宣戦布告
審神者にだって先輩後輩という制度はあり、それはこの狭い界隈の中では息抜きのように長く細く続いて行くものだ。それをいつだか蕎麦のようだと言ったら、皆がぽかんとする中、いっとう美しい後輩だけが私もそうありたいものです、と笑ってくれた。
「白樺(しらかば)先輩!」
「秋穂(あきほ)」
駆け寄ってくる彼女とはその頃からの付き合いである。審神者養成学校で臨時講師として呼ばれた時に受け持った彼女であるので正しくは元・生徒なのだろうが、その時のコンセプトが先輩にいろいろ教えてもらおう! というものだったため、呼び名はあれから先輩のままである。別にこの関係が呼び名一つで変わるとは思っていなかったので気にはしていないが。
今日本丸を出て此処、審神者養成学校にやって来たのは、その時と同じようなことをこの後輩、秋穂が頼まれたからだった。一度下見をするついでに昔の話を聞きたい、ということで久しぶりにこの建物で会うこととなった。大抵は手紙の遣り取りがメインなのでこうして生身で会うのは本当に久しぶりである。
「秋穂、先輩に会えるのをとても楽しみにしていました!」
ふわり、とまるで羽根が降りてくるように抱き締めてきた秋穂に、護衛で着いてきたこちらの鶴丸国永が嫌そうな顔をしたのが見えた。まあこういう反応をされるのを分かっていて護衛に選んだのもあるから仕方ないと言えば仕方ないが。向こうの鶯丸と御手杵はあれが噂の、という顔をしている。こちらの鶴丸国永から向こうの主である秋穂へと、抗議文が行ったのは一度や二度ではない。ド素人のものとは言え検閲を設けているのにどうしてかすり抜けるのだから、本当に困っている。そんな鶴丸国永は秋穂の護衛に引き止められ、俺たちは此処で待とう、と言われていた。此処は審神者養成学校である、だからセキュリティはとても高い。そうそうに突破されることはないと分かっているし、そもそもそう離れる訳でもない。
「鶴丸国永」
「…分かっている」
「同じ階にいるんだ、君は何か起こったらすぐに飛んできてくれるんだろう」
「………君の、その信頼が俺には少々重いぜ」
そんなことを言いながら、鶴丸国永はふい、と顔を逸らした。そうして秋穂の護衛刀に引きずられていく。
「先輩の鶴丸国永は先輩のことが大好きなんですね」
「…さあ、どうだろうな」
「まあ、先輩。あんなに一目瞭然ですのに、誤魔化してもだめですよ」
「あいつは、そのことに関してだけ腰抜けになるからな」
あら、と秋穂が呟いて、かろやかに笑ったのが聞こえた。
*
その同時刻。
「腰抜けだとさ」
「はー…よく言われる」
ジジ、と動いたものは世間一般に言われる盗聴器という類のものだった。白樺の護衛でやって来た白樺の刀剣男士、鶴丸国永と、秋穂の護衛としてやって来た秋穂の刀剣男士、鶯丸と御手杵だった。盗聴器の持ち主である鶴丸国永はさておき、唐突にそれを持ち出された鶯丸と御手杵も特に大した反応は見せなかった。勿論、二十三世紀においても盗聴は犯罪である。その辺の法律は変わっていないので安心して欲しい。大方秋穂から聞いていたのだろうな、と鶴丸国永は思う。
「あの子、俺が聞いてると分かってて普通に悪口言うからな…」
「えっ本人にバレてるのか」
「やめろって言われないのか?」
「言われてるに決まってんだろ。毎回土下座して許してもらってる」
「土下座で許されるんだ…」
御手杵のその気の抜けた口調を背景に、鶴丸国永は熱心に音を拾っていく。今扉を開けた、知らない人間に会った、茶を出された。見えもしないのにまるで見えているかのように言う鶴丸国永に、鶯丸も御手杵も特に引いた様子は見られない。
その途中で、鶴丸国永がん? と首を傾げた。
「…嫌いなものだったか」
「そこまで分かんのかあ?」
「飲むタイミングがいつもと違った。迷っているような様子だった」
「気持ち悪いな」
鶯丸の正直な感想を物ともせずに、鶴丸国永は盗聴の続きへと戻っていった。
*
茶を飲んでしまったのはまずかっただろうか、とぼんやりし始める頭を振って考える。此処は審神者養成学校であって遡行軍の襲撃を受ける心配はほぼゼロに等しいが、それとは別に人間の情念の入り混じる場所でもある。先程話をした臨時講師の男は秋穂をじろじろと見ていた。秋穂はとても美しいのでそれはよくあることだったけれど、これは困ったことになった、と思う。さっさと鶴丸国永を呼ぶべきだろうか。この身体に入った成分の分析はこんのすけで事足りるはずだった。あの臨時講師になんらかの罰を与えることは可能だろう。
そんなことを、考えていたからか。
反応が遅れた。唇に、ふわり、とした感触。
「…な…に…?」
後輩が、いつもの美しいかんばせを紅潮させながら、こちらを見上げている。
「先輩、もう、お薬が効いてきたかと、思って」
おくすり。その変換が咄嗟に出来ずに何度か啄むような接吻けを受け入れてしまう。触れたところから熱が迸るように、それと反比例して真面な思考が消えそうになる。
「あき、ほ…?」
「先輩―――」
美しい後輩は頬を紅潮させ、うっとりと紡ぐ。
「お慕い申し上げております」
*
「…ッあいつ…!!」
立ち上がろうとした鶴丸国永を鶯丸が押さえ込んだ。その上から御手杵も参戦する。流石に二振りが相手では分が悪い。
「まあまあまあ」
「離せ、鶯丸」
「主から頼まれているものでなあ」
「…最初からこういうつもりだったのか、貴様ら」
「まさか。チャンスがあったら、と主は言っていたぞ?」
「そのチャンス、が講師に金を握らせて薬を仕込むことだと?」
「鶯丸ー、やっぱりバレてるな」
「こら御手杵、それは思っても言わない約束だろう」
鶯丸が鶴丸国永の盗聴セットを引き寄せる。
「主から聞いているぞ。白樺殿を思う余り触れることも出来ないのだと」
「だから俺と一緒に聞こうぜ」
「今晩のおかずくらいにはなるだろう」
「余計なお世話だ!!」
「俺はおかずにするけどなあ、主のそういうの。鶴丸は違うのか?」
「…鶯丸、御手杵は何なんだ?」
「何ってひでえなあ」
「お前の同志と言ったところか」
「同志…?」
本気で首を傾げた鶴丸国永に、御手杵はのんびりりと言う。
「俺、主のことが好きなんだよなあ。でも、主は白樺殿が好きだから。仕方ねえんだよな」
だからアンタと一緒。
その言葉に、鶴丸国永が固まる。
しかしそれで盗聴先の出来事が止まるかというと、そんなことはないのだった。
*
視線の隅で、扉が締められるのが分かった。大丈夫ですよ、と秋穂が言う。
「そうそう、壁に凭れて、そのまま、座りましょう? ふふ、床、冷たくて、気持ちが良いですね?」
確かに床は冷たいと感じるがきっとそれは自分が熱い所為だ。そう、冷静な部分が言うのに何をすることも出来ない。ただぼうっと秋穂にされるがままだ。秋穂は笑って、キスをして良いですか、と問うた。そしてそれに答えるより先に唇が降りてくる。やわらかい。それが数度食むようにしたあと、舌が口腔内へと侵入してくる。ぼうっとしてしまってそれを阻むことも出来ない。
ん、ん、と声が漏れるのは双方一緒だった。何をしているのだろう、思考が追いつかない。
「先輩とのキス、どうして、こんなに、美味しいんでしょう。先輩、いい香りがずっと、してます。あまりお肉は、食べないと、言っていたから、その所為、なんで、しょうか」
秋穂の独り言のような声に、何か言わなくてはならないのに。その間にもふわり、とした様子で手のひらが触れてきた。そのまま、華奢な手のひらが衣服の上から胸を這い回り始める。否、這い回るなんて言葉では表せないほど、可憐に。
「やっぱり、先輩、おおきい…ふふ、やわらかくて、とっても、すてき」
「君は、何を…」
「お口は、ちゃんと動くんですね。疲れてしまったように、見えたので、安心しました」
ぼう、とする頭で必死に考える。秋穂は相変わらず美しく、しかし陣取っている場所は白樺の脚の間である。割り開かれた脚から少し袴がずり上がって、すうすうする。
手は迷いなく胸をやさしく揉みしだき、これが気の迷いか何かではないのだと分かるものの、薬の所為かあまりに突然のことだった所為か、思考が回らない。優美な快楽がじわじわとわいてきて余計に混乱する。
「先輩の声、いっぱい聞きたい、ですから」
ね? と首を傾げられても何がね? なのかまったく分からない。そうこうしている間にも秋穂の手はするり、と衣装の襟を辿った。審神者の正装―――ではないけれども、一種の制服である。改造が多くなされた所謂コスプレ用とでも言えるものだったが、それで審神者のやる気があがるなら―――と考案されたものらしいが、今はそんな知識は不要だ。
「この衣装って、すごく、脱がしやすく、なってる、んですよね」
「や、めろ」
「ふふ、先輩、やさしい、ですね。まだ、突き飛ばせるのに、私のこと、心配してくれてる…」
躊躇いのない手が帯を緩め、前を割り開く。下着もズラされ、胸が下着の上に乗る形になる。それをうっとりと見つめた彼女はほう、と息を吐いた。その様さえ美しい、絵になるとは思うけれども残念なことに今その視線の向こう側にいるのは白樺である。しかも、薬で身体の自由を奪われ服を脱がされている自分である。
―――逃げなくては。
そう思うのに手足は棒のように重く、なかなか持ち主の言うことを聞いてはくれない。
「先輩、きれい…」
頼るべき―――というか守るつもりだった後輩はこんなことになっているし。誰がこんなこと、予想するだろう。
同性の後輩に、襲われる、なんて。華奢な指先が、その先端をやさしく突いた。その瞬間、びり、と電流のように感覚が流れていく。
「…ッぁ、」
「先輩、何も心配しなくて、良いんですよ」
指の腹が感触を確かめるように擦り付けられる。もう片方は長い指がくにくにと肉の形を変えては遊んでいた。そう、何もかもが優雅で、何処か遊戯めいているのだ。やめろ、という言葉すら取り上げられるように、意識が混濁の中へと消えていく。摘むように少し力を込められ、思わず喉が震える。
「可愛いお声…」
ほう、と息を吐いた秋穂に、もう充分だろう、と言うつもりだったのに。
「お肌もすべすべ…」
はむ、と唇で挟まれるだけで意思が溶けていく。此処は学校の教室で、勿論鍵なんか閉めた覚えはない。ぼうっとした視界でのことだったが、それくらいの判断は下せた。だと言うのに口からは抑えきれない声があ、あ、と断片的に落ちていく。
―――気持ちがいい。
そんなこと、思ってはいけない。そう思うのに、どんどん思考が融けていく。はあ、と熱い息を吐いた彼女がするり、と手を腰の方へと滑らせた。思考は回っていないが察しが悪い方ではない。
「や、め、」
「ここまで、きて、やめろ、は、いけません」
生殺しです、と彼女は言う。彼女とて同じ薬を飲んでいるはずなのに、この差は何なのだろう。
止めようとして目を開けて顔を上げると、自分の胸が目に入ってしまった。唾液で、てらてらと濡れている。彼女の、唾液で。それを認識した瞬間、ぞ、と背中を何かが走っていく。その瞬間を秋穂は見逃さなかった。膝に掛けられた手は熱い。とても熱い。
「先輩の、秘密の場所、秋穂に見せて、ください、ね」
潤んだ瞳が見上げて来て、まるで抵抗をしたい自分が可笑しいかのように。脚が更に割り開かれていく。自分の身体であるのに、まるで彼女の一部のように動かされる。袴と内側の布をずり上げられれば、最早隠すものなど存在していない。布切れが一枚、やっとのことで鎮座しているだけだ。
また感動したように彼女は息を吐いて、それから下着の上から指を乗せた。ぐちり、と音がする。
「先輩、とっても、あつい…」
溜まった蜜が、彼女の指を汚していくのが分かる。いやだ、とまた目を閉じれば視覚を封じられた分感覚は鋭敏になってしまう。二進も三進もいかない。
「ふふ、秋穂、上手に出来ましたか?」
際から侵入した指がぬるり、と蜜を塗りつける。優しく、優しく、触れるだけのもどかしさについ腰が揺れてしまうのが、自分でも分かる。
「先輩、聞こえるでしょう? 音。先輩の音、ですよ」
「いやだ、ちがう」
「違いませんよ…」
「ちがう…ッいやだ、」
「嫌じゃあ、ないくせに。だって、腰が、揺れてますよ」
「やめ、」
「私がやっているんじゃないんですよ、先輩。先輩が、私の指に、かわいい此処を、触って、って。言ってるんです」
「言って、ない…!」
「もう…先輩たら、強情なんだから…」
今までの愛撫はなんだったのかと思うほど強く、その指は花芯を押し潰した。
「―――ッ!!」
逃げるように腰が打つのに逃がしはしないとばかりに指が追ってくる。電流のような快感が走り抜けて、心臓の音が大きく聞こえる。崩れ落ちるような感覚。
「今ので、気をやりました? ふふ、焦点の合ってない先輩も、すてき…」
びりびりと名残ばかりが後をひいて絶たない場所は尚も擦られる。頭がおかしくなりそうだ。
「余韻は、大事、ですもん、ね」
キスしてあげますね。そう言ってキスをする間にも指がするり、と這入り込んできた。いやだ、と首を振ると嘘はいけませんよ、とまた唇を奪われる。酸素も思考も奪われて、もう、何をして良いのかも分からない。
まだ咲いていない蕾をこじ開けるかのように、指は二本に増やされた。唇を離れて舌は首から胸へと移動し、また子供のように、飴でも転がすように遊んでいく。ぐちゅ、ぐちゅ、と水の音が大きく聞こえて、この美しい後輩がそれをわざとやっているのだと思うと頭がおかしくなりそうになった。中に入った指がくい、と折り曲げられ、前壁をぐ、と圧迫した瞬間、視界に火花が散った。
「―――ッ、あ、やっ、ぁア!」
一瞬遅れてそれが自分の声であるのだと知って、ぼっと羞恥心が湧き上がる。けれどもそれを上回る衝撃を指が与えて行く。
「んっ、や、ぁ、だめっ」
声が、止まらない。
「先輩、此処、学校ですよ?」
彼女がそうっと、耳で秘密のことを囁くかのように呟いた。
「誰かに、かわいい先輩の声、聞こえちゃう、かも」
ぞっと、背筋を何かが走っていくと同時に彼女がまた笑みを湛える。
「ふふ、聞かれたい、ですか? 先輩のナカ、きゅっきゅっ、て言ってます」
「ち…ッ、あアッ、んっ、ン、ァ、ちが、うぅん、…っ」
「でも、こんなすてきな先輩、秋穂は誰にも見せたくないです…。先輩のここには、誰も…入れたくない…」
「ひ、ぅ、ンんぅ…ッアあぁっ」
「先輩、ここ、好きなんですか?」
「ゃ、あッ、あァッ、ぅ、」
「好き、なんですね。先輩が、どんどん、素直になってくれて、秋穂、嬉しい…」
じゃあきっと此処も好きですね、とぐい、とナカを擦り上げられて、瞼の裏がチカチカとした。声にならなかった声が喉を絞めて、びく、びく、と自分が痙攣しているのが分かる。
「先輩の蜜…美味しい…」
ぺろり、と自分の指を舐めているこの美しい後輩を、どうしたら良いのか分からない。
そんな恐怖に、身を竦めた時。
ざっと、視界を白が覆った。
「…あら、もうご登場ですか」
その言葉で何がやって来たのか悟る。鶴丸、と呼んだはずの自分の声は掠れていて、届いたかどうか分からなかった。視界が真っ白なのは彼の羽織に包まれているからなのだろう。
「もう、少し、聞いていて、も、良かった、ので、は?」
そうだ、と思う。
廊下の方はさておき、これらはすべて、鶴丸国永に聞こえてしまっている。それを許したのは自分だった。彼は、失望しただろうか。彼の戴く主が、こんな人間であることを。ぎゅう、と掴んだ指に応えるかのように、彼は凛とした声を放つ。
「知ってて、飲んだんだよ。お前らの主が狙われてるんじゃないかと思って、対処出来るようにな」
誰よりも分かっていると、彼は言うのだ。
「もう、満足しただろう?」
君は休んで良い、あとは俺がやる、と囁かれるその振動だけで今は毒だった。
「次はないと思え」
「あら、怖い」
顔が見えずとも、彼女がうっそりと笑ったのが分かった。
「先輩に、触れることすら、出来ないのに。貴方はまるで、先輩を、自分のものの、ように、言うんですね」
「…彼女は、」
抱き締められる。いつもはそうだ、彼女の言う通り、触れることすらしないのに。
「俺の、主だ」
鶴丸国永のその言葉を最後にその日は意識を失ってしまって、それきりだった。