは推察出来た。ならばやはり尾形が月島を女として扱うのは間違っていないと思うし、いや別にそこに文句を言われたことはないのだけれど、男と女に仕分けられたのであればまあ所謂ところの正しいかたち≠ナあったのだろうし。まあ月島が今回も男として生まれてきていたとしても別に気になどしなかったとは思うし、世間様にどう言われようと連れ添うつもりではあったのだけれど。
 しかし、と思う。前もなかなか反応が分かりにくかったところはあるけれども、それでも言葉で言ってくれた部分はあるし、それで困っていなかった。というか前はそれでもセックスに対してそれなりに協力的であったことだし、いや今だって毎度毎度抵抗を受けている訳ではないけれど。諦めが良さそうで悪いのが月島の美徳だと尾形は思っている。さっさと諦めてしまえば楽になるだろうに、最後に残った理性がそれを邪魔する。前だってそうだった。鶴見の甘言に浸かっていれば良かったのに、盲目さが足りなかった所為で後々ずっと引きずることになった。そのどうしようもなさを見て、笑ったのは自分だったけれど。いやだ、という悲鳴じみた声と共にずっと尾形の肩口に縋り付いていた手が離れていく。そのままベッドに手が落ちて、指先の力が完全に抜けて。視線が何処でもない場所へと落ちていく。つま先を確認すると小刻みに震えていて、ああ、と思う。
 トんでいる。
 この状態の時にした会話のことを大抵月島は憶えていないし、憶えていないからこそ素直な返答が返ってくることをもう尾形は知っている。抱え上げて膝の上に乗せて挿入し直すと、疲れ果てたようにくたり、とその額が預けられた。あまり正気をなくさせたい訳ではないけれど、正気の時にはこんなことはしてくれないので可愛らしいな、とは思う。あの月島軍曹が本能にすべてを委ねているのが珍しいという気持ちもあるし、それはやはりこうやって女に生まれていなければ起こらなかったことだろう。まあ今までの反応を見る限り今回もまた同じように男であったら月島だってここまで抵抗に抵抗を重ねるようなことはなかったのかもしれないが。もういっそのこと尾形も女に生まれていれば良かったのかもしれないけれど、やはり今の形の方が諸々都合が良いことこの上ないと言えばそうなので、その辺りは考えないことにしている。
 すり、と頭が動かされる。それが何か甘えているように見えて興奮してしまう。月島の意思など関係なしに身体の防衛機能が働いているだけだと分かっているのに、それに身を委ねるしかない月島はまるでひどく可愛らしい生き物のように思えたし、実際可愛らしいと思うし。前だって可愛らしいと思ったことはあったけれどもこれはまた違った趣だなあ、と思う。無防備になっている瞬間を守ってくれる人間だと身体の方は認識しているのだと思うと、あまりにちぐはぐで笑ってしまう部分はあるけれど。
「月島軍曹」
「………ん、」
「俺のこと好きですか」
「………きらい」
「嫌いなのにセックスには応じてくれるんですか」
「………だって、おまえ、やめない、し」
「まあ確かに無理ですけどね」
選択肢は、奪ったも同然だったとは思うが、それでも選んだのは月島だった。監禁していないだけ褒められるべきだとは思うが、以前それを言ったらそれは最低条件すぎると突っぱねられたのを覚えている。相変わらず手厳しい。そこが変わっていなくて本当に安心する。
「何で一緒に暮らしてくれてるんです」
 少し離れた机の上には婚姻届があった。二人で名前を書いて印鑑を押して、あとは提出すれば法的に認められた繋がりが出来上がってしまう。なんとお手軽な世の中だろう。月島軍曹ありがとうございます書いてくれて嬉しいです明日一緒に役所に出しに行きましょうね免許とかいろんな手続きもちゃんとついていきますから足にでもなんでも使ってくださいね、と言いながらいつものようにセックスをしているのが現状である。尾形としては法的既成事実おめでとうのつもりだったが月島はいつもどおり嫌だ、と言っていたには言っていたしそれが口先だけではないことくらいもう分かっているので、でもやはり既成事実の確認はしておきたいので、はいはい分かりました嫌なんですよね、と言いながら事に及んでいる。ここまで嫌だ嫌だと繰り返されるのは最早いろんなものを通り越して強情だとは思ったけれども、別に逃げないで此処にいてくれるならそれで良かった。
「………おまえを、」
足りないのか尚も頭をこすりつけてくる月島を、この状態のまま好き勝手にしたら流石に壊れてしまうだろうか。口に出して言ったことはなかったけれど、最初の反応なしは結構キツかった。まあ今言ったところでもう反応なしに戻ることは出来ないだろうから心配はしていないけれど、ここまで優位性を勝ち取ったのであればそれを譲りたくないと思うのは性だろう。
「………ほうって、おくのは、まずいと、おもった」
「自己犠牲ですか?」
「………ちがう、と、おもう」
「じゃあ憐憫?」
「………おまえの、どこに、そんな、もの………」
動いた反動で中が擦れたのか、んあ、とひどく無防備な声を上げる月島を、とりあえず抱き締めることで諸々をやり過ごす。
「………でも、おまえが………」
「俺が?」
「………あんまり、うれしそう、だから」
「はい?」
「………おれに、」
先の感覚が尾を引いているのか、甘やかに腰が揺れた。
「………しあわせ、そうな、かお、する、から」
快楽の取得に貪欲になりきれない、拙いものだったけれど。
―――俺=Aなんて。
 ずっと、使っていなかったのに。
「………だから、かなあ…」
とりあえず、と思う。
―――正気に戻ったら今度こそ気を失うまで犯そう。
「月島軍曹」
「………ん」
「愛してますよ」
「………ばかの、ひとつ、おぼえ…」
「アンタはよく知ってると思いますが、俺は馬鹿なので」
「………ん、」
月島の動きに合わせるように、緩やかに動きを再開する。こうしていればそのうち正気に戻るだろう。顔上げてください、とやだ、と返される。俺も嫌です、と言いながら顎に指をかけて無理矢理上げさせる。遊ぶようなキスを繰り返して、その合間に何度も何度も愛してます、と繰り返した。尾形には、それしか出来ないししたくはないから。
「月島軍曹」
 明日から月島ではなくなる人間を、きっと尾形は永遠に月島と呼び続ける。