first
兄への報告に、先生の働いている研究所へのベルティストン社からの出資。これはもう外堀を埋めたと言われてもその通りだったので覚悟はしていたが、当の先生はまあそう来るだろうと思ったよ、と言っただけでそれ以上はなかった。
「…怒って、いないのか」
「ランバネインくん、次からは怒られると思うようなことはしないことをおすすめするよ」
「分かった」
本当に素直だね、と言われて先生に逆らう理由もないだろう、と言う。
「俺が先生に逆らいたかったのは、あの時だけだから」
「…そうなのかい」
「うん」
「それは…何というか」
少し言葉を探してから、先生は難儀だね、と言った。
それからは互いの時間が許す限り会っていたし、ハイレインへの面通しも済んだ。婚約した! と報告して、いや、まだ僕は同意してないよ、という遣り取りを経て(意識の擦り合わせはちゃんとしておけ、とだけ忠告された)まあ順風満帆に進んでいた、と思う。
そんなある日のこと、いつものように馴染みのホテルに入ったところで先生が難しい顔をしていることに気付いた。もしや気が変わったのでは、と思いながらも焦りが顔に出ないように、何かあったのか、と問う。これでもし当然のようにやっぱり婚約とか結婚とかやめようと思うんだけど、と切り出されたらどうしよう。ランバネインに先生を説得出来るだけの取引材料はないし、多分泣いて縋ることになる。それは少々、かっこ悪いとは思うので、出来ればそうならないようにと願うしか出来なかった。
しかしながらその動揺は先生にはお見通しだったらしく。
「何か勘違いとかしてないかい」
そんなふうに首を傾げながら、先生はうーん、何から言ったら良いのか、と唸る。
「ええと、そうだな…うーん………こっちから行こう。実際結婚するとなったら君、子孫を残すことが義務付けられているんじゃあないのかい?」
「一応兄がいるので、そちらに任せきりにするという手はある。着床が云々かんぬんは昔検査をしているから問題ないはずだ。もし、先生が子供が欲しいと言うのであれば俺は反対しないが、妊娠出産のリスクを考えるに、やるとしたら代理母の方が…」
「待って、そんなディープな話をしたい訳じゃなかったんだよ」
「それに、先生なら最悪培養出来るだろうと」
「流石に新たな生命(せいめい)は作ったことないよ」
君、僕のことなんだと思っているの、と聞かれても先生≠ニしか返せない。
「そうじゃなくて、セックスとか出来るのって聞こうと思ったんだよ」
「していいのか?」
「今ので僕の得たい答えは得られた訳だけど、君、僕に欲情出来るのかい?」
「正直に言うがいつも別れたあと先生の香りを思い出して抜いてる」
「…それは予想外だったよ」
君そんな気配微塵も出さなかったじゃないか、と言われるがこれでも前は軍人だったのだ、その辺りのコントロールはそれなりに出来る。それにそもそも前においては、先生は子供の時分のランバネインしか知らないので、もし欲情のサインが出てしまっていたとしてもバレてないのではないか、と少し思っていたのもある。
しかし今の問答では先生がどちらなのか分からないので、先に言葉を重ねることにした。
「先生が嫌ならしない」
先生はえ、とこぼす。
「先生を絶対に傷付けたくない」
「ランバネインくん」
思いの外硬質な声が返って来て、間違えたか、と一瞬不安になった。けれども先生は手を伸ばして、そうして頭を撫でる。
「絶対というのは多分無理だよ。僕だって人間だから」
「…そうだな」
「でも、君のその考えは正直嬉しいよ」
ありがとう、と先生は言って、だけど君がそのつもりなら僕だって応える心構えくらいはあるんだよ、と言った。
そういうことで、とりあえず触れてみようと言うことになった。キスは済ませているし何なら今日だってしたのに、それでもいざ触れるとなると緊張するものなのだな、と思う。最初は服の上から。この小さな身体はそう簡単に壊れないのだと思うけれど、ランバネインはそれを常識として知っているけれど、どうしたって前世のあの光景は目の裏から離れてはくれなかった。
「…妙に、遠慮をしてないかい?」
「力加減を見てるんだ」
「ランバネインくん、僕は痛い時はちゃんと痛いって言えるし無理な時は無理って言えるんだよ」
「………分かってはいるが、やはり、先生にそんなふうには言わせたくない」
「もうちょっと積極的になっても良いとは思うんだけどなあ」
まあそれがしたいなら止めはしないさ、と先生は暫く好きにさせてくれていた。先生の方からもランバネインに触れてくれたし、ん、ん、と小さく鼻から息を落とす先生は苦しそうには見えない。思い切って服の中に手を忍び込ませてみたけれど、特に何も言われなかった。同じことをされたくらいで。
「ランバネインくんの手、あつくて、くらくらする」
「いつも思うんだが、先生はあんまり体温が高くないんだな」
「そ、う…?」
決して肉付きが良い方とは言えないが、それは確かに女体だった。別に、先生がどちらの性別でも抱きたいとは思っていただろうが。手のひらが肌を擦る度に、ん、と小さな声が上がる。ランバネインも。それが楽しくて、次に進みたい、だなんて思う。
「先生、脱がせてもいいか」
「…どうぞ」
恥ずかしいけど、と顔を逸らす先生はどうにも照れているようには見えなかったけれど、顔を逸らしたということはそうなのだろう。もっと、表情の変化を分かりたいと思う。別段無表情という訳ではないはずだし、よく笑う人だとは思うのだけれど。
先生だけ脱がすのも何か違うと思ってランバネインも自分で脱ぐと、先生は上から下まで観察するように見てから絶句した。暫くそのまま止まっていて、先生、とランバネインが再び抱き締めたところでやっとか細い声が漏れた。
「む、むり…」
この短い時間の中で一体どのような論理的な思考が先生の中で巡ったのかは分からないが、その言葉が一体何に対してなのかくらいは分かる。
「ランバネインくん、ごめん、無理だと思う」
「俺も同じことを思っていた」
「ごめん、ええと、時間掛ければいけると思うけど。人間の身体だし」
「…先生が、そう思ってくれているだけで今は嬉しい」
そもそも最初からすべてやるつもりがあったかと言うとないのだし。
とは言ってもこのままでは少々収集をつけるのに味気ない。なので、ランバネインは一つ提案をすることにした。
「先生、太腿を貸してくれ」
「あ、えっと、素股?」
「…先生でもそういうことを知っているんだな」
「まあね」
幻滅したかな? という先生にまさか、と言って引き寄せる。
「先生といろんなことがしたいんだ」
「うん、僕も君とたくさんのことがしてみたいよ」
これから長いんだから、ゆっくりでも良いかな、と言ってくれる先生に、ランバネインが是以外の言葉を返すことなんてないのだ。